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正暦2025年 4月27日
北アメリカ大陸 カナダ北方沖
日本海軍 第1任務部隊 戦艦「大和」
二代目「大和」
昨年の7月に実戦配備が行われた新鋭艦であり、その建造に国内はもちろんこと海外でも大きな波紋をよぶことになった新型戦艦である。
巡洋艦3隻と駆逐艦3隻。そして揚陸艦2隻を建造できるだけの予算を投入して建造された現代の巨大戦艦は、海軍増強を行っている人民解放軍とソ連太平洋艦隊に対抗する――という名目で国防省・政府内でも限られた人間のみしか知らされずに建造された。
その存在が公になったのは、実戦配備が決まった昨年の7月のこと。
これは、発足間もない下岡内閣最大のスキャンダルとしてメディアなどが連日大きく取り上げ、国会審議はこの件で停止するほどの事態となった。もちろん、国内だけではなく近隣国――特にソ連と北中国が激しく反応し日本を非難。同盟国であるアメリカでさえ「時代を考えているのか?」という苦言にも似たコメントを残すなど国際社会にまでその騒ぎは広がった。
しかし、現実世界以上に保守的な日本国民はむしろ新型・大和のことを歓迎した。思ったほど国民が政府批判をしなかったことから目論見を外された格好となった野党とマスコミ報道は次第にフェイドアウトしたが、大和型戦艦の登場に危機感を覚えた中ソは普段いがみ合っているのが嘘のように、このときばかりは協調して大規模な軍縮の必要性を訴えるなどの活動をしていた。もっとも、軍縮の話が議論される前に世界は異世界に転移することになり中ソ発端の軍縮論はすっかりと消えてなくなってしまった。
それどころか、この世界に転移したことでアメリカや北中国などでは大型戦闘艦建造を真剣に検討するほどで、特にアメリカはモスボールされていたモンタナ級戦艦やアイオワ級戦艦などを中米戦争やバルカン戦争勃発にあわせて現役復帰させている。
新型大和を建造した日本でさえ、記念艦となった初代大和型戦艦を再度実戦復帰させようか――と軍令部内で議論されているほどだ。それだけ、世界は転移によって大きく変わっていた。
「参謀長。ヨーロッパの現状は?」
「未だに戦線は膠着しているようです。先日、空軍の先遣隊がイタリアのアヴィアーノ空軍基地へ到着し早速活動を開始しているとのことです」
第1任務部隊の司令官を兼ねる第1艦隊司令長官の南雲中将は参謀長である丹下准将にヨーロッパ戦線の現状を尋ねると、返ってきた答えは出発する前とほぼ変わっていなかった。唯一変わったところといえば足の早い空軍の先遣隊がすでに現地での活動をしているところだろうか。
空軍第11戦闘航空団を中核とした各地の航空部隊から選抜されたパイロットや整備員たちによって構成された空軍の派遣部隊は爆撃機や輸送機もあわさった一個航空団以上の規模になっていた。
ここに、雲龍搭載の第8空母航空団があわさるのだから普通の国相手ならばオーバーすぎるのだが、バルカン半島に侵攻している相手は普通の国ではないのでこれでも戦力的には十分ではないと言われていた。
「しかし、ベルカ帝国か…普通ならばこれくらいの規模を派遣すれば十分すぎるんだが。まだ足りないとは、一体どんな化け物だ?」
「物量でいえば全盛期のソ連並だという話ですが。俄に信じられませんね」
「全盛期のソ連は地上戦力500万人いたと言われている時代だからなぁ。想像できないのも仕方がない。だが、俺が若い頃でもソ連陸軍は300万人以上の常備兵力がいたが、それと同等の規模だとしてもヨーロッパにとっては厳しいだろう」
ソ連に匹敵する物量を出せる国はアメリカくらいしかない。
ただ、そのアメリカは二正面作戦をしており陸続きの中米に陸軍を集中させているような状況だ。それ以外ならドイツとフランスはヨーロッパの中でも人口は多いが、半世紀前と違ってどこの先進国も兵力の確保という点では苦労していた。
「陸さんは確か一個軍団でしたっけ?それでも現場についたら相当苦労しそうですね」
「まあ、精鋭ばかりを揃えて経験豊富な第2軍団だ。心配はいらないだろう」
今回、陸軍が派遣したのは、
第2歩兵師団(仙台)
第5歩兵師団(広島)
第18機動師団(札幌)
第1機甲師団(千歳)
第2空挺旅団(辺野古)だ。
いずれも陸軍内では外征部隊として積極的に海外派遣されることが多く、実戦経験豊富な人員が多く集まっている。これに、海兵隊一個旅団が加わるのだから普通の国相手ならば過剰戦力といっていいだろう。
「ところで長官。さっきからアメリカさんの潜水艦が近くにいるようですが」
「こっちの戦力確認だろう。大物を大量に連れているから、向こうは呆れているかもしれんな」
丹下准将の報告に南雲長官は苦笑する。
アメリカもまた潜水艦の運用を再開していた。
日本艦隊の近くにいるのはカナダ北方沖を哨戒中の米海軍の原子力潜水艦「ミンゴ」である。
「明らかに過剰戦力ですからね…」
「まあ、ヨーロッパ向けの広告塔だな。これでヨーロッパの士気が上がれば儲けもの――と、軍令部の連中は考えているだろうさ」
アメリカ海軍大西洋艦隊潜水艦部隊 原子力潜水艦「ミンゴ」
「戦艦、空母に巡洋艦2隻と駆逐艦8隻――こりゃまたとんでもない戦力を派遣したものだな。日本は」
南雲長官の読みどおり、潜望鏡にて日本艦隊を見たミンゴ艦長である中佐は呆れたような声を出していた。
「ヨーロッパはさぞかし大喜びでしょうね。フランス海軍の司令官が『ヤマトで敵の首都をふっとばしてもらいたい』などと言っていたようですから」
「敵の首都をふっとばしたところでこの戦争が終わるとは思えんが――まあ、それだけ敵の物量は圧倒的なんだろうな」
「我が国も物量で押してくる奴らと戦っていますし、この世界にきている軍事大国はどれもこれも厄介な連中ばかりですよ」
副長の言葉に艦長は「全くだ」と頷く。
もし、彼らのやり取りを日本軍の士官が聞いていたら「どの口が言うんだ」とツッコミをいれたかもしれない。なにせ、政府の一部では異世界の国にちょっかいをかけて意図的に戦争を起こそう――などとぶっ飛んだ提言をしていたほどにアメリカもまた物騒な軍事大国なのだった。
「――よし、異常もないし哨戒に戻るぞ」
「そうですね。さすがにもう我々の存在はバレているでしょうけれど」
「日本の潜水艦探知能力は本当に化け物じみている…おかげで、こっそりと追尾することもできやしない。あの、巨大戦艦が気になるんだがなぁ」
「去年は本当に大騒ぎでしたよねぇ」
「ソ連と中国の連中はさぞかし肝を冷やしただろう」
「我が国もですよ。モンタナを活性化させよう――なんて話も出てきたほどですし。中米の1件で本当に活性化されましたけれど」
「――中米方面の支援も日本してくれないかなぁ」
大変さはヨーロッパと一緒だと思うんだが、とボヤく艦長であった。
アーク歴4020年 4月28日
オーレトア共和国 レフィアル
大統領官邸
中華人民共和国に降伏したオーレトア共和国は、第二の都市・ブラストマスを中心とする国土の東部を北中国に割譲するという講和条約を結んでいた。
国内に人民解放軍がうろつく――という事態はないが、人民解放軍との戦いによって軍はほぼ壊滅したため、外交上はほぼ北中国に従属する形になっている。
当時の大統領は講和条約締結後に辞任。
次の大統領選挙は5月に行われる予定となっており、それまでの間は副大統領が大統領代理を務めている。
オーレトアと共に北中国と対峙していた周辺2カ国も同時期に停戦条約を結んでいるが、その条約はほぼ北中国の言い分をそのまま認めるものとなっており、人民解放軍のダストリア大陸全体での活動を認めたり、北中国企業がダストリア大陸での事業展開を無条件で認めるという旧時代的な不平等条約であった。もちろん、国内からは反発の声が出るが、人民解放軍との戦いで3国とも軍は壊滅状態になっており不平等条約を押し返せるだけの力は残されていなかった。
北中国は大々的に占領地となったオーレトア東部に国民を「植民」という形で大量に送り込んでいて、その数はすでに20万人に達している。もちろん言語も文化も大きく違うわけで現地住民との間で上手くいくわけがなく、様々なトラブルが占領地で起きていた。
そのため、東部の住民たちは集団で西部への避難を始めており彼らをどこに住まわせるかが現在のオーレトア政府最大の仕事となっていた。
「国民からみたら我々は国を敵に売り渡した売国奴なのだろうな」
疲れたように大統領代理は言う。
大統領官邸の前では講和に反対する大勢の市民たちが政府に対して抗議の声をあげていた。レフィアル市街地では一部の市民が暴徒になるほどだ。それだけ、今回政府が中国と結んだ講和条約は国民からすれば「我慢ならないもの」だった。
もっとも、全面的に中国の要求を飲まなければ国土全部が中国によって占領されていた可能性もあっただけに政府としては苦渋の決断であった。すでに人民解放軍との戦闘によって軍は半壊しており、物資不足などもおきていたこれ以上の戦闘継続は難しい――それが政府の判断だった。
だが、国民はそれを政府の「逃げ」だと糾弾した。
野党も国民の支持を得るためか政府批判を繰り返している。
次の大統領選挙は、強硬論を唱えている政治学者が絶大な支持率を得ており与党系候補は野党統一候補すら遅れを取っている有様だ。それだけ国民が現政府に対して強い憤りを覚えているのだろう。
だが、大統領代理や前大統領は自らの判断が正解だと考えている。
それだけ、中国との軍の差が大きかったのだ。
後から聞けば、中国の人口は7億人だという。
ダストリア大陸で最も多くの人口を抱えているこのオーレトアでさえ3000万人ほどしかいない。そのうえで、中国はオーレトアでも配備していない最新の武器を多く侵攻に投入した。
まず、勝てるわけがなかった。
むしろ、全土を蹂躙されてもおかしくなかっただろう。
だから、前大統領はそうならないため東部を見捨てることを決断したのだ。彼は国民から売国奴だと罵られ、オーレトアにはいれないことからルクトール連邦へ逃れていた。
ルクトール連邦は、中国と同じ世界から来た国であるインドと国交を締結し今では貿易も積極的に行うという平和的な付き合いをしているらしい。そのことを知った大統領代理たちは純粋に「羨ましい」と思ったほどだ。
もし、自分たちもインドの近くにいれば異世界の国と友好関係を結べたかもしれない。だが、中国によって軍事侵攻を受けたことから世論全体が異世界の国に対して強い拒否反応を示していた。
曰く「異世界人は野蛮人」だそうだ。
まあ、大陸に押し寄せてきた中国人を見たらそう考えるのは当然だろう。
だが、当然全員が全員そのような考えをしているわけではない。
しかも、ルクトールから仕入れた情報だとアークの国も他国へ軍事侵攻をしているというではないか。つまりは、どの世界にも一定数そのような国が存在するということだ。
とはいえ、突然国土を蹂躙された状態でそこまで冷静に考えられる者は少ないだろう。テレビなどで流れているものだけを見たらたしかに異世界人は野蛮人にしか見えないのだから。
(…私も、ルクトールに移住でもするかな)
自分の逃げを優先する辺り大統領代理も中々にいい性格をしていた。




