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 アーク歴4020年 2月24日

 アトラス連邦共和国 フローリアス諸島北方沖

 アトラス連邦海軍 第64哨戒戦隊

 フリゲート艦「ノーリック」


 アトラス連邦北部にあるフローリアス諸島。

 前世界ではフィデスとの争いの舞台になり度々フィデスによる軍事侵攻を受けてきた島だ。フローリアス諸島は300あまりの島々で構成されておりそのうち有人島は60あまり。行政上の中心となるのはフロアンス島で、東方には豊富な原油や天然ガスが埋蔵される海域が存在しアトラス国営企業によって石油などの採掘が行われている。それ以外にも鉱物資源などが豊富であるためアトラスの離島の中でも経済的には裕福だ。


 今月に入ってからフローリアス諸島近海で不審船の目撃報告が相次いでいる。そのためアトラス連邦海軍はフローリアス諸島を拠点にしている第64哨戒戦隊と哨戒機による哨戒活動を増加させていた。

 フリゲート艦「ノーリック」はこの日、単艦で哨戒活動を実施している。

「ノーリック」は満載排水量4,000トンと大型化が進む現代のフリゲート艦の中では比較的小型な船体を持つ。船体はステルス性を考慮した艦橋などが一体化したもので、戦闘システムの一部にAIを活用するなどしておりそれによって乗員は70名と同規模艦の半数ほどの数の乗員しかいない。

 レーダーは新型の多機能レーダーで探知範囲はこれまでのレーダーの2倍ほどに広がってはいるものの、外には双眼鏡片手に水平線を睨む見張りの水兵は引き続き配置されている。


「今日は、今のところ異常はないようですね」

「油断は出来ないわよ。この世界は国際条約なんてあってないようなものだからね」


 ここ最近国籍不明艦の情報ばかりあったのでやや緊張していた副長である大尉の言葉をやんわりと諌めた艦長のアンネリーゼ・ミラー少佐は、褐色肌を持つダークエルフ族であった。

 エルフとダークエルフの違いは肌の色とダークエルフはエルフに比べると身体能力が高い――それ以外には両者は大きな違いはない。物語などではエルフとダークエルフは対立しているなどという作品は多いが、アトラス連邦においては両者は特に区別はされていなかった。


「それに、確認された国籍不明艦――ガリアが運用しているものと似ているというのがどうも気になるのよね」

「まさかガリアが我が国の近くに?」

「もしくは、その関係国が近くにいるのかもしれないわ。あの国、仲間同士で兵器の融通をしているらしいという噂だし」


 人間主義国家と関わると碌なことがないということでアトラスでもその情報は不足している。ただ、国際的に知られている話の一つに人間主義国家同士で技術供与などを行っておりそれによって似たような兵器を装備しているという話だ。そして、そういった国々の兵器支援をルーシアが行っている――というのもアークでは有名な話だった。


「しかし、仮にガリアやその関係国が正体だとして――彼らの目的は何なのでしょうか?」

「領土獲得かあるいは…奴隷目的かしらね」

「っ!?」


 艦長の呟きに副長は言葉を失う。

 国際的に奴隷の売買は禁止されている。

 しかし、今でも一部の地域では亜人たちを中心に奴隷として誘拐されているという。そして、その背後には人間主義国家の姿があるという。一度、誘拐された場合助け出すのは難しい。なにせ、その大半は諸外国との付き合いがほぼない人間主義国へ連れて行かれる。人間主義国家は国際社会の枠組みから離れている国ばかりでそもそも救出のために侵入するのが至難の業だと言われている。だからこそ「一度捕まったら終わり」だと各地の亜人たちでは言われている。


「奴らは我々を狙っていると?」

「あくまで可能性の話よ。でも、私たちを人間だと思っていない連中がこの近くにあってこの国を見つけていたとしたら――覚悟しておかないといけないかもしれないわね」



 アーク歴4020年 2月26日

 アトラス連邦共和国 フィデス

 アトラス連邦国防省


「ガゼレア?」


 国防大臣のカーペンターは参謀議長からフローリアス諸島付近に出没している国籍不明艦の所属は「ガゼレア」である可能性が高いという報告を受けていた。しかし、カーペンターは「ガゼレア」という名前の国に聞き覚えはなかった。


「はい。大東洋にある人間主義国家でガリアと密接な関係にある国です」

「大東洋か…」


 大東洋――文字通りアーク極東にある大洋だアトラスからみていくつかの大陸や海を超えた先にある地域なので同じ世界にあるが一部の大国以外はほとんど外交的な付き合いもない。特に人間主義国家となると殆どの国と外交関係を結んでいない。カーペンターが知らないのは無理もなかった。



「ガリアと密接な関係にある人間主義国家か――まともに話し合うことは無理そうだな」


 なにせ、少しでも亜人を受け入れていると「貴様らは敵だ!」とか言い出す連中である。外交交渉なんて考えるだけ無駄だろう。だからこそ、一度攻め込まれると厄介なのだ。なにせ、話し合いは一切通用しないので壊滅しても数年後にはまたやってくる――はっきり言ってフィデス以上に厄介な相手だ。


「1個機動艦隊をフローリアス諸島へ派遣しよう」

「わかりました。すぐに『トレイバス』を派遣します」

「『トレイバス』を出して大丈夫なのかね?」

「ええ。むしろこういうときにこそ『切り札』は出すべきですから」

「…たしかにそうだな」


 空母「トレイバス」

 第1機動艦隊の旗艦を務める同国最大の空母だ。

 アトラスにとっては切り札といってもいい主力中の主力――それが第1機動艦隊である。海軍参謀総長は深く考えることなくこの第1機動艦隊の派遣を決める。

 カーペンターは少し驚いたように目を丸くしたが参謀総長の「切り札」という言葉に納得したように頷いた。


「あとは――相手が何もしてこないのを祈るだけだな」



 アーク歴4020年 2月27日

 ガゼレア共和国 首都・ペルディス

 大統領官邸


 ガゼレア共和国はアトラス連邦領フローリアス諸島の最北部ノーリッポ島から北東に6000kmほど離れたところに位置する、二つの島からなる共和制国家だ。

 人民統一党による一党独裁国家であり、反亜人の人間主義国家だ。

 国家元首の大統領は選挙によって選出されるが、政党は人民統一党以外は認められていないのであくまで国際社会からの非難を避ける名目に選挙をしているだけに過ぎない――もっとも、多くの国と外交関係を有していないガゼレアにとっては他国からの批判などほぼ意味はないのだが。

 現在の大統領、ミルコ・ガルバーニは歴代指導者の中では最も穏健的だと言われている。一方それは強硬派からは「弱腰」とも見られており特に強硬派の多い軍部との関係は悪かった。



 アトラス領のフローリアス諸島をガゼレアが発見したのは2週間前。

 ガゼレアは当初無人島だと考えていたが、すぐに有人島であることを確認していた。付近の海域には豊富な天然資源もあり資源に乏しいガゼレアとしてはぜひとも手に入れたい島だったが、問題はフローリアス諸島は亜人国家の中でも屈指の大国であるアトラス領という部分であった。


「蛮族の国ならばちょうどいい。すぐに攻め込むべきだ」

「しかし、アトラスは蛮族の中でも特に力を持っている国――我が国単独で果たして勝てるのか?」


 大統領府で開かれている閣僚会議の場は意見が真っ二つにわかれて紛糾していた。

 現役の軍人でもある国防大臣の侵攻論に異論を唱えるのは穏健派に属する外務大臣だ。国防大臣は自身の意見を批判されたのを腹立たしいのかギロリと外務大臣を睨むが慣れている彼は全く意に介した様子はない。


「蛮族どもに怖気づいたか?これだから弱腰の穏健派は!」

「そうではない。だが、アトラスは世界屈指の海軍大国だと聞く。我が国の軍が果たして対峙できるのか、と疑問に思っただけだ」

「我々を愚弄する気か!」

「別にそのようなつもりはない。何度も言うが疑問に思っただけだ」


 にらみ合う国防大臣と外務大臣――というよりも国防大臣が一方的に睨みつけているだけで外務大臣は素知らぬ顔で明後日の方向を見ていた。


「閣下はどのようなお考えなのですか?」


 見かねた他の閣僚がそれまで無言で状況を見ていた大統領に話をふる。

 大統領のガルバーニもまた外務大臣と同じ穏健主義者であった。

 そして、彼はアトラスという国のことをよく知っていた。アトラスと正面からぶち当たれば自国はかなり厳しい立場になるだろうとガルバーニは考えていたが、それを口にすれば軍部が黙っていないのも理解していたのでなんと答えればいいか――と、考える。


「暫く様子を見る」

「閣下!」


 ともかく、暫く時間を稼ごうと考え発言すると国防大臣から非難するような声が発せられたが大統領が一睨みすると黙った。


「そもそも、部隊の準備も進んでいないのに先に攻撃しても意味はないだろう。相手に反撃を受けるだけだ。今は相手もこちらを警戒している中で上陸するつもりなのか?」

「我軍が蛮族に負けるとでも?」


 一体どこからその自信が来るのか不明だが国防大臣は問題ないと胸を張る。


「――とにかく、暫く相手の状況を監視してからでも遅くはないだろう」

「…わかりました」


 国防大臣は渋々といった感じで引き下がる。

 一応、この場の最高権力者は大統領なので「様子を見る」という大統領の案がそのまま採用された。


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