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正暦2025年 3月2日
日本皇国 沖縄州 嘉手納町
日本空軍 嘉手納基地
転移前は、北中国の軍備拡張による脅威に晒されていた南西諸島。
その、南西諸島の防空の要になっているのが嘉手納空軍基地だ。
2つの3600m級の滑走路を持つ日本空軍の中でも最大級の設備を持ち、北部方面航空軍や南西諸島防空を担当する第6戦闘航空団の司令部などが置かれている。
第6戦闘航空団は前述の通り南西方面の防空を担当する精鋭航空部隊だ。
配備されている機体もF-15FJや国産ステルス戦闘機のFJ-7といった主力戦闘機が配備されている。
近年は、北中国の動きが活発になったことから下地島に第22戦闘航空団が設立され嘉手納からF-15Jの1個飛行隊が下地島へいき、代わりに嘉手納には新鋭のF-35AJ飛行隊がやってくるという航空部隊の増強も行われた。
しかし、今は転移によって領空侵犯をしてくるような戦闘機はいない。
連日のように鳴り響いていたスクランブルを告げるアラームは一切鳴らないがそれでもパイロットたちは不測の事態に備えて日々の訓練にあたっていた。
沖縄本島西方沖の上空でFJ-7とF-35AJによる領空侵犯を想定した訓練が行われていた。
FJ-7のパイロットは三上忠司少佐。
戦闘機パイロット歴20年のベテランでこれまで樺太や飛行教導団といった精鋭部隊を渡り歩いていた日本空軍でもトップレベルの技量を持つ戦闘機パイロットだ。
対峙するのは若手有望株と言われている水口宏明中尉。
士官学校では樺太の第11戦闘航空団に所属する橘マリア中尉や木村葵中尉とは同期(空士70期)であった。
三上少佐が領空侵犯機の役割を行い。水口中尉は他の1機と共にその対処にあたる――というのが今回の訓練の内容であった。
『少佐殿――今日はありがとうございました』
一通りの訓練が終わり嘉手納へ戻る途中。
水口中尉が三上少佐に声をかける。
ちなみに訓練はベテランの三上少佐に若い水口中尉たちがいいようにあしらわれる形で終わった。
「ん?水口中尉か。この老いぼれでよければいつでも相手になるさ。なにせ、ここの空は人民解放軍が一切飛んでこない平和な空だからな」
『――そうですね、でも北でのことがあります』
「たしかにな。樺太でのことがこっちでおきてもおかしくはないし、もしかしたら我々にも他国へ派遣されることもあるかもしれないからな」
『それまでの間ご指導のほどよろしくお願いします』
真っ直ぐな水口中尉の言い分に三上は苦笑しながら「気持ちのいいくらいまっすぐな男だな」と水口のことを評した。
「すっかり、緊急アラートも鳴らなくなったな」
「国にとっても我々にとってもいいことではあるんですがね」
「まあ、平和なのはここだけで。人民解放軍は別大陸で暴れているらしいしな」
「転移前ならそんなことしたらうちの戦闘機が追いかけ回してましたからね。数年前、北京にいたとき現役将校から『恐ろしいからやめてくれ』なんて言われましたよ」
「やめてほしいならウチの領空に入ってくるのをやめたらいいんだ。そうすりゃこっちだっていちいち戦闘機飛ばす必要がないんだから」
副司令官である田辺大佐の話に、第6戦闘航空団の司令である小倉准将はムスッとしながら文句を言う。まあ、いま文句をいったところで北中国ははるか1万キロ西にあるので無意味なのだが。
人民解放軍とは常に対峙しているわけだが何も四六時中睨み合っているわけではなく軍隊同士の交流の場というもので顔をあわせて話をする機会は何度もある。その時はソ連軍だろうがアメリカ軍だろうが表面的には仲良くしているのだ。無論、腹の中では相手を罵ったりしていたりするわけだが。
副司令の田辺大佐は北中国の駐在武官として北京にいたときがあってその時に交流した人民解放空軍の将校にそのようなことを言ったらしい。将校としては一種のブラックジョークのような感じだったのだろうが、案外本音だったのかもしれない。
「しかし、北は平和なんて言ってられる状況ではなかったし。我々も油断だけはしないようにしないとな」
「そうですね。幸い相手の技術レベルが半世紀ほど遅れていたので圧倒できましたが。今。中米を攻め込んでいる国やヨーロッパに侵攻している国のような場合なら我々も厳しいかもしれません」
前者は現代兵器とほぼ同等の戦闘機との戦い。
後者はなんといってもその圧倒的な物量だ。
現代の戦闘機は色々と電子機器などによって多額の開発費用が必要になったためあまり数を揃えることができない。そこで、代替手段として安価な無人戦闘機を量産して配備するという計画が空軍内では進んでいて実際に試験的な運用まで行っていた。
まあ、その矢先に転移になってしまいGPSなどが使い物にならなくなったため実験は中止状態だが、無人機に搭載されているAIに関しては問題なく動作しているのをシミュレーションなどで確認済みだ。
新たな隣国となったアトラス連邦も似たような無人戦闘機を実際に配備しているらしく、人工知能などの分野ではアトラス連邦が日本を含めた地球諸国にかなり距離をあけられているので、似たような無人戦闘機を配備している国と今後衝突する可能性もゼロではない。
「軍縮なんて話が出なければいいんだがな…」
「陸は減らされるかもしれませんけれど。我々と海軍まで減らされると少し困りますね」
軍事的脅威が少なくなったから軍縮する――という安易な手段を政府がとることはままある。
しかし、一旦軍縮を行い兵力を削減すると簡単に戻すことはできない。
特に現代の兵器は基本的にどれも精密機械なのできちんとした教育を行った兵士がいなければ戦いにならない。
その時は予算の削減になるだろうが、だからといって永遠に平和が続くと考えるのは一種の幻想である。
「軍縮しないといいな」
「そうですね・・・今度決まるらしい防衛大綱と中期防衛力整備計画次第ですけど。我々は表立って何かを言える立場ではないですからね」
「そうだな」
自分たちの立場に少し歯がゆさを感じてしまう二人であった。
正暦2025年 3月3日
沖縄州 名護市
日本海兵隊 辺野古駐屯地
沖縄州名護市の東部に位置する辺野古に大規模な滑走路を持つ海兵隊の基地が出来たのは15年ほど前の2010年のことだ。
元々は宜野湾市にあった普天間基地が周辺の市街地化によって危険性が高まったことからその代替施設として1980年代から建設が計画されていたが現実世界と同じように主に環境団体や基地そのものに反対する住民団体の反発が沖縄各地を巻き込む大騒動になったことから中々建設が進まずようやく1999年に沖縄州知事や地元自治体の認可を得た上で2004年から6年の歳月をかけて建設された。
基地が出来てからは普天間基地に駐屯していた海兵隊の第3海兵師団と陸軍の第2空挺旅団、及び海軍の第17航空群が移転したことで辺野古は陸軍・海軍・海兵隊の3軍が使用する基地となっている。
普天間駐屯地はその後閉鎖され跡地は商業施設や住宅地として整備されている。駐屯地が出来ても沖縄州の一部市民団体は「沖縄に基地が多すぎる」として座り込みによる抗議活動を続けているが、その数は年々減っていた。
「海外派遣の可能性ですか?」
第3海兵師団の参謀長である佐竹大佐が思わず聞き返すと、師団長の比嘉少将が頷きながら答えた。
「ああ、あくまで噂段階だがな。上のほうで検討しているらしい。派遣先は恐らくヨーロッパ――海軍の1個艦隊と陸軍の2個師団規模を想定しているということだ。ウチももしかしたら1個連隊を派遣することになるかもしれん」
「ヨーロッパはそれほど状況が厳しいのですか?」
「詳細はわからんがギリシャから連合軍は撤退し、今はユーゴスラビアを防衛拠点にしているようだ。なによりも相手の物量が凄まじいらしく少しでも精鋭の部隊が必要だって話だ」
「私はてっきり中米の派遣が先だと考えていました」
「中米はアメリカ・メキシコ・カナダの連合軍がなんとか敵を抑え込んでいるみたいだな。まあ、向こうも向こうで敵の数が多いからウチに応援要請がくる可能性は高いだろうな」
「また国会が荒れそうですね」
「まあ、派遣を決めるのは政治の話だからな。仮に命令がでたらそれに従うだけさ」
軍人は政治に首を突っ込むことはできない(選挙で投票に行くのは当然できるがそれ以外の政治的行動は問答無用で処罰の対象となる)
なぜ、ここまで軍人の政治参加に厳しい制限がついているのかといえば、かつて(1920年代)陸軍がおこしたクーデター未遂のせいである。これは、日本の議会制民主主義最大の脅威といわれたし、更に当時の天皇まで激怒させたことで大規模な法改正がその後に、行われて軍人の政治参加は制限され、それまで現役の軍人が陸軍大臣や海軍大臣になっていた「軍部大臣武官制」が廃止され、各大臣は政治家が就任することとなった(かわりに、陸軍参謀総長と海軍軍令部長が両軍における軍人のトップという扱いとなる)
「しかし、1個艦隊ですか。第1艦隊でも出すんですかね」
「多分な。第1艦隊には『大和』がいるしな。現場を士気をあげるには丁度いいんじゃないか?」
「海軍が出しますかね。一応は本土防衛の要のはずですが」
「軍令部長なら二つ返事で頷くだろう。連合艦隊の小沼長官は渋るかもしれんが。最終的には軍令部長の指示に従うはずだし、むしろ第1艦隊の南雲中将は喜びそうだ。『大和』の初陣に最適だ――とか言ってな」
超巨大戦艦「大和」
その存在が明らかになったのは半年ほど前のことだ。
唐突に登場したこの戦艦に世論は大いに荒れた。発足して1年あまりたった下岡内閣にとっては恐らく最大のピンチがこの「大和」の件だろう。政府も国防省も「大和」の建造は秘匿中の秘匿という形で進められた。
そのことをマスコミや野党は問題にし連日のように国防省や政府を厳しく責め立てた。
しかし、世論の捉え方は逆でむしろ「大和」の存在を歓迎した。
もちろん「多額の税金を投入する必要があるのか?」といって否定的な意見もなかったわけではないが世論調査だは半数ほどが「大和の就役は賛成」だと答えている。
まあ、国内よりも荒れたのは周辺諸国だろう。
特に、日本を仮想敵としている北中国やソ連は「日本は軍国主義に突き進もうとしている」とか「周辺地域情勢を大きく悪化させるものだ」と盛んに日本を非難し、安保理では「日本を制裁すべき」という提案まで出した。これはアメリカや日本に友好的な国々が反対して否決されたが大和の存在はそれだけ両国にとって脅威に映ったらしい。
ただ、この「大和」の存在だが海軍内でも賛否が別れていたらしい。
軍令部長の山本大将などは内心では「そんなもの作ってどうする」と思っていたらしいがソ連と北中国の艦隊増強は脅威だと認めているだけにこれを認めたらしい。
海軍以外も陸軍は不満の声をあげたという。大和に出された巨額な予算があったならば陸軍の装備更新も進めてくれ――といった感じだろう。ちなみに元海軍である海兵隊と空軍はこの件に関しては静観していた。
海兵隊はどちらかといえば「大和」の存在を好意的に受け止めた。
なにせ、大和搭載のレールガンは彼らの上陸作戦の支援に最適だからだ。
上陸予定地点の的拠点をレールガンでふっとばしてくれれば彼らの上陸作戦は非常にやりやすくなるのでむしろ「どんどん作ってくれればいい」と海兵隊総司令官が山本軍令部長に耳打ちをしたほどだった。
「まあ、これからすぐに派遣ということはないだろう。閣議決定も何もしていない段階だからな。だが、もしかしたらウチにも関係があるかもしれないから、記憶にはとどめておいてくれ」
「はい。わかりました」
第3海兵師団にヨーロッパへ派遣という連絡が届くのはそれから二週間後のことだった。




