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 正暦2025年 3月30日

 日本皇国 東京市千代田区

 総理官邸


「これは完全にアメリカを怒らせる愚行ですね」

「すでに、アメリカ軍はそれまで攻撃対象としていなかった首都への攻撃を開始したようです。一応は軍事施設に限定してのことですが…」

「アメリカ世論も一気に『フィデス許すまじ』で盛り上がるでしょうね」

「すでに、ホワイトハウス前では『侵略者を許すな!』というシュプレヒコールが上がっているようです。おかげで、クロフォード政権の支持率は急速に上がったようですが」


 外務大臣の内田の報告に下岡は内心「クロフォード大統領にとってはあまり喜べないことだろうな」と思いながら、日本としてはどう行動しようかと思案する。

 すでに、今朝の段階で記者から「アメリカに向かって弾道ミサイルが発射された件」でコメントを求められたので「都市部を狙った無差別攻撃は断じて許されるものではない」とフィデスを批判する答えはしている。

 ただ、記者から更に「アメリカに軍を派遣するのか?」という質問が来た時には答えに困った。アメリカから正式に派遣要請が来ているわけではないので「現時点で考えてはいない」と答えたものの、アメリカ側から軍の派遣要請が来た場合は答える可能性はあるとも答えている。

 後々、一部野党や国粋主義者から「アメリカからの脱却を!」とか騒がれそうだがアメリカは日本にとって重要な同盟相手なのは転移後も変わらないし、アメリカも加盟している旧APTO(現PTO)では加盟国が軍事攻撃を受けた際は加盟国同士が軍を派遣するという規定があるだけのだから要請されれば日本としては軍を派遣する以外に選択肢はないのだ。

 それこそ、出さないならば軍事同盟を結ぶ意味はないのだから。


「これでアメリカは本格的にフィデス本土への進軍も考え始めているでしょうね…」


 弾道ミサイルを保有している国がいつまでも反米的――それをアメリカが許すとは思えない。すでに、国防総省は「積極攻勢」を前線に指示しており予備役である州兵も多数中米へ派遣することを決めている。最終的には50万人規模の陸軍と海兵隊を動員して中米に送り込むことを予定しているという。今のところ、アメリカから軍の派遣に関する話は来ていないが、異大陸へ進軍するならば日本などへ声をかけてくる可能性は十分に高い、と下岡は考えていた。



「台湾独立党の件ですが、本部からは爆発物や小銃などが発見されており最終手段として台湾州庁や政府機関を襲うことを考えていたようです。拘束された幹部たちはいずれも『台湾独立こそ正しい!』と口を揃えて言っています」


 下岡にとってもう一つの頭の痛い問題は台湾独立を巡る大捕物。

 内田大臣に続いてやってきたのは風見保安大臣と山本内務大臣。

 武装蜂起を企んでいたとして、政治団体「台湾独立党」の本部は警察による強制捜査を受けることとなり。機動隊や保安隊を投入する事態となった。結果的に爆発物などが発見されたことから彼らは銃刀法などの違反でまず検挙され、後にスパイ防止法や内乱罪などの罪に問われている。

 その大半は、大陸から台湾へ移住してきた者たちであり「台湾は中国のもの」だとか「台湾は独立し最終的に中国に併合されるべき」などということを取り調べでも主張していたことから公安部では「台湾独立党は工作員の現地拠点」だと考えている。実際に、北中国出身と思われる男たちも数人確保されている。


「一部野党とメディアからは今回の件を『国家権力の横暴』だとする声も出ていますが――まあ、いつもの連中が騒いでいるだけなので無視して構わないでしょう。これでまた進歩党が分裂騒ぎになると思いますが、鬼塚代表もそろそろ『決断』したほうがいい。あれでは進歩党そのものがなくなりますよ」


 山本が少し呆れたような口調で言う。

 今回の大捕物を、一部のメディアと野党は「国家権力の横暴」であると政府を批判していたが、実際に武器などが発見されたことから多くが「一連の独立運動は海外勢力の介入が見られている」と比較的冷静に報じている。だからこそ、政府や警察批判をしている者たちがよく目立った。

 最大野党・進歩党では党内の急進左派と呼ばれる者たちが同じ急進左派政党の社会党議員と一緒になって騒いでいる。山本はその部分を指して進歩党の代表である鬼塚が決断すべきだと言ったのだろう。


「まあ、その部分は鬼塚代表の判断ですから。我々がどうこう言うのも筋違いでしょう――それよりも、今回の件はやはり『転移』が大きく関与していると見ていいでしょうか」

「そうでしょうな。転移によって中国は物理的にも分断し、仮想敵国である北中国も消えた。これならば安全保障の観点で独立に否定的だった住民も動くのではないか――彼らはそう考えて実行した可能性は高そうです」

「でも、台湾の住民はすでに自分たちは台湾系日本人であることを受け入れているので無駄に終わった――といった感じですか」


 こういった「揺さぶり」は樺太や南洋諸島でも起きていた。

 樺太ではソ連が。

 そして、南洋諸島ではアメリカが積極的に行いそして失敗した。


「インフラ整備や内政改革を本土以上に進めた先人たちに感謝ですね」

「ええ。まあ、おかげで本土のインフラ整備は戦後になってから再構築する羽目になりましたが」


 なぜ、これら3地域で独立の機運が高まらなかったのか。

 日本政府がこれらの地域のインフラ整備を本土以上に優先したからだろう。台湾にせよ樺太にせよ当時は本土の田舎よりもインフラが整っていた。

 南洋諸島の小さな島々にもインフラの整備や教育が行き届いていたので彼らはむしろ日本政府に感謝してしまい。独立の機運がほとんど上がらなかった。

 なにせ、欧米の植民地のように日本が彼らを搾取したわけではないからだ。

 日本が彼らにしたことは教育とインフラ整備だ。

 それならばわざわざ独立するより日本の中に留まったほうが自分たちにメリットが大きい――現地住民たちはそのように考えた。

 そして、時代が経つごとに住民たちは自分たちを日本人だと考えることが自然なものになり、ますます独立意識というのが芽生えにくくなったのだろう。これは、3州の住民投票の投票行動からもわかる。

 始めは独立賛成派も全体の3割から4割ほどいたのだが、その割合は回数を重ねるごとに減っていき今回の台湾の場合は全得票の9割が独立反対派であった。

 普段なにかと騒がしい左派系メディアも結果を見てからは大きく伝えることをしなかったのだからそれだけ住民の意思というのは圧倒的だったのだろう。なにせ、投票率だって80%近かったのだから。

 まあ、でもメディアは特例廃止には強く反対するであろう。

「住民の声が届かなくなる」と。


「今後は特例廃止も考えるべきでしょうな。台湾だけでもこれで8回目です。そして時代を追うごとに独立反対の声が多数を出ている――メディアの大好きな『民意』はずっと示されているのですから」


 そう言って山本は皮肉げな笑みを浮かべた。

 特例廃止でメディアが騒いだのならばこの「民意」を盾にすればいいと言っているようだった。

 それに対して下岡は曖昧な笑みを浮かべるだけにとどめた。

 特例を廃止にするにしても存続するにしても、台湾州政府かあるいは台湾議会が決めることだと下岡は考えていたからだ。




 アーク歴4020年 4月3日

 アトラス連邦共和国 ヴェルス

 大統領官邸


「ガゼレアの近くにガリアまであるとは…厄介ですね」


 セシリア・ブラウン大統領は珍しく厳しい表情をしていた。

 その原因は、連邦情報庁長官からついさっき受け取った報告書だ。

 フローリアス諸島付近を数ヶ月前からうろついているガゼレア共和国のものと思われる軍艦。最近になってまた別の国の軍艦までうろつくようになった。情報庁が調べてみるとそれはガリア帝国のものだということがわかった。


 ガリア帝国。

 転移前は大東洋地域に位置していた君主制国家で5大国の一つだ。

 人口は3億人ほどでガリア大陸と呼ばれるヨーロッパと同程度の大きさをした大陸の南半分を国土としていた。伝統的に「人間至上主義」を掲げた国として世界では知られており「関わったら面倒な国」として多くの国から距離を置かれている――そんな国際社会から孤立した国だ。

 それでも、5大国に数えられるだけの国力をもっており同じ「人間主義」を掲げる国々と関係を結ぶことでアークに一つの勢力を作り上げていた。

 

 アトラスから見ればガリアは遠く離れた差別国家だ。

 そして、ガリアに関する情報はそれほど多くはもっていない。

 他の5大国に関する情報はあるのだが、そもそもが国際社会から孤立しており、アトラスから遠く離れた大東洋地域にあることもあってアトラスにほとんど情報がやってこない。これは、アトラスだけではなくアトラスと密接な関係にある同盟国でも同じだった。ただ、少ない情報のなかでもわかることは5大国と呼ばれるにふさわしいだけの軍事力をもっているということだろう。

 軍事政権から発展した全体主義国家となったフィデス以上の軍事大国――それがガリア帝国である。


「第3機動艦隊もフローリアス諸島へ派遣することが決まりました」


 同じく厳しい表情でブラウンに伝えるのはカーペンター国防大臣。

 第3機動艦隊は中型空母「トーラス」を旗艦とした機動艦隊であり、フローリアス諸島に近いキレイアスを母港としているので現在、同諸島近海にいる第1機動艦隊とすぐに合流することもできる。

 更に、軍はフローリアス諸島の中心であるフロアンス島には、陸軍海兵旅団が派遣され不測の事態に備え、キレイアス島の陸軍部隊もいつでもフローリアス諸島へ行ける準備を整えていた。


「これで2つの機動艦隊がフローリアス諸島に展開するというわけですか。規模でいえば十分ですが、問題はガリアとガゼレアがどれほどの戦力を持っているのかという情報が全くないことですね…」

「5大国に名を連ねている国ですから、海軍力も相応の戦力を持っていると考えていいでしょう。ルーシアともつながりがあるという噂ですから。ルーシアから技術供与などを受けていてもおかしくはないかと」


 ガリアは世界的に孤立しているものの例外的にルーシア連邦とは友好的な付き合いをしておりそれぞれの技術を供与しあっているという話がある。ルーシアの技術が入っているのならばかなりの軍事力・技術力をもっている可能性は高いだろう。やはり、油断は出来ないようだ。


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