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正暦2025年 1月16日
マーゼス大陸 南部
イリーニア共和国 ダウォンポート
ユーラシア大陸の北。
4000kmほどのところにマーゼス大陸はある。大きさはユーラシア大陸の半分ほど。北には大陸の半分ほどを国土にしているマルシア連邦があり大陸の中心で、それ以外の国々は基本的にマルシア連邦と緩やかな同盟を結ぶことで他大陸からの侵略から国を守っていた。
大陸の最南部にあるイリーニア半島と周辺の島々からなる「イリーニア共和国」もマルシア連邦と同盟を結ぶことで外敵から国を守っていた。
イリニーア共和国は南部最大の港湾都市である「ダウォンポート」を抱える物流や交通の拠点であり経済力は南部の小国の中でも1・2を争う裕福な国だ。
だからこそ、今回の転移はイリニーア共和国はもちろんのこと南部諸国にとっても大きな痛手になっていた。転移によって、各国からの貨物船が入港しなくなったため輸出品を売ることができなくなり、輸入品を購入することができなくなった。
ただ、幸いなのはそんな南部諸国に大陸最大の国であるマルシア連邦が支援の手を差し伸べたことだろう。だが、南部に入ってくる貨物量は激減したことから2週間前まで多くの貨物船で賑わっていたダウォンポート港はほとんど船を見かけなくなった。
未だに、大陸外の国とは通信がとれずイリニーア共和国政府は次第に焦りを募らせていた。さて、このマーゼス大陸であるが実は樺太を軍事侵攻したノルキア帝国と同じ世界にあった大陸だ。そして、マルシア連邦は「列強」の一国なのだが他の「列強」と異なり海外の植民地などを一切有していなかった。
そのかわりに大陸全体の国を事実上の保護国にしていた。保護国といっても政治への干渉はほぼせず。ただ軍をそれぞれの国に駐屯するだけなので他国の海外領土や植民地に比べれば負担らしい負担がないことが他国の海外領土などから羨まれた。一方で他の「列強」との関係はあまり良くなかった。
さて、このマーゼス大陸に目をつけた国が存在する。
地球の二大超大国の一つで東側陣営の盟主・ソビエト連邦だ。
同じ共産国家である中華人民共和国と睨み合いを続けながらも伝統的に領土拡張意識の強いソ連はアメリカやヨーロッパの目がない中で領土拡張しようと画策していた。そこで目につけたのが自国の北にあるマーゼス大陸――その中でも最南部にあるイリーニア共和国だった。
イリニーア共和国にあるダウォンポートは天然の良港であり軍事拠点にも最適な場所だった。不凍港の確保に手間取っているソ連にとってはここを北海艦隊の第二の拠点にしたかった。更にこの大陸はどうやら天然資源も豊富に埋まっている可能性まであったのだ。ぜひともこの土地がほしいソ連は早速偵察機などを現地まで飛ばして上陸に適切な土地がないかどうかの偵察活動を実施した。時折、迎撃機らしき戦闘機は上がってくるもののソ連から見れば時代遅れの戦闘機だったのですぐに引き離し、少しずつ軍事侵攻に必要な情報を集めていった。
そして、この日。ついにイリーニア共和国への軍事侵攻が始まった。
ソ連軍が上陸したのはダウォンポート郊外にある海岸だった。
陸軍大国のソ連にとって上陸用の船艇の数は常に不足している。揚陸艦などの更新も進んでいないが、その代わりに空挺部隊は「空挺軍」という独立した軍種がある程度に空挺部隊は充実していた。ただ、今回は空挺軍は使わずに海からの上陸のみで作戦を行うことになっていた。
まず約2000人の兵士たちがマーゼス大陸の南端部に上陸した。この2000人は先遣隊でありまずダウォンポートの港湾施設一体を占領することを目的としていた。ダウォンポートには飛行場もあることがわかっているので、飛行場の占領が次の目的だ。
ダウォンポートにどれだけの敵兵力がいるかは不明ではあったが、ともかく港さえ確保すればあとはソ連お得意の物量で押しつぶす予定だった。
ダウォンポート駐屯地
ダウォンポートにはイリーニア陸軍の一個連隊が駐屯していた。
それ以外に、港には同盟国であるマルシア連邦海軍の基地も置かれている。
連隊長の大佐はコーヒーを飲みながら報告書に目を通していた。ここのところ、近海に不審船などが確認されていたがこの日の報告書には何も書かれておらず彼は「今日は久々に平和になりそうだな」と考えていた。
そんな考えはすぐにある報告によって打ち砕かれることになるが。
「た、大変です!連隊長」
「どうした。騒々しい」
「ミケード海岸に国籍不明の軍隊が上陸したという報告が!」
「なんだとっ!?」
連隊長の大佐は飲んでいたコーヒーを吹き出しかけ、駆け込んできた若い少尉を見る。彼は余程の急いできたのか肩で息をしていたがその顔色はかなり悪かった。
「それで上陸してきたのはどれくらいなんだ?」
「1個大隊規模だそうです。戦車や装甲車などもいてまっすぐ港のほうへ向かっていったと!」
「連中の狙いは港か…ならばどこかに輸送艦隊がいるはずだな。すぐにマルシア海軍に連絡をいれろ!それと、2個中隊を港の防衛に向かわせるんだ!」
「は、はい!」
少尉は再度慌てたように走って部屋を出ていった。
「…最近やたらと姿を見せている不審船関係かもしれんな」
大佐は、こんなことならマルシアに対処を依頼しておけばよかったと後悔するのだった。
ダウォンポート上空に複数の戦闘機が襲来する。
沖合に展開している原子力空母「ソビエツキー・ソユーズ」から飛び立ったSu-33とMig-29Kの編隊だ。早期警戒機の指示のもとで艦載機は搭載していた爆弾などを目標へ投下していく。目標となったのは主に軍事施設でイリーニア陸軍のダウォンポート駐屯地は真っ先に狙われた。さらに、港にあるマルシア連邦の海軍基地も標的になったが、停泊していた艦艇はすでに港を出港し沖を目指していた。
「まさか、ここが攻撃を受けるとはな…」
「沖には恐らく空母がいるみたいですが、見たことがない機体でしたね」
「そうだな…ともかく司令部に指示を仰ぐか」
ダウォンポートに駐屯していたのはマルシア連邦海軍の第180戦隊。
巡洋艦1隻と駆逐艦4隻から構成された小艦隊で、主に大陸南方海域の哨戒などを担当していた。転移前のマーゼス大陸南方は特定の国家が存在しないことからほとんど警戒されておらずイリーニア共和国をはじめとした海に接している国の海軍は沿岸警備隊レベルの戦力しかない。その中で、マルシア連邦のこの艦隊は例外的に規模が大きいのだが配属された艦艇は就役から30年ほど経っている老朽艦ばかりで、搭載しているレーダーは旧式で対空ミサイルはなんとか装備しているが対艦ミサイルや対潜ミサイルなども装備していない。
今回はこれが仇となり、攻撃に殆ど対応することが出来なかった。
そのことを戦隊長であるマイルズ大佐は歯痒く感じるがこの戦力で立ち向かったところで全滅が待っているだけなのですぐに艦を動かした。乗員の多くは陸上にいたので乗艦に間に合わなかった乗員は陸地に残って、イリーニア軍と共同で港の防衛を担当しているが果たして港を守りきれるかは微妙なところだった。
「司令部からです」
「わかった――」
司令部からの指示はマイルズ大佐の予想通りのものだった。
ダウォンポートを放棄し近隣の海軍基地への移動。その後戦力を再整備した後にダウォンポート奪還作戦を行うというものだった。
「やはり、ダウォンポートは…」
「諦めるようだ。現有戦力で守り切るのは難しいからな。すぐに第1艦隊を派遣するので我が戦隊は第1艦隊とミリアーネで合流せよ――ということらしい」
ミリアーネは大陸南東部にある国だ。
マルシア海軍の主力は本国がある大陸北部にあるので移動には時間がかかってしまうが。これも仕方がないことだ。ただ、どうしても自分たちがいながら――という罪悪感を感じてしまう。
ダウォンポートはいい街だった。それだけにこうして町を離れることになるのに躊躇してしまっていた。
ダウォンポート市はこの日の夕方にはソ連軍によって完全に占領された。
接収された港には次々とソ連の輸送艦が接岸し戦車や工作機械などの荷揚げが行われた。市民たちは突然の事態にただ怯えるしかなかった。




