表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/167

73

 正暦2025年 5月17日

 日本皇国 南洋諸島州 トラック諸島

 日本海軍 トラック海軍基地




 南洋諸島州を構成する島の一つであるトラック諸島は、カロリン諸島の西部に位置している周囲200キロメートルに及ぶ世界最大の環礁だ。

 広大な環礁によって外洋と比べて波の穏やかな内海を持っていることからこの島は、日本が委任統治を開始した後から海軍基地の建設が行われ、現在では南方方面を担当する海軍第6艦隊の司令部が置かれ、更には飛行場やロケットの発射場が置かれるなど日本有数の軍事拠点になっていた。

 トラック諸島全体の人口は40万人。これは南洋諸島州の中ではグアム島に次ぐ人口だ。住民の殆どは日本海軍や海兵隊に所属する軍人か軍属などであるが先住民のミクロネシア系住民たちも多く生活している。



 毎年、トラック諸島の近くにある海軍の演習海域ではこの時期に日本海軍主催の大規模な軍事演習が行われる。この軍事演習は日本以外にアメリカやオーストラリアなどといった「APTO」加盟国の海軍はもちろんのこと近年では太平洋方面にも頻繁に顔を出すようになったイギリスやフランスなども艦艇を出す多国籍軍事演習となっていた。

 異世界転移という未曾有の事態となった今年は開催そのものが危ぶまれたのだが海軍は2月に「今年も実施する」と表明。演習が始まる三日前から演習に参加する予定の各国から次々と軍艦が、集結地となっているトラック諸島に集まっていた。

 その中には、現在二つの戦争を抱えているアメリカや転移によって太平洋諸国の一員となったイギリス。そして異世界の国であるアトラスやレクトアなどから派遣された軍艦の姿もあった。




 レクトア共和国海軍 駆逐艦「アースバイト」



 駆逐艦「アースバイト」はレクトア海軍第2艦隊に所属するミサイル駆逐艦だ。満載排水量8,200トンと同国海軍では最大クラスの水上戦闘艦であり艦隊防空システム「アイジェス」を搭載した防空艦であった。

 アースバイトは日本近海で行われる軍事演習に参加するために集結地でもあるトラック海軍基地へ入港した。

 トラック基地には演習に参加予定のオーストラリア連邦海軍のミサイル駆逐艦「ブリスベン」やニュージーランド海軍のフリゲート艦「クライストチャーチ」なども停泊していた。


「本土から遠く離れたところにある基地とは聞いていたが、それにしては立派な基地だな」

「そうですね。停泊している軍艦も多いですし」


 派遣部隊の指揮官である第3駆逐隊司令のバッカニア大佐と「アースバイト」の艦長であるシギトン中佐はトラック基地に停泊している軍艦を見渡していた。

 ちなみに、バッカニア大佐は狼人族と呼ばれる狼の獣人。

 そして、シギトン中佐は大柄の獅人族と呼ばれるライオンの獣人だ。

 彼らの視線の先にはオーストラリアやニュージーランド艦以外にも第6艦隊に所属する日本海軍のミサイル巡洋艦「青葉」やミサイル護衛艦「桂」の姿も映っていた。

 バッカニア大佐は「青葉」を見て首をかしげる。


「あれが、日本の巡洋艦か――なんというか随分と前時代的な姿だな」


 青葉は、大型の艦橋が特徴的な金剛型ミサイル巡洋艦の14番艦だ。

 すでに就役から30年ほど経っている。

 それでも金剛型の中では新しい部類ではあるが、やはり各所に老朽化などが目立ってきたことから3年前に電子装備などを含めた大規模な改修が横須賀の海軍工廠で実施されていた。

 金剛型の特徴ともいえる大型の艦橋――これは、艦隊旗艦としての運用なども想定したのとまた搭載しているイージスシステムが大型のシステムであったことからそのシステムを収めるために大型化したのだ。


「司令。空母もいるようですね」

「あの大きさは軽空母のようだな」


 シギトン中佐が指さした方向を見れば少し離れた位置に空母としては少し小型な大型艦が停泊していた。これは第6艦隊に所属している軽空母「雷鷹」だ。

 満載排水量32,000トンで最大で20機のF-35Bを搭載することが可能で実際に飛行甲板上には艦載機であるF-35BJが翼を折りたたんだ状態で駐機されていた。

「雷鷹」の艦首部分には12度の勾配を持つスキージャンプ勾配が設置されている。さらに、航空管制用にもう一つの艦橋があるという特徴的な外観をしていたが、これはアークでも同様の外観をした空母が多数存在しているため二人は特に驚くことはなかった。

 と、このように二人は接岸するまでの間、地球諸国の軍艦を興味深げに観察するのであった。





 正暦2025年 5月19日

 日本皇国 南洋諸島州 トラック諸島近海

 日本海軍演習海域




 今回の海軍演習に参加した艦艇は。


・日本海軍 第6艦隊

軽空母「雷鷹」

巡洋艦「青葉」

ミサイル駆逐艦「長月」

汎用駆逐艦「漣」

護衛艦「桂」「広瀬」

海防艦「新南」「奥尻」

潜水艦「呂226」


・アメリカ海軍 第7艦隊

強襲揚陸艦「ガンビア・ベイ」

ミサイル巡洋艦「ニューオーリンズ」

駆逐艦「ウィルソン」「マディソン」

フリゲート「ポートランド」


・イギリス海軍 第2艦隊

駆逐艦「ディフェンダー」

フリゲート艦「ダブリン」「マンチェスター」


・オーストラリア連邦海軍 第1艦隊

空母「メルボルン」

駆逐艦「ブリスベン」「ハンター」

フリゲート艦「クラーク」


・アトラス連邦海軍 第2艦隊

巡洋艦「ケーテンバーグ」

フリゲート艦「モーレア」



 このほか、レクトア、中華連邦、朝鮮連邦、ニュージーランド、ニューギニア連邦、ベトナム連邦、タイ、フィリピン、インドネシア、カナダ、シンガポール、マレーシアが海軍艦艇などを派遣しており日本海軍が主催した軍事演習の中で歴代最多の参加国となった。

 これだけ多くの国の海軍艦艇がトラック諸島に集結したわけだが、周囲200kmに及ぶ巨大な環礁の中すべてが泊地として利用できることのおかげで40隻を超える軍艦が集まってもまだまだ停泊できるだけの余裕がトラック基地にはあった。


 今回、空母を派遣したのは主催国である日本とオーストラリアのみであった。アメリカは中米戦争とバルカン戦争にそれぞれ稼働空母の大多数を派遣。イギリスも1隻をヨーロッパに派遣。2隻は定期検査中。残りの1隻は本土に待機していた。アトラスもガゼレア共和国やガリア帝国の備えなどから空母を動かせる状況にはなく今回は派遣を見送っている。

 それでも、日本へ初めてやってきた巡洋艦「ケーテンバーグ」を派遣していた。

 また、1月に日本と戦争をしていたノルキア帝国も海軍士官を一人派遣していた。ノルキア帝国はPTOへの加盟を模索しているが、同国が日本に対して武力侵攻を行ったことから正式な加盟表明は時期尚早と判断して行っていない。

 それでも、今後次第ではPTOへ加盟する可能性もあるため各国と交流をするためとPTO加盟国の軍事力を調査するために士官が派遣されることとなり、主催国である日本もノルキア帝国軍の士官を受け入れることに同意していた。

 ノルキア海軍の士官は軽空母「雷鷹」にて各国の海軍士官と共にモニターで演習の様子を観察していた。


「…我が国の艦隊があっさりと敗退するわけだ」


 先程からモニターには日本やアメリカ海軍の艦艇から発射された対艦ミサイルなどが日本海軍が用意した標的艦へ次々と命中していく映像が流されていた。

 その映像を呆然と見ながら彼は自国があっさりと日本を前に敗北した理由を察した。まず、技術力の差が大きすぎる。もちろんミサイルなどはノルキアでもあったがノルキア軍のミサイルは地球で見れば初期から第2世代ぐらいのミサイルであり、その誘導能力はあまり信頼できるものではなかった。

 防空能力に関しても同じで、ノルキアでは固定式の多機能レーダーはまだ開発されていない。そのためミサイルや戦闘機の探知能力は日本などに比べると大きく劣る。ノルキア艦隊が直前まで攻撃に気づかなかったのはレーダーの探知範囲の外からの攻撃だったことと彼らは気づいていないが空から電子妨害がノルキア軍に対して行われていた。そして、彼らは自分たちが妨害を受けていることを全く把握していなかった。

 だからこそ、先の戦争はノルキアからすれば負けるべくして負けた戦争だったということがよくわかった。




 レクトア海軍 ミサイル駆逐艦「アースバイト」



「レーダーに本艦に高速で接近してくる物体を確認。ミサイルと思われる」

「『SA-3』発射用意」


 射撃訓練に引き続いて行われたのは対空訓練だ。

 対空訓練はトラック諸島の発射施設から模擬ミサイルが発射され、参加艦艇は搭載している対空ミサイルでもって模擬ミサイルを迎撃する。

 その、模擬ミサイルを「アースバイト」の多機能レーダーが探知した。

 艦長のシギトン中佐はすぐに迎撃の指示を出した。

「SA-3」はアトラスが開発した艦隊防空ミサイルだ。射程は200kmほどで誘導装置にAIを搭載していることから従来の対空ミサイルよりも高い命中精度を誇る対空ミサイルだ。

 地球でいえば「SM-6」や日本が開発した「13式艦対空誘導弾」とほぼ同程度の性能をもったミサイルだ。


「『SA-3』発射準備完了しました」

「『SA-3』発射!」


 艦長の一声によって砲術士官がミサイル発射スイッチを押すと、艦首のVLSの蓋が開き1発の「SA-3」艦対空ミサイルが打ち出された。

 発射されたSA-3は海面スレスレの超低空を飛翔する模擬ミサイルに向かって飛び、発射してから1分後に模擬ミサイルに命中し破壊した。


「目標ロスト。迎撃完了しました」

「やはり『SA-3』の追尾能力は完璧だな」

「はい。それにしても、日本軍はこんな訓練設備を持っているとは…羨ましい限りですね。多分、アトラスでも持っていないでしょう」

「そうだな…多分、リヴァスくらいじゃないか?我が国は少し離れてしまったが、PTOに入れば定期的にこういった設備を使った訓練が出来るだろう」


 現在、レクトアはPTO加盟に向けた国内手続きを議会で行っていた。

 与党など大部分はPTO加盟に前向きなのだが一部で強硬に反対する勢力が存在していて、議論は少し停滞していた。この勢力は亜人主義などを掲げる保守的な勢力であり国内に一定程度の支持者を抱えている。

 彼らは「人間どもが作った組織など信用できない」とPTO加盟に反対。

 議会の勢力としては少数派なのだが、与党にとってはこれまで共同歩調をとっていた勢力だったので彼らの説得を優先しており、それによって審議が一時的に止まっている。


「我々としては早く加盟したいですねぇ」

「まったくだよ。まあ、軍人としてはそれ以上言えないがな」

「変なことを言うとマスコミに騒がれますからねぇ…」


 アメリカ・日本・イギリス――そしてアトラスといった軍事大国が加盟しているPTO。それ以外にも強大な陸軍を持つ中華連邦や朝鮮連邦、ベトナム連邦もありレクトアがオージニアに次いで国交を結んだオーストラリアもレクトアから見れば十分に軍事強国だ。そういった国々が多数加盟しているPTOに入ればレクトアにとっての安全保障環境はかなり恵まれたものになる。

 そんな、種族がどうのなどと言っている意味はないのだが獣人族がかつて人間に受けた様々な迫害というのはそれだけ獣人社会で癒やすことのできない傷となっているのは確かだ。

 そういった歴史を背景にした人間に対しての嫌悪感をなくすのは簡単なことではない。

 とはいえ。そういった迫害に一切関与していない異世界の人間にまで敵意を向けるのはやりすぎではないか――といった意見もレクトア内には根強い。少なくとも日本やアメリカなどとは友好的な接触をでき、レクトアにとっての最大の貿易相手国はオージニアやオーストラリア――そしてインドネシアである。そういった国々との関係を重要視するならば、過去の歴史とは一度切り離して考えたほうがいいのではないか、とシギトン中佐は思っていた。

 まあ、こんなこと表立って言えるものではない。

 過去に、軍事クーデターによって国が荒れた過去があるので軍人の政治的な発言はレクトア国内では一種のタブーとなっていた。


「さて――次はなんだ?」

「標的機を用いた対空射撃訓練です」


 これ以上、この話を続けると余計なことをいいそうだったので中佐は話題を変える。次に予定されているのは主砲を用いた対空射撃訓練だった。

 日本海軍が用意した訓練支援艦(規模が大きいので近隣の支援部隊に所属している支援艦を4隻を動員)から無人標的機が発射され、それを主砲にて破壊するというのが訓練内容だ。

 アースバイトの主砲は65口径127mm単装レールガン1基だ。

 今回、レールガン搭載艦を派遣したのはレクトアとアトラスだけだった。

 日本やアメリカもレールガンは実用化されているのだが、搭載艦はいずれも中米であったりヨーロッパにいっているので今回の訓練には派遣されていない。

 レールガンが搭載されていなくても、今回派遣された艦艇はいずれも最新の射撃指揮装置などを搭載しているのは変わらないので標的機に対して各艦は的確に命中させていた。

 ただ、派手さはアースバイトとケーテンバーグが勝っていて「雷鷹」で演習風景を見物していた各国の士官からは大きな歓声が聞かれ、第6艦隊司令官が「うちもレールガン搭載艦持ってくるべきだったか」とボヤいていた。


 もっとも、このレールガン現場での評価は――。


「――やはり、コストを考えるとレールガンよりも単装砲や速射砲だな」

「でも、破壊力はレールガンですよ。コストが高いと言ってもミサイルよりは安いですし、なにより単装砲や速射砲に比べて遠距離を攻撃できますから」

「問題は、そこまで使う相手は我が国にいないことだがな」

「…そうですね」


 アトラスはフィデスという仮想敵がずっと存在していたことや、そもそも技術力が高いから導入したわけだが。レクトアに関しては周囲にそういった国はない。ならばなぜ、レールガンを装備したかといえばこの「アースバイト」がアトラスで建造されたミサイル駆逐艦の準同型艦であり装備もほぼアトラス海軍で採用されていたものをそのまま採用したからだ。

 政府は兵装を変える案もあったが、最終的には海軍の要求がそのまま通ることになった。議会では野党を中心に「そんな大金を出してどうするつもりだ」といった批判もあったが予算事態は与党が多数派を占めていたことからあっさりと通っている。

 ただ、現場の兵士からも「レールガンって必要か?」といった意見は当然出ている。アースバイトとその同型艦は4隻建造されたが、その建造費はレクトア海軍史上最高額だったという。

 確かにレールガンの威力は凄まじい。

 だが、結局それを使う相手はレクトアの周囲にはいない。

 それに、整備にもかなり気を使う。技術支援のアトラスから受けているからいいのだが、整備士たちは毎日ヒーヒーいいながらアトラス製の最新装備の整備をしているのであった。


 多国籍海軍演習はその後一週間に渡ってトラック諸島周辺の海域で実施された。このことは、日本のみならず各国のテレビなどでもニュースとして伝えられ、国防省は「今後も定期的にPTO加盟国との合同演習を行っていく予定」であるとコメントしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ