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 正暦2025年 5月4日

 インド連邦共和国 西部


 

 インド西部。パキスタンとの国境付近の上空をインド空軍の戦闘機が哨戒飛行していた。カシミールという係争地を抱える印パ両国は、この世界に転移してからその緊張度合いを高めていた。

 この、カシミールは北中国も一部地域の領有権を主張しており実際に占領している。北中国はそれ以外にインド北東部のチベットに隣接している地域の領有権も主張しておりインドと対立関係にある。一方で、北中国とパキスタンは友好関係にある。近年は北中国製の兵器がパキスタンに多く導入されているほどだ。

 パキスタンは伝統的にソ連と対立していたことからアメリカの支援を受けていたのだが近年はそのアメリカがインドとの関係を強化しており、北中国がその間にパキスタンでの影響力をアメリカ以上に強めた結果であった。


 実際、現在インド西部を飛行しているのはアメリカのF-16のインド型ともいえるF-21だ。インドは国産機開発を進めていたのだが多くのトラブルがあったことからとりあえず旧式のソ連製戦闘機を更新するためにF-16E/F相当の能力を持つF-21を200機ほど導入することを決め、現在はその内の半数が引き渡され運用されていた。

 ちなみに、インドは東西両陣営の兵器を使うという世界的に見ても特異なことをしている国である。伝統的にソ連と友好関係にあったことからソ連製や独立時から関係が深い日本製の兵器を運用していたが近年は経済成長にあわせて関係を強化したアメリカやヨーロッパからも兵器を購入――更に国産開発した兵器も導入したことで、様々な国の兵器を使うという他国ならば真似できないことをやっている。まあ、東西両陣営の武器を使っていることから整備状況は非常に悪いという問題が転がっているのだが。


 国境地帯で異変を真っ先に探知したのは付近を飛んでいた早期警戒管制機であるA-50であった。ソ連によって開発されたこの早期警戒管制機をインド空軍は8機運用していた。インドが配備したA-50は機体こそソ連と同じだが電子システムなどは西側のものとほぼ変わらないものを採用しているという東西両陣営にも近い位置にいるインドらしい早期警戒管制機になっており、そのレーダーがパキスタン側が国境に近づく数機の戦闘機らしい機影を確認し、付近にいる戦闘機にこのことを伝えた。

 報告を受けたパイロットたちはすぐに「いつもの挑発だろう」と考えたが国境を侵犯する恐れもあることから国境へ向かった。



「FC-1か…パキスタンの連中何を考えている?」


 A-50の管制官はレーダーにうつるパキスタン軍機を見て首をかしげる。

 FC-1は北中国とパキスタンが共同開発した戦闘機で、現在におけるパキスタン空軍の主力機だ。ベースとなっているのは北中国の主力機であるJ-10でありJ-10と同じくマルチロール機となっていて、第4世代機にあたる。


「どうせ、いつもの挑発だろう」

「東も最近きな臭いってのに勘弁してほしいぜ」

「まあ、この大陸で安全な場所なんてないからな――ん?」

「どうした?」

「ウチのが1機消えた」

「なに?」


 軽口を言い合いながらもレーダーをしっかりと監視していた管制官は友軍機が1機レーダーから消失したのを見逃さなかった。まもなく、F-21編隊から通信がはいる。


『こちらシヴァル1。緊急事態だ』

「レーダーから1機ロストしたがそれ関係か?」

『そうだ。パキスタン奴らいきなり攻撃をしかけてきやがった。反撃の許可を!』


 管制官は少し離れた位置にいる上官を見ると彼は首を縦に降った。


「了解した。攻撃を許可する」

『…感謝する』


 無線が切れたことで管制官は大きく息を吐き出した。

 未だに報告があったことが信じられないが、レーダーから友軍機が消えたのは事実だ。突発的な事故の可能性もあるが眼の前で状況を見ていたパイロットたちが証言したのだから事実なのだろう。

 FC-1もF-21も軽量のマルチロール機だ。しかし、電子装備などの差によってF-21が戦闘を優位に進めていきパキスタン軍のFC-1を次々と狩る。しかし、F-21も数機がFC-1の攻撃によって撃墜された。

 やがて、パキスタン機が後退したことでインド軍機も空域から離脱した。


「…これで第五次印パ戦争だな。本部には?」

「すでに伝えている。これから俺たちも忙しくなるぞ」

「そうだな…」


 一時間後。パキスタン政府はインドが越境攻撃をしてきて自軍の戦闘機が撃墜されたとしてインドに対して宣戦布告した。同時に国境をパキスタンの機甲軍団が一気にインド側へ雪崩込んだ。明らかに最初から攻め込むことを想定した準備をパキスタンがしていたが戦争の理由なんてのは時の支配者が好き放題に決めているので誰も気にしない。

 しかし、インドとパキスタンが正面衝突したことはユーラシアはもとより地球各国に国連を経由して伝わり主に大国の指導者たちが頭を抱える羽目になるのであった。





 パキスタン共和国 イスラマバード

 大統領宮殿


「私は、何も聞かされていないのだが?」


 議院内閣制の国であるパキスタンにおける大統領の政治的権限はそれほど大きくはないが戦争をする時はだいたい大統領に話が行く。しかし、今回の件に大統領に話が来たのは戦闘が始まって数時間経った時であった。

 憮然とした表情の大統領に対して、報告にやってきた統合参謀議長である陸軍大将は涼しい顔をしていた。彼にとって大統領は特に怖い存在ではない。その気になれば政権という権力を握ることだってできるからだ。

 パキスタンは歴史的に軍部の力が強い国でこれまで何度か軍部によるクーデターが起きていた。今回は仮にクーデターを起こしたとしても何かと口うるさい西欧諸国が消えているので他国から文句を言われる筋合いがないことから統合参謀議長は本気でクーデターも悪くないと考えていた。


「何分急な攻撃でしたもので」

「どうだか。事前に機甲部隊を国境に張り付かせていたようだが?」

「インドからの越境攻撃を警戒していましたので、おかげで早くインド領内に侵攻することができました」


 表情を変えずに淡々と答える統合参謀議長に大統領は心底信じていないような視線を向けたが、もう起きてしまったものは仕方ないとばかりに深々とため息を吐いてただ一言「…わかった」とだけ呟いた。


「それでは失礼します」


 報告はもう終わったとばかりに参謀議長はそそくさと大統領執務室を出た。

 大統領はその後姿を忌々しげに睨みつけた。


「こんな勝手なことをしてどうする。中国ですら見捨てるぞ」


 大統領は呟きながら一足先に逃亡先をどこにしようかと考えるのであった。





 

 中華人民共和国 北京

 中南海



「あいつら、勝手なことをしおって!」


 パキスタンによるインドへの攻撃――それはパキスタンと関係の深い中国にとっても予想外のことであり、報告を受けた国家主席は荒れに荒れていた。同席していた中国共産党の最高幹部たちも「なぜ…」とばかりに困惑している。

 印パ関係は常に緊張状態にある。

 ただ、お互いに核武装していることもあって基本的に小競り合いレベルで戦闘は終わることが多い。これは両国――とりわけパキスタン政府が事を大事にしたくないからだ。


「パキスタンはインド西部の一部とカシミールの一部を占領したようですが」

「奇襲攻撃によるものだろう?どうせ、すぐにインド軍に押し返される。それよりもソ連の連中は?」

「今のところ大きな動きは見せていません。例のマーゼス大陸攻略に手一杯なのでしょう」

「だが、我々が動けばソ連も動くだろうな」

「可能性は高いかと…ソ連にとってもインドは重要な顧客ですから。ですが、このまま放置すればパキスタンの現体制は崩壊します」

「パキスタン市場を失うのは痛いが…我が軍は?」

「パキスタン救援を一部で叫んでいます」

「あの、脳筋どもめ…パキスタンをそそのかしたのも連中なんじゃないか?」


 国家安全部長の報告に主席は舌打ちをした。

 人民解放軍は共産党直属の軍事組織であるが近年は中央の統制がきかなくなっており各軍区ごとに勝手な行動をし始めることが増えており最高指導部もその対処に頭を悩ませていた。今回、パキスタンに加勢すべきなどと言っているのはインドとの前線を抱えるチベット軍区からであったが、それ以外の軍管区からは「様子を見た方がいい」という意見が多数派であった。いくら、人民解放軍であっても終わりの見えない戦いに首を突っ込んだら面倒になるということを理解しているということだ。

 この場にいる国防部長も渋い顔をしていた。


「ともかく、ソ連が動かない限り我々は様子見だ。西部戦区が妙な動きをしないように監視しておいてくれ」

「了解しました」






 ソビエト連邦 モスクワ

 クレムリン


 印パ問題は、ソ連でも問題になっていた。

 KGB長官から報告を受けたゴルチョフはまっさきに中国の対応が気になった。


「中国は?」

「現時点では静観する構えです」

「あいつらがパキスタンをけしかけた可能性は?」

「末端が動いた可能性はあります」

「…最近、あそこの統制だいぶ緩んでないか?」


 我が国も前例がありますから、と変えるKGB長官にゴルチョフは一気に渋い顔になる。その昔、極東軍管区の一部が勝手に動いて日本領南樺太に侵攻。しかし、すぐに反撃を受け樺太全土を失うという苦い経験がソ連にもあった。それ以後は、地方軍閥の引き締めを行いなんとか地方の暴走は抑えているが、不穏分子というのは地方にまだまだ多くいるのが実情だ。


「まあ、そのことはどうでもいい。問題は我が国はどうするかだ」

「何もしない方がいいと思います。我々が動けば中国も動きますから」

「…だろうな」

「それに、放置していてもインドならばパキスタンに負けることはないでしょう。ただ、問題はパキスタンが核を使う可能性が高いということですが」

「その時はインドも反撃してパキスタンが消滅しておしまいだな。そのときになって中国が動き出す可能性もあるが。まあ、動いたら動いたでこちらも動くしかないか。しかし、面倒なことをするな。パキスタンも」

「あそこは最近アメリカの影響力が少なくなって中国の影響力が拡大しましたからね。アメリカよりも武器を多く提供するのでそれで気が大きくなったのでは?」


 KGB長官の推測にゴルチョフは合っているかもしれないと頷く。

 アメリカがパキスタンを支援していたのはインドと友好関係にあったソ連を封じ込めたいのとその時まだ足場がなかった中東地域を監視するのにちょうどよかったからだ。だが、北中国の脅威増大によってアメリカもインド支援に軸足を変えたことからその代わりを埋めるように北中国がパキスタンでの影響力を増し、パキスタンとしても色々と制限をかけてくるアメリカよりも武器を多く売ってくれる北中国に傾倒していったのだ。

 それによって軍部の一部が暴走を始めたとしても納得は出来た。

 パキスタンという国は政府の力が弱いからだ。


「ともかくできることは情報収集くらいですね」

「そうだろうな…」


 ソ連軍の主力は現在マーゼス大陸にいる。

 一応極東軍管区は動かしていないので北中国が動いたらすぐに対応できる準備は整っている。問題は太平洋艦隊の戦力は人民解放海軍に比べて劣っているということと陸軍の近代化もまだ道半ばということか。直接的に人民解放軍とぶつかればソ連側もそれなりの損害が出ることは確実なのでゴルチョフとしては近代化が済むまであまり人民解放軍とことを構えたくないと思っていた。


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