表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/167

36

 正暦2025年 2月2日

 日本皇国 東京府福生市

 横田空軍基地


「ここが日本ね…」


 ノルキア帝国新外務大臣モニカ・アルベールは日本との講和条約を結ぶために日本軍機でノルキアから日本へとやってきた。ノルキアにやってきた軍艦などを見て日本は相当な大国だというのは理解していたが、直接機内で見た東京の町並みは彼女の予想以上のものだった。

 アルベールは中道左派政党・社会民主党の党首を務めていたが今回の挙国一致内閣設立と共に外務大臣としてギブソン内閣に入閣していた。これまで二大政党として激しく競い合ってきた国民党と連立を組むとは、一年前までは考えもしないことだ。

 本当は、ギブソンが日本へ行くことを望んでいたのだが政権が変わったばかりでノルキア国内はかなり混乱しており軍部の一部によるクーデター計画も露呈するなど首相が外に出るには状況的に厳しいことから今回は政府を代表して外務大臣が日本へ向かうことになった。


「前政権もとんでもない国に喧嘩をふっかけたものだわ」


「我が国じゃなかったら徹底的に報復されてましたよ」――というのは交渉に来ていた日本の外交官と会談したときにでた言葉だった。つまりは日本はかなり穏便な手段をとろうとしていた。

 ただ、交渉が上手くいかなかった場合に備えて追加の攻撃の準備をしていたとも語っていたので、ハミルトン政権が続いていれば首都近郊でも攻撃があったかもしれないと肝を冷やした。


 アルベール達交渉団一行は横田基地から会談の場である千代田区の東京国際会議場へ日本政府が用意した車に乗り込み向かう。車の周囲には日本の警察車両が何重にも取り囲んでおりまるで自分たちは護送車に揺られているような錯覚をうけるがノルキアが行った事を考えればこれだけの重警備は仕方がないと割り切った。

 すでに講和条約の大筋の部分はノルキアで決まっている。

 日本は賠償金を請求しないかわりにノルキアが海外領土にもっている油田やガス田の採掘権の一部を譲渡すること。今後は良好な関係構築に向けて外交当局での交渉を続けていくことなどがノルキアでは確認されている。

 ノルキアにとって油田やガス田の採掘権の一部を失うのは痛手ではあるが法外な賠償金を請求されなくてよかったと思うしか無い。

 講和条約が締結されれば日本やそれ以外の国々と外交関係を結ぶことができるようになる。日本はノルキアよりも技術が数十年先に進んでおりそういった技術がノルキア国内に今後流れ込むことを考えると油田とガス田の一部を失うのはむしろ安い部類だろう。

 もっとも、日本側はノルキアの現政権がそう長くは続かないことを知っているので「詳しい交渉は新政権発足後のようがよさそうだ」と考えているのですぐにノルキアと外交関係を結ぼうとは考えてはいなかった。


「今回の講和条件。国内では賛否両論でしたね」

「仕方がないわね。油田とガス田を他国に譲渡するなんて今までなかったことだもの。でも、日本だからこそこれで済んだともいえるわ。海外領土一つと引き換え――なんてよくあることでしょう?」

「たしかにそうですね」


 彼らがいた世界が植民地を奪い合いをしている殺伐とした世界だ。

 世界は列強中心にまわっており中小国は自分たちの主人となる国の顔色を伺っている。その世界が不健全だと思ったことは一度や二度ではない。だが、一人の政治家だけで世界の流れを変えることは不可能だ。

 だからこそ、彼女が党首を務めていた社会民主党はリベラルの観点から海外領土の統治をしっかりとするように国民党などに求め国民党もそれに応じた。もっとも、それが世論の支持に繋がったわけではなかったが――結果的に世論は自分たちが栄えればいいとして人民党政権を選んだ。その結果逆に自分たちの生活が苦しくなれば掌のを返したように政府を批判する。

 そうなった一因は自分たちにあるはずなのに。


(列強の国民は傲慢だと聞くけれど、我が国もその一つだったわね)


 もし、ハミルトン政権による軍事作戦が成功していれば世論のハミルトン政権への支持率は急速に上がっただろう。ただ、樺太は中々に厳しい自然環境の島だというから仮に占領してもノルキアが管理するのは無理であっただろうが、国民は遠い植民地のことなどほとんど気にしないのだから。



「これで両国にとっての不幸な戦争は終わりです。今後はいい関係を築いていきましょう」

「そうですね」


 調印を終えてがっしりと握手をかわす下岡首相とアルベール外務大臣。

 これで、日本皇国とノルキア帝国の武力衝突の件は終わりだ。

 もっとも、ノルキア帝国にとってはこれからが大仕事の始まりだ。

 解散総選挙に、独立運動が盛んな海外領土の取り扱いなどなど…今回の件でノルキアは大きく行動を起こす必要が出てきた。

 下岡はそのことに内心同情しつつも他国のことなので口を出すことはしなかった。

 ノルキア帝国の代表団は翌日に日本を発った。

 今後の外交交渉などは新政権発足後に行うことで両国は同意している。


 国民の声というのは時として破滅的な結果をもたらす統治者を国の頂点に押し上げることがあるというのを、下岡は改めて見せられた気がした。

 地球でいえば第二次世界大戦の発端を作ったドイツの全体主義政党の政権掌握が最も有名な例だろう。ただ、近年のヨーロッパでは過激な民族主義政党が高い支持を集める傾向にあった。その一因はヨーロッパに多く流入してくる難民と移民とそれに伴う治安悪化と求人の偏り。そして、それを容認している各国政府と欧州連合への不満の受け皿がこのような過激な民族主義政党に流れる。

 まるで、第二次世界大戦前のドイツのようなことがヨーロッパ各地で起きるようだ――などとヨーロッパ情勢を見て語った専門家がいたという。

 まあ、そのヨーロッパは今はそれどころではない。

 ギリシャ全土はすでに制圧されており、隣国のユーゴスラビアとブルガリアでも侵攻が始まっている。ヨーロッパ諸国は連合軍を結成してバルカン半島に送り込んでおりアメリカも欧州軍を全力投入している。さらに、ヨーロッパの近隣に移動した南米諸国も「南米連合」という形で軍を派遣しているが、相手の物量でもってすべてを押しつぶすように進軍を続けているという。

 アメリカはただでさえ中米にも対応しないといけないので実質的に二つの戦線を抱える羽目になって現場は大騒ぎになっているという。北中国の脅威がなくなった中華連邦と朝鮮からは陸軍が順次アメリカ本土へ撤収しておりこの撤収した部隊を再編成して中米とヨーロッパにそれぞれ送り込むことをアメリカ国防総省は検討している。

 このような状況なので、日本に対しても軍の派遣を求める声が主にヨーロッパ各国から出されるようになり、下岡も今後のヨーロッパとの関係を考えれば応じる以外ないと考えている。まだ、正式な要請が来ているわけではないが正式な要請が来るのは時間の問題だろう。

 ノルキアとの問題がその前に解決出来たのは幸いだった。


「そういえば国連では臨時総会を行うという話だったな。一体、なにを話し合うつもりなのだろうか…」


 転移前からほぼ存在感のない国連。

 転移を機会に存在感を上げようとしているのかもしれないが、臨時総会を開いたところで話はほぼまとまることはないだろう。特に、大国ほど国連に目を向ける余裕がないしお付き合い程度に会議に参加してそれで終わりなのが目に見えていた。

 

「どうやら異世界の国際機関との統合などを考えているようです」

「異世界の国際機関といっても連絡をどうやってとるつもりなのでしょうか」

「おそらくは我々を使ってやろうと考えているのでは?」


 菅川の憶測に下岡は「果たして各国がそれに応じるのだろうか」と疑問に思う。ただ、国連の考えるようにこの世界にある全ての国が加盟する国際機関は今後必要になるだろう。だが、今はまだほぼ情報がない中なのでその中で話を進めるのは無謀だと下岡は感じた。


「アリアス事務総長はもう少し冷静なタイプだと思ったのですが…」

「今回の件で焦っているのと周囲の『助言』の影響でしょうね。総理はどう思われますか?」

「今後必要になるでしょうけれど、まだ動くには早いかと」

「多くの国で実際そのように考えているようですね。イギリスなどは『あの人も歳をとったわね』とハワード首相が言っていたようですから」

「…あの人らしいですね」


 現在の国連事務総長のアリアスはポルトガルで長く外務大臣や首相などを務めたベテラン政治家だった。3年前に国連の事務総長となったのだ。年齢は70前半なのでそう老け込む歳ではないが、このあたりはイギリスジョークだろう(国連事務総長は比較的ベテランの政治家や外交官が選出されるケースが多い)



 正暦2025年 2月3日

 アメリカ合衆国 ワシントンD.C.

 ホワイトハウス


「日本がノルキア帝国と講和したようです。見返りに植民地の油田とガス田の採掘権を得たとか」

「日本らしく譲歩したように見せてしっかりと利益になるものをとったか。では、これで日本軍は自由に動けるようになったわけだな」


 国務長官からの報告にクロフォードはにんまりと笑みを浮かべる。


「ええ。早速、ドイツやフランス大使が日本に対してヨーロッパへの軍派遣を要請しようとしているらしいです」

「日本の機動艦隊と海兵隊が来れば一気にヨーロッパの戦線は楽になるからなぁ」


 ヨーロッパ戦線は相手の圧倒的な物量もあり連合軍は押されている。

 ドイツやフランスなどは予備役まで動員をかけており、一部の国では徴兵の規模を拡大しているほどだ。ヨーロッパ駐屯のアメリカ軍も全力で対応にあたっており、今はなんとかユーゴスラビアのマケドニア州とブルガリア付近で敵軍の侵攻を抑えている状態だ。

 ここに、日本の強力な機動艦隊やあるいは陸軍と海兵隊が加わればかなり連合軍としては余裕が出てくる。ただ、問題なのは日本とヨーロッパの距離がだいぶ離れていることだろうか。パナマ運河などが使えるのならばルート的に楽なのだが残念ながらパナマ運河は使えないし、南回りの航路もフィデスの存在があって使用するのは難しい。残っているのは北回りのルートだけだ。このルートは転移前ならば北極海だったので常に氷山などがある場所だったので一般船舶の航行は難しかったが転移によって氷が消えたことで一般船舶や軍艦でも安全に航行できる場所になっている。ただ、拠点になる港がないのがネックだろう(まあ、軍艦ならば寄港しなくても補給艦などがあるので問題はないのだが)


「我々としては中米にも日本軍がほしいところだがな…」


 アメリカが関与しているもう一つの戦い――中央アメリカだがすでにニカラグアまでは陥落している。ただ、ニカラグアが陥落したことによってアメリカ軍は自由に行動できるようになっているので戦線はホンジュラス付近で停滞している。フィデスは、この状況を打開するために機動部隊などを出港させているらしくアメリカもサンディエゴとノーフォークから2個空母打撃群を派遣している。

 また、フィデス軍はカリブ海の島嶼国への上陸も実施しており多くの島が上陸されていた。こちらは海兵隊や空挺が対処を行っておりメキシコやカナダからの援軍も来ているのだがやはり絶対的な戦力は不足している。

 中華連邦や朝鮮駐屯の部隊を引き抜いているが、移動には時間がかかる。


「要請はしてみましょうか?」

「シモオカは嫌な顔をしそうだな」


 でも、イギリスよりは頼みやすいんだよなぁ、と呟くクロフォード。

 どの国から見ても日本という国は「無茶振りでも答えてくれそう」というイメージが強く、実際に大抵のことは頷いていた。だからこそ、日本には「鎖国派」という勢力が一定数存在するのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ