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 正暦2025年 4月14日

 日本皇国 東京市千代田区

 進歩党本部



「これは政府の横暴ですっ!代表この軍備増強計画は絶対に通してはいけません!」


 進歩党代表の鬼塚は眼の前で唾を飛ばさん限りに叫ぶ男を見て内心ため息を吐く。眼の前の男は進歩党に所属する衆議院議員である辻田。

 年齢は40代前半で当選回数は3回だが近年ではテレビの情報バング海によく出演していることから知名度に関しては進歩党所属議員の中でも上位につくだろう。

 辻田は党内の急進左派勢力に属しておりその中でも特に熱心な活動をしていることで党内では知られていた。国会審議においても週刊誌片手に閣僚のスキャンダルや政府の闇を追及した気でいるが、彼が持ち出したネタは大半が証拠も殆どないものばかりなので政府へのダメージに一切なっていない。

 それでも、自分が目立っているからか彼自身は党に貢献している気でいるらしい。実際には「あんなヤツを党の顔として出しているのか」というクレームの電話が彼がテレビに出演するたびに数十件はかかってくる程度には党の支持者からもそれほど評価されていないようだが。


 さて、辻田がなぜこんな感じで鬼塚の前に来たかといえば政府が異世界転移にあわせて国防計画を大幅に見直したからだ。その骨格が公表されたので軍を嫌っている辻田たち急進左派が騒いでいるのである。

 共産中国とソ連という日本にとっての最大の仮想敵国は転移によって今は1万km以上西に存在するので明確な「仮想敵」という存在は消えたことになる。そのための軍の再編を5年かけて実施するというのが今回の国防計画見直しにおいての目玉だと言われている。

 実際、陸軍の人員は現在の約46万人から43万人に減らしている。もっとも減らされる半数は海兵隊へ移籍するだけなので軍人全体が減っているわけではないし、海軍や空軍の規模も現状維持の状態になっている。これは、警備する範囲が純粋に広がったためと国防省は説明している。

 実際に芦原島や南東諸島などといった島々が増えたので鬼塚はこの説明には納得しているが、大規模な軍縮をすべきと主張している急進左派にとっては我慢ならないことだろう。 

 なにせ、海軍の大型空母の建造は継続しているし昨年大騒動になった「大和」もそのままだ。国防費を削って国民に還元すべき!などと言っている辻田たちにとっては我慢ならないことだろう。

 日本の国防費は毎年GDPの3%――国家予算の2割から3割ほどを占めている。とはいえ、国防費の半分は人件費なのだが辻田たちは国防費丸々が兵器に消えているとおもいこんでいる。この部分は何度か説明したのだが彼らの頭の中には残っていないようだ。


(通してはいけないと言うが、衆議院も参議院も与党が安定多数なんだが…)


 与党三党に更に閣外協力をしている右派の国民党を含めれば衆参共に全議席の7割を占めている。更に第二野党の自由党も軍縮案は拒否するだろうから議会の大半を相手に「軍縮」などという提案など通るはずがないのだ。

 下岡政権は発足時から支持率は高水準で安定している、マスコミなどが大騒ぎした「大和騒動」だって世論からの批判はあまりなかったのだ。

 元々、保守党と民政党という二つの保守政党が政権を交互に担当していた時期が長いので日本の世論は世界的に見てかなり保守的だ。安全保障に関しては特に保守的な考えをしている。

 これは、進歩党の支持層であるリベラル層でも同様で軍事面では保守層と変わらない考えをしている。なので、ここで「大規模な軍縮」なんて持ち出したら進歩党の支持基盤まで離れてしまう。喜ぶのは全体の2割くらいしかない急進論者くらいだろう。

 しかも、ノルキア帝国による樺太侵攻が記憶に新しい。

 その中で軍縮なんて言ったら世論から「売国奴」と罵られてもおかしくはなかった。


「代表っ!」

「党として反対するつもりはない」

「なぜですかっ!」

「案に賛成している議員もいるからだ。もちろん、君のように反対する議員もいる。だからこそ党として一致した見解は出さないことにした」

「だからこそ政府にいいようにされるのですっ!進歩党はリベラル政党のはずだ!いつのまに軍国化を許容するようになったのですか!」

「別に軍国化を許容しているつもりはない。君はもう少し『世界情勢』というものを見たほうがいいのではないか?ただ軍縮すればいいと本気でそう思っているのか?」

「当たり前です!人を殺す存在などないほうがいいではないですか!」

「はぁ…言葉を慎みなさい。彼らは国を守るために日々厳しい訓練を受けているのだぞ。実際に樺太が攻撃を受けたとき真っ先に動いたのは彼ら軍だ」

「…失礼します!」


 話しても無駄だと判断したのか辻田は鬼塚のことを一度強く睨むと足音も荒く執務室を出ていった。



「全く。鬼塚も森越も何も分かっちゃいない!この国で一番無駄な予算、それが軍事費だというのに!」


 辻田はその後、幹事長の森越にも直談判しにいったが相手にされなかった。

 両名ともに進歩党内では「保守派」に属しているとはいえ、少しくらい耳を傾けてくれると思っていた辻田はそのあまりな対応に憤りを隠すことができなかった。

 中国もソ連も消えたのだから100万人近い軍人を養う意味はない――というのが辻田の持論だった。だからこそ、軍縮すべきだと主張しているのだが「今の世界情勢では難しい」と国会の国防部会でも言われた。


(今の世界情勢では難しいだと?それはただの言い訳じゃないか!)


 少なくとも日本の周辺は平和ではないか、と辻田は毒づく。

 ただ、彼が言うほど日本の周辺は平和ではない。

 なにせ、日本自身もノルキア帝国によって樺太や北千島が攻撃を受けたし、隣国となったアトラスもまたガゼレア共和国という国から軍事攻撃を受けた。政府や鬼塚代表などはそれをひっくるめて「世界情勢を考えて極端な軍縮はできない」というコメントに繋がっているのだが、辻田は納得できていなかった。



 正暦2025年 4月14日

 日本皇国 東京市千代田区

 保安省 海洋警備隊


 海洋警備隊は日本の沿岸警備隊にあたる準軍事組織・海洋警察組織だ。

 元々は海軍の海上護衛艦隊という一部門であったが、1946年に陸軍憲兵隊の一部と共に内務省に移管され「海洋警備隊」となった。

 今では、内務省からも分離し保安省に属する特別の機関だ。

 日本皇国は広大な領海と排他的経済水域を持っていることからこれらを管轄する海洋警備隊の規模も大きく沿岸警備隊としてはアメリカの沿岸警備隊を上回る規模を持ち、武官だけでも3万人。文官をあわせれば5万人の職員が働いている。

 有事の際には海軍軍令部の指揮下に入ることになっており、実際に1月のノルキア帝国による樺太侵攻時には樺太を管轄している第13管区海洋警備本部が第5艦隊の指揮下におかれ巡視船などが海軍艦艇と共に哨戒活動や後方支援活動に従事していた。


 今回の転移によって管轄する海域が更に拡大化したことから、海洋警備隊においても巡視船及び巡視艇のさらなる増強が計画されていた。

 まあ、ひとえに巡視船増やします!といっても困ったことに国内の造船のドックはあらかた埋まっているし残っているの中小の造船所くらいしかない。さすがに中小の造船所で大型巡視船を建造することは難しく(巡視艇ならば問題なく建造できる)今、必要に迫られている大型巡視船をどこへ建造するかで装備技術部船舶課の職員たちは頭を悩ませていた。

 なぜ、大型巡視船が必要とされているかと言えば船団護衛で使うためだ。

 海軍と共に海洋警備隊は大型巡視船をユーラシアやヨーロッパ方面へ向かう貨物船やタンカーの護衛を務めている。更に、通常の領海警備任務もあるため大型巡視船の数が足りないのだ。

 現在海洋警備隊が保有しているヘリコプターを搭載する大型巡視船は32隻。

 平時なら十分に足りていたし、中型巡視船とあわせれば領海内警備も十分に出来ていたのだが中型巡視船は長距離任務には適さないのでどうしても船団護衛はヘリコプターも搭載できる大型巡視船に頼らざるを得ない状態だった。

 一応、海軍も護衛艦や軽空母などを出しているが、最近はアメリカで日本製電子部品の需要が急速に高まっている影響で多数の貨物船がピストン輸送のように行き来しておりそれにあわせて海軍も艦艇を出しているので海軍さえ余裕がない状態になってきていた。

 

「どこもかしこもドック埋まっているとかどういうことだ?」

「海外からの発注がすごい勢いでふえているらしい」

「造船会社にとっては景気が良い話だな」

「我々にとっては全く喜ばしくないがな」

「海軍もドックがあいてなくて困っているらしいな」

「あいつらはいいだろ。自前で造船所あるんだから」

 

 この場に海軍の人間がいたら「自前の造船所つったってあそこで定期整備しているからいうほど空きなんてないんだぞ!」と反論していたであろうが残念ながらこの場に海軍の人間はいないので誰も反論しなかった。

 むしろ「確かにあいつら自前の造船所持っていて何がドックの空きがないだよ」と同意する声が聞こえてくるほどだ。


「まあ、海軍のことはなんだっていい。今はドックの問題だ。各造船会社はなんと言ってるんだ?」

「半年後なら空きはあるそうです」

「なら、それを確保しておこう。海軍にとられるなよ」

「わかりました」


 指示された職員は早速造船所を抑えるべく電話をかけに向かった。


「パナマ運河が使えればヨーロッパ航路はもう少し楽だったんだがな…」


 太平洋と大西洋を結んでいたパナマ運河は転移直後から稼働停止状態だったがフィデスによる中米侵攻によってパナマ運河地帯もフィデスによって占領されていることから使用することはできない。

 現在、日本からヨーロッパやアメリカ東海岸へ向かうにはカナダの北方沖を遠回りするルートしかない。この海域、転移前は北極圏だったので常に流氷や氷山などがある海域だったのだが転移によって流氷も氷山も姿を消したことから一般船舶でも通行可能な海域となった。ただ、沿岸部は北極圏に属していた未開の土地なので補給拠点などはない。

 カナダ政府はこの地域に拠点となる港湾を作る計画をたてているが現地の環境を破壊する行為だと環境保護団体などから強い反発を受けており仮に建設をするにしてもかなり長い時間がかかる。

 幸い。現代の船はそこまで頻繁な寄港を必要としていないし。アリューシャン列島にダッチハーバーがあることから今のところ大きな問題は起きていないが転移前に比べると余計に時間がかかっており、これらは輸入品の価格にも影響をもたらしていた。

 ちなみに、日本からヨーロッパ(フランス)までの距離はおおよそ2万キロである。


「ユーラシア航路は人民解放軍やソ連太平洋艦隊にずっと見守られているらしい」

「そっちもそっちでやばい海域だな…」

「どうせ、あれだろ。海軍の連中が監視していた腹いせ」

「さすがに民間船舶を攻撃するような真似はしないだろうが、現場の奴らはさぞかし神経をすり減らしているだろうな」


 結局、造船所問題は暫くの間解決できないことがわかったのでこれまで軍艦建造のノウハウのない造船所に中型や小型巡視船を発注することで空いた枠に大型巡視船をいれることで解決することにした。


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