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正暦2025年 1月14日
日本皇国 樺太州 豊原市
日本空軍 大沢空軍基地
樺太州の州都である豊原市。
その人口は約50万人。札幌以北では最大の都市だ。豊原市とその周辺によって構成された豊原都市圏には樺太州の半数ほどの住民が集中しているまさに樺太の政治・経済の中心である。
豊原の中心市街地から西に8kmほどに樺太防空の要とされている大澤空軍基地がある。隣接地には樺太の空の玄関口である豊原国際空港もある。元々はどちらも一つの滑走路(空軍基地側)の滑走路を使っていたが航空需要の増加やソ連による領空侵犯に対するスクランブルの増加で飛行場が混雑していたことから1981年に追加の滑走路の建設が行われ空軍基地と民間空港は分離され現在に至る。
今は、従来から存在している滑走路を空軍で使用し、新設された二本の滑走路が民間用に使われている。同じような空港は北海道の新千歳空港と千歳空軍基地でも採用されている。
豊原国際空港には海外からの旅客機も多く乗り入れるのだが、今は転移によって国際線は全面運休し、国内線も普段より本数を減らしていた。また、ソ連が消えたことから空軍基地のスクランブル回数も大幅に減っていた。
しかし、この日は約二週間ぶりに基地内にスクランブル発進を告げるサイレンが鳴り響いていた。
樺太北部にある空軍のレーダーサイトで領空に近づく国籍不明の編隊が捉えれた。防空識別圏に侵入したためレーダーサイトはすぐに警報を発し、その警報によって樺太にある大澤・敷香の両空軍基地に対してスクランブル警報が鳴り響いたのだ。
「ついに来たわね…」
「人の国に土足で踏み込んだらどうなるか思い知らせてやるわ」
パイロット待機室から飛び出した二人の女性パイロット。
第11戦闘航空団第160戦闘飛行隊に所属している橘マリア中尉と木村葵中尉は、士官学校の同期にして友人だ。
橘中尉は樺太出身。
木村中尉は北海道の出身だ。
女性の戦闘機パイロットは現代では世界的に珍しい存在ではなくなった。
日本では30年前から女性戦闘機パイロットが解禁され、現在では多くの部隊に女性パイロットが配属されている。二人も軍で活躍する女性パイロットに憧れを抱いて空軍士官学校に入学した。
ただ、橘中尉に関してはもう一つの理由があった。
それは「祖国を守りたい」という強い気持ちだ。
橘中尉はロシア革命時に樺太に亡命してきた亡命ロシア人を祖に持つロシア系日本人だ。幼少期から、ソ連による領空侵犯に対峙する戦闘機の姿をよく見ていた。そのため、幼少期から「いつか彼らのように空を飛び日本を守りたい」と考えるようになって、士官学校の入学を目指していた。
同期である木村中尉とは寮で同室であったりと一緒に行動する機会が多くなったことで仲がよくなり、今でも休日になれば一緒に出かける間柄だ。士官学校を卒業して無事にパイロットになってからは別々の部隊にいたが、二年前に北日本防空のために精鋭パイロットたちが集まる第11戦闘航空団の同じ飛行隊に配属された。
二人にとって精鋭が集まる第11戦闘航空団に配属されることが目標だったので配属が決まったときは二人で喜びあったものだ。その後は、戦闘機パイロットとして連日のように日本近辺にあらわれて挑発行動を繰り返すソ連軍の対処に奔走することになった。
2週間前の転移によって、日本を悩ませていたソ連は消え。スクランブル出動も減った。ようやく日本も平和になるかと思われた矢先に起きたのが今回の件だ。
二人にとっては今回が実質的に初めての実戦になる。
上官からは「あまり気負わずに訓練どおりにやれ」という言葉をかけてもらったが、二人共むしろそれで戦意を漲らしながらそれぞれの機体に乗り込んだ。
大澤基地から飛び立ったのは国産のステルス戦闘機「95式戦闘機(震電)」だ。海外向けには「FJ-7」とも紹介される。非ステルス機でアメリカ製のF-15と並んで日本空軍の主力戦闘機だ。世界ではアメリカのF-22に続く形で実戦配備されたステルス戦闘機であり一部はアメリカと技術協力という形で協力しており、そのため外観などはF-22に比較的よく似ている。
ミサイルなどは「ウェポン・ベイ」に搭載することでステルス性を確保できるが、ステルス性を犠牲する場合は翼の下にミサイルや爆弾なども搭載できるようにしていた。今回は、対空戦を想定していることから「ウェポン・ベイ」には国産の中距離空対空ミサイル「97式中距離空対空誘導弾(AAM-6)」を4発と、同じく国産の近距離空対空ミサイル「4式近距離空対空誘導弾(AAM-8)」を二発装備していた。
樺太北部にあるレーダーサイトが捉えたのは、ノルキア海軍空母「セルンスト」から飛び立った第一次攻撃隊だ。
第一次攻撃隊として発艦したのはF-4戦闘機に似た「NA-11艦上攻撃機」そしてその護衛機として一緒に発艦したのがF-14戦闘機に似た「N-12艦上戦闘機」だ。
「本当にこの先に町なんてあるのか?」
などと、疑問を口にするのは第一次攻撃隊の指揮官であるラウル・ハリエット少佐だ。パイロット歴20年のベテランパイロットである彼は海軍を代表する戦闘機パイロットの一人として部下たちからも強く慕われていた。
そんな、ハリエット少佐は今回の軍事作戦はあまり乗り気ではなかった。
原油や天然ガスの埋蔵が見込まれるという話しだが、油田やガス田なんて他の植民地にもある。しかも、攻略目標の島は極寒であり自然環境は極めて厳しいなんていう話しもある。そんな島を占領して植民地にする利点などノルキアにはないだろう――というのが、彼の考えだ。
まあ、命令なので従わなければならないのだがこうして、他国の領土と思われる場所を攻撃するのは彼としては少々きがひけていた。
「そろそろ、陸地が見えてくる頃か…」
相手のレーダーも警戒して第一次攻撃隊は海面に近い超低空を飛行していた。ただ、それをしたのは陸地が近づいてからだ。実はその前に日本のレーダーによって機影が確認されたなど彼らは思いもしていなかった。
彼らが前までいた世界ならばこの段階で低空飛行しても問題はなかった。
しかし、日本が樺太においているレーダーはソ連への警戒のため探索範囲などが従来のものより広がった新型のAESAレーダーだった。
ハリエットたちノルキア帝国海軍第一次攻撃隊ははからずも猟犬たちが待ち受ける空域へと足を踏み入れた。




