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ダストリア大陸北西沖
オーレトア共和国海軍 第1艦隊
旗艦「メイルート」
「艦長。敵艦隊はどのへんにいる?」
「哨戒機からの報告によると、ダーヴェス沿岸にいるようで地上部隊の進軍支援を行っているようです」
「…よし、やるぞ」
オーレトア共和国海軍第1艦隊司令官ボルター中将は地上の進軍支援を行っている人民解放軍海軍の後ろを叩くことを決意する。第1艦隊はオーレトアに二つある主力艦隊の一つで軽空母「メイルート」を旗艦に、ミサイル駆逐艦2隻。ミサイルフリゲート艦3隻によって構成されている小規模な機動部隊だ。今回はここに、参戦しているフィスティアとセーヴァルから派遣された艦艇も指揮下に入っている。
旗艦である「メイルート」は満載排水量3万トンほどの軽空母で、STOVL機であるRV-44を16機搭載していた。RV-44はルクストール連邦の民間企業が開発したSTOVL機で世界数十カ国で運用されており、これまで空母を持つことが出来なかった中堅国などが多く採用していた。
オーレトアもRV-44を導入することで軽空母「メイルート」を配備することができたといえる。
「航空隊の発艦を急がせろ」
中将の指示でCIC内はにわかに慌ただしくなった。
飛行甲板に数機のRV-44が対艦ミサイルなどを装備して発艦の時を待っていた。
RV-44の外観はイギリスが開発した「ハリアー」によく似ている。
ハリアーは攻撃機型と戦闘機型が存在したがRV-44は戦闘機としても攻撃機としても運用できるマルチロール機であった。
『発艦を許可する』
「了解。『ドール隊』発艦する!」
管制の許可を受け飛行隊長であるドール少佐はエンジンの出力を上げる。
メイルートはSTOVL機を搭載しているのでカタパルトはない。スキージャンプ勾配があり普通に滑走するよりも円滑に発艦は可能だ。ただ、従来の艦上機に比べるとどうしても燃料や兵装は減らさなければいけない。
今回も対艦ミサイルを2発装備している機と対空ミサイルを装備している機でわかれている。だが、オーレトアのような国でカタパルトがついた空母を運用するにはコストがかかりすぎる。
「『ドール隊』発艦完了。敵を潰しに行く」
『こちら管制了解。気をつけろよ』
「侵略者共に一矢報いてやるさ」
ドール少佐は管制にそう答え獰猛な笑みを浮かべる。
今の母国の状況ははっきり言えば最悪だ。突如として上陸してきた異世界の侵略者。その物量でもって準備不足のオーレトア軍を粉砕していた。早く侵略者たちを排除したいと考えても彼らの艦隊は母国から少し離れたところにいた。ようやく、母国に戻り。そしてようやく侵略者に一撃を与える任務につくことができた。
『隊長。いよいよですね』
「ああ、ようやくだ。ようやく侵略者共に一発をお見舞いできる。散っていった仲間の分まで叩き込むぞ」
『はい!』
パイロットたちの士気は極めて旺盛だった。
だが、それだけで勝てるほど戦争は甘くはない。
人民解放海軍 巡洋艦「大連」
「大連」は055型巡洋艦の3番艦だ。
055型巡洋艦は北中国が国産開発したミサイル巡洋艦である。
有力な機動艦隊を持つ日米に対抗するために人民解放海軍が進めてきた機動艦隊構想。その中で、防空駆逐艦である052D型とともに水上艦の中核として建造されたのが055型だ。
満載排水量13,000トンは人民解放軍の水上戦闘艦としては最大の大きさで日米のミサイル巡洋艦に匹敵する。
兵装は112セルの多機能VLSを筆頭にレールガン換装も予定されている60口径155mm単装砲やCIWSなど基本的なものはしっかりと揃っているし、そのレーダーは日米のイージス艦に匹敵する探知範囲をもっていた。
「こいつならば日米の巡洋艦と対等に渡り合えただろうに。勿体ないことだ」
「ですが、日本の赤城は相当なでかぶつですよ」
「…まあ、船造りはどうしても日本のほうが一歩上を行くだろうな」
「しかも去年は『戦艦』を新造しましたし」
「羨ましいものだよ。あれだけのデカブツを作れるだけの金があって」
投げやりのように呟く艦長の大佐。
日本が現代に「戦艦」を作ったというのは北中国でも大きく報じられた。
大半の連中は「今更そんな時代遅れのものを」とバカにしていたが、海軍関係者はというと肝が冷えていた。外務省はかなり厳しい口調で非難しソ連もそれに追従した。これを機会に軍縮すべきでは?という意見が国連でもではじめようとした時に起きたのが転移だ。
「新天地確保」という名目でダストリアに攻め込んでいるが、人民解放軍に大きな損害はない。対日・対米のために作り上げてきた装備は彼らの想定通りの働きをしてくれたおかげだろう。
「しかし、敵も粘るものだな」
「でも、そろそろ限界ではないかと言われています。それに、敵にはまだもう一つの空母が残っているようです」
「そいつをぶつけてくる可能性はあるな。だがまぁ相手は軽空母――上海の敵ではないだろうさ」
大連は先程まで052D型駆逐艦の「西寧」「銀川」と共に地上に対しての巡航ミサイル攻撃を行っていた。これによってオーレトアの補給拠点を潰している。
「艦長。早期警戒機から本艦隊に接近するオーレトア軍機を多数発見したとのことです!」
上海配備の早期警戒機KJ-600からの報告であった。
ほどなくして大連のレーダーにも報告にあった航空機らしき機影がとらえられた。レーダーを避けるためか高度を低くしているがステルス機ではないのでレーダーにはまるわかりだ。
「例のもう一隻の空母からでしょうか?」
「恐らくな。対空戦闘用意!この大連の防空力の高さを敵に見せつけろ!」
「了解!」
CICの乗員たちは慌ただしくそれぞれの作業を始める。
大連が搭載している防空ミサイルは長距離対空ミサイルのHHQ-9Bと中距離対空ミサイルのHHQ-16Bだ。いずれもVLSから発射され、早期警戒機や地上のレーダー基地とのデータ共有によって共同交戦能力が付与されている。
「敵機から何かが分離。ミサイルと思われます!」
「『上海』からJ-31発艦しました!」
「よし、敵機のことは艦載機に任せて我々はミサイルを撃破する。レーダー、ミサイルの数は?」
「約20発!目標は恐らく『上海』かと思われます」
「射程に入り次第HHQ-9Bを発射せよ」
「了解」
「敵ミサイル。射程範囲内にはいりました」
「ミサイル発射!」
艦首のVLSから数発のHHQ-9B艦対空ミサイルが発射された。
データリンクしている僚艦からも次々と対空ミサイルが発射された。
発射されたミサイルは的確に目標の対艦ミサイルを破壊する。
「目標の破壊を確認しました!」
「やりましたね。艦長!」
「ああ!」
訓練では何度も想定していたことだが実際に艦隊が攻撃を受けるのは今回が初めてだ。自国の技術がかなり向上していると上層部は言うがそれが本当なのかどうかは実際の所現場の者は少し不安に思っていた。
想定通りにミサイルを撃墜できたことでCICからは安堵する声があちこちから上がった。上層部が聞いたら「我が国の技術を信頼できんのか!」と激怒しただろうが、人民解放軍は急速に近代化を進めただけにそこが問題になってしまったのだろう。
「あとは、航空隊にお任せだな」
「その後は敵艦隊の撃滅もありますよ」
「そうだったな。対水上戦用意をしておけ」
「了解!」
こうして「大連」では次の攻撃に向けた準備が進められるのだった。
「くそ、ミサイルは全部撃墜された!」
レーダーから自分たちのはなった対艦ミサイルの反応が消えたことに気づいたドール少佐は悔しげに舌打ちをする。
ある程度の撃墜は覚悟していたがすべてを撃ち落とされるのは少佐にとっては想定外であった。
『隊長。どうしましょうか?』
「このまま突っ込む。死にたくないやつは母艦に戻れ」
『全員ついていくに決まっているじゃないですか!』
「よし、ならば祖国のために奴らに俺等の意地を見せてやるぞ!」
「おう!」
だが、彼らは艦隊に近づくことはできない。
ステルス戦闘機であるJ-31から空対空ミサイルが発射されていたからだ。
コックピットに突如としてミサイル接近警報が鳴り響く。
そして、隣を飛んでいた僚機が突如として炎に包まれた。
「なっ!?」
先程まで会話をしていた部下の機体が海に堕ちていくのを少佐はただ呆然に見つめ――そして『敵の攻撃だ!散開しろ!』と無線機に向かって叫んだ。 だが――遅かった。
1機また1機と味方機がミサイルの餌食になる。
しばらくして、ミサイルではない飛行物体が彼らの前に現れた。
人民解放海軍のステルス戦闘機J-31の編隊だ。
「ステルス機…奴らはステルス機までもっていたのかっ!」
少佐が驚愕している間に味方機は次々と落とされていく。
突然の敵の出現に部下たちは皆、混乱していたのだ。
そして、少佐の機体も目標にされた。
「ガガガガ」という嫌な音と共にエンジンの出力が一気に下る。
後ろを振り返ってみると機体の後部が燃え上がっていた。
少佐は躊躇なくベイルアウトした。機外から放り出された後に彼が乗っていた機体は炎に包まれて海へと落下していった。少佐はと言うと無事にパラシュートは開き安全に着水した。
その後、少佐たち戦闘を生き残ったパイロットたちは付近にいた人民解放軍の潜水艦に救助され彼らは捕虜としたブラストマスへと連行された。彼らが解放されたのはオーレトアが降伏を決めた一週間後であった。
航空隊が壊滅した第1艦隊は、首都レフィアルへと後退した。
東洋艦隊は第1艦隊を無理に追うことはせずに対地攻撃支援に重視した。
翌日。強固に抵抗していたダーヴェスは陥落。オーレトアに残された拠点は首都のレフィアルのみとなった。




