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ベルカ歴220年 2月14日
ギリシャ共和国 テッサロニキ
ギリシャ第二の主要都市テッサロニキ。
2週間前にベルカ帝国によって占領されたこの都市は現在ベルカ軍の前線拠点が置かれていた。
ギリシャ攻撃の主力になっているのは第2装甲軍団。
3つの機甲師団と2つの機械化歩兵師団その他支援部隊で構成されている。現在では第3装甲軍団もやってきており都合2個軍団がバルカン半島攻略のために投入されている形となっているが、状況は当初の考えに比べると膠着していた。
「敵がここまでやれるとは予想外だったな」
「ええ――どうやら複数の国が連合を組んでいるようです」
「上からは『進軍速度が遅い』と言われているがこの状況では劇的にかわることはないな」
「まさか『エルファン』と同等クラスの戦車が出てくるとは…」
「エルファン」ことMG-86戦車ははベルカ帝国陸軍の主力戦車だ。
外観はイギリスのチャレンジャー戦車に似ており実際防御力を重視しながらも120mm滑空砲を搭載するなど地球で言うところの第3世代主力戦車並の性能を持つ。ベルカでは3000両の「エルファン」と更に数万両の旧式戦車を運用していた。
一方の侵攻を受けているギリシャ陸軍はドイツ製のレオパルト2を主力戦車として運用しておりその性能はMG-86よりも上回っていた。ただ、数が圧倒的に不足しているので数の上ではMG-86が有利だ。また、ギリシャ軍が積極的な攻勢に出ていないこともあって進軍は順調だった。ただ、それも欧州連合軍が到着すると共に膠着していっているが。
更に現在問題となっているのは欧州連合軍の戦闘ヘリ部隊である。
AH-64Eやティーガーといった戦闘ヘリが神出鬼没に出現しては戦車や装甲車部隊を文字通り血祭りにあげていく。防空ミサイルで追い払うが今度は無人機が特攻してくるようになった。
(相手は我々より技術が上とみて間違いないだろうな)
ベルカ軍がこれほど苦戦するのも珍しいことだ。
圧倒的な軍事力でもって彼らはユーロニア大陸を支配下においた。
次は他大陸へも進出しようとしていた矢先に出現したのがヨーロッパ大陸だ。お誂え向きに軍までやってきたので「武力侵攻を受けた」ということにしてヨーロッパへ大規模な軍事派遣を行うこととなった。
「ところで空軍の支援はちゃんと受けられるのだろうな?」
「新型機をもってくると言っていました」
「そうか――新型機か。それで空の様子が変わればいいのだがな」
新型機というのはここ最近導入された最新鋭ジェット戦闘機であるMif-21のことであろう。外観は地球でいうところのSu-27によく似た戦闘機であり高い機動力とこちらも新開発された長射程の空対空ミサイルを装備した大型戦闘機だ。少なくとも前世界ではほぼ敵なしの戦闘機だ。
これなら、攻略も盤石だろうと思っていたときだった。
「た、大変です!」と参謀の一人がノックもそこそこに部屋の中に転がり込んできた。そのただならぬ状況にドレイゼンはすぐになにかよくないことが起きていることを察した。そして、それは正解だった。
「さ、先程。バーゼバルク空軍基地が敵の大規模な攻撃を受けたという報告がありましたっ!」
「なに?バーゼベルクだと!?」
バーゼバルクはベルカ西部最大の空軍基地であり、この半島と接続したイゼリス半島の北西部にある。ギリシャなどバルカン半島各地への空爆などはこのバーゼベルクに所属した戦闘機や爆撃機が担当しており、先程新型機が配備された基地というのもバーゼベルクであった。
「被害の状況は?」
「現在詳細な被害状況は不明ですが、新型を含む多くの機体が損傷しており滑走路にも大きなダメージがあるそうで基地としての機能は喪失した可能性が高いとのことです」
「――これでは進軍に影響が出る。代替施設は?」
「ロンディス基地がありますが、バーゼベルクに比べれば小規模基地ですし、戦闘機は他所から持っていく必要性があります。あとの西部の基地は戦闘機の航続距離的に難しいです」
「そうか――それでどこからの攻撃かわかっているのか?」
「わかりませんが。おそらく現在交戦している勢力によるものかと」
「まあ、それが妥当だろうな。防戦一方かと思っていたがこちらの基地を攻撃する余力を持っていとはな」
経験豊富な指揮官であるドレイゼンが連合軍への評価を改めたのはこのときであろう。だが、それでも自分たちが劣勢になるとはドレイゼンは考えていなかった。
帝国暦220年 2月13日
ベルカ帝国 アンベルク
空軍参謀本部
ベルカ帝国は200年前に建国した。当初は大陸中央部にある小国でしかなかったが周辺の国々を次々と飲み込む国土を拡大していった軍事国家であった。ベルカが大陸全土を制圧したのは50年前。それ以後、ユーロニア大陸はベルカ帝国一国のみによって支配されており、それ以外の地域は「州」という形で中央から派遣された地方行政官を中心とした統治が行われている。
首都であるアンベルクは同国の中央部に位置する。
人口は300万人ほど。市街地は二つにわけられており古い石造りやレンガ造りの建物が立ち並ぶ旧市街と。新しいビルなどが立ち並ぶ新市街が南北に並んでいる。その、市街地の中間付近に政府庁舎などが置かれていた。
「――すまないが、もう一度言ってくれないか?」
この日。空軍長官のウルリッヒ・レーゲンス元帥は耳を疑う報告を部下から聞いていた。あまりに現実味がなかったため思わずもう一度尋ねてしまったほどだ。
だが答えは変わらなかった。
「は、はい。ば、バーゼルク空軍基地が攻撃を受けか、壊滅状態だということですっ!」
「ば、バーゼルクは強固な防空網が敷かれていたはずだ。レーダーはなにをしていた!?」
「ち、超低空を超音速以上の速度でミサイルがやってきて迎撃が間に合わなかったようです」
「被害状況は?」
「戦闘機部隊は壊滅…滑走路も2本とも破壊され当分の間は使えません」
「そんなことが…ありえん…」
バーゼベルクは空軍の要衝であり今回の戦争のために各地から優秀なパイロットや新鋭機なども多く集められていた。それが、今回の攻撃によってほぼ壊滅状態になったという。それだけ激しい攻撃がバーゼベルクに行われたが迎撃に上がった迎撃機なども敵戦闘機によって殆ど撃ち落とされたというのも衝撃的だろう。
連合軍は基地機能を完全に破壊するために地中貫通爆弾を搭載した爆撃機まで送り込み実際にバーゼベルクにあった西部航空軍司令部も地中貫通弾によって破壊されており司令官を始め多くの基地要員が死亡している。
ただでさえ、バルカン半島の戦闘では予想以上に損害が出ていたが今回の攻撃によって西部航空軍は所属機の7割が失われたことになる。航空機に関しては他から持ってくればいいが、更に問題なのは多くのパイロットが死亡したか生きていても暫く搭乗することが出来ないほどの負傷を負った者が多くいることだ。いくら、多くのパイロットを抱えていると言っても優秀なパイロットというのはすぐ生まれるわけではない。今回、多くの優秀なパイロットたちが空を飛べなくなったことは空軍にとってかなりの痛手であった。
(ただでさえ、陸の連中の進軍速度が想定よりも遅く陛下がそのことを問題としている状況で我々のこの大損害・・・陛下の耳に入ったら確実に詰問される。そうなれば私のキャリアは終わりだ)
なにより今のレーゲンスが恐れていたこと、それは皇帝であった。
軍部はバルカン半島諸国を格下ということであっという間に制圧すると皇帝の前で堂々と豪語した。しかし、結果は地上部隊は当初の想定より進軍速度は遅れているし今回空軍にいたっては主力基地を一つ失った。それを知った皇帝は激怒するのは想像に難くない。
自分たちで「短時間で制圧出来る」といった中でのこの体たらくはレーゲンス含めた各軍の幹部将校への信頼度を大きく下げるものであり軍人としてのキャリアの終了も意味していた。
もう既に皇帝の耳に今回の事態が届いていることだろう。
それを示すかの如く、机にあった電話がけたたましく鳴り響く。
レーゲンスは諦めた境地で受話器をとり耳にあてると『閣下。陛下がお呼びです。至急、登城してください』という声が聞こえてくる。
「――わかった。すぐへ向かう」
受話器を置くとレーゲンスは副官に城へ向かうことを伝え手早く準備を済ませると足取り重く執務室を出た。部屋を出る間際レーゲンスは「もうこの部屋に戻ってこれないかもしれないな」と呟いた。
アンベルク城
「随分と損害を受けているようだな?ヴィントスタット陸軍長官。そしてレーゲンス空軍長官」
数段高いところに設けられた玉座の上で三十代ほどの若い見た目をした青年が冷え切った視線で床に跪いている軍服姿の男たちを見下ろす。この青年こそ現在のベルカ帝国皇帝であるヴィルヘルムだ。
冷え切った声で名を呼ばれたのはレーゲンス元帥ともう一人。陸軍長官のハンス・ヴィントスタット陸軍元帥はビクッと身体を震わせる。この中で唯一名前を呼ばれなかった海軍長官のオリバー・リンテ海軍元帥も皇帝から発せられる威圧感に冷や汗が止まらない状態だ。
この国は絶対君主制国家――つまり皇帝の言うことが絶対なので皇帝に強い政治的権限が与えられており皇帝の指先一つで貴族や上級軍人たちが政治犯扱いされることも日常だ。ただ、同時に皇帝から気に入られればそれだけで社会的に高い地位を得ることも出来る。軍人ならが軍に絶対的な影響力をもつようになるということでこの三人はそうして各軍の最高指揮官になったようなものであった。そのため、皇帝の機嫌を損ねることを人一倍恐れてもいたのだった。
「確か、目標としていた国はたいした軍事力を持っていなかったという話だったが。それにしては陸軍も空軍も損害が大きすぎるようだな?しかも、バーゼベルク基地まで破壊され新鋭機を含む600機の戦闘機が失われ、優秀なパイロットたちにも被害が出ているじゃないか。確か本土防空レーダーの管轄は空軍のはずだが一体警戒レーダーは何をしていた?」
静かにしかし確実に怒りを感じさせる声音で問う皇帝に海軍長官のレンテまで自分がつめられていないのにも関わらずすくみ上がった。そしてそのような状況に自分を巻き込んだ陸軍と空軍のトップに対して内心罵りの言葉をぶつけていた。
無論、やましいことのある二人の長官はこの皇帝の問いかけに答えることは出来ず目をせわしなく彷徨わせるだけだ。皇帝も別に問いかけの回答を二人に求めているわけではなかったが、それでも一切弁明すらしない二人に対しての失望感は増大した。
隣に控えていた宰相や国防大臣は皇帝から発せられる冷気が一段と強まったことを感じて内心青褪めていた。特に国防大臣は責任問題が自分にまで波及しかねないと考えているので非常に顔色が悪かった。
ベルカ帝国の国防大臣は実質的に軍人のトップだ。今の国防大臣であるハンク・モーガンも陸軍元帥の地位にありヴィットスタット陸軍長官の前任者でもあった。
「――それで、どれくらいで制圧できる見込みなのだ?」
「げ、現時点では不明であります」
震えながら陸軍長官は正直に制圧に見込みが立たないことを伝える。
皇帝にもこのことは予め伝えられていたのか、陸軍長官の答えに皇帝は「――そうか」と短く答えるだけだった。
「それで、実際の所前線の様子はどうなんだ?」
軍高官たちを退室させた後、皇帝は側に控えていた側近の一人に声をかける。側近は無言で紙束を皇帝に手渡す。そこには、現在のギリシャの前線がどういった状況なのかの情報が事細かに記されていた。
「なるほど――苦戦しているのは本当のようだな」
「敵は複数の国が連合を組んでいるようです。ただ、指揮系統がしっかりとしているらしくほぼ混乱は見られないと。敵戦車はMG-86よりも性能がいいようですね」
側近の淡々とした報告に皇帝は渋い顔になる。
「事前偵察をきちんとしていればここまでの損害は出なかったということか」
皇帝の独白に側近は「その可能性は高いかと」と同意するようにうなずく。
これまでユーロニアでは敵なしであった。目障りなフランクやネーベシアといったユーロニアの大国も打ち破っただけに軍部に驕りがあったのだろう。
「自分たちは無敵」だという驕りが。
「とはいえこのままやられっぱなしというのも癪ではあるな…」
「今はまず敵の情報を集めることが先決かと」
「君の言うとおりだ。情報部に情報収集を急がせるように伝えてくれ」
「かしこまりました」
側近は恭しく一礼しその場を離れた。




