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アーク歴4020年 4月6日
アトラス連邦共和国 フローリアス諸島 フロアンス島
アトラス連邦海軍 フロアンス基地
フローリアス諸島の主島・フロアンス島。
面積は択捉島とほぼ同じ大きさをしており島の形は択捉島と同様に東西に少し細長い。フロアンス島には50万人の住民が居住しており、島内には空軍基地を兼ねた国際空港や空母が複数隻停泊できるような港などが整備されていた。
アトラスは全体的にエルフの数が多い国だが、このフロアンス島は例外的に全住民の3割が人間であるなど他の地域に比べて人間の人口が多い。
元々アトラスの一部になる前は単独の「フロアンス王国」としてフローリアス諸島の大部分を領有していたが、フィデスの前身となった「フィデス王国」による介入が頻発したため、フロアンス政府は近隣にあった大国である当時の「アトラス王国」に自ら併合を要請。アトラス側がそれに応じる形で同国を併合したのだ。
それがちょうど今から500年前のことで、以後同地はアトラス王国及びその後継であるアトラス連邦の領土となった。
これにフィデス王国はアトラスに猛抗議するのだが、当時のフィデス王国はアトラスに匹敵する海軍はもっていなかったことから最終的に同地の領有を諦めた。
もっとも、フィデスは数百年後。軍事革命によって「フィデス人民共和国」となり再度フローリアス諸島の領有を主張しアトラスと対立することになるのだが――。
そういった歴史的背景もあり、当初からフロアンス島などには大規模な軍の拠点が設営されている。これまでフィデスとの戦闘でフローリアス諸島ではノーリッポ島など幾つかの島が占領されているが、同島の政治・経済の中心であるフロアンス島が占領されたことは一度もなかった。
現在、フロアンス島南西部にあるフロアンス海軍基地には2隻の空母が補給のために停泊していた。第1機動艦隊の旗艦である「トレイバス」と第3機動艦隊の旗艦「トーラス」だ。
どちらも、付近に停泊している巡洋艦や駆逐艦に比べると大きいが満載排水量8万トンを超える「トレイバス」のほうが「トーラス」に比べるとやはり一回り以上大きい。
同国最大の艦艇である「トレイバス」は国民の間でも高い人気がある。
一般公開はされていないがその巨体は離れたところからも見えるので港近くにある高台には近所の住民たちが2隻の空母が隣り合う姿を一目見ようと集まっていた。
その中には、情勢が不穏であるとして政府から避難を命じられフロアンス島へ避難してきたノーリッポ島の住民もいる。
「あれが『トレイバス』か…」
「これがあれば人間主義者共なんて簡単にケチらせるだろう」
「そうだな。そうなれば、俺らも早くノーリッポも戻れる」
二人の住民はそう言い合いながらその場を離れた。
フロアンス海軍基地 司令官執務室
「た、大変です!」
「どうした?お前が慌てるなど珍しい」
フロアンス海軍基地司令の少将は慌てて自身の執務室に飛び込んできた副官の中佐を驚いたように見る。普段は冷静沈着でめったに慌てた様子を見せることのない中佐にしてはこの反応は珍しい。
だが、中佐から次に発せられた言葉で少将は彼がなぜここまで慌てたのかをすぐに理解することとなる。
「ノ、ノーリッポ島からガゼレア軍による攻撃を受けているとたった今報告がありましたっ!」
フローリアス諸島 ノーリッポ島
港に近いノーリッポ島の市街地ではあちこちから煙が立ち上っていた。
その理由は二時間前。ガゼレア海軍の艦艇から発射された巡航ミサイルが市街地に着弾したからだ。市街地には攻撃目標になるような軍事施設はないのだが、ガゼレア軍は「意図的」に市街地を攻撃目標にしていた。
しかし、ノーリッポ島にはもう民間人はいない。
いるのは、島を守るために居残っていた兵士たちだけだ。
「侵略者共め…好き放題しやがってっ!」
ガリッと悔しげに奥歯を噛みしめる陸軍の戦闘服を着たエルフの青年。
彼は、このノーリッポ島で生まれ育った。
そして、祖国を守るために軍人に志願し今はノーリッポ島に駐屯している陸軍の警備隊に所属する兵士長だ。ノーリッポ島は過去にも攻撃を受けたことがある。いずれもアトラスと対立するフィデスとであり、青年も幼少期に実際に経験している。その時に必死に戦う兵士たちの姿を見たことで青年は自分も祖国や故郷を守りたいと思って軍人になった。
しかし、今の彼はただ故郷を攻撃されるのを見守るしか無い。
今すぐにでも上陸してくる敵を攻撃したいと思っていた青年だが――もちろんそんなことを彼の上官が認めるわけがなかった。
「アレン。少し落ち着け――といっても無理か。生まれ故郷が攻撃されているんだからな――だがな。今、お前が突っ込んだところで戦況は変わらない。それは理解しているな?」
「――はい…」
所属している部隊のベテラン軍曹に諌められ青年は少し冷静さを取り戻し上官に「取り乱して申し訳ありませんでした!」と頭を下げる。上官の軍曹は「あまり気にするな」と笑いながら青年の肩をポンポンと何回か叩く。
「安心しろ。フロレアスから2個機動艦隊が出撃したし、海兵旅団も来ている。俺らがここを抑えている限り侵略者どもはこれ以上この島で好き放題は出来ないさ。ともかく、今の任務はここを守ることだ」
「はい」
青年たちがいるのは市街地から南に離れているところにある飛行場だ。
ガゼレア軍は市街地側――島の北部から上陸することが想定され、おそらくは飛行場の確保にも動くと考えられているので警備隊はほぼすべての兵力を飛行場に集めていた。ノーリッポ島守備隊の兵員は600名ほどだが、これに島内にいた予備役やレーダー基地の兵士たちも加わり現時点で1000名の兵力がいた。
とはいえ、上陸してきているガゼレア軍の兵力は1万を超えると言われているので兵力の差は大きい。それでも、飛行場を確保していれば海兵旅団の先遣隊がやってくるので兵力差はすぐに埋まるし何より彼らには「地の利」があった。
市街地から飛行場へ続く道にはバリケードや装甲車などを展開しており物陰には戦いになれた兵士たちが潜んでいる。仮にノーリッポ島が占領されたとしてもミレイアスなどには続々と陸軍の精鋭が集まっている。事前に住民を避難させたからこそ柔軟が対応ができるのがアトラスにとっての強みだった。
ノーリッポ島に最初に上陸したのは約1200名。
これは一種の先遣隊であった。
そして、上陸した兵士たちは困惑する。
「蛮族どもの姿が見えないぞ?」
「どこかに隠れているんじゃないのか」
どこにも住民の姿がないのである。
奴隷としてエルフを甚振ってやろうとという邪な感情をもっていた兵士たちにとってこれは想定外の事態だった。兵士の中にはヤケクソで市街地にある建物に向かって小銃をぶっ放した者がいるほどだ。
「まるで、山賊だな」
先遣隊の指揮官は無秩序に暴れる一部の兵士を見てため息を吐く。
「実際、そんな連中の掃き溜めですからね。我が部隊は」
「上もなんだってそんな連中を…」
「弾除けには最適ってことでしょう」
淡々と返す副官。
彼らの部隊に配属されている兵士の半数は元囚人――否、現役の囚人だ。
釈放するための方法の一つとして囚人が軍に入れられる。
素行が悪い者ばかりなので指揮官たちからは当然嫌がられているが上からの命令なので渋々と引き受けている。囚人部隊の指揮官になるのは士官からすれば貧乏くじを引いたようなものだ。
「――しかし、それにしても妙に静かだな」
「恐らく事前に住民を逃したのでしょうね。どこかにアトラス軍が隠れているはずです。それを叩けばここはすぐに占領できます」
「だとすれば…飛行場あたりにいると見たほうがいいか。戦車隊は?」
「現在、海岸に上陸したようです。相手に戦車がいなければ楽なんですがね」
「それよりも対戦車ミサイルだろう。確実にもっているだろうから警戒したほうがいいが――こいつらじゃ無理か」
エルフがいないことにブチギレている下劣な犯罪者たちをみて大隊長は肩を竦めさせるのだった。
「エルフ共はどこにもいませんね」
「そうだな。どっかに隠れているんだろうな――だが、一応周囲は警戒しておけ」
「わかりました」
ガゼレア軍は揚陸した戦車を前面に出して破壊された市街地を南へ向かう。
目的地はこの島にある空港だ。
ガゼレア軍の主力戦車はガリア帝国で製造された「T-200」のダウングレード版である「T-200B」だ。主砲は50口径125mm滑空砲を持つが自動装填装置は搭載されておらず、また複合装甲も本家のものよりも性能は控えめにされている――いわゆるモンキーレベルであるがガゼレア単独で戦車を製造する力はないので同国にとっては貴重な装甲戦力であった。
戦車長の軍曹はガゼレア軍の兵士の中では比較的冷静であった。
周囲にアトラス兵が隠れているかもしれないと考え、砲手などに周囲の警戒を怠るな――と注意する。砲手たちも経験豊富な軍曹が言うことだから、と彼の指示に素直に従う。
そのおかげだろうか。突然出現した飛翔体に気づけたのは。
「正面ミサイルっ!」
「っ!?」
最も、気づいたところで高速でやってくるミサイルを避けることはできないが。対戦車ミサイルは一度高度を上げるとそのまま急降下した最も装甲が薄いとされている砲塔部分に命中。戦車は行動を停止した。
眼の前にいた戦車が突如として炎上したことに後ろにいた歩兵たちは驚愕したがすぐに気を取り直して周囲を見回す。海軍の攻撃によって市街地の道はどこも瓦礫だらけであり身を隠そうと思えば隠せるところだらけだ。
「対戦車ミサイルだ!この近くに敵歩兵がいるはずだ!」
「すぐに探し出すぞ!」
歩兵たちはすぐに敵歩兵を探すために走り出す。
しかし、すでに対戦車ミサイルを放ったアトラス兵たちはその場から後退していた。
その後も歩兵たちはアトラス兵の継続的な襲撃に神経をすり減らす。
飛行場までの道路にはアトラス軍によるものと思われるバリケードが設置されておりガゼレア兵たちはそれを一つ一つどけながら進む。だが、バリケードを撤去している最中に物陰に隠れていたアトラス軍の装甲車が姿をあらわし30mm機関砲を斉射してくる。
そういったのを何度か繰り返したところで隊長はある決断をする。
「――市街地まで戻る。応援が必要だ」
この戦力で飛行場を制圧するのは無理だと隊長は判断し、市街地への後退を始める。市街地には後続の部隊が上陸しているはずなのでそこで体制を立て直して再度、飛行場の制圧に向かうことにした。
ガゼレア軍が後退したことに物陰で様子を見守っていたアトラス兵たちは安堵する。このまま突っ込まれる方が彼らにとっては分が悪かった。しかし、ガゼレアが後退してくれるのならばこの後やってくる応援部隊によってアトラス側も体制を立て直すことができる。
ただ、海兵隊を送り込むためにはノーリッポ島の制海権と制空権を握る必要があった。
ノーリッポ島北方沖 ガゼレア海軍 第1艦隊
ミサイル駆逐艦「ガゼンヴィア」
「作戦は順調に進んでいますが――どうやら、エルフ共は事前に避難したのか市街地にはほとんど人がいなかったそうです」
残念そうな表情で報告する参謀に第1艦隊司令官の少将は短く「そうか」とだけ呟く。
ガゼレア海軍第1艦隊はミサイル駆逐艦2隻とフリゲート艦4隻によって構成された同国の主力艦隊だ。今回は更にガリア海軍の空母「モンペレー」と巡洋艦「ペレンス」が加わっている。このうち、フリゲート艦3隻は揚陸艦の護衛のために本隊から離れていた。
すでに、1個大隊を超える数の陸軍兵士が島に上陸しており市街地や港などの制圧に向かっていて、港に関してはすでに制圧済みだ。アトラス側からの一切の反撃がないことを少将は不思議に思っていたが市民の大半が事前に避難しているらしいという報告を聞いて色々と察することができた。
アトラスは民間人の被害を防ごうとしたのだろう。
もっとも、それはすぐに無駄になるだろう。
この島がガゼレアとガリアによって占領されれば両国はここを橋頭堡としてさらなる兵力をフローリアス諸島に投入することになるのだから。
少将たちガゼレア軍の士官たちはアトラスがどれほどの軍事力があるのかに関して本国から特に情報はもらっていなかった。亜人国家の中でも際立った大国だという噂は彼らも知っているが遠く離れた国であり、また人間主義を掲げているので周辺諸国との関係も希薄であり、唯一関係があるのはガリアなどしかないのでアトラスに関する情報は一切入ってこない。
だから、若い参謀などは「所詮は蛮族の国」とアトラスのことを軽く見ていた。それより慎重な考えを持っている少将ですら「ガリアがついているならなんとかなるかもしれない」と思っていた。
「これならば、目障りだったエルフ共のフリゲート艦を撃沈させるべきでした。そうすれば、奴隷も多く手に入ったというのに」
(こいつ女アサリにここへ来たのか?)
下衆な笑みを浮かべる参謀を内心軽蔑しながら少将は艦橋から外を見る。
遠く離れたノーリッポ島は攻撃によってあちこちから黒煙がたちのぼっている。そして、その上空をガリア海軍の戦闘機「Gar-66」の編隊が飛んでいくのが見えた。




