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正暦2025年 1月15日
日本皇国 樺太州 奥端支庁西部
樺太に上陸できたノルキア兵は約6000人。
当初予定していた数の半数ほどだ。残りは上陸するこはできなかった。
また、補給物資なども半数ほどは輸送艦とともに沈み上陸部隊は最初から「物資不足」という問題を抱えてしまった。しかし、上陸してしまったからには彼らに残された選択肢は前進しかない。
彼らが上陸したのは樺太州北西部にある和渕演習場。
海兵隊が上陸したのと同じ演習場だが、海兵隊が上陸した場所からは大分東――奥端寄りの場所だ。
ただ、近くにやはり集落は存在せず彼らの眼前に広がるのは雪原ばかりだ。気温は氷点下のままであり吐き出す息は白く、防寒着を着ていても身体を貫くような寒さに震えがとまらない兵士もいる。
これでは野営のテントだけでは寒さをしのぐことは難しいだろう。
そして、前進していた彼らは日本軍の防衛線に到達した。
そこには、彼らが見たことのないような大型の戦車が一列に並んでいた。
「なんだこの戦車はっ!」
ノルキア陸軍の主力戦車YB-26は全体的に丸みを帯びた外観をした戦車だ。
搭載しているのは110mm戦車砲。同国の戦車の中では標準的なもので、彼らが元々いた世界の中でもかなり一般的な戦車だ。
しかし、今回は対峙した相手が悪かった。
110mm戦車砲から発射された徹甲弾の直撃を受けても無傷だったのは日本陸軍第27戦車連隊に所属する90式戦車だ。登場からすでに半世紀ほど経った日本陸軍の主力戦車の一つで世代としては第3世代型戦車にあたる。
120mm滑空砲に各種機銃。そして装甲には複合装甲を採用したため現代戦車らしい非常に直線的な外観をしている。
重量は62トン。日本陸軍の戦車としては最重量級であるが他国の戦車に比べれば十分に軽量な部類だ。ただ、その重量ゆえに運用できる箇所は限られており北海道やここ樺太などに集中的に配備されている。
現在の配備数は600両だがそのうちの8割が北海道か樺太だ。
一方、本州などでは90式を改良し重量を44トンまで減らした10式が主力戦車として運用されている。そして10式戦車はこの27戦車連隊でも採用されていた。
さて、複合装甲によって110mm戦車砲による攻撃を防いだ90式はお返しとばかりにAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)が発射される。これは戦車などの装甲を貫くのに特化した徹甲弾であり、複合装甲を採用している戦車でも命中すれば手痛い一発になる。そして、複合装甲化していないノルキア帝国軍の戦車の装甲はあっさりと貫通され沈黙する。
そんな戦車がここではあちこちで転がっていた。
あまりにも一方的な戦いに日本軍の兵士すらノルキア側に同情してしまうほどだ。
だが、日本軍はこの地にさらなる化け物を投入していた。
戦車戦が行われている丘陵に90式を更に一回りほど大きくした戦車による中隊が参入してきた。
「隊長。更に巨大な戦車が来ました!」
「あれは本当に戦車なのか…?」
ノルキア軍はその戦車を見て本当にそれは戦車なのか?と困惑し。
一方で味方からは。
「おいおい、20式まで出してきたぞ。師団長は鬼だな」
「ああ。明らかにオーバーだろう…」
呆れの声が聞かれた。
その戦車は「20式戦車」
西側陣営の戦車では初めて130mm滑空砲を搭載した戦車であり所謂「第4世代型戦車」にあたる。重量は日本陸軍では最重量となる68トンに達していた。
20式はソ連が開発した新型戦車である「T-18」に対抗する目的で作られた。同様の目的でドイツも「パンター2」という130mm滑空砲搭載戦車を開発・導入を進めているが20式はパンター2よりも先に配備が行われた。
20式戦車は将来的には主砲をレールガン化することも想定されている。
現在の所、樺太の第2機甲師団に40両ほどが配備されており、今回の軍事侵攻に際して第2機甲師団から1個中隊が試験的に派遣されており今回姿を現したのはその20式中隊であった。
本来なら300両ほど製造される予定で第1機甲師団や第2機甲師団に集中配備される計画だったがソ連の脅威がなくなったため、今後どれくらいの数を製造するかで陸軍内で議論される予定だ。開発費がかなり高額であるため300両すべてが製造される可能性は極めて低いだろう。
さて、20式戦車中隊であるが。
予想通りにノルキア軍の戦車部隊を蹂躙していた。
ただでさえ90式の前になすすべがなかったのにそれ以上の戦車である20式がやってきたら破壊される速度がより上がっただけだった。
「ここまで戦力差があるのか…」
前線から少し離れた臨時司令部でも日本軍によると思われる猛烈な攻撃の音が聞こえており、臨時指揮官の准将たちの表情もひきつる。
「これは投降するしかないな」
「しかしっ!」
「これ以上戦っても犠牲者が増えるだけだ。それならば捕虜になったほうがマシだろう」
「捕虜になった途端に処刑される可能性もありますっ!」
日本軍はそんな国際法違反も上等な事はしないのだが、彼らは日本という国を知らないので、拘束されたら命をとられると本気で思っている兵士は多かった。
処刑されるくらいならば戦ったほうがマシだという少佐を無視して准将は白旗を掲げるように別の参謀たちに指示を出した。
日本軍前線司令部
和渕演習場管理所に設置された日本軍の前線司令部。
前線での陸軍全体の指揮をとっているのは北樺太防衛を担う陸軍第27歩兵師団だ。
北樺太最大の都市・間宮に師団司令部を置いている第27歩兵師団は北樺太に3個歩兵連隊と1個戦車連隊などを配備しており、陸軍の分類では「機動歩兵師団」となる。
機動歩兵というのは、日本陸軍内における「機械化歩兵」を指す言葉だ。
樺太や北海道に駐屯する部隊はソ連との戦闘を想定していることからほぼすべてが「機動歩兵化」されており、本土の部隊では編成されていない戦車連隊が編成され、更により多くの戦車を配備する機甲師団も駐屯しているなど、日本の中で最も武装が厚い地域だった。
「閣下。どうやら敵は投降するようです」
「理性的な指揮官で助かったな。とはいえ、気を抜くな。降伏すると見せかけて撃ってくる卑怯者がいないとも限らんからな」
「はっ!」
兵士たちが最も攻撃される可能性が高いのが実はこの投降時だ。
油断していると襲ってくるヤツは大体出てくるしそれで命を失う兵士も多い。まあ、そんなことをしたヤツは大概周囲にいる兵士に制圧されるし他の投降した兵士の扱いも悪くなるのだで、正規軍でやるようなところは現代ではだいぶ少なくなったが、現代では武装勢力やテロ組織相手との戦いも増えておりこういった組織はこういった搦手を使ってくる事が多いので注意するように呼びかけることが増えていた。
幸いながら今回は隙をついて襲ってくるという兵士はおらず、投降した兵士たちは全員拘束され、捕虜収容所がある間宮駐屯地へとされていった。
正暦2025年 1月16日
樺太州 千島列島 占守島
一方で占守島では激しい戦いが行われていた。
占守島は千島列島最北部に位置する島で転移前はすぐ北をソ連領のカムチャツカ半島があり、対ソ最前線の島であった。そのため、占守島には陸軍の「北千島警備隊」が駐屯していた。
北千島警備隊は日本陸軍が主に国境の離島などに置いている離島警備部隊の一つで占守島以外には対馬・石垣島・澎湖諸島・宮古島・佐渡など比較的人口が多く他国に近接している離島に置かれている。
部隊の規模としては概ね大隊規模だが、指揮官の警備隊長は連隊長と同じ「大佐」が務めている。これは、有事の際に本土などからの応援部隊をその指揮下に置くためだ。そのため部隊編成は大隊規模だが、実際には連隊規模の指揮・後方支援能力をもっていた。
占守島に上陸したノルキア軍は約2000名。
対して、北千島警備隊は1200名が警備していた。ノルキア軍の上陸を察知した北千島警備隊は占守島中央部に防衛線をしいた。これは、ソ連が上陸してきた時と同じ対処法だった。
占守島に上陸したノルキア軍の指揮官である大佐は、樺太北部の臨時指揮官の准将と違って陸軍主戦派に属する血気盛んな指揮官であった。
「このまま前進あるのみだっ!この島に我が国の国旗を立てるまでな!」
上陸部隊には戦車部隊も小隊規模であるが同行していた。
一方で北千島警備隊には戦車は配備されていない。狭い離島を管轄しているため戦車は必要ないのだ。そのかわりに装輪戦車ともよばれる13式偵察戦闘車が同警備隊における機甲戦力であった。
13式偵察戦闘車は8輪のコンバットタイヤで走る装輪戦車だ。
主砲として105mmライフル砲を装備している。
高度な射撃指揮装置を装備していることから、装輪車両の弱点といえる命中精度の低さをこの射撃指揮装置で補っており、装輪車両ながら非常に高い命中精度をもっていた。
装輪戦車というが明確に「戦車」と規定されているわけではなくあくまで戦車砲を搭載した「装輪装甲車」であり、戦車との戦闘などはあまり想定されていない。それでも、距離の離れたところでの限定的な戦闘は想定しており今回も歩兵の火力支援という名目で展開していた。
ノルキア帝国軍の主力戦車YB-26は地球からみれば第2世代型主力戦車に分類される戦車であり複合装甲など現代の戦車が装着しているような装甲は一切装備していなかった。
そのため、戦車小隊は物陰に隠れている携帯式対戦車ミサイルを装備していた対戦車小隊や13式偵察戦闘車のAPFSDSに多目的榴弾によってその大半が瞬く間に戦闘不能になった。
しかし、指揮官である大佐はなおも兵士に前進を指示し自らも最前線にたって防衛線を突破しようとしている。
「随分と血気盛んな指揮官のようだな…」
「一応、投降呼びかけてみますか?」
「無駄だと思うがやってみるか」
ノルキア帝国の言語に関しては先日、樺太で拘束された海兵隊員たちの協力によってある程度判明している。そのため、ドローンを使ってノルキア兵たちに投降を呼びかけるのだが――。
「いいかっ!絶対に投降は認めん!最後の一兵になったとしても戦いぬけっ!」
という大佐の勇ましい声によるせいか投降する者は殆ど出てこない。
「だめなようです」
「ならば、このまま殲滅するしかないな。かわいそうだが、彼らは我が国にとっては侵略者だからな」
「彼らにも事情がある!」と反戦主義の団体はこの事を知れば陸軍の行動を「蛮行」といって非難するだろう。だが、彼らの仕事は日本という国を守ること。そのためには向かってくる相手は「敵」として排除するしかない。
一瞬の気の迷いで人生が終わることがある。
戦場に綺麗事は通用しないのだ――。
占守島の戦いは二日後には概ね終息した。
戦場となった島の北部には破壊されたノルキア軍の戦車や装甲車の残骸が転がっている。地上の戦いは海や空に比べて人の生死が直接見える。そのため戦いのあとは精神的におかしくなる兵士が多く出てしまう。
この戦いでノルキア側は指揮官含めて全体の7割が戦死。残りの3割も無傷な者は殆どいない。その多くは最後まで降伏することを拒んだ。




