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 正暦2025年 1月11日

 樺太北方 旧オホーツク海洋上

 ノルキア帝国海軍 第1艦隊

 空母「セルンスト」


「作戦を中止しろだと?そんなことできるわけがないだろう」

「だが、潜水艦や偵察隊との通信が途切れているのだぞ?」

「どうせ、無線機の不調かなにかだろう。それに、なにもせずに逃げ帰りました――などと言って国民が納得すると思うか?」


 言い争っているのは共にノルキア軍の高級将校――だが、その所属は違う。

 作戦の中止を求めているのは海軍第1艦隊司令長官である海軍中将。

 一方で作戦中止は絶対あり得ないと首を横に降るのは今回の上陸作戦を指揮する陸軍中将だ。

 海軍中将が作戦の中止を求めている理由は、樺太へ偵察上陸した海兵隊とそれを送り届けた潜水艦との通信が一切とれないことだ。特に潜水艦はとっくの昔に艦隊に合流しているはずなのにそれすらないので艦隊内では「最悪の事が起きている」と考えていた。

 一方で陸軍は「それだけ」のことで撤退など到底認められるわけがなかった。今回の作戦は軍上層部は勿論のこと政府の肝いりだ。それを上陸もシない内に「連絡がとれなくなった」という理由だけで逃げ帰ったら世論からいい笑いものになる。


「ともかく作戦は続行だ。これは統合参謀部の意見でもある。貴様だけの言い分を認めるわけにはいかん」


 陸軍中将はそれだけを言いおいて部屋を乱暴な足取りへ出た。

 こんなことを言うために自分を呼び出したのか、という憤りも含まれているが彼を呼んだ艦隊司令にも言い分はあった。


「なにが国民だ。貴様たちが暴れたいだけだろう…」


 そもそも、今回の作戦を主導したのは陸軍だ。

 海軍はどちらかといえば消極的だったが、統合参謀部と政府の後押しもあって海軍の主力である第1艦隊の派遣も決まったのだ。陸軍は早期に占領することを考えて偵察部隊を送り込むことさえ渋ったほどだが、海軍の責任で行うということで偵察を認めさせた。その結果、目的としている樺太はかなり自然環境が厳しいことがわかったが、同時に海底油田などが確認されたことから陸軍は「どんな厳しい環境でも資源があるならば確保する」といって今回の作戦は半ば強行されたのである。


 しばらくして司令部に参謀の一人である少佐が入ってきた。


「スコープ中将がかなりお怒りでしたが。何か?」

「作戦中止を進言したが聞き届けてもらえなかっただけさ」

「ああ…それは中将閣下がお怒りになるわけだ。ここで作戦を中止すれば彼はこのまま軍を去ることになるでしょうから」

「作戦が失敗した場合も同じだろうがね」

「提督。何か気になることでもあるのですか?この規模の戦力を投入するならばよほどのことがない限り制圧事態はできると思いますが」

「それは、相手の軍備力が低い場合だ。現地は寒冷地ときく。我が国の陸軍はほとんど寒冷地での戦闘をしてこなかったのだぞ?地の利は向こうにある。寒冷地特有の戦い方を相手がしてみろ。すぐに上陸部隊は窮地に陥るだろうな――しかも、陸軍の連中は短期決戦を重視して兵站を最低限にしている。物資はどうするとスコープのやつに聞いたらなんと言ったと思う?現地調達すればいいと宣ったのだぞ!」

「そ、それは…」


 さすがの参謀も上陸部隊司令部が状況を楽観視しすぎていると感じて顔色を青くする。


「ああ、もちろん奴らを島までエスコートはしてやるさ。だが、後のことは俺は知らん。陸軍の連中も最後まで我々海軍の世話になりたくはないだろうからな」


 どこの国もそうなのか、ノルキア帝国も陸軍と海軍の関係は悪かった。



 同日

 日本皇国 東京市千代田区

 総理官邸


「総理。樺太で国籍不明の武装集団が拘束されたということですが、現時点でなにかわかったことはあるのでしょうか?」

「現時点でわかっていることは殆どありません」

「武装集団は未知の言語を話しているということですが、意思疎通がまだ出来ていないということでしょうか?」

「国防省からはそのような報告を受けています。現在、鋭意言語解析をしておりそれが済むまではどういった目的で彼らが樺太に不法上陸したかはわかりません」

「こうやって、不法上陸できるのは問題だと思うのですが?どうお考えでしょうか」

「我が国は全方位を海に面しています。すべての海岸を監視するのは非常に難しいことですが、新たな警戒システムの導入も進められています。それ次第では状況は大きく変わると考えています」


 総理官邸で毎日のおなじみとなっている囲み取材に答えながら下岡は執務室へと向かった。樺太で国籍不明の武装集団が上陸していたという情報は発覚の数日後に政府からメディアへ公表が行われた。これまで、アトラス連邦などの関するニュースがメインであったテレビはこの日から「樺太で何が起きているのか」と題して今回の武装集団のニュースを中心的に扱うようになっている。 

 まだ、日本ではヨーロッパで起きていることは伝わっていない。

 かろうじてパナマが国籍不明の勢力による武力攻撃を受けているという情報がアメリカメディアを経由する形で伝わっており国際ニュースはこのニュースでもちきりになっている。

 テレビでは相変わらずコメンテーターが好き放題に言っているが、普段ならばそのコメンテーターの声に乗っかって政府になにかしらのことを言ってくる野党は今回に関しては沈黙を保っている。余計なことを言ったら自分たちの評価が下がることを彼らは理解しているのと政府からきちんとした情報提供を受けていることから彼らもまた「今、世界でおきているのはただごとではない」と認識しており、党の上層部ほどに慎重な対応をしようとしていた。概ね野党で騒いでいるのは党の上層部にいない下っ端議員ばかりだ。


「総理。今朝、アメリカから届いた情報ですが。どうやらギリシャでも軍事侵攻が起きており主要都市が破壊されているようです」

「今度はヨーロッパですか…」


 執務室に入った下岡に秘書官がギリシャでも軍事侵攻が起きているという情報を伝えられた。情報を聞いた下岡は渋い顔になりため息を吐く。

 この世界に転移したことが判明して二週間あまり。

 世界は大きく動き続けていた――主に悪い方向で。

 パナマとギリシャへの軍事侵攻はいずれも異世界の国家によるものだと推測される。さらに、日本から北西に1万kmほど離れてしまったユーラシア大陸でもソ連と北中国が不穏な動きをしているという報告が中東の同盟国であるトルコとイランからそれぞれ寄せられている。

 恐らく両国ともに異世界の大陸か島を武力侵攻するための準備をしているのだろう。

 転移前から領土拡張意識の高い両国だ。

 転移前は周辺諸国との全面衝突もあったことから行動は慎重だったが、この世界では西欧やアメリカのことを気にする必要もないし、国連も未だに加盟国と連絡がとれないことから混乱が続いている。両国ともにこれを「好機」とみて動くのは間違いないだろう。


 日本政府としては両国の行動をとやかく言うつもりはない。

 言い方は悪いが、日本近隣に影響を及ぼさない限りは他国の厄介事に首を突っ込むつもりはない。それこそ、アメリカのように世界の警察だと思いこんでいるなら別だが、あいにくと日本は自国周辺と中東の一部の安全が確保されていればそれでよかった。

 それでいうと、気になるのは中東情勢だろうか。

 イスラエルとアラブ諸国がこの転移を機会に再度衝突危険性はある。

 一応、イランやトルコといった日本と親しい国は世俗的なイスラム国家としてイスラエルとも友好関係を結んでいるがアラビア半島にある王朝などは基本的にイスラエルと対立している。こういった国々が動く可能性は否定出来ないだろう。

 まあ、どちらにせよ日本として積極的に動くつもりは下岡にはなかった。


「総理。国防省から新しい情報です。樺太北方1500km沖合に国籍不明の大船団を海軍の哨戒機が確認したということです。五島国防大臣が報告のために官邸に向かわれているとのことです」

「!?――わかりました」


 先程から電話で何かを確認していた秘書が青ざめた顔で伝える。

 下岡は一瞬目を見開いたがすぐに落ち着きを取り戻し頷いた。

 樺太北部で国籍不明の武装集団や潜水艦が発見された時点で「他国による軍事侵攻が起きる可能性は高い」という報告は国防省からすでに行われていた。ついに「その時」が来てしまったのだ。

 


 一時間後。国防大臣や内閣情報局長官などが集まって国家安全保障会議が開かれることとなった。今年に入ってすでに三回目の開催である。

 会議は、まず国防大臣の五島から現在判明している状況の報告から始まった。発見されたのは今朝のことで樺太の北東1000kmほど沖合の海域に空母や戦艦などを含んだ大規模な艦隊が南下しているところを敷香基地の対潜哨戒機が発見。この、艦隊には多数の輸送艦らしきものも確認されており大規模な上陸船団と思われること。そのうちの一部は針路を東にかえて千島列島方面に向かっていることなどが報告された。


 また、現在北樺太には北樺太警備を行う第27歩兵師団の他に、南樺太の第25歩兵師団、第26歩兵師団、第2機甲師団などを含めた北部方面軍第10軍団の大半の部隊が移動を開始しており奥端を起点に北樺太北部に防衛線をしきそこで部隊の上陸を食い止めることを統合参謀本部では予定しているという。

 上陸前に船団を戦うことも検討されたもののすでに樺太に近い位置に艦隊が来ていることと舞鶴の第4艦隊や大湊の第5艦隊はまだ樺太に到達出来ず、空軍だけでは艦隊すべてを攻撃することは不可能であるとされた。

 これらの報告を聞いた下岡はすぐに北樺太北部に暮らす約25万人に対して避難命令を発令することを決めた。


「北樺太北部の住民に対して避難命令を発令します」


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