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オーストラリア大陸は現実と違って緑の多い自然豊かな大陸であった。
それによって人口も多く、大陸には二つの国が存在していた。
東側にあるのがオーストラリア連邦。
そして、西側にあるのがオージニア共和国だ。
オージニア共和国もかつてはオーストラリア連邦の一部であったが1920年にオーストラリアから分離し、独立国となった。隣国のオーストラリア連邦との関係は良好であり周辺にも脅威になるような国はない。国土は一部砂漠地帯はあるが内陸部にいくほど山岳地帯となっていき無人地帯になる。人口のほとんどは海岸部分の肥沃な土地に生活している。国としての人口は1200万人ほどと現実の西オーストラリア地域に比べれば人口は多い。
肥沃な土地が広く広がっていることから農業が盛んであり日本にも小麦などを多く輸出している。また、鉱物資源も豊富でありこれらの鉱物も多くが日本に輸出されるなど日本や旧宗主国であるイギリスなどとの関係が深かった。
転移によってオーストラリア大陸はそれまでの南半球から北半球に移動し季節が逆転してしまった。それまで夏だったにも関わらず急に真冬になったことによる混乱が両国で起こり現在でも政府はその対策におわれている。
この、急激な季節の変化は主要産業である農業に壊滅的な被害が出ていた。
オーストラリアを発見した日本は「これで食糧事情は問題ない」と考えたのだがこの季節の変化によって農業が壊滅的だと聞いてショックを受けたほどだ。
ただ、両国はすぐに問題解決のために協力していくことを確認しておりすでに冬用の農作物の栽培を再開していた。
転移によってオージニアは新たな国と接触していた。
その国の名は「レクトア共和国」
レクトア共和国はオーストラリア大陸の西1000kmほどのところに出現した「レクトール諸島」とその周辺にある島によって構成された島国で、日本が接触したアトラス連邦と同じ世界「アーク」から転移してきた。
人口は6400万人ほどで、国民の大半が獣の要素をもった「獣人族」で占める「亜人国家」であり、同じ「亜人国」であるアトラスとは友好関係にある。
レクトアとオージニアは友好的に接触を果たし、オージニアは隣国のオーストラリアと共に同国と外交関係を結んだ。そして、現在日本やイギリスなどがレクトアと外交関係を結ぶために外交官を同国へ派遣していた。
アーク歴4020年 1月25日
レクトア共和国 首都・ローゼンセ
大統領官邸
レクトア共和国に日本の外交官が到着したのは二日前のことだ。
それから、現在に至るまでレクトア外務省の職員との間で国交締結に向けた交渉が行われている。交渉事態はスムーズに進んでおり数日以内に基本的な内容で合意する予定だ。
「閣下。日本に関する資料です」
「この国はアトラスの近くにある国だったか?」
「はい。アトラスがこの世界で最初に接触した国のようです」
レクトア大統領フィリップは狐耳と尻尾を生やした壮年の狐獣人だ。
そして、彼に資料を持ってきた外務大臣のアーレンスは犬系獣人である。
ここのところ連日のように新たに交流をもった国に関する報告書が外務大臣の手によって渡されている。さすがに、連日のように新しい国の報告書がやってくるのでそのすべてを頭の中に叩き込むのは苦労しているがどの国も友好国であるアトラスと外交関係を結んでおり、さらに比較的近い位置にあるので、今後も関係が続くことも考えてなんとか頭の中に叩き込んでいる最中だった。
「ふむふむ。議院内閣制の君主制国家か。人口は2億2000万人?ずいぶんと多いな。アトラスの倍か」
「経済力も軍事力も相当なものです。アークにいたら『5大国』に肩を並べていたかもしれませんね」
5大国はその名前の通りアークに5つ存在する超大国のことだ。
リヴァス共和国
ルーシア連邦共和国
ルクトール連邦
ガリア帝国
エルタニア王国
現時点でレクトアが確認しているのはリヴァス共和国だけだが、恐らく他の4カ国もこの世界のどこかにいるのだろう。
まあ、5大国家中3カ国は問題ないのだがルーシア連邦とガリア帝国はアークの中でも「ヤバイ国」の代表格なのでどこかでやらかしている可能性は高いのだが、フィリップもそしてアーレンスも意図的にそこは考えないようにした。
アトラスは5大国ではないもののそれに近い国力をもっているとアークではいわれていた。ちなみにレクトアはアーク基準では中堅国の上位グループくらいである。
「一時はどうなるかと思ったが隣国に恵まれたようなものだな」
「まったくですね。我が国は運がよかったかもしれませんね。他国では軍事侵攻を受けているところもあるようですし、我が国も覇権主義国家が近くにあった場合は難しかったかもしれません」
「そうだな。ガリアあたりが隣国だったら悲惨だった…」
アークの中で「ヤバイ国」の代表格に挙げられる「ガリア帝国」
この国はアークでも珍しい「絶対君主制」なのもそうなのだが、過激な「人間主義国家」であった。人間主義というのは簡単にいえば人間以外を認めない思想のことで、獣人やエルフなどの亜人のことを「人間扱い」しない勢力のことだ。アークではそれを国ぐるみで進めている国がいくつかありその総本山ともいえる存在がガリア帝国だった。
もちろん、亜人国家であるレクトアとは外交関係は有していないし、国際会議の場では「獣がなぜこの会議にいる」と亜人の出席者を同国の出席者を罵倒する場面もあったほどだ。
アークでは亜人もまた人間の一種族であるとされているのだが、人間主義国家はこういった国際的取り決めを真っ向から逆行している――そんな国だ。
「日本は我々に対する偏見のようなものはあったのか?」
「担当者の話によると、少し驚いた様子はあったみたいですが。それ以外は自然と接していたようです」
「そうか…『地球』には我々のような種族がいないという話だから、その部分で気になっていたが。今のところどの国も我々に対しての悪感情を持っていないようだな」
内心でどのように考えているかわかりませんが、という言葉を飲み込む外務大臣。口に出さなくても大統領もそのことは理解しているだろう。どの世界にも「差別」や「偏見」というものは一定数存在するのだから。
だが、少なくとも外交官など交渉を担当する役人があからさまに表情に出すことは普通はない――そう、普通はないのだがガリア帝国などの役人は普通に表情に出してくるのだ。
「彼らの世界でも肌の色の違いで『差別』や『偏見』――あるいは特定人種のみが優れている――などという思想が存在するらしいですがね」
「世界違えどその部分は当然あるか」
「ええ、ですので。懸念があるのは一般交流で起きるトラブルでしょう」
だからといって渡航制限なんて出来ませんし、そんな小さい案件まで政府は対処出来ませんけれど。と肩を竦める外務大臣。
文化の違いでそれが「差別」「偏見」だと言われるケースもあるだけに、人権問題というのは根が深いと大統領も同意するように重い溜息を吐いた。
「まあ、だが…この資料を見る限り問題はないな」
「ええ。このまま国交締結に向けて話を進めても問題ないでしょう」
レクトア外務省 会議室
「人間主義ですか?」
「ええ。人間こそが神に選ばれた種族であり、それ以外の種族は人ではない。だから文明は必要ないという事を言う勢力が国家単位で我々の世界には存在していましてね。ガリア帝国というのはその親玉のような国です」
「そ、それはまた…」
中々に強烈な国が出てきたな――と、話を聞いていた外交官の矢島は内心思った。すでにレクトアとは外交関係を締結するということで話はまとまっていた。今は、アークの中で「超大国」とされている5大国に関する話をレクトア外務省の担当者から聞いていたのだが、その中の一つ「ガリア帝国」というのが「クセの強い国」だったのだ。
一種の人種差別思想というのは当然地球にもあり、今はそれが大問題として報道を賑わせている。発言一つで逆に袋叩きにあうほどに地球では「人権」というものに神経質になっていた。それは、レクトアなどがあったアークでも同じだったという。特にアークの場合は、エルフや獣人といった「亜人種」が多く暮らし地球以上にその手の人種差別というのは激しかった。
美形が多いエルフなどは女性が優先的に。身体能力の高い獣人族は男性が優先的にそれぞれ「奴隷」として連れ去られるケースがかつては多かったという。なんとか、200年前に国際条約で亜人の奴隷廃止などが決められたらしいが「ガリア」など一部の国はそれに従わず、今でも犯罪まがいに亜人を「奴隷」として誘拐しているという。実際に、犯罪組織と深く繋がっているなんて話もあるほどだ。
「国際社会は?」
「色々な国がいますから。表面的に条約を守っていても人間主体の国はどうしたって我々への対応は違います。それに怒りを募らせて人間の国と付き合わず亜人国家だけとしか外交関係を結ばないような国もありますね」
「一種の鎖国ですか…それで産業面に問題は?」
「我が国から離れているので詳しくはわかりませんが、少なくとも国としては健全みたいですよ」
聞けばアークは地球の3倍の大きさがあり、距離が離れると地球以上に関係が疎遠になるらしく外交関係を結んでいない国もあるという。さすがに距離が離れすぎると貿易をするにしても利益も少ないらしく、近隣の国との関係を重視する国が多いのだという。
「なので、我が国やアトラスはそれほど人間至上主義の国に悩まされたことはありませんでしたね。まあ、逆に亜人至上主義勢力が存在して苦労しているのですが…」
人間至上主義とは逆に「亜人こそが選ばれた存在。人間は数だけ多い迷惑な存在」として徹底的に人間の排除を訴える過激な思想もある。それが亜人至上主義である。そして、人間至上主義以上に支持している者が多い。特に獣人族は過去の扱いから人間を憎悪する者が多く亜人至上主義活動に参加する者が多い。この、亜人主義も更に特定の種族のみが優れていると考える勢力も存在していたい。
レクトアにも「獣人主義」を掲げる団体がいて、時折人間などを襲うのでレクトア政府は「危険組織」に指定しようとしているが世論からの反発が強く実際に取り締まれず、他国との間で外交問題に発展する――などといった問題も起きていた。
「では、我々地球と関係を結ぶのは中々リスクがありそうですね」
「そうですね…まあ、我が国でも少数派ですから。心配はありませんよ」
担当者は慌てたように少し早口になりながら言った。
外務省からホテルに戻る道中。矢島は一緒に話を聞いていた部下に話をふる。
「どう思う?」
「まあ、種族関係の問題はこっちでもよくある話ですからねぇ。多少の問題はつきものと考えるしか無いですね」
「まあ、そうだよなぁ」
地球でも人種の違いで諸々の差別などがあり問題となっていた。
ただ、あまり厳格に決めすぎたあまりにただの注意でも差別扱いになるなど「逆差別」も問題になっていた。話を聞いている限りアークではそれがより問題になっているという。
「今は、何も起こらないのを祈るしか無いか」
「世論は大丈夫だと思いますけれど。問題はマスコミじゃないですかね」
「…ああ」
部下のつぶやきに矢島は一気に渋い顔になった。
今後、往来が活発になったらマスコミがまたいらぬ騒ぎを引き起こす――その可能性は十分に考えられた。海外でやらかすにしても人種問題が根深そうなこういった国で問題を起こされたら今後の外交関係に影響が出かねないのでマスコミには大人しくしてもらいたい。だけど、それはきっと無理だろうな――と矢島は思った。




