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アーク歴4020年 4月7日
アトラス連邦共和国 フローリアス諸島 ノーリッポ島
アトラス連邦陸軍 第1海兵旅団 第1海兵大隊
ガゼレア艦隊が海軍の攻撃によって壊滅している頃。
ノーリッポ飛行場には数機の輸送ヘリコプターが到着し機内から次々と兵士が降りていた。彼らは、第1海兵旅団に所属する兵士たちでノーリッポ島にやってきた最初の援軍であった。
アトラス連邦軍の海兵隊は陸軍に所属している。
これは、他の陸軍部隊との指揮系統を統一する都合でもあった。
「お待ちしておりました。ロビン中佐」
「状況は?」
「奴らは一度陣形を整えるために市街地へ後退しています。島には約3000人が上陸しているものと考えられ戦車は20両。装甲車は100両ほどがすでに揚陸済みです」
大隊長のロビン中佐が、守備隊長の少佐から島の状況を聞く。
すでに島には、3000人が上陸していた。島一つを攻め落とすには十分な戦力といえるだろう。ただ、ガゼレア軍が派遣した兵力では全体の3割程度でしかない。残りは揚陸艦と共に沖合の海に投げ出されていた。
「すでに、第2大隊も揚陸艇で上陸を開始している。戦車も連れてきてはいるが数はそれほど多くはない。敵戦車はどういったものだった?」
「対戦車部隊からの報告ですが、少なくとも手持ちの旧式対戦車ミサイルでも十分に対応できたとのことです。装甲はそれほど強固ではないのかもしれませんが、数で押して来られると厳しいですね。それほど数はありませんので」
「それに関してはこちらが対応しよう。程なくすれば空挺師団も到着する予定だ」
「空挺師団もですか!」
守備隊長は内心「これで問題はない」と歓喜する。
空挺師団はアトラス陸軍最強部隊として内部で知られている。そんな彼らが投入されるのならば勝利は固いと守備隊長は確信した。
「ああ、海軍の連中が邪魔な戦闘機を片付けてくれたからな。ガリアの空母はこれ以上の被害を避けるためか後退している。まあ、一緒にいたガゼレア艦隊が壊滅したから作戦の継続は不可能と考えたのだろうな」
「なら敵の増援の可能性は?」
「そのあたりはまだわからない。ガゼレアにそんな余裕はあるとは思えんがガリアならば余力は十分だろう。ガリアが本気で我が国と事を構えるつもりならばすでに派遣しているかもしれない――まあ、今は目の前の敵の対処だけを考えよう」
「はっ!」
こうして、島内の形成もまた逆転することになる。
第1海兵旅団に引き続き、空挺師団の1個空挺連隊も投入されたことでアトラス側は反撃に転じる。一方の、ガゼレア上陸部隊は艦隊が壊滅したことで補給物資の大半を喪失するという緊急事態に陥っていた。
海軍が壊滅したことで兵士の士気もかなり下がっているし、先程からヘリコプターの音などが聞こえるのでアトラスが部隊を増強しているのがわかり更にその士気はなおも下がった。
それでもこの時の彼らには「蛮族共に降伏なんてできない」と考えていたため降伏は選択肢に入っていなかった。だが、それもアトラス軍が姿を現して霧散することになる。
これ以上戦っても被害が出るだけだと察した上陸部隊の指揮官は降伏することを決意する。若手の士官の中では「降伏なんてできない!」と抵抗したものの、兵士の士気が極限まで下がった状態を考えて最終的に指揮官権限で降伏することが決まった。
降伏した兵士はアトラス軍によって捕虜収容所へ移送された。
ノーリッポ島の戦闘は三日ほどで終了した。
もっとも、戦争全体を終わらせるにはガゼレア政府と直接対話する必要がありアトラス政府にとっては最も難しい仕事であった。
アーク歴4020年 4月9日
アトラス連邦共和国 ヴェルス
大統領府 地下司令部
「まずは一段落といったところですか…」
「まだ、油断はできません。ガゼレア軍は削れましたが、ガリア軍はほぼ無傷ですから。追加の攻撃を行う可能性は高いかと」
ノーリッポ島の戦闘は終わったが戦争自体はまだ終わっていない。
というよりも、攻撃を仕掛けてきた2カ国とアトラスは当然ながら外交関係を有していないし両国と交流を持っている第三国の心当たりもない。唯一心当たりがあるとすればルーシアだが、そのルーシアがこの世界のどこにあるのかはまだ分かっていない。仮に、ルーシアを見つけて両国と交渉を行うとしても人間主義者しかいない国とまともな外交交渉ができるとは思えない。
「――まず最初はガゼレアに対しての報復攻撃を行いたいと考えています」
「具体的な手段は?」
「巡航ミサイル潜水艦による軍事施設への報復攻撃です。幸い衛星でガゼレアの軍事施設の位置は大まかに判明していますし、我が国周辺の海底調査も進んでいるので。潜水艦の運用には大きな制約はありません」
巡航ミサイル潜水艦――核兵器や弾道ミサイルを保有しないアトラス海軍にとっては最強の矛といえる存在だ。国産の超音速巡航ミサイルを搭載しており敵地に対してそれらの飽和攻撃を行う。この世界においては海底の状況などが判明するまで潜水艦の運用は控えられていたが、それもこの3ヶ月あまりでアトラス周辺にかんしては調査が終わっている。
巡航ミサイルの射程は3000kmを超えるのでアトラスから少し離れたところからガゼレアの軍事施設に対してピンポイント攻撃をするのは十分に可能だと国防省は考え報復に潜水艦を使うことを決めていた。
というのも、今回の攻撃に関してアトラス世論は当然ながら激怒しており、ガゼレアやガリアへの報復を求める声が日増しに高まっている。政府としてもこのまま放置するわけにはいかなかった。
「ただ、そこから先は全く決まっていません。ガゼレアへ軍を進め占領することは可能でしょうが――ガゼレア人は恐らく我々を認めることはなく徹底抗戦することがかんがえられます。そうなれば泥沼の戦争が始まります。PTO加盟国に助力を得るとしても現状ガゼレアをおとしたところで我が国にメリットはありませんね」
そもそも予備役含めても26万人ほどのアトラス陸軍では島国とはいえ国一つ制圧するのはかなり厳しい。しかも、相手はエルフを人間とも思っていない国なので国の内部から講和に向かわせるのもかなり苦労するだろう。
そんなのに時間を浪費したくない――というのがアトラス外務省と国防省の一致した見解であった。
「現時点で警戒すべきなのはガリアでしょうね。ガリアは今回ほとんど動きを見せなかったに等しい。もしかしたら、これを見越して追加の軍を送り込んでいる可能性はゼロではないでしょう」
「…そうですね」
ノーリッポ島を含むフローリアス諸島周辺にはしばらくの間第1機動艦隊と第3機動艦隊が展開しガリア帝国の動向を監視するようになるが、この時点ではまだガリア帝国は大きな動きを見せることはなかった。
アーク歴4020年 4月10日
ガリア帝国 帝都・サンパール
ガリア帝国はガリア大陸という一つの大陸すべてを国土としているアーク5大国の一角を成す超大国の一つだ。人口は約3億人。
ガリア大陸はオーストラリア大陸の1.2倍ほどの大きさをした大陸であり転移前は大東洋と呼ばれるアーク極東部に位置していた。かつては小国であったが産業革命後に国土を広げていき今から120年前に大陸全土を統一し以後はそれを維持し続けている。
今では人間主義国家の盟主とされているが、元々ガリア大陸事態亜人に対しての偏見や迫害が強い地域でありガリアに征服された国々も亜人に対して厳しい仕打ちをしてきた。統一後も盟主的な立ち位置の国は他にあったのだが時代が経過すると共に人間主義を掲げる国も減っていき、今ではガリアやガゼレアを含めて十数カ国しか残っておらず、残っている国の殆どもアーク極東部に集中していた。
帝都・サンパール
サンパール城
「ガゼレアの作戦は失敗か」
「はっ!アトラスによる反撃で上陸部隊は壊滅。主力の第1艦隊も殆ど残存艦はいないとのことです」
ガリア帝国の第24代皇帝であるレオン4世は首相からガゼレアと共同で行ったアトラス連邦に対しての攻撃が失敗したことを伝えられていた。攻撃はあくまでガゼレアが主体であるが、ガリアも空母と巡洋艦を1隻ずつ派遣していた。ガリア側の損害は空母の艦載機が何機か撃墜されたくらいで派遣艦そのものに損害は出なかった。一方でガゼレア側は主力といえる艦隊と陸軍の主力が壊滅したのでこれ以上大規模な軍事作戦を行うのは無理だろう。
「ガゼレアの国力を考えればアトラスに喧嘩を売るのは無謀だとわきりきっていたはずだが…ガゼレア政府も軍部の過激派を抑えることはまず無理か」
「我が国も軍部の一部が本格的にアトラスへの武力侵攻を進める意見が多数上がっています」
「相変わらず血の気の多い奴らだ。アトラスはあのルーシアすら恐れた国だというのに」
「彼らにとっては亜人は自分たちより劣った存在という認識のようですから」
「実際は我々人間よりも優れていた――だからこそ、過去の人間はそれを恐れ数でもって亜人を弾圧したというのが本当の歴史なのだがな。先人たちがその過去を隠すために余計なことを広めたせいで、今ではすっかり亜人は人間に劣る存在だという認識が広がってしまった」
全く嘆かわしい、と皇帝は呟く。
人間主義国の政府上層部の全員が差別主義者なのかといえばじつは違う。
ガリアにせよガゼレアにせよ政府首脳は比較的常識が見えている。そうでなかったら今頃どちらも国として存続していないだろう。
「それで――仮に、アトラスへ攻め込んで。我々は勝てるのか?」
「国防大臣いわく五分五分らしいですが。恐らくは多くを見積もった結果でしょう。実際は勝率は2割を切っているかと」
「ならばしばらく様子を見たほうがいいだろうな」
皇帝の一声があれば軍部の反抗も抑える事はできるだろう。
絶対君主制というわけではないが、皇帝の政治的影響力は他の君主国に比べても遜色ないかむしろ他国よりも強い権限が皇帝に与えられている。過激派が多いと言われている軍部もさすがに皇帝の鶴の一声には耳を傾けるので納得はしなくても動きは止めてくれるだろう。
「アトラスと秘密裏に交渉ができれば楽なのだがな…」
表立ってやれば国内の強硬派が暴れだすのはわかっているので皇帝はなるべく内密に話を進めたかった。もっとも、アトラスとの外交チャンネルは一切ないので交渉しようにも交渉することができない。
そもそも、今回の軍艦派遣。皇帝や首相が知ったのは2隻がガゼレア海軍と合流した時だった。それまで軍部は「ガゼレアと演習を行う」と首相たちには話しており、首相たちはそれ以上の情報を知ることができなかったのでそれを信じるしかなかった。しかし、実際はアトラスへの武力攻撃のための支援のために派遣されたものであった。
これで、ガリアも一気に「当事国」になってしまったことに穏健派の首相や外務大臣は頭を抱えたという。アトラスは自国に危険が迫らない限りは問題ない――というのが彼らがルーシア連邦から聞いたものだが、危険どころか軍事侵攻に大きく関わっている今回はガリアがアトラスの報復対象へ確実に入っているだろう。
「それで、防衛策をどうする?」
「軍部の連中は特に何も考えていないようです。むしろ『第1艦隊のすべてを派遣すればよかった』とか『我が国も地上戦力を派遣すればよかった』などという言い争いを続けている始末でして…」
「アトラスが報復に出ると考えていないわけか」
「仮に報復してきても返り討ちにできると考えているようです」
「…やはり、先人たちが歪めた歴史の問題は根深いな」
アトラスによる「報復」が、ガリアの軍事施設に向かって行われたのはこの二週間後であった。




