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 帝国暦1500年 1月24日

 ノルキア帝国 リンガード

 首相府


「一体どこから攻撃を受けたのだ!」


 国内にある主要な軍事基地が攻撃を受けたことでハミルトン首相は混乱していた――といっても相変わらず周囲に当たり散らしているだけなのだが。

 そして当たり散らされている官僚たちもどこから攻撃を受けたのかはわからなかった。なにせ、レーダーには一切何も映っていないしその肝心のレーダーも一部が破壊されている。

 わかるのは巡航ミサイルによる攻撃によること。民間施設に被害はほぼなく被害は軍事施設に集中している――これだけだ。

 彼らの記憶の中にここまで正確な攻撃を行う国は覚えがない。

 まさか、自分たちが攻め込んだ国が報復とばかりにミサイルを撃ち込んだとはこのときの彼らは思いもしなかったのだ。

 しかし、そんな彼らも「日本皇国」という国を知るときが来た。


「た、大変です!ドルフィーズ沖にた、多数の軍艦が!」

「なに!?」


 ノルキア南部の港湾都市ドルフィーズは巡航ミサイルの攻撃を受けた都市だ。そのドルフィーズに今度は多数の国籍不明の軍艦が出現したという。この軍艦は自らの所属を「ニホンコウコク」と名乗っており、ノルキア帝国が次の海外領土として軍を送り込んだ島は「ニホンコウコク」の領土だったという。

 それを聞いたハミルトンは。


「そ、そんなの信じられるわけがない。そもそも奴らの領土である証拠がどこになるっ!」


 当然ながら信じることはなかった。

 まあ「ニホン」なんて国は官僚たちも聞いたことがない国だった。

「ニホン」からの要望はシンプルだ。先の戦いで出た捕虜を返還したいのでそのための交渉をしたい。それだけだ。

 それを聞いたハミルトンは今度はニンマリと笑う。

 賠償金などを請求されないを察したらしい。


「ニホンという国。どうやらたいした戦力はないようだな。それならば適当に交渉に応じてその後再度攻め込めばいいだけだ」


 果たして、本当に日本はハミルトンが思うような国なのか――それは数時間後にわかる。



「ごねるかと思いましたけど、結構あっさり受け入れましたね」

「どうせ、我々のことを御しやすいとでも考えたのだろう。向こうの使者明らかにこちらを見下したような視線を向けてきていたぞ」


 日本から派遣された外交官たちはヘリで首都であるリンケードへやってきた。どうも自分たちが相手から見下されていることを日本の外交官たちは態度で感じていたがこれでも様々な外交交渉に携わっていたこともあり表面的は特に気にしないようにし、内心では「決裂したら覚えとけよ」という呪詛を溜め込んでいる。

 外交官たちが案内されたのはノルキア帝国の外務省だった。


 外務省で行われた両国の初交渉は当然ながら友好的なものではなかった。

 ノルキア側は日本側をまるで値踏みするような視線を隠す気もなくしていたし、日本側は日本側で感情が読めない微笑みを全員が浮かべていた。護衛としてこの場に来ていた特殊部隊員は「実戦よりも胃に来る」と後に愚痴をこぼした――それだけこの場は緊迫していた。


「まずは失礼だが『ニホンコウコク』という国を我々は聞いたことがないので貴国がどういった国なのか教えてもらえないだろうか?」

「いいでしょう。では、こちらを御覧ください」


 日本側はアトラスのときでも紹介した映像と資料をノルキア側に提出した。 もちろん言語はノルキア語に対応したものだ(会話も英語が通じないのでノルキア語メインで行われている。派遣された外交官たちは全員語学に堪能であり短期間でノルキア語を喋れるレベルになっていた)

 そして、この資料を見たノルキア側の出席者たちは自分たちが思っていた以上に日本という国は大国であるらしいということを察した。さらに、ドルフィーズで実際に日本海軍の軍艦を写した写真が彼らの前に出されるとノルキア側の出席者は全員顔色をなくした。

 そのあまりの変わりように日本側の外交官たちは内心「いい気味」とほくそ笑む。その中には艦上ではあれだけ「嫌だ嫌だ」と喚いていた安藤も含まれている。あれほどごねていたのに、ノルキアに近づくにつれ大人しくなっていき今ではできる外交官のような雰囲気まで醸し出しているほどだ。

 同行している特殊部隊員は「同一人物だとは思えない」と震えた。

 仲間内では「覚醒モード」と呼ばれこのときの安藤は人一倍仕事ができるようになるらしい。


「そ、それでそちらの要求は」


 大体こういった場面は賠償金が請求されるので最初のころに比べるとノルキア側の外交官は余裕がなくなってしまったようだ。まるで安く賠償金を抑えたい――などと思っているようだが。別に日本側は賠償金は欲しくはない。ただ強いて言えば…。


「そちらの油田と天然ガス田の一部を買い取りたい」

「なんですとっ!?」


 多少の金銭くらいは仕方がないと考えていたノルキア側は日本側の要求に目を見開いた。しかも、日本側が欲したのはノルキアの中でも最大規模の油田やガス田だ。当然ながらこんなものノルキアとしては絶対に認めるわけにはいかない。

 というわけで日本は続いて、ノルキアの海外領土の一つでの油田の採掘権がほしいと要求をした。こちらもノルキアとしては飲めないものだが日本側が示した区域は海外領土の中でも僻地と呼ばれている区域だった。

 ちなみにノルキアの海外領土(植民地)の一つであるガンバーリア大陸はノルキアの中で最も日本に近く樺太の北西800kmほどのところにあった。このガンバーリアはノルキアからの独立運動が盛んな地域であるため、この大陸のノルキア軍は樺太侵攻に使われていなかったという。

 日本側の譲歩にノルキアも少し考えるようなアクションをとった。

 というよりも、このときのノルキアはそもそも自分たちは負けていないと考えていたのでかなり強気に出ていたのだ。


(こりゃ、爆撃機に別の場所ふっとばしたほうがいいか。それとも艦隊で派手にあばれさせたほうがいいかな)


 外交団の責任者は冷めた視線でノルキア側を見ながらかなり物騒なことを考えるのだった。





 帝国暦1500年 1月24日

 リンガード市中心部

 帝国議会



 首相府からそれほど離れていないところにノルキア帝国の立法府である帝国議会がある。貴族院と庶民院による二院制が敷かれていた。


「ここは内閣不信任案を出すしかありません!そのためには我々野党は一致団結する必要があります!」


 庶民院の中にある会議室においてこのように熱弁を振るうのは中道政党の代表を務める若い政治家だ。彼は日本艦隊の出現を知り、独自のルート(主に軍の穏健派)から集めた情報でやってきたのは自国よりも軍事力の高い国であり人民党政府はかなり失礼な対応をとっていることを知ると今こそ立ち上がるべきだ、とすべての政党の代表者を緊急で集めたのだ。

 反人民党という部分では各政党のトップはまとまっている。ただ、去年の末までは人民党が過半数だったので野党がどんなに頑張っても人民党からの離反者がいないと可決できなかった。それは今も変わっておらず、人民党からの離反者に協力を呼びかけるしかなくただ、その離反者というのは元々それぞれの政党に所属していた元議員でもあったので、そこが更に問題をややこしくしていた。


「ドルフィーズ沖に現れた艦隊ですが。海軍穏健派の話によると我が国のどの艦隊よりも強力だといいます。もし、人民党政府が彼らに失礼な行いをすればドルフィーズは途端に火の海とかしてしまうかもしれない!それを防ぐためにも今ここで内閣不信任案を通すべきですっ!」


 他党の代表者たしかに「確かに」とばかりに頷く。

 そもそも、彼らの多くは「新たな海外領土」とやらには興味がない。

 それよりも既存の海外領土をどうにかしなければならないと考えていた。というのも、人民党政府になってから海外領土の独立運動がより活発になっておりこのままだと手に負えないところまで来てしまうからな。すでに、一部手に負えないレベルまで独立運動が激化したところがあり、そこを抑えるには人民党政権には早々に退場してもらわなければ困るのだ。

 ただ、ここで一つ懸念点がある。

 これを口にしたのは最大野党・国民党の代表であるギブソン。


「しかし、我々だけではまだ議会の過半数にはなれないぞ。離反者に協力を

得るしかないが…」

「そこが問題ですね…ただ、すでに軍事施設が攻撃を受けています。一刻の猶予はもうありません」

「…たしかにな。ならば、離反者を説得していくしかないな。『このままだとノルキアは滅びる』といえば少しは聞いてくれるかもしれない」

「その『ニホンコウコク』という国に我々もコンタクトはできないのですか?」


 第二野党、社会民主党のモニカ・アルベール代表がそのような提案をする。


「不信任を通した後の新政権として交渉をスムーズにすむためかね?」

「ええ。議会解散までは挙国一致内閣として政治思想は違いますが、我々が連携したほうがいいでしょう。長くはもたないでしょうから。すぐに選挙をする必要はありますが。問題は――」

「ハミルトンが政権の座にしがみつくことだな…」


 むしろ、その可能性しかないな、と疲れたように言うギブソン。

 ノルキア憲法では内閣不信任決議が可決された場合は「直ちに内閣を総辞職しなければならない」と規定されていた。

 さて、野党は内閣不信任で一致した。

 あとは、参加していない少数政党などの支持を集めるために彼らは奔走することになる。そして、野党代表の立場になったギブソンたちは外務省穏健派の協力によって日本の外交団たちとも会談することになるのだった。



 日本の外交団一行は、リンガード中心部に用意された高級ホテルに滞在することになった。宿に関しては一応、相手が外国の外交官ということで気を遣ったように見えるがこれを準備したのは外務省内の穏健派の官僚達だ。

 幹部連中は何もしていなかったので彼らは奔走したらしい。

 その事を知った日本の外交官たちは「この国の下っ端官僚も激務だなぁ」と密かに同情した。


「野党はまともそうでしたね」

「野党といってもそれまで長年政権をとってきた政党だ。そこまでおかしかったらこの国は終わりだよ」


 つい、先程まで極秘会談していた野党の指導者たちを思い返して若い外交官がボソッと呟くと今回の外交団のトップを務めているベテラン外交官の川口ため息を吐きながら返す。


「…確かに。それにしても今の政権は――」

「ああ、ヨーロッパやらで最近増えているポピュリズム政党が支持拡大しているのと一緒だな」


 近年のヨーロッパでは既存政党の支持率は下がり、その代わりに反移民・反EUを叫ぶ民族主義政党や共産主義などを避ける急進左派政党の支持率が急上昇している。

 いずれも「ポピュリズム政党」などと言われているが、なぜこのような政党の支持が拡大しているのか――といえば、EUによって推奨された移民や難民の大量流入による治安の悪化と求人の変化や、EU加盟後に貧富の格差が広がった事。さらにはドイツなどの先進国では「自分たちの税金が貧しい国に流れている」ことへの不満――そういったものが積み重なった結果。それらかだの脱却を訴える政党の支持率が拡大しているのだ。


 ノルキアの場合は現政権が耳心地のいい政策を次々と掲げたことで国民が食いついた結果、今の政権になったらしいのでヨーロッパとはまた事情が違うようだが。


「内閣不信任決議を出すという話でしたが、これが通ったら交渉はやりやすくなりそうですね」

「問題は議会の勢力がほぼ拮抗しているということだな」


 これで否決されたら当分不信任決議は出せない。

 野党側もどうやらそのことを懸念しているようであった。


「まあ、俺等からすれば野党に政権をとってもらったほうが楽ではあるんだがな」


 少なくとも彼らは良識的だった。これから国交を結ぶにしても政権的に危うい国よりはちゃんと話し合える政府のほうがいいというのが彼らの本音だ。

 ともかく、しばらくは様子見だな、と川口が言うように日本側としてはただ状況を見守るしかなかった。



 帝国暦1500年 1月26日

 ノルキア帝国 リンガード

 帝国議会


「不信任だと?なるほど…つまり『ニホン』と野党連中は協力関係にあるわけだな。これは立派なクーデターに違いない!」


 どこからその発想に至ったか不明だがハミルトンは日本と野党は協力関係にありこれはクーデターの始まり、だと野党を糾弾し始めた。ただ、世論の反応は薄い。そもそも現政権が日本の領土を攻撃したことで日本が報復してきた――というのが一連の出来事なので、悪いのは軍事作戦を進めた現政権ではないかという意見が意外にも世論の多くを占めていた。

 当初は人民党を支持していた無党派層は逆に生活が悪くなったことから「人民党政権なんて懲り懲り」だ、と思っていたし。野党支持層はそもそも一貫して反対していた。

 人民党を支持しているのは少数の民族主義者しかいなかった。

 ただ、議会のほうはあっさりと不信任決議が可決されるわけではない。

 議会には多くの元人民党員がいる。彼らはハミルトンと対立はしているがだからといって人民党の看板で選挙に当選していた者たちばかりなので野党が政権をとったとしても自分の居場所はないし、解散されると自分の議席を失う可能性があったので不信任決議に賛成票を投じようと考えている議員が少なかった。

 ただ、そんな議員たちも。もし日本から更に攻撃を受けたら自分たちの命も危ういのではないか?と考え始める者も出ており彼らの心はやや揺れていた。




 そして、午後。

 庶民院において内閣不信任決議が提出された。

 野党型は提出理由として、人民党政権による失政による経済悪化に数々の公約不履行などをあげ、更に今回の軍事作戦に関して議会の意見を無視して強引に決めたのは議会軽視でありこれ以上政権を運営する資格はないとハミルトン政権を糾弾した。

 一方の、人民党側は「これはニホンと野党が仕組んだクーデターだ」と主張し、この不信任決議に妥当性は一切ないと野党を批判した。そして、日本の外交団に関しても「クーデターに関与した」として宿泊先のホテルで彼らを軟禁していたほどだ。まあ、他国の外交官なので多少の移動制限が加えられただけともいえるが。

 ちなみに日本側は追加攻撃の準備をしており帯広から91式爆撃機が再度飛び立ち。ドルフィーズ沖に待機している第5艦隊はいつでも軍事施設や政府機関へ巡航ミサイルを撃ち込めるような準備をしていた。


「賛成多数により、内閣不信任決議は可決されました」

「な、なぜだっ!?」


 淡々と不信任決議が可決されたと言う議長から少し離れたところで「どうせ否決される」と思っていたハミルトンはその票差をみて愕然とした。賛成票が反対票の倍――つまりは身内からも多くの造反者が出たことを意味していた。

 野党指導者たちもまさかここまで造反者が出るとは思わず驚いていたが、同時にハミルトンの人望の無さを理解し、これならばもっと早くに不信任決議を出すべきだったと後悔する。

 内閣不信任決議が可決されたことから、議長は直ちに両院で首班指名選挙――つまり次の首相を選ぶ選挙を実施すると全議員に通達を出した。


 野党は新首相候補として最大野党国民党のリチャード・ギブソンを指名した。

 本人は不信任決議を提案した中道政党の若き指導者――ルイス・トンプソンを推薦しようとしたが最終的には自らが日本との関係を含めた歪みを解消させてその後、再度国民に信を問うための解散総選挙を実施することを決めて野党統一候補として首班指名選挙に望むことになった。

 一方の人民党側は造反者を多く出したことで候補者選定に難航する。

 当然、ハミルトンは自らが出るのが当たり前だと主張するが党所属議員の中には彼の独裁的な手法に対して嫌悪感を持つ議員も多くいた。こういった議員の多くがハミルトンの不信任決議に賛成票を投じておりハミルトンはそんな彼らを「裏切り者」と激しく糾弾したのだ。

 結果的に人民党からはハミルトンを含めて3人に票が分散した。

 そして、3時間後に行われた首班指名選挙において。野党統一候補のリチャード・ギブソンが新首相に指名された。ギブソン新首相は新内閣を挙国一致内閣とすると表明し、諸々の問題が片付いた後再度国民に信を問うために議会を解散することを夜に行われた記者会見で表明した。


 この日の一連の動きを後にノルキアでは「ジャポンス・ショック(日本ショック)」と呼ばれるようになる。


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