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アーク歴4020年 4月2日
フローリアス諸島 ノーリッポ島 1,000km沖
ガゼレア共和国海軍 第1艦隊
フローリアス諸島最北端に位置するノーリッポ島の更に北1,000km沖合に複数の軍艦が南下していた。
ガゼレア共和国海軍第1艦隊だ。
ガゼレア第1艦隊は同国海軍の主力艦隊であり、ミサイル駆逐艦など6隻の艦艇によって構成されている。更に、今回は同盟国であるガリア王国から空母と巡洋艦が1隻ずつ合流した連合艦隊になっていた。
更に、後方には陸軍1万人あまりの兵力を乗せた輸送艦隊も控えていた。
ガゼレア共和国とガリア帝国はアトラス連邦領であるフローリアス諸島への軍事攻撃することを三週間前に決定した。そして、一週間前にガゼレアの海軍基地を出発してフローリアス諸島北部にあるノーリッポ島を目指していた。
「ガリアの空母がいるならば作戦は問題なく続けられるだろうが…」
第1艦隊司令である少将は若干の不安を感じていた。
今回の目標は「アトラス連邦」
彼らガゼレア人やガリア人が「蛮族」と評する亜人の国家。
しかも、亜人の中でもとりわけ数が少ないと呼ばれるエルフたちを主体とした国。
上層部は、ガリアも軍を出すのだから問題ないと言っている。
果たして、本当にそうなのだろうか――という不安が少将の中にはあった。
「提督は心配しすぎですよ。相手は『蛮族』なんですよ?」
参謀である若い士官はそう言って笑う。
人間主義国家の者たちは幼少期から「亜人は人間よりも劣った存在」という教育を受ける。もちろん、中にはそのことに疑問を持つ者もいるが大多数はそうだと信じる。なにせ、彼らの国にいる亜人たちは皆「奴隷」として強制的に働かされているからだ。中には反抗するような者もいるがそういった亜人は「見せしめ」にされる。
それもあってか、多くの人間主義国の国民は亜人のことを本当に「蛮族」だと思い。彼らを支援する勢力や国家を「蛮族に与する裏切り者」だと信じ切っていた。
「しかも、ガリアからの支援も受けられるのですから」
「…そうだな」
ガリア帝国海軍 空母「モンペレー」
ガゼレア海軍第1艦隊に編入されたガリア帝国海軍の艦艇は2隻。
そのうちの1隻が空母「モンペレー」である。
ガリア海軍が4隻保有している空母の一つで、その中で最も古い。
満載排水量は5万トンほどで。40機の艦載機を搭載できることから離島を攻撃する分には十分であろう。もっとも、メインなのはあくまでガゼレアでありガリアはその「お手伝い」でしかない。
その証拠に、ガリアは陸軍の部隊は出していない。あくまで、海軍の空母と巡洋艦1隻のみ(いずれも旧式艦)だ。
「ガゼレアの連中がアトラスと戦えるんでしょうか?」
「さあな。連中はアトラスのことを他の『蛮族』と一緒にしているのは確かではあるな」
「あの国。ルーシアですら、積極的な介入をしてこない国ですよね?」
「そうだ。フィデスと常に争って有利に立ち回っているような国だ」
「なら、ガゼレアでは厳しいのでは?」
「そうだな…まあ、島一つくらいは確保できるだろうと本国は考えているようだが」
などという会話を艦橋でしている艦長と副長。
ガゼレアと同じ人間主義国家であるガリアであるがアトラスに対しての認識はガゼレアとは違う。といってもあくまで「蛮族の国の中では無視できない強国」というものだが、ガリア帝国とすればある意味最大級の評価であろう。アトラスのエルフたちはそれを知ってもちっとも嬉しくはないだろうが。
正暦2025年 4月4日
インド連邦共和国 ニューデリー
大統領官邸
ユーラシア大陸の中で異世界の国家と友好的に接触している国もあった。
それが南アジアの大国であり、アジアでは日本に続いて安保理の常任理事国に名を連ねることとなったインドだ。
中国が南北に分断していることからインドは地球で唯一人口が10億人を超える国になっており、現在のその人口は15億人だ。その、人口のおかげで徴兵制を用いなくても200万人に達する兵力を維持することが出来、地球の中でもソ連に次ぐ兵力を抱える軍事大国だ。
隣国のパキスタンとはカシミールや宗教関係で幾度も戦争をしているほどに仲が悪く現在でもカシミール周辺では断続的に小競り合いが起きているし、国の東部では北中国との間で領土問題を抱えていることから、ここ10年ほどは発展した経済力を背景にした軍の近代化を行っており日本やソ連、そしてアメリカなどから技術支援を受けることでここ数年は列強の軍に匹敵するレベルの軍の近代化に成功していた。
さて、インドが転移後に接触した異世界の国家だが。
名を「ルクトール連邦」という。
アーク5大国の一つでその中ではリヴァス・ルーシアに次ぐ国力を持つとされる連邦制国家だ。ルクトール連邦はインドの南西8000kmのところにある「ルクシア大陸」という大陸の北部に位置しており人口は約2億人。
インドとの接触は、インド海軍がインド洋の警戒をしていた時にルクトール連邦の調査艦隊を発見してからだ。接触は平和的に行い。すぐに両国は外交関係を締結し、今では貿易をするまでになっている。
ルクトール連邦は工業国家なので15億もの人口を抱えるインドは商売相手としてはまさに最適な相手だったようだ。そして、インドもルクトール連邦から異世界「アーク」の話を聞くことが出来それによって、北中国が軍事侵攻を行っていたのがルクトール連邦とも交流のある「ダストリア大陸」であることが判明した。
とはいえ、ダストリア救援などということはインドもそしてルクトールも考えてはいなかった。すでにダストリアにある3国と北中国の講和は終わっていたし、どちらも国内のことが手一杯で他国のことを目を向ける余裕はなかった。
特にインドの場合は下手に北中国とぶつかるとすぐにパキスタンも参戦してくる可能性が高いだけに慎重に行動するしかなかった。ルクトールとしてもダストリアとは友好的な関係を結んではいたが別に軍事同盟などは結んでおらず更にインドから聞いた北中国の軍事力などを考えて「下手に首を突っ込むと自国も危険に晒す」と判断したようでダストリアに軍を送る決定までは出来なかったようだ。
まあ、そのことで国内では色々と騒ぎにはなったらしいが、今は落ち着いているという。
「それにしても、アメリカに弾道ミサイルか。このフィデスとかいう国は自殺願望が強いようだな」
インドの国家元首は大統領であるが、議院内閣制なので実質的な政府の代表は首相だ。そして、首相が見ているのは現在の地球各国が陥っている状況が簡易的にまとめられた報告書だ。
転移によって衛星の大半が使い物にならなくなったが、この3ヶ月ほどで列強が急ピッチで衛星などを打ち上げたおかげで主要国同士との通信は回復し各国の状況がある程度リアルタイムで把握できるようになった。
まあ、実際把握してみた結果。ある意味予想通りに地球各地は大混乱に陥っていた。中央アメリカやヨーロッパは異世界の国に軍事侵攻されているし、中東とアフリカは元々燻っていた問題が噴出し仲介者もいないのでどんどん悪い方向へ行っている。そして、ソ連と北中国は異世界の大陸へご執心――といった有様だ。
唯一、平和そうなのは日本やイギリスだろうか。
まあ、その日本も武力攻撃を受けたようだがあっさりと返り討ちにしたようだが。人民解放軍が日本に仕掛けなかった理由の一端が見えたかもしれない。仮に、台湾に上陸しようが先島諸島の一部を占領しようが最終的に叩き潰されて終わりだと共産党指導部は察していたのかもしれない。
「アメリカは徹底的に相手を叩き潰すことにしたようですから。一つの国が消えるでしょうね」
「だが、アメリカの統治能力は大丈夫なのか?アメリカが手を出した戦争は大体余計にややこしくなって今も問題になっているだろう」
「まあ、アメリカ自身が後で困るだけなので…」
首相の疑問に外務大臣は視線を逸しながら返す。
つい、十年前まで積極的に外国へ軍事介入を行ってきたアメリカ。
しかし、アメリカが介入した多くの国では今でも政情が不安定であり内戦やあるいは隣国との紛争に突入している国は多い。国連などで途上国から「列強が手を出すほど国は混乱する」と非難されたほどだ。というのも、アメリカ以外の列強――ヨーロッパやソ連などが軍事介入を行ったところでもやはり政情が不安定だからだ。
特に、ヨーロッパ各国が植民地にしていたアフリカ諸国の大半は今でも政情は落ち着いておらず権力者と一般国民の格差が広がり、それによる暴動や内乱などが今でも各地で起きている。インドとパキスタンの問題もまた植民地時代が遠因の一つだ。
「本当にこの世界はどうなるのだろうな…パキスタンも何やら軍を動員しているという情報があるし」
「イランと小競り合いもしているとか。パキスタン内部の勢力構図が大きく変わったのかもしれません」
「イランはたしかイラクとも問題を抱えていたな?」
中東の中ではトルコと共に安定している国――それがイランだ。
第二次世界大戦から日本の支援を受けたことでトルコと共にイスラム教徒が多数派ながら政治体制は非常に世俗的なことで知られている。豊富な石油や天然ガスが埋蔵されていることからそれらをヨーロッパや日本などに輸出しているため経済も安定しており、その石油マネーを背景にして強力な軍事力を持つ。
一方で、同じイスラム教徒が多数派であるサウジアラビアや、隣国のイラクやパキスタンとの関係はあまり良くはない。同じ宗教でも宗派の違いで対立がありイランと周辺諸国の緊張状態はこの宗派の違いによってもたらされている。特に隣国のイラクとは1980年代に5年以上に渡って続く泥沼の戦争を戦ったこともあり、今でも両国は国境で終始睨み合っていた。
「イラン政府は比較的冷静ですが、世論はかなり激怒しているようで…政府が抑えられなくことも考えられるかと」
「ただでさえ中東は、イスラエルとその周辺が騒がしいというのに」
そして、そのイスラエルは現在レバノンとシリアに侵攻している。
理由は両国のイスラム系武装組織から攻撃を受けたから――要はその報復であるとイスラエル政府は表明しているが、これに周辺のアラブ諸国が激怒し全面衝突の危機が高まっていた。現在、日本やトルコ政府などが仲介しているのだが状況はあまり芳しいものではない。
イスラエル側はこの攻撃で民間人に多数の被害が出ているので簡単に引き下がれないし、アラブ諸国もそれは同様だ。
中東問題において一番、影響力を発揮しているのは意外にも日本だ。
日本はイスラエル独立によって始まった中東戦争から一貫して北欧諸国と共に事態の沈静化のために両陣営と粘り強い交渉を行っていた。日本にとってこの地域を安定化させるのは自国に輸出される石油・天然ガスの安定供給にも繋がるだけにこの問題を複雑化させたヨーロッパやアメリカ以上に積極的に取り組んでいたと言える。
おかげで、ある程度の妥協点などを見つけることが出来たのだが――まあ、イスラム原理主義勢力によるテロ攻撃などによってイスラエルの姿勢が強硬化。周辺のアラブ諸国もそれにあわせる形になってしまいうまくまとまりかけていた妥協点が消えてなくなった。それでも、日本はこの地域の安定化のために努力しておりそれは転移後も変わっていなかった。
日本の友好国であるトルコやイランなどもこれに関与しているが、両国ともイスラエルと外交関係を結んでいることからアラブ諸国からは反発を受けている。ただ、湾岸諸国も影響力の強いアメリカの仲介などで近年はイスラエルへの態度を軟化させていた。パレスチナとイスラエルの関係も1988年の平和条約締結以後は比較的安定はしている。まあ、相変わらずイスラエルを認めない武装勢力との戦いは続いているが。
「日本も大変だな。常に暴発しかねない火薬庫の中で交渉の取り仕切りをしなければならないんだから」
「本来ならヨーロッパやアメリカがもっと積極的にしなければいけないんですがねぇ」
「どうしても、アメリカあたりはイスラエルに肩入れしてしまうからな…」
「国内にいるユダヤ人コミュニティを考えると中立的に動くのは難しいでしょうね。ヨーロッパに関してはユダヤ人に関して一種の負い目がありますし」
「特にドイツはな…」
更に付け加えればアラブ諸国からみればヨーロッパは自分たちのことを植民地支配してきた国という印象も強いだろう。更に結んだ約束を後から横紙破りしてきたので「信用できない」というイメージも根強くある。
そしてそんなヨーロッパ――というよりも白人が、イスラエルばかりを贔屓するのだから気に食わないのは当然と言える。インドを含めた第三勢力がアラブ諸国などにたいして同情的な国が多いのは第三勢力と呼ばれる国々のほぼすべてがヨーロッパによる植民地支配を受けていたからだ。
転移をしてもしなくても中東や南アジアの情勢は大きく変わりはしないだろう。ただ、転移によってそれまで緩やかだった動きがより激しいものになったのは確かだ。ヨーロッパやアメリカが別件で忙しいのはむしろこの地域の安定化のために好都合なのでは――などと、この時首相は思った。




