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 正暦2025年 1月21日

 日本皇国 樺太州 間宮市

 日本陸軍 間宮駐屯地 捕虜収容所


 

 間宮市は北樺太中西部に位置している人口約11万人ほどの港湾都市。

 北樺太では最大の人口を抱えており住民の6割はロシア系住民で占められている。市内の中心部から10kmあまり離れたところに広大な敷地を持つ陸軍の間宮駐屯地がある。

 北樺太の防衛を担当する第27歩兵師団の師団司令部が置かれ、更に今回の軍事侵攻で捕虜になったノルキア軍の兵士たちを収容している捕虜収容所も駐屯地の一角に置かれていた。

 現在は約4000名の捕虜たちが生活している。


「外は猛吹雪だが、ここは随分と温かいな」

「ああ…捕虜収容所というのはもっと過酷な場所だと思ったんだが」


 樺太上陸作戦時に投降した兵士たちは自分たちの待遇が良すぎることに困惑していた。彼らの感覚では捕虜は敵軍の兵士なのでその扱いはかなり雑になる。実際、ノルキアも敵国の捕虜に対しては食事は用意したがかなり劣悪な環境の収容所に収容していた。

 そんな彼らからすれば日本軍の収容所は明らかに立派すぎた。

 外は、昼間でも氷点下10度近い気温にもかかわらず収容所は一定の気温まで暖房が効いていて全く寒さを感じない。食事もしっかり三食出ている。自由行動などはあまりないがそれは自分たちの立場を考えれば納得できることだし、むしろぐっすりと夜も眠れているし理不尽な拷問を受けることもない。おかげで、兵士たちはノルキア帝国に関することを取り調べの時にペラペラと話すようになった。

 日本からすれば捕虜の待遇は国際法で厳格に決められておりあくまでそれに則ってやっているだけなのだが、ノルキア人から彼らの世界での捕虜の扱いを聞いてなぜ彼らがペラペラと自国の情報を話しだしたのかすぐに察した。

 環境が良すぎて口がゆるくなったらしい。


「おい、噂だけれど。ついにこの国は報復攻撃するらしいぞ」

「ついにか。どうなるんだかな。ノルキアは」

「人民党は終わりだろうな。あとは、軍備制限をかけられるかもしれないが…」

「向こうにいる家族が無事ならいいんだがな…」


 毎日一時間ほど設けられている体操の時間で別部隊の兵士たちがそのような会話を交わしていた。


「いよいよか…」

「むしろすぐに報復に出ると思ったが結構かかったな」

「まあ、この国にも色々とあるんだろうさ」

「どうなると思う?」

「ノルキアか?まあ、政権は変わるんじゃないか?あとはお偉いさんがどういった落とし所を見つけるかだな。それさえ終われば俺らは解放されるらしいし。でも、国に戻ってもな…」

「やっぱり軍をやめるのか?」

「ああ、すっぱりと辞めるよ」

「俺はどうするかな…」


 軍はそこそこ給料がいい。そこに惹かれて軍人になったという兵士はだいぶ多い。特に今の政権になってからは企業はどこも大変で雇用人数を減らしているので職にあふれた者が軍に入った。

 だが、こんな目にあってまで兵士を続けようと思う者は少ない。

 例外は士官学校を出た職業軍人たちだが彼らもこのまま軍にいていいのか、と考える者が多かった。

 特に、上陸部隊の臨時指揮官を務めることになった准将はきっぱりと「国に戻ったら軍を辞める」と明言しているほどだ。

 

「あーあ。なんか国に戻りたくねぇな…」






 正暦2025年 1月23日

 オホーツク海

 第5艦隊 重巡洋艦「陸奥」



 重巡洋艦「陸奥」

 長門型重巡洋艦の2番艦として1980年に就役した。

 すでに就役してから45年は経っている古老艦だ。

 全長238m。全幅40m。満載排水量3万2000トン。

 時代が時代ならば「戦艦」と呼ばれるほどの大型巡洋艦で実際にアメリカなどでは「巡洋戦艦」に区分されているし、実際に海軍は戦艦の代わりとして建造したので大口径砲などを現代でも搭載していた。地球では「金食い虫」だと言われているが異世界相手ならば十分な「威圧」になるだろう。

 さて、今回ノルキアに向かっている艦艇は以下の通りだ。


 日本海軍第5艦隊(司令部:青森県大湊市)


重巡洋艦:陸奥

空母:仁龍(第4艦隊から出向)

ミサイル巡洋艦:羽黒、青葉

ミサイル駆逐艦:睦月・春月

汎用駆逐艦:五月雨・夕立・朝霧・夕霧・狭霧・山霧


 舞鶴を母港にしている仁龍以外は大湊あるいは大泊基地を母港としている艦艇によって構成されていた。海軍の一部では新型の超巨大戦艦「大和」を派遣部隊に含めるべき――などという声も聞かれたがなるべく早急にノルキアへ艦隊を送り込みたかったことから取りやめになった。

 また、艦隊には外務省から8人の外交官が同行しており彼らを護衛するために海軍特殊部隊「特別警備隊」の隊員たちも同行されていた。


「はぁ…とんだ貧乏くじをひいたもんだ」

「もう諦めてください。安藤さん、これで何度目です?」

「そう言われても不安なのは消えないんだよ…」

「他の人言ってましたけど、そんなこといってあっさりと難しい話し合いまとめているっていう話じゃないですか。いい加減慣れてくださいよ」

「無理なものは無理なんだよ…」

「…なんでこの人外交官してんだ?」


 陸奥の甲板で項垂れているのは派遣された外交官の一人である安藤だ。

 この安藤。陸奥に乗り込んでからずっとこんな感じを三日間続けていた。最初の内は乗員たちも同情していたがさすがに毎日のように続けられるといい加減対応するのも面倒くさくなってきた。

 ちなみに他の外交官曰く「安藤は大使館勤務のときもそんな事を色々と言ってなんだかんだで成果をあげる扱いにくいヤツ」と評しており、その話を聞いた乗員たちは「それでいいのか外務省」と内心思った。

 それはともかくとして、このようにノルキアまでの道中は一部を除いて平穏そのものだ。警戒していたノルキア軍の再度の侵攻部隊も現在のところ確認はされていなかった。


「空軍さんがなんか派手なことをするって話だが。一体何をするつもりだ?」

「恐らく巡航ミサイルでも軍用にうちこむんじゃないですか?91式爆撃機がいますし」

「そりゃ派手な土産になりそうだな」

「向こうが交渉に応じなければこっちも艦砲射撃をやることになるかもしれませんね」

「そうならないことを祈るしか無いねぇ」


 艦橋で物騒な会話をしているのはこの艦隊の指揮官である第5艦隊司令長官の曽根中将と「陸奥」艦長の飯山大佐だ。今回のノルキア帝国の軍事侵攻に関しては日本政府もさすがに「穏便」な手段をとることは出来ないと判断し、ノルキア帝国の軍用地に対して報復攻撃を行うことを決めていた。


「やっぱり『大和』を持ってきたほうがよかったんじゃないか?」

「流石に『大和』はオーバーですよ。ただ、空母をもう1隻くらい寄越してくれても良かったと思いますけれどね」

「『千歳』がドック入りしてなければ連れてこれたんだがな」


「千歳」というのは第5艦隊に所属している軽空母である。

 従来は対潜空母として哨戒ヘリコプターなどをメインに運用しているのだがSTOVL機であるF-35Bを搭載可能なので空母として運用することも可能で大型空母を配備していない第5艦隊にとっては貴重な空母だった。

 ただ、今は定期メンテナンスのため大湊基地のドックにいるので任務に参加することは出来なかった。

 第4艦隊から出向している「仁龍」は満載排水量10万トン。艦載機搭載数100機を誇る「超巨大空母」なのだから空母をもう1隻つけるのも明らかに過剰戦力だった。


「長官たちは敵の首都を焦土化するつもりなのか?」

「まあ、焦土化しても文句は言われないのでは」

「国連が黙ってないだろう…」

「あそこ、今機能してるんですかね?」

「さあ。仮に機能していてもどこの国も話は聞かなそうだけど」

「異世界相手に国連が対処できるわけないですからねぇ」


 少し離れたところで参謀たちがより物騒な会話をしていた。



 同日

 北海道州 道東県帯広市

 日本空軍 帯広基地


 広大な十勝平野の西部に位置する帯広市。

 中心市街地から南に離れたところに官民共用の帯広飛行場がある。

 軍事基地としては帯広空軍基地であり、第14戦闘航空団が拠点にしており主に北海道東部の領空警戒などを担当していた。

 この日の午後。帯広基地の滑走路に8機の大型機が続々と着陸してきた。


「おい。あれ91式爆撃機だぞ」

「浜松から飛んできたのか」


 帯広基地に飛来してきたのは空軍第1戦略爆撃航空団第33爆撃飛行隊に所属する91式戦略爆撃機(BJ-3)の編隊だった。たまたま帯広空港で飛行機を撮影していた航空機マニアたちは突然やってきた大型爆撃機にどよめきの声があがる。

 91式戦略爆撃機はアメリカのB-1やソ連のTu-160のような可変翼をもった超音速の戦略爆撃機でありかつては核兵器の運搬なども行っていたが現在は主に巡航ミサイルキャリアーや純粋な爆撃機として運用されている。

 空軍には全翼型のステルス爆撃機である15式もいるのだが、グアムの昭和空軍基地に集中配備されていた。

 91式爆撃機は帯広基地で燃料補給を受けるなどして1時間後に帯広基地を飛び立っていった。


 帯広基地を飛び立って4時間後。

 第33爆撃飛行隊はオホーツク海上空。ノルキア島の南1000km地点までのところまで来ていた。


「隊長。そろそろ配達ポイントです」


 副操縦士が機長席にすわる編隊指揮官である風祭里香少佐に告げる。


「念のため迎撃機が来ないかレーダーを確かめてね」

「了解!」


 今回、風祭少佐が指揮する爆撃機編隊はノルキア帝国に対して凶悪なお土産を用意していた。そのお土産というのは95式巡航誘導弾。攻撃目標は捕虜となった兵士たちから聞き出し、更に運良く生き残っていた軍事衛星を用いて割り出された同国の複数の軍事施設だ。

 8機が搭載している巡航ミサイルの数は40発。

 とても貰いたくないお土産だがノルキア帝国にはこのお土産を貰う理由があった。


「レーダーに異常はありません」

「じゃあ、派手にいきましょう。全弾発射!」


 風祭少佐の指示によって91式爆撃機から次々と95式巡航誘導弾は発射される。それぞれのミサイルは海軍基地であったり空軍基地に陸軍駐屯地――そして石油貯蔵施設などの目標にむかって飛んでいった。


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