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 正暦2025年 2月3日

 日本皇国 台湾州 台北市

 台湾州議会



 台湾は、現実世界と異なり現在でも日本の一部となっている。

 第二次世界大戦後には独立の是非を問う住民投票も実施されたが、ほとんどが日本残留を選び引き続き日本領となり、1950年からは自治権が拡大された「自治州」として多くの行政権限が日本政府から移譲されていた。

 台湾は、日本を代表する工業地帯であり特に情報技術関係の大手企業の本社が多く置かれている世界を代表する情報産業の集積地だ。この台湾の経済躍進によって日本経済の成長も支えられているといっても過言ではなかった。

 そのため、現在でも一部では日本から独立すべきと主張する勢力が一定数存在しているが、過去に何度も行われてきた国民投票ではすべて日本残留が7割から8割の支持を集めていた。

 それでも、独立派は諦めていなかった。


「我々は新世界に来たのですから。もう一度、住民に信を問うべきです!」


 台湾州のトップである王和史知事は、独立政党「台湾独立党」議員の発言を聞いて「またか…」と内心呆れた。

 これまで7回実施されてきた住民投票の結果はすべて日本残留だった。

 投票率は常に80%以上で日本残留が全体の8割の支持を集めている。

 日本政府は自治州に関しては独立に向けた住民投票を実施することを認めているが樺太にしても南洋諸島にしても「独立するより日本領のままのほうがメリットが大きい」と住民たちが判断しているため2・3回行われただけであとは一切行われていない。ある意味台湾だけが異常といえる。

 それこそ「大陸からの工作があるからだ」などと噂される一因にもなっている。


(どうせ、何度やっても住民の意見は変わらないだろう)


 それでも、独立派は状況が変わったのだから住民の意見は変わる――そう考えているのだろう。中々に浅はかではあるがここで反対してもそれはそれで揉めるので知事は黙って事態の成り行きを守る。

 与党(国民党・民政党・保守・中道系無所属議員)からは呆れたため息のような声が漏れるが野次などは聞こえなかった。そんなことをすればそのことをネタにあれこれ言われるのをわかっているからだ。

 一方で野党(進歩党など)からの反応もあまり芳しくない。彼らは野党といっても独立運動そのものを支持している者は少ない。社会党などは「独立を支持している者がこんなにいる!」とたまに独立派によった意見をすることもあるが――それくらいだし、社会党の言葉なんて話半分に聞いている者が大半だった。



「今回で何回目だ?」

「住民投票か?多分8回目だな」

「内務省からは『またか』と思われてそうだな」

「案外いつものことだと、流すかもな」


 議会が終わり議員たちが再度の住民投票の実施に議員たちから呆れたような声が出る。投票は一ヶ月後に実施されることが決まった。夕方にはこのことは全国ニュースとして伝えられるだろう。

 住民たちの「またか…」という呆れ声が聞こえてきそうだ。


「政府も『これっきりで特例は終わり』とでも言えばいいのにな」


 住民投票が認められているのは自治州の3州のみ。

 それ以外は従来からの日本固有領土ということでそもそも独立にむけた住民投票すら許されていない。沖縄の一部団体は「我々も元は独立国である」と反発しており特例の改正を求めているらしいが内務省は応じるつもりはないと言っている。

 実際、沖縄は1500年代までは日本政府の統治下には及んでいなかったのは事実だが1600年代から実質的に日本の統治下に置かれており、それ以後に日本の統治下になった樺太・台湾・南洋諸島(台湾は1700年代。樺太は1800年代。南洋諸島は1900年代)とは事情が違うというのが日本政府の公式見解だった。

 でも3州ともに日本残留を望んでいるのだからそろそろその特例法事態も見直すべきではないか――という意見は国会でも与党を中心に出されているが進歩党などの野党を中心に「住民の選択の意思を奪うことになる」と特例撤回に慎重な意見も多い。

 ただ、台湾側からすれば「こんな特例があるから何度も選挙をやる羽目になっているんだ」という気持ちも強く台湾選出の国会議員は与野党問わずに「特例は廃止したほうがいい」という意見が中心だった。



 日本皇国 東京市千代田区

 内務省 行政局


「台湾でまた住民投票だと?これで何回目だ」

「8回目ですね。投票は来月です。樺太の戦争が終わったのでメディアは今回のことばかりですね」

「とりあえず、我々としては結果が出るまではなんのアクションもできんからなぁ…」

「大臣はかなりお怒りのようですよ」

「そうだろうなぁ」


 日本の内政・民政全般を統括する内務省。

 かつては公共事業や厚生・労働とありとあらゆる業務を取り仕切っていたことから日本の省庁の中でも特に強い権力を持っていたが、第二次大戦後に徐々に権限は縮小されていった。それでも現在でも内政全般を取り仕切るのはかわりはなく内務官僚は財務官僚と並んで日本の国家公務員の中でも上位の存在だと見られる風潮にかわりはない。

 内務省を取り仕切る内務大臣のポストも政治家として重要人物が座るポストと言われており、現在の内務大臣である山本一郎は保守党右派を代表する政治家の一人であり保守党総裁選では下岡総理と決選投票まで戦ったこともあり、内務大臣に就任した。

 彼は保守政党である保守党の中でも特に保守的な政治家だ。

 そんな彼にとって8回目ともなる独立を巡る住民投票の実施は我慢ならないだろう。さすがに声を荒げることはないが大臣政務室はいつも以上にピリピリとした空気が支配していたという。

 まあ、その山本大臣は現在は官邸に説明のために向かったので内務省内には不在だが。

 なにはともあれ、これから仕事が更に増えそうな予感がする。


「これ以上仕事増やされたくないんだがなぁ…」

「ただでさえ芦原島関係で忙しくなりそうですからね」


 本当に勘弁してほしい、と呟く内務省行政局職員であった。


 

 台北市 西区

 台湾独立党本部



 台北市の中心市街地にある雑居ビルの一室に独立勢力「台湾独立党」の本部事務所があった。本来、政党の事務所は認知度を上げるために看板などを掲げているのだが「台湾独立党」はそういったポスターや看板などを一切掲げていなかった。


『今回はうまくいくのか?』

「さあな。独立主義者たちはそうだと思っているようだな』


 事務所の中には二人の男がいた。二人から発せられる言葉は日本語ではない北京系の中国語だ。

 名目上男たちは独立党の党員ということになっているが実際は台湾に潜伏する北中国の工作機関「統一工作部」に属する工作員だ。

 台湾独立運動には大陸からの支援がある――という噂はよく聞かれるが実際に北中国の工作機関が独立勢力に接触していた。

 もっとも、彼らにとって台湾が本当に独立しようがしまいがどうでもいいことだ。彼らに課せられている任務はただ一つ「日本を混乱させろ」それだけだ。台湾独立運動を扇動するのは一つ方法でしかなく、仮に本当に独立したら内部から飲み込んでやろう――なんてことを内心では考えていた。


『最近、警察の動きがおかしい』

『まさか感づかれたか?』

『可能性はある。我々が独立派と繋がっていることはすでに公安は掴んでいるだろうな』

『逃げるか?』

『どこへだ?本国はどこへいったかもわからない。この近くにあるのは朝鮮に南――どっちも我々の敵だぞ』


 彼らはまだ北中国の正確な位置を知らなかった。

 日本より西にユーラシア大陸があるらしいという漠然とした位置情報しか知らない。仮に台湾から逃げ出すにしても移動手段のあても彼らにはなかった。

 警察庁公安局と台湾州警察公安部は一連の台湾独立運動に中華人民共和国の工作機関が深く関与していると確信していた。とはいえ、証拠は何一つないため現在はその証拠集めのための捜査を行っていた。工作員の男が言う「警察の動きがおかしい」というのは台湾警察が行っている捜査のことを指す。


『心配するな。俺らの戸籍に不備はない』

『だが…』


 彼らの一連の会話――そのすべてが警察に探知されていることを彼らはまだ知らない。



「当たりだな」

「ええ。やはり工作員が関与していたようですね」


 少し離れたところに止めてある車の中で二人の男がうなずき合う。

 台湾独立党の内情を探っていた警察庁公安局の捜査官である日草と、台湾警察公安部の捜査官の林だ。

 盗聴器からは尚も中国語が聞こえてくる。

 二人共、発言の内容は理解出来ていた。どうやら、不安がる工作員を仲間が落ち着かせているらしい。


「だいぶ、精神的にやられてますね」

「連中にとっては敵国のど真ん中だしな。これまでは本国からの支援もあったが、今はそれも望めない。ソ連にせよ北中国にせよ工作員共は現状を絶望しているんだろうな」

「だから行動を起こすと?」

「最後の最後まで職務に忠実なんだろうさ」


 それか最後にやけっぱちになっているかのどっちかだな。と日草は呟く。

 その表情はどことなく彼らに同情しているように林の目にはうつった。


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