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アーク歴4020年 3月29日
フィデス人民共和国 アディンバース
総統官邸
「これが、我が国を邪魔する連中の情報か――どれどれ」
国家情報部によって収集されたアメリカに関する情報がまとまり総統へ提出された。総統は報告書をペラペラとめくりながら自分たちの邪魔をする目障りな国の正体を知る。
「なるほどな。我々が侵攻した地域は奴らの勢力圏だったというわけか。それにしては地上部隊の投入が遅い気がするが。なぜかわかるか、情報長官」
「どうやら、小国の中にアメリカと対立する国があり地上部隊を進軍させることができなかったようです」
「つまりは敵対国を我々に潰させたのか。中々にあくどいことを考えるじゃないか」
自分たちのことを棚に上げてアメリカをそう評する総統。
「それで、国防長官。前線はどうなっている」
「…敵に押されている状況です」
「どうにかできんのか?」
「敵の戦車は我軍の主力戦車より上であり更に空からの攻撃で多くの部隊が被害を受けています。空軍の応援を受けていますが、そちらも結果は芳しくありません」
「――そうか。ならば国防長官『アレ』を使え」
「よろしいのですか?」
総統の命令に国防長官は息を呑む。
総統の言う「アレ」というのはアトラス攻撃のためにルーシアなどの技術支援を受けて開発した国産弾道ミサイルのことを指していたからだ。
「アイガンター」という名を持つ弾道ミサイルは大陸間弾道ミサイルであり核弾頭の搭載も可能であった。フィデスはルーシアの支援を受けて30年前に核開発を完了していた。アトラスがフィデス本土へ攻撃をしないのも核の存在があるからだとフィデスの中では考えられていた(実際は大陸を攻撃するのが面倒くさいと思っていただけだったが)
「もちろん核は使わなくていい。通常弾頭でいいが少しアメリカとやらを脅かしてやれ。町中に落ちれば『世論』の声とやらで軍を引き上げるかもしれんからな」
この時、総統はアメリカに対してかなりの思い違いをしていた。
だが、この場でそれを指摘できる者は誰一人いなかった。
誰も、アメリカという国が自国への攻撃にどんな反応を示すのか考えもしていなかった。
フィデス人民共和国 中部
フィデス中部にある山岳地帯。
ここには、フィデスが十数年前に秘密裏に建設したミサイル基地がある。
山岳地帯の地下深くに作られた基地はルーシア連邦の技術協力によってその存在を徹底的に秘匿されていた。この、基地には核弾頭も搭載している弾道ミサイルなど約50発が指示があればいつでも発射できる体制がとられていた。
『総統命令だ。『アイガンダー』をアメリカの首都へ打ち込め。座標はそちらへ送ってある』
この日の朝。首都にある軍総司令部からこのような指示が届いた。
程なくして目標の座標も送られてくる。
目標はアメリカ合衆国の最大の都市ニューヨーク。
なぜ目標が首都のワシントンD.C.ではなくニューヨークなのか。それはフィデス側の勘違いである。ニューヨークを衛星で確認してかなり発展しているからここが首都なのだろうと考えて目標に設定したのだ。
弾頭は通常弾頭だが、中心市街地に落ちれば敵の中枢に大きなダメージを与えることができるだろう――という総統の考えが作戦には反映されていた。もし、これでも戦いが続くのならば核の使用も総統は考えていた。
「アメリカ…聞いたことがない国だな」
「どうやら、現在我が国が対峙している国のようです。前線はよほど苦戦しているようですね」
彼らには前線部隊が苦戦しているという報告は届いていないが、弾道ミサイルの発射指示が出たということは前線はかなり苦戦しているのだろう、とミサイル基地の幹部たちは察していた。
「これより発射シークエンスに入る」
『発射5秒前。4・3・2・1。発射!』
地下深くに埋設されたミサイルサイロから射程1万キロ以上の大陸間弾道ミサイルである「アイガンダー」がニューヨークへ向けて飛び上がった。
同日
アメリカ合衆国 コロラド州
北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)
アメリカとカナダが共同で北アメリカ空域に接近してくる弾道ミサイルや戦略爆撃機の動向監視を行っている北アメリカ航空宇宙防衛司令部で警戒アラートが鳴り響いた。
「フィロア大陸中部より弾道ミサイルらしき飛翔体が発射された模様!」
「なんだと!?すぐに国防総省とホワイトハウスに連絡をしろ!」
つい先日。打ち上げられていた早期警戒衛星によってミサイル発射は映し出されすぐにNORAD司令部に緊急警報として通達した。もし、この衛星がなければアメリカが弾道ミサイルの発射に気づくのに少し時間がかかったであろう。
弾道ミサイルが発射されてから地上に着弾するまでには僅かな時間しかない。その間に人工知能を用いた警戒システムがミサイルがどこに着弾するのか迅速に予測する。
「着弾想定地域はニューヨークです」
「迎撃部隊の準備は?」
「THAAD及びパトリオット部隊が現在準備中。旧大西洋にいるイージス艦は3隻です。すでに早期警戒衛星からのデータに基づいて迎撃体制を整えています」
元々ソ連からのICBMによる核攻撃を想定してアメリカには何重にもわたる弾道ミサイル迎撃体制がとられていた。まず、沖合に展開しているイージス艦からSM-3弾道弾迎撃ミサイルを発射し、これでも対処できなかった場合は地上に展開しているTHAAD及びパトリオットによる終末迎撃で対処する体制がとられていた。今回はちょうど旧大西洋に訓練中のイージス艦がいたことからこのイージス艦による中間迎撃がまず最初にとられることとなった。
ミサイル巡洋艦「ボストン」
ミサイル巡洋艦「ボストン」はアトランタ級ミサイル巡洋艦の2番艦だ。
アトランタ級はロサンゼルス級を更新するために2015年から配備が行われている新型のミサイル巡洋艦でイージスシステムを搭載している。
新型の多機能レーダーであるAN/SPY-6を搭載し、更に低空索敵のためにCバンドやLバンド帯のレーダーを搭載するなど既存のイージス艦よりも索敵範囲を広げている。VLSを128セル設置し、弾道弾迎撃能力を付与されているため弾道弾迎撃ミサイルであるSM-3を数発搭載していた。
主砲は60口径155mm単装砲が1基。将来的にはレールガンの搭載を検討しておりすでに艦載型レールガンの試作品による射撃実験を行っているが費用面から実用化する目処はたっていない。
ボストンは旧大西洋にて訓練海域へ向かっている最中だったのだが早期警戒衛星が弾道ミサイルを捕捉したという警告を受け、訓練海域へ向かうのを一旦停止していた。CICでは乗員たちが状況把握におわれていた。
「司令部から撃墜許可がおりました。どうやらフィデスの弾道ミサイルが東海岸に向けて発射されたようです」
「まさか本気で我が国にミサイルを発射するとはな…迎撃準備は?」
「SM-3いつでも撃てます!」
「SM-3発射!」
「アイサー!SM-3発射!」
艦首VLSからSM-3が発射された。
一方。迎撃準備は地上でも進んでいた。
アメリカ軍はTHAADとパトリオットという2つの地上発射型の弾道弾迎撃ミサイルを有している。いずれも弾道ミサイルが地上へと降りてくる終末段階での迎撃手段となっており仮にSM-3で迎撃が失敗した際に彼らが最後の砦としてミサイルの迎撃にあたることになる。
「衛星があって助かったな」
「なかったら今頃ニューヨークが吹っ飛んでたぜ」
「おい。まだ撃墜してないんだから。余計なこと言うなよ!」
ソ連からもミサイルが飛んでくることはめったになかったことなので兵士たちの間の反応も様々だ。本当に本土に飛んでくるのか疑心暗鬼な兵士もいた。ただそれでも色々言いながらテキパキと準備を進めているあたりは流石はプロといえるだろうか。上官からは「無駄話するな」と怒られていたが。
その後。海軍の巡洋艦から発射されたSM-3が無事に弾道ミサイルの撃墜に成功したという報告が地上部隊にも届くが暫くは警戒するように指示されたため彼らは結局この後一時間ほど空とレーダーを睨み続けることとなった。
同日
アメリカ合衆国 ワシントンD.C.
ホワイトハウス
『発射された弾道ミサイルは海軍巡洋艦のSM-3によって撃墜。飛来物の飛散などの影響もありません』
「ふぅ…なんとかなったな」
国防長官からの報告に安堵の息を零す大統領。
弾道ミサイルが発射された報告を受けた彼はすぐに近くにある空軍基地で待機しているE-4へ乗り込むために移動を開始したが、その最中に撃墜されたという報告を聞いて再度ホワイトハウスに戻っていた。
そこで、国防長官から正式にミサイルは撃墜されたという報告を聞いて先程のような反応となった。アメリカに向けて弾道ミサイルが発射されたのは今回が初めてのことだ。冷戦で対立していたソ連や北中国でさえアメリカに向かって弾道ミサイルは発射していない。それが最終戦争の引き金になることは地球上の誰もが理解していた。軍部などに強硬論者がいたとしても時の最高指導者は最後の一歩を踏み出すまではしなかった。
『調査の結果。今回は核弾頭は使用されていなかったようです』
「『脅し』のつもりで撃ったのか?だとすれば随分と短絡的だな」
『ですが、これで彼らは『核』を持っている可能性が極めてたかくなりました』
弾道ミサイルを保有するすべての国が核開発を行っているかと言えばそうではないが、大抵の国は核兵器の運搬手段として弾道ミサイルを考える。実際大半の弾道ミサイルを保有する国は核兵器を保有するか一度でも研究を進めていたような国ばかりだ。
その常識が異世界――アークに通用するかどうかはわからないが、アトラスの話ではアークでも核開発は行われているのでフィデスのような覇権主義的な国が核兵器の研究をし、保有していてもおかしくはない。
『それで、反撃はいかがなさいましょうか』
「核以外ならば何を使ってもいい。敵首都含め大規模にやれ」
『了解しました』
そう言ったところで国防長官は電話を切った。




