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 正暦2025年 5月6日

 アメリカ合衆国 ニューヨーク

 国連本部


 印パによる全面衝突はすぐに国連の場でも議論の対象となった。

 急遽開かれることになった、国連の最高意思決定機関である安全保障理事会の会合。安保理には常任理事国9カ国。非常任理事国16カ国の25カ国が会合に参加している。

 このうち、常任理事国はアメリカ・ソ連・イギリス・フランス・日本・インド・ドイツ・南アフリカ・ブラジルの9カ国だ。当初は5カ国だったが1991年に理事国の拡大が行われ新たにインドなどの4カ国が理事国に加わりこれによってオセアニア以外の各地域から最低でも1カ国が常任理事国となった。

 非常任理事国の16カ国は任期2年で、各地域毎に選挙が行われ選出されていた。

 安保理は世界平和の維持のために主要な責任を負っている機関であるが、大国同士の対立などもあり国際紛争の場で存在感を発揮することは中々できていなかった。1991年までは理事国に「拒否権」という強大な権限があり一カ国でも拒否権が発動されれば非難決議ができないというケースも山程あり、特にアメリカとソ連はお互いの提案に対して拒否権を出すケースが多く米ソ対立の象徴ケースの一つとして今でも取り上げられる事が多い。

 その、拒否権は1991年になくなったわけだが。それでも大国の思惑がぶつかりあう場所なので「意見を一致させる」ということは難しく結局は玉虫色の決議になることが多く、人権団体からは「安保理そのものが必要ではない」という厳しい声が聞かれるほどに「何も決められない最高意思決定機関」という烙印を半ば押されていた。



「全く、パキスタンも余計なことをしやがって…」


 などと、毒づくのはアメリカの国連大使だ。

 ここは、太平洋地域の国々が集まることが多い会議室の一つだ。

 この後開かれる安保理には、太平洋地域からは日本・アメリカ・イギリスという常任理事国と、オーストラリア・中華連邦・ベトナムといった非常任理事国が出席することになる。とりあえず、太平洋地域の国々の中でも意見調整でもしようという形で大使たちは集まっていた。


「まあ、安保理がまとまるとは思えないが…印パ双方の言い分は?」

「どっちも『お互いが先に手を出した』と言い合っているが、多分インド側の話が正しいな。向こうはレーダーの記憶やらも提出している。どうも、パキスタン軍機がインドの国境に接近。それに気づいたインド機が状況を確認するために国境付近へ向かったらパキスタン側から先制攻撃を受けたらしい。パキスタンはインドが越境攻撃をしてきたからその報復――などと言っているが、インド側はその時点では一切の攻撃の準備はしていなかったようだ」

「つまりは、パキスタンの暴発か。北中国が仕向けたのかと思ったが大使の反応を見る限り北中国も今回の衝突は予想外のものだったかもしれんな」


 その、北中国の国連大使はソ連大使から「お前らが何か仕掛けたんだろう」と言われ、北中国大使は「自分たちだって予想外のことだった」と反論している姿が多くの国の国連大使の眼の前で行われていた。

 北中国大使はその足でパキスタン大使に状況説明を求めていることからも演技ではない限り北中国の上層部も今回の件は全く把握できていなかったことになる。


「さて、我々としてはどうするべきかだが」

「無視でいいのでは」

「我々に直接的に関係があるわけではないですからね」


 直接利害関係を持たない国々は静観で一致する一同。

 ユーラシア問題は日本などからすればもはや「遠い地域の出来事」になっていた。最も懸念はある。印パ両国は核武装をしているし、両国と関係の深い中ソも核保有国だ。お互いの指導者が冷静ならば核戦争という最悪の事態は起こらないかもしれないが――パキスタン側などが暴走して核兵器の撃ち合いになった場合は「静観」し続けることは難しいだろう。

 まあ、彼らが一番懸念しているのは「復旧支援のための金をくれ」と言われることなのだが。


「しかし、てっきり北中国がパキスタンをけしかけたと思ったんだが」


 日本大使が意外だ、とばかりに呟く。


「人民解放軍はともかくとして最高指導部はそこまで愚かではないさ。あの連中はこの近辺で戦争しても利益がないことをわかっているからな」


 北中国のことを恐らく最もよく知っている中華連邦大使が日本大使の疑問に答えると日本大使たちは「なるほど」とばかりに納得したように頷いた。


「しかし、本当にユーラシアはどこもかしこも戦争ばかりだな」

「中東に関してはアラブ諸国が焦りすぎましたね。アメリカの後ろ盾がないと思い込んでイスラエル軍本来の強さを理解していなかった」

「まあ、彼らも色々と追い込まれているのだろう。転移で油売れなくなったしな」

「そうですねぇ。イスラエルだって盤石じゃないですよ。中東の武装勢力がイスラエル相手に一致団結するなんて情報もありますし」


 まあ、中東問題を複雑化したのは欧州が一因であるしついでにアメリカやソ連も関わっている。冷戦が始まったときに米ソ双方が自分たちの仲間を増やそうと中東に介入しまくった結果が今のカオス中東だ。

 それにイスラエルとアラブの問題の要因はイギリスの三枚舌だ。

 だが、彼らはそのことに特に反省もなにもしていない。結果論でそうなっただけだと彼らは本気で思っていた。


「そろそろ安保理の時間だな」

「…面倒だな」


 時計で時間を確認したアメリカ大使の言葉に日本大使やイギリス大使は嫌そうな顔をするが、欠席するなんてことも出来ないので二人の大使はアメリカ大使に引きずられるように重い足取りで部屋を出た。


「常任理事国も大変だな」

「だが、それだけ権力もあるんだ。精々苦労してもらおうじゃないか」


 常任理事国が抜けた部屋の中ではそんな会話が交わされていたという。



 日本皇国 東京市千代田区

 総理官邸


「パキスタンの奇襲攻撃は初手こそ成功しましたが、体制を立て直したインド軍の反撃によって進軍は停滞しているようです」


 そう、報告するのは藤田内閣情報局長官。

  パキスタンも前世界では確かに軍事大国であったが、隣国のインドはそれを超えていた。なにせ15億という世界最大の人口を抱えている国だ。徴兵しない志願兵でも十分な兵士が集まる。パキスタンも2億人を超える人口があるが国力はインドに対してやはり劣っていた。

 ちなみに転移前に公表された最新の軍事力ランキングのトップは文句なしのアメリカ、二位にソ連、三位に日本、四位にインド、五位が北中国となっていた。パキスタンは全体10位でありやはりかなりの軍事大国ではあったがインドとの差には開きがややあった。

 ちなみに日本は3位となっているがこれは海軍力と空軍力がアメリカやソ連に次ぐ規模をもっていることや多数のSLBMを運用していることなどが評価に入っていた。兵員数では日本はインドや北中国などに負けている。


「現時点で双方ともに核兵器は使用していないようですが、このままインドがパキスタン側に攻め込めばパキスタン側が核兵器を使うことは十分に考えられるかと思われます」

「つまりは時間の問題ということですね」

「そうなりますね。ソ連や北中国はおそらくずっと静観を続けると思われます。火中の栗はどこも拾いたがりませんから。ただ、両国ともにそれぞれからの侵攻を警戒して厳戒態勢にあるようなのでなにかの拍子でこちらもぶつかる可能性はありますが」

「そうなればユーラシア戦争ですね。まあ、今の状態がそれともいえますが」


 最悪なのは中ソや印パが核兵器をそろって使うユーラシア終末戦争だ。

 日本やアメリカなどは離れているので被害はほぼでないだろうがドサクサに紛れて日本やアメリカに核兵器を撃ち込んでくる可能性も否定は出来ない。自分たちも消滅するからその道連れに日米に核兵器を撃ち込んでやる!なんてことを中ソが共に考えてもおかしくはない。


「とりあえず現在イギリスやアメリカと連絡を密に取り合いながら引き続き情報収集を行っていきます」

「ええよろしくお願いします。もしもの場合はユーラシアにいる邦人を全員引き上げさせることも検討しないといけないかもしれませんね」


 報告を終えた内閣情報局長官はそのまま退出していった。


「困った事態ばかりおこりますね」

「転移によってタガが外れたんでしょうかね」


 ため息交じりに呟く菅川官房長官に内田外務大臣が呆れ顔で返す。

 アメリカやヨーロッパは異世界の国家が攻め込んで起きたからある意味仕方がない部分があるが。ユーラシアは自分たちで勝手に始めた戦争だ。戦争が始まる要因は過去の列強にあるのだろうが、それを今でも続けているのは彼らの都合でしかない。

 下岡は改めて自分たちがいかに危険な大陸の近くに位置していたのかを今回の件で再認識させられていた。そして、こうやって遠くに離れたことに心底安堵するのであった。


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