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アーク歴4020年 4月6日
アトラス連邦共和国 ヴェルス
大統領府
ノーリッポ島が攻撃を受けたという報告は国防省から大統領府にも伝えられた。ブラウン大統領は地下にある危機管理センターへ直接出向き、現地などから寄せられる情報を直接聞いていた。
「ノーリッポ島の市街地は攻撃によって壊滅状態――レーダー基地も破壊されたようですが、飛行場に関しては守備隊が粘り強い防衛を行っており現在の所なんとか死守しています。すでに、第1任務部隊から空母艦載機が発艦しておりガゼレア艦隊に対しての攻撃を実施予定です。第1海兵旅団は明日にはノーリッポ島に到着予定です」
「上陸した敵兵力はどれくらいですか?」
「現時点では一個大隊規模だという報告ですが、恐らくすでに一個連隊規模は上陸していると考えられます」
「奴らの狙いは我々エルフだろう。エルフがいなくてさぞかし悔しがっているだろうな」
国防省官僚の報告を聞いた閣僚の一人がそう言って笑う。
一方で別の閣僚は「市街地に無差別を攻撃するとは。これだから人間主義者共は…」と居住地に無差別攻撃をしたガゼレアやガリアへの憤りを隠しきれないとばかりに憮然としていた。
集落に対しての無差別攻撃は明らかに国際法違反だ。
アークにも地球と同じように民間人や非軍事施設を狙った攻撃を禁じる国際条約が存在する。締結した都市名からとられた「ハースヴィン条約」という名前で多くの国々がこの条約に批准しており、その中にはアトラスと対立しているルーシアやフィデスも名を連ねている。そう、何度もフローリアス諸島を巡って対立してきたフィデスですらこういった条約には批准しているし、実際にアトラスに攻撃を仕掛けるときも軍事施設に限定した攻撃を行っていたし、ノーリッポ島などにも過去に上陸したことがあるがその時も住民たちには一切手を出さなかった。まあ、手は出さなかったが「ここはフィデス領だから出ていけ」とばかりに住民たちを半ば追い出したのでアトラス国民の対フィデス感情は最悪といっていいほど悪いが。
その後の会議では第一空挺旅団が追加で派遣されることが決まり解散となったがブラウン大統領は引き続き現地の情報を得るためにしばらくの間危機管理センターで待機していた。
ノーリッポ島沖 上空
アトラス連邦海軍の主力艦上戦闘機「AF-8」
アトラス航空産業が開発した双発の艦上戦闘機だ。
第4.5世代機にあたりステルス性能はないが多彩な兵装を搭載することができる高い汎用性を評価されている戦闘機だ。アトラス海軍では300機の「AF-8」を運用しており、友好国の空軍や海軍からも購入されており全体で500機ほどが製造されていた。
第101戦術飛行隊は空母「トレイバス」の第1空母航空団に所属している飛行部隊であり今回、ノーリッポ島救援のために対艦兵装を搭載した6機とその護衛として対空兵装を搭載した4機――あわせて10機がノーリッポ島へ向かっていた。
目標はガゼレア・ガリアの連合艦隊。
攻撃機が搭載しているのはASM-100対艦ミサイル。
超音速の空対艦ミサイルであり射程は500km。海面スレスレの超低空を超音速で飛翔することから発見されにくく仮に発見されたとしても迎撃が難しいとされている。ガゼレア軍の防空能力はわからないが少なくとも「エージス艦」でも対処は難しいと前世界では言われていたミサイルだ。
攻撃隊はこのASM-100対艦ミサイルをそれぞれ4発搭載していた。
どこぞの南にある島国と同じ発想をしている。
攻撃隊はガゼレア艦隊まで残り400kmのところで対艦ミサイルを発射する。撃ちっぱなしミサイルなのであとは「トレイバス」に戻ればいいのだが燃料にまだ余裕があることからノーリッポ島に攻撃をしているガリア海軍の艦載機もついでに落としてくるように早期警戒機に指示されたことから、攻撃隊は先にトレイバスへ戻り4機の護衛戦闘機がガリアの戦闘機を撃墜するためにノーリッポ島へ向かう。
『こちら『ラディン・アイ』現在ノーリッポ島はガリア軍機による攻撃を受けている。すでにレーダーサイトは破壊されている。各機に告ぐ。飛行場が破壊される前に敵機を追い払え』
「『シューター1』了解した。侵略者共をフローレン海に沈めてやるよ」
早期警戒機からの報告に答えながらパイロットのロビン・ニール大尉は獰猛な笑みを浮かべる。
程なくしてレーダーに数機のガリア軍機が映し出された。
ガリア海軍の主力戦闘機「Gar-66」だ。
ガリアの国営軍需企業が開発したジェット戦闘機だが、使われている技術としてはだいぶ古く第3世代相当の機体で外観はF-5「タイガー」に似た姿をしていた。
「こちら『シューター1』敵機をロックした」
『攻撃を許可する』
「了解。ミサイル発射!」
発射されたミサイルは射程200kmを超える空対空ミサイル。
誘導にAIを用いていることから高い追尾性をもっている。
ガリア軍機はミサイルの接近に気づき慌てたようにフレアやチャフでミサイルの機動を変えようとするが効果はなくそのままミサイルの餌食となる。
ガリア軍機のパイロットたちは突如として出現したアトラス軍機に大いに慌てたようで組織だった動きが全くできていない。それを目視で見たニール大尉「おいおい、連中は素人かよ」と呆れながらも編隊が崩れた敵機に向かって突っ込む。敵機からもミサイルや機関銃が放たれるがパイロット歴10年でフィデス軍機との空中戦も戦ったことのあるニールにとってはたいした脅威ではない。
アトラス側は電子戦機の支援も受けていることから敵ミサイルの追尾性能も大幅に下がっておりミサイルなどは難なく回避でき、その間に背後にまわりこんで機関銃でもって敵戦闘機を排除していく。
数分もすればノーリッポ島に攻撃を仕掛けていたガリア軍機は消え、そのかわりにアトラス軍機だけが飛んでいた。
「ルーシアから支援を受けていたって噂だったが――それにしても随分と呆気ないな」
所詮は長く鎖国し他国と交流のない国か――ニールは内心思いながら残り少なくなった燃料を補給するために母艦へと戻った。
ガゼレア海軍 第1艦隊
攻撃機によって発射された対艦ミサイルは海面スレスレの超低空をマッハ2の速度で飛翔していた。ガゼレア海軍のレーダーはこの海面スレスレを飛翔するミサイルを探知することができなかった。これは、艦隊を組んでいたガリア海軍の艦艇でも同じだ。
彼らの中で最も早くミサイルの存在に気づいたのは、外で見張りをしていた水兵だった。
「ん?あれは…」
水平線の向こうから何か小さい物が見えた気がした水兵は目をよくこらしてみた。それはだんだん近づいていくと同時に正体を察した水兵の顔は青褪めていく。水兵は慌てて無線に向かってこう叫んだ。
「み、ミサイルと思われる物体が急速接近中っ!」
「ミサイルだと!?」
CICにいた艦長はすぐにレーダー員を見ると彼は青褪めた顔で首を横にふった。つまり、今の今までミサイルはレーダーに映っていなかったということだ。
「対空戦闘用意!SAM発射急げっ!」
「ガゼンヴィア」にはニ種類の対空ミサイルが搭載されている。
射程30kmの個艦防空ミサイルと、射程120kmと艦隊防空ミサイル。
いずれも、ガリア帝国から輸入したものだ。
しかし、ミサイルの発見があまりにも遅すぎた。
「ダメです!SAMでは間に合いません!」
「近接防空で対処しろ!」
艦長は仕方なく主砲とCIWSによる迎撃に切り替えた。
ガゼンヴィアには艦首に130mm速射砲。CIWSとして30mm機関砲が艦首と艦尾に1基ずつ設置されていた。レーダー連動により主砲とCIWSが濃密な弾幕をはるがこれも効果はなかった。
「だめです!」
「総員衝撃に備えろ!」
艦長が艦内放送で伝えるのとミサイルの着弾は同時であった。
ガゼンヴィアの左側面に対艦ミサイルがニ発命中した。
アトラス軍が発射したのは1発で駆逐艦を戦闘不能に陥らせることができるミサイルだ。そんなミサイルがニ発命中した「ガゼンヴィア」はあっという間に船体が真っ二つに割れてそのまま沈んでいった。
ミサイルは周囲にいた他の艦艇にも次々と命中する。
乗員たちは退艦する暇もないままに艦と共に海へと沈んでいく。
艦隊の中で生き残ったのはかろうじてミサイルの迎撃に成功したガリア海軍の2隻のみであった。2隻はそのままガリアへと戻っていった。
一方で揚陸艦部隊にもアトラス艦隊の水上戦闘艦から発射された対艦ミサイルが殺到していた。ガリアよりいくらか性能がおちた兵器を輸入していたガゼレア軍は殺到するミサイルの迎撃ができずに次から次へとミサイルが命中――そして沈んでいった。最終的に揚陸艦隊はフリゲート艦が1隻だけかろうじて生き残ったがそれ以外のフリゲート艦や揚陸艦などはすべてが沈みガゼレア軍のアトラス遠征艦隊は壊滅した。




