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正暦2025年 4月13日
バルカン半島上空
ベルカ帝国によるバルカン半島への武力侵攻が始まって3ヶ月経った。
地上の戦いは前線がギリシャからユーゴスラビア連合の南部へと少し後退していた。ただ、これは連合軍がギリシャからユーゴスラビアへ移動したことで起きた後退であり戦線としては引き続き膠着状態が続いていた。
ギリシャに隣接するブルガリアも一部がベルカによって占領されているがこちらも連合軍の部隊が整うと戦線としては膠着している。ただ、数の上ではベルカ軍が有利なのは変わらない。
連合軍が戦線を膠着させているのは優秀な兵器と、航空部隊の支援があるからだろう。ただ、その航空部隊も連日のように続く空戦で人員の体力面・精神面の疲労――そして、ミサイルなどの不足に直面していた。
ミサイルなどに関してはアメリカやドイツなどで増産体制に入っており今月になってから前線にも届くようになった。パイロットに関しても各国の航空部隊がローテーションを組むことで対応している。
更に、今月になって日本とイギリス、中華連邦などから戦闘機とパイロットが応援という形でイタリアに到着したので人材や機体面も徐々に余裕は出てくるようになった。
もっとも、ベルカ側は戦闘機でも圧倒的な物量を投入していた。
バルカン半島上空をNATO軍のE-10早期警戒管制機が飛行している。
戦場なので周囲にはアメリカ空軍のF-15F戦闘機が護衛として飛行している。
「まだまだ、飛んできてますね…」
「奴らは一体どれだけの数の戦闘機を持ってるんだろうな」
レーダー上に出現する無数の敵機の反応。その数は約50機。
すべてベルカ帝国から飛んできたものだ。
ベルカ帝国本土への攻撃が始まる前は100機以上の戦闘機が毎回飛んできていたのでそれに考えればマシだろう。まあ、そんなことを考えていたらレーダーに追加の戦闘機が出現したので「こいつら一体いくつ大規模基地もってんだよ」とレーダー管制官は舌打ちしてしまったが。
AWACSからの速報によって各地の空軍基地からヨーロッパ諸国やアメリカの戦闘機が続々と上がっていく。一部は地中海に展開している空母から飛び上がった艦載機もある。
その数もおおよそ100機だが、その大半はドイツやフランスそしてアメリカ軍機である。
ベルカ帝国の戦闘機の性能は大半が第3世代。一部にF-16相当の性能をもった第4世代機が確認されているが、時折第2世代機も飛んでくるというかなりバラエティが富んでいる。最初期は爆撃機も頻繁に飛んできたし、対地ミサイルなども飛んでいたがこれらは最近あまり飛んでくることがなかった。
「早速始まったな」
「数は厄介だが。性能自体はこっちが圧倒しているんだよな」
「その数の多さのせいでミサイルが足りなくなっているようだがな」
レーダー上で次々と消えていく敵機に対して迎撃に出たヨーロッパ側の機体の被害はほぼない。
「終わったか」
大部分の敵戦闘機は撃墜され残りの戦闘機もベルカへと戻っていった。
後追いしたところで今度は大量の迎撃機が飛んでくるのがわかっているので迎撃に上がった戦闘機たちはすぐに基地へと戻した。
「連中の戦闘機いつになったらなくなるんですかね」
「無限に戦闘機があるわけじゃないから、いずれなくなるとは思うんだがな…敵の情報がさっぱりわからないからなぁ」
偵察衛星などを使ってベルカ帝国の撮影は出来ているが直接現地で調査することができないので、未だにベルカ帝国に関して不明な情報は多い。アトラスのように完全に異種族の国というわけではないので潜入調査はできるがその分リスクも大きいため各国の情報機関はそこまで踏み込んだ潜入調査は実施していない。ただ、少なくとも戦闘機だけでも数千機は確実にいるだろう、というのがNATO上層部の見解だ。
「ただ、監視だけでよかった地球が平和に思えてくるよ」
「ソ連が戦闘機飛ばしてもただの挑発でしたしね…」
この世界に転移してから三ヶ月。
あちこちから聞こえる「地球のが平和だったんじゃ…」という声。
まあ、そんなの言っているのは彼らのような先進国の人間くらいなのだが。
ブルガリア共和国 南部
ベルカ帝国陸軍 第5装甲軍団
ベルカ帝国陸軍第5装甲軍団は3個装甲師団と2個歩兵師団によって構成された機甲軍団であり、現在はブルガリア攻略に投入されていた。
戦車2000両あまりを擁する第5装甲軍団だが状況はあまりいいとは言えなかった。現在第5装甲軍団が対峙しているのはフランス軍を主体とした連合軍の機甲部隊なのだが、連合軍側は濃密な航空支援がついて居る一方でベルカ側は航空支援が殆どついていないことから数で勝っていても空からの攻撃によって損害は拡大し続けていた。
「空軍からの支援はまだか?」
「それが…支援は出したが敵戦闘機の妨害にあい壊滅したと」
「くそっ!」
頼みの綱である空軍の支援が得られないことに軍団長のオールソン中将は苛立ちげにデスクを叩く。
「例の新型機は出しているんだよな?」
「空軍からはBfn-24はたしかに出撃させていると」
Bfn-24はベルカが開発した新型機だ。その性能は第4世代機に匹敵すると言われており、現時点で60機あまりが配備されていて、空軍はその内の半数を西部航空軍に配置し陸軍の支援に出していたが連合軍の戦闘機を前にその多くは結果を残すことなく撃墜されていた。
空軍はこれ以上損害が増えると困るということで今後はBfn-24を前線に投入することをやめようと考えていたがこのことは陸軍の前線へ伝えられていなかった。
「このままの状況で進軍は不可能だぞ…」
ベルカ帝国 帝都・アンベルク
空軍総司令部
「Bfn-24でも抑えられんか…」
空軍総司令官のレーゲンス元帥は空軍の損害に関する報告書を見て頭を抱える。
ベルカ空軍は戦闘機だけで12,000機ほど保有しているが、そのうちの2割ほどを今回の戦争で失った。直接の戦闘に失った数も多いが、一番多いのは西部の主要基地ごと破壊された機体だ。作戦を担当していた西部航空軍は全作戦機の半数を失う状態になっており現在は北部航空軍などからまわされた機体を使っているがそれでも被害を抑える事はできていない。
陸軍からは「航空支援がなければ進軍はままならない」と突かれているが空軍としてもやれることはやっているわけで、文句を言われたところで対応はできない。
新型機のBfn-24は第4世代機相当の機体だが連合軍の第4.5世代にアップグレードされたF-16E/FやF-15Fそしてステルス機であるF-35Aには電子装備も武器そのものも劣っており遠距離から一方的に撃墜されているような状況だ。
こんな状況で戦闘機だけを出しても被害が増えるだけだし、パイロットだって無限にはいない。
「海軍の機動艦隊は何をしているんだ」
「艦載機の大半を先日の航空戦で失ったそうです。今は、水上艦のみの運用になっているとか」
これまで殆ど動いていない海軍はというと、艦載機の大半を失ったことから空母の運用を休止し、今は水上艦と潜水艦のみを動かしている。連合軍の機動艦隊が空母6隻なこともあり海軍は戦力を維持するために積極的な攻勢は仕掛けていなかった。
「高い予算をつけて作った機動艦隊は動かないとはな」
今後の大陸外へ進出するには機動艦隊が必要だ――などと力説していた海軍司令官の顔を思い浮かべ思わず苦い顔になるレーゲンス。
空軍の優秀なパイロットも何人も引き抜いた結果がこれである。
「水上艦だけでも動かしてもらいたいところだがな」
「多額の予算を投入したのです。海軍もあまり使いたくないのでは?」
「それでは高い金をかけた意味がないではないか」
「そうですね…」
なんのための軍艦だ、とボヤくレーゲンスであった。




