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正暦2025年 4月17日
イラン共和国 首都・テヘラン
大統領府
現実と異なりイスラム革命が起こらなかったイランは1978年に平和的に君主制から世俗的な共和制国家となった。そのため、アメリカとの関係はそれほど悪化しておらず、むしろソ連や隣国のイラクとの間で問題を抱えていた。
第二次世界大戦時に日本が進出したことから日本の影響力が強くイランにとって最大の貿易相手国は転移前は日本であった。
転移によって日本との貿易は一時的にストップしていたが、先月から再開されている。日本以外にはインドとの貿易も活発である。
イランの主要産業は豊富な石油や天然ガスの輸出だ。一方で近年は工業化にも力を注いでいるので中東ではトルコやイスラエルと並ぶ工業国として知られていた。
さて、そんなイランが位置している中東は世界有数の産油国集中地帯であり世界各地に多くの石油や天然ガスを輸出している。
そういった資源地という関係上、第一次世界大戦後に欧米列強から介入が度々行われる地域となっていた。特に、第二次世界大戦後は各国の経済成長によって石油需要は大きく高まり産油国の経済はそれによって大きく伸びる結果となった。
イランも石油輸出などによって経済を発展させた国の一つだ。
「イラクが妙な動きをしている?」
「はい。どうやら軍を集めているようです」
国防大臣からの報告に大統領は思わず顔を歪める。
隣国のイラクとの関係は悪い。元々イランはペルシアというアラブと異なる地域であり民族なども異なっている。
宗教に関してはアラブと同じくイスラム教徒が多数派を占めるものの多くの国とは宗派が違う。宗教というのは面倒なもので、同じ宗教でも宗派が違えば激しく対立することが多い。それが、イスラム教の中でも起きていた。
そんな歴史的・宗教的な対立を利用しようとした者がイラクに現れた。
彼は、イラクをアラブの中心にしようと考えておりそのために隣国のイランの混乱を利用しようとしたのだ。もっとも、この時のイランは混乱していたわけではない。平和的に君主制から世俗的な共和制国家へ政体が変わっただけなのだが、イラクの指導者はそれでイラン国内は混乱していると思い込んだ。そして、1980年にイラクによるイラン侵攻によって始まったのが「第一次湾岸戦争」である。
イラクは中東でも最大規模の軍事力をもった軍事大国でその兵器の多くは友好関係にあったソ連から大量に購入していた。一方のイランは日本やアメリカから購入しており特に日本製の兵器を多く配備していた。戦争はイラクの奇襲などによって一時的にイラン南部の一部をイラク軍が占領したがイラン軍もすぐに反撃に転じた。日本製の70式戦車がソ連のT-72やT-64と対峙し多数を撃破。更に空ではソ連製のSu-27と日本製のFJ-4の空中戦などがあったが日本の優秀な装備を導入していたイランが戦闘では優位に戦い一ヶ月ほどで占領地を奪還し、逆にイラク領への侵攻を始めた。
国連は両国に即時停戦を求めたがイランはともかくとしてイラクはそんな国連の要請など無視し、イランへの攻撃を続けた。
結局、両者の戦争は3年間続くことになった。両国ともに産油国であり資金に余裕があったのとちょうどこの時期は米ソの関係が最も悪化していた時代だったので両国ともにそれぞれの国に支援を積極的に行い。それが戦争が長期化した理由になった。ただ、このときソ連はアフガニスタンに侵攻していたのでイラクを支援する余裕はあまりなかったようである。
1983年にようやく両国は国連の仲介を受け入れて停戦する。
イラクはその後傾いた財政を立て直すために大規模な石油の採掘を始めることにしたが当時は周辺の産油国が大々的な採掘を行い石油価格が暴落しておりそれに激怒したイラクは1990年に隣国のクウェートへ軍事侵攻。
アメリカ主導の多国籍軍が派遣されることとなる第二次湾岸戦争が起きるきっかけとなる。この戦争で多国籍軍に派手にぶちのめされたイラクは独裁者が倒れ民主的な共和国となり、イランとの関係も良好なものになったのだが10年前からイスラム原理主義勢力が政権をとってからは再度イランとの関係は険悪なものとなっていた。
「あいつらイスラエルに徹底抗戦すると言っていなかったか?」
「どうやら北部で手酷くやられたようです」
現在の中東はイスラエルと周辺のアラブ諸国による7度目の戦争が発生していた。実に20年ぶりの全面衝突になっていたがイスラエルがその優れた軍事力を前面に出してレバノンやシリアの一部を占領している。
ことの発端はイスラム原理主義勢力がレバノンやシリアからイスラエル領内に向けて多数のロケット弾を発射したことにイスラエルが報復として越境攻撃を行った。
それに対してシリア・レバノン・イラクが軍を出してイスラエルと全面衝突することになったのだ。中東とイスラエルの対立は基本的にパレスチナの問題にも繋がるのだが今回の衝突にパレスチナ側は関与していない。
現在のパレスチナ政府はイスラエルに融和的なリベラル派だ。
とりあえず周辺諸国に冷静になるように呼びかけているが一度始まった戦いを収めることは難しい。一方で反イスラエルが多いパレスチナ南部では原理主義勢力がイスラエル領内に越境攻撃をしており、イスラエル側は空爆でもって報復を行っていた。
イスラエルと国交を結んでいるヨルダンやエジプトは中立を表明する一方でサウジアラビアは積極的に軍を派遣しイラクなどの支援にまわっている。
さらにイスラエルと対立している各地のイスラム原理主義勢力もイスラエルへの攻撃に参加しておりイスラエル各地や中立を表明したエジプトやヨルダンへの爆破テロを連続して起こすなど中東全体を巻き込んだ争乱となっている。その中でイランとトルコはなるべく関わらないように距離をおいていたのだがイラクはそれが気に食わなかったらしい。
「そもそもクルド人勢力が独立宣言していたはずだが、ウチに軍を差し向ける余裕があるのか?」
「もしかしたら、南部軍が勝手に行動している可能性も…」
「国として末期だな」
国防大臣の推測に大統領は呆れたように呟く。
「しかし、ようやく日本との貿易が再開した矢先にこれか…」
日本はイランにとって一番のお得意様だ。日本はイラン産の石油や天然ガスを最も多く輸出しており、その代わりにイランは多くの日本製品を輸入している。特に兵器などは日本製の兵器が多い。
そして、転移後はしばらく停止していた日本との貿易がようやく再開していた。日本は海軍艦艇を護衛につけているのでさすがのイラクも日本軍相手に攻撃を仕掛けることはしないだろうが。
「パキスタンもきな臭い動きをしていると言う話が」
「まさか、インドに仕掛けるつもりか?」
「人民解放軍の支援があるいは…」
「それで、ソ連まで出張ったらユーラシア戦争だな」
げんなりした表情で物騒なことを言う大統領。
ただ、物騒ながらもユーラシアでは長らく「現実で起きるかもしれない」と言われていたことだ。インドとパキスタンは元々はイギリス植民地のインド帝国であった。第二次世界大戦後にインドは独立することになるが、ヒンドゥー教とイスラム教という宗教対立があったことでインド帝国はインドとパキスタンに分離する。
そして、カシミール地方の領有を巡って両国は対立するようになり過去に3度全面衝突をしていた。これを印パ戦争という。さらにインドはチベット方面で北中国とも対立しており、パキスタンは逆に北中国と友好関係にあったことから次に印パで衝突があった場合は人民解放軍も関与し、更にそれに対抗する形でソ連も軍を送るのではないか――という危惧を周辺国はしていた。
正暦2025年 4月20日
ジブチ共和国 ジブチ市
日本軍 ジブチ統合基地
アデン湾や紅海などに接するアフリカ北東部のジブチにはアフリカで唯一日本軍の軍事拠点が置かれている。基地が置かれているのはジブチの空の玄関口であるジブチ国際空港だ。
日本は空港に隣接する土地をジブチ政府から借り上げて2010年から海軍の哨戒機を2機常駐させていた。
アデン湾や紅海はスエズ運河に繋がる航路があるため転移前は数多くの貨物船などが同海域を出入りしていた。そして、そんな貨物船を狙うソマリアやイエメンからの海賊船が2000年代中盤頃から世界的に問題になっていた。
スエズ運河はアジアからヨーロッパへ物を運ぶ重要な航路であるし、アラビア半島は世界有数の産油地帯だ。そのため多くの国にとってこの地域の治安悪化は無視できないものであった。そこで、各国は共同で軍艦などを派遣しあうことで海賊の取締を行うことにしたのだ。
ジブチに日本海軍が哨戒機を派遣したのもその作戦の一貫だ。
現在、ジブチ基地には海軍のPJ-3対潜哨戒機が3機と整備員。
そして陸軍の警備部隊――約500人が駐屯している。
また、海賊対策活動で派遣される艦艇はジブチ港を拠点にしていた。
ジブチには日本以外にフランスやアメリカそして北中国の人民解放軍が拠点をおいている。ただ、転移によって貿易が完全に停止したこともあって同海域を通行する船舶はほぼ皆無となっているためフランスとアメリカはジブチからの撤退を示唆している。一方で人民解放軍は引き続きジブチに駐屯することを表明しており、日本も現時点では撤収を表明していない。
というのも、スエズ運河の通行量が減ったとしてもアラビア半島周辺の石油や天然ガスは日本にとっては重要なものだ。ただ、日本からジブチまでの距離は転移前の二倍に広がっている。機体は人員などは定期的に交換する必要があるのだが、距離が倍以上に広がっていることから転移してから機材や人員交換は行っていなかった。
そもそも、最初の一ヶ月は日本がどこにあるのかわからない状況だったため隊員たちは「自分たちはもう日本に戻れないかもしれない」と覚悟していたほどだ。一ヶ月後にようやく日本本土と通信がとれるようになり安堵したものの「交代要員を送るには相当な時間がかかる」と伝えられてしまい、本来なら2月に交代するはずだった隊員たちは更に二ヶ月ほどジブチに滞在していた。
外は砂漠地帯で照りつける太陽で灼熱地獄になっているが、宿舎の中は冷房がきいているので暑さは感じない。最近ではフランス軍やアメリカ軍――そして人民解放軍の兵士たちが情報交換とばかりに日本軍基地にやってくることが多い。この日も、アメリカ軍とフランス軍の兵士たちが何人か日本軍基地に来ていた。というのも、各国の施設は空港近辺に集中しているのだ。
「今月中にウチから出発した船団がイランに到着するらしい」
「ほう。随分と早いな」
「ウチにとって油は重要だからな…」
「だが、そのイランはイラクと衝突寸前だという話だが。大丈夫なのか?」
「一応、軽空母とミサイル巡洋艦を護衛につけている。それでイラクが攻撃してきたら――原子力空母か戦略爆撃機でも飛ばして報復するさ」
中々に物騒な事を口にする日本陸軍大尉。
「イラクが何もしないことを心の底から祈るとしよう」
「だが、今の政権はどうだ?思いっきり原理主義派じゃないか」
アメリカ陸軍の中尉が苦笑する横でフランス空軍大尉は船団に対してイラクが何か仕掛けてくる可能性が高いのでは――と懸念する。
「それともまた『ヤマト』でもぶつけるか?確か、新型『ヤマト』を就役させたのだろう」
「大和は今はヨーロッパに向かっているそうだ」
「おお、それは本国が喜ぶな。レールガンを敵中枢に撃ち込んでくれ」
ヨーロッパに大和が派遣されることを聞いて嬉しそうに物騒なことを口にするフランス人。バルカン半島の現状はギリシャ全土が占領されユーゴスラビア南部とブルガリア南部が前線になっている。ベルカ軍はかなりの物量をぶつけており連合軍はなんとか耐えている状況である。
「まあ、しかしこの世界は本当に物騒だな」
「どこもかしこも紛争ばかりだ。このアフリカもな…」
「アフリカの場合は元から安定はしていなかったがな」
などと、他人事のように言い合うアメリカ人とフランス人に対して日本人は内心「そりゃあんたらが好き放題いじったしなぁ」と思いながらも口には出さない。
アフリカで安定している国といえば北アフリカと南アフリカ連邦くらいだ。
このうち、南アフリカ連邦はアフリカ屈指の経済力と工業力を持っておりアフリカの代表として安保理の常任理事国にも名を連ねている。元々は西側陣営だったが最近ではアフリカの代表としての立場から発言することも増えているが引き続きイギリスやアメリカとは友好関係にある。
北アフリカ最大の国のエジプトもまたアメリカと関係の深い国だ。
ただ、それ以外の国は総じて情勢は悪い。
独立前の植民地時代の統治と独立後の社会主義的政策の失敗と東西両陣営の介入による長期的な内戦などで多くの国が国家基盤を整える前に国全体が疲弊したのが主な原因だろう。
アフリカ諸国が社会主義体制に走った理由はソ連の強い介入もそうだが、どの国もヨーロッパによる植民地支配からの脱却を目指し社会主義体制による国土の開発を目指したからだ。
しかし、世界の警察を自認するアメリカや植民地を多数抱えていた西欧諸国は社会主義に染まるのを良しとせずに軍事介入を行ったのだ。
ちなみに、この時の日本は中ソに関しては警戒していたが自国に直接関係のない社会主義国家に対しては基本的に寛容であり経済的支援などをしてしばしばアメリカに睨まれていたことがある。
「それで、俺らはいつになったら戻れるのかねぇ」
早く帰りたいとボヤくフランス空軍大尉。
ジプチには2,500人のフランス軍が駐屯している。空軍の戦闘機部隊と陸軍の連隊を主体としており彼は空軍の戦闘機パイロットであった。
「だが、本国に戻ったら戻ったで戦場に行くことになるがな」
「それでもいいさ。砂漠は見飽きた…」
「それは、同感だな」
ジプチは乾燥地帯であり空港周辺も砂漠が広がっている。
こうして、室内にいるときはエアコンがあるからいいが外に出れば灼熱の太陽の歓迎を受ける。何ヶ月も滞在しているとはいえこの環境は慣れる事ができない兵士は多い。
彼らもこの環境にすっかりと参ってしまっている様子だった。
数日後。アメリカ、フランス及び日本は正式にジブチから軍を引き上げることを表明し。彼らもまたその一週間後にそれぞれの国に戻ることとなった。




