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アーク歴4020年 1月6日
ダストリア大陸 オーレトア共和国 北方
ユーラシア大陸の南2500kmほどのところにダストリア大陸というオーストラリア大陸ほどの大きさをもった大陸があった。この大陸はアトラス連邦などがあった「アーク」と呼ばれる世界にあった大陸で、オーレトア共和国、ゼーファス共和国、フィステア王国という3つの国がある。この3国は友好関係にあり紛争地帯からも離れたところにあったため転移前は非常に平和な国であった。
しかし、この世界に転移してからは状況が一変している。
毎日のように国籍不明機が領空侵犯をするのだ。
その、不明機はダストリア大陸の北にあるユーラシア大陸から飛来するのをオーレトア国防省は確認していたがその国の正体に関して彼らは知らなかった。
ダストリア大陸に度々やってくる国籍不明機――それは人民解放軍の偵察機だった。無人偵察機を何機もダストリア大陸に派遣し情報収集活動を行っていた。
この日もまた、オーレトア北部に設置されたレーダーサイトが人民解放軍機の接近をとらえ、近くの空軍基地に対して警報が発令された。
スクランブルに上がった戦闘機はオーレストア共和国空軍の主力戦闘機「LF-17」だ。友好国であるルクストール連邦で開発された大型戦闘機であり地球の機種でいえばSu-27やF-15にどことなく似た姿をしている。
オーレトア共和国は領空侵犯してきた機体をすぐに撃墜することはない国際無線によって何度か警告を発しそれでもひかなければ迎撃措置をとるという領空侵犯対応としてはごく一般的なことをしていた。
彼らは領空に侵犯したのが北中国人民解放軍であることは知らないが少なくともこれまで数度行われた領空侵犯と同じ勢力が行っていることは理解していた。これまで3回行われた領空侵犯はいずれも警告前か警告後に侵犯機は領空から離脱している。そして、その侵犯機はどれも無人機であった。
「畜生、何度も何度も来やがって。こっちに攻め込むつもりか?」
迎撃機のパイロットの一人は何度も繰り返される領空侵犯に怒りをにじませる。相手のやりたいことは挑発なのかそれとも攻め込むための情報収集なのかはパイロットである彼らはわからないものの、これが攻め込むための口実作りである可能性は高いと感じていた。
『恐らく今回も無人機だろう。警告に従わない場合は迎撃して構わん』
「『サルファ1』了解」
防空司令所からの通信に答えて飛行すること数分で目的の空域に到達した。そこは北部海岸地帯にある海軍基地近くであった。そして、今回領空を侵犯した機体は過去二回とは異なり無人機ではなく大型の爆撃機のような機体であった。
「爆撃機が単独・・・?ということはこいつは友人の偵察機か・・・『サリファ2』いつもの通り警告を行え」
『了解』
僚機のパイロットは過去二回でひとまず内容が通じた前の世界における国際共通言語(英語に近い)で領空侵犯しており直ちに領空から退避せよ、と警告を無線にて行う。程なくして偵察機は進路を海へと向けた。2機の戦闘機は完全に偵察機が領空を抜けるのを確認するまで監視を続けるが、偵察機は特に何か行動をするわけでもなくそのまま領空の外へと離脱していった。再度の領空侵犯があるかもしれないと燃料が続く限り監視飛行を行ったもののこの日はそれ以降偵察機や無人機が領空に侵犯することはなく、燃料に限界がきた二機の戦闘機はそのまま基地へ戻っていた。
この時彼らはこれが単なる挑発行為なのだろうと考えていた。
正暦2025年 1月6日
ユーラシア大陸南方 1000km沖
人民解放軍 東海艦隊
ダストリア大陸から見て北に600km付近に北中国・人民解放軍海軍の大艦隊がダストリア大陸に向けて南下していた。
この艦隊は北中国が唯一配備している原子力空母「上海」と中型空母の「遼寧」という2隻の空母を主体とした東海艦隊の主力で、護衛艦として055型ミサイル巡洋艦が2隻。054D型ミサイル駆逐艦が4隻。054型フリゲートが3隻。093型原子力潜水艦1隻というアメリカの空母打撃群、日本の空母戦闘群と同等かそれ以上の規模をもった機動艦隊であり現在、人民解放軍が出せる最大戦力だ。
さらに、この艦隊には075型強襲揚陸艦2隻。071型揚陸艦10隻とその護衛である052C型ミサイル駆逐艦2隻も同行していた。
艦隊の目標はダストリア大陸北部にある海岸だ。
原子力空母「上海」は東側陣営ではソビエトに次いで導入された原子力空母で、技術の一部は建造当時はまだ関係が良好だったソビエトから導入している。そのため外観などはソビエトの原子力空母「ウリヤノフス」にやや似ているが使われている技術などは最新のものばかりだ。
カタパルトには東側陣営で初となる電磁カタパルトを搭載している。
満載排水量8万トンと日米の原子力空母に比べれば小型だが空母としては「大型空母」に部類される大きさであり艦載機を70機ほど搭載可能だ。艦載機としてはソビエトのSu-27Kのライセンス生産したJ-15。F-35に似た外観を持つJ-31をあわせて50機搭載し、更に国産の艦上早期警戒機であるKJ-600を3機搭載していた。
「上海」と共に今回の作戦に投入されている「遼寧」は人民解放軍初の空母であり1996年に就役した。元々は北海艦隊の所属であったが、今回の作戦に参加するために一時的に東海艦隊に編入されている。
遼寧は満載排水量6万トン。艦載機搭載数も50機ほどと「上海」に比べれば小型だ。遼寧はソビエト海軍の「アクーラ級」をベースに建造されておりカタパルトの技術がなかったことから、スキージャンプのような勾配を使って発艦させる「STOBAR」方式の空母だ。
カタパルトを使う「CATOBAR」と比べると迅速に発艦出来ず、更に燃料や武器などの制限がされるという問題点があった。
北中国はすぐに蒸気カタパルトの技術を習得したようになったので以後作られる空母には蒸気カタパルト――あるいは上海のような電磁カタパルトが設置されている。
現在、人民解放軍には4隻の空母が就役しており、更に2隻が建造中だ。
随伴している戦闘艦も北中国海軍の主力艦である。
特に、055型巡洋艦は北中国が建造した最大の水上戦闘艦で満載排水量は1万3000トンを超えている。国産の固定式多機能レーダーを搭載しておりその防空性能は日米英が共同開発し西側の多くの国で導入されているイージス・システムに匹敵するとされている。
主砲として155mm砲を搭載するなど砲火力も既存の艦艇に比べて強化されており対艦ミサイルも搭載可能な大型汎用VLSを128セル設置している。
他にも055型と同じ多機能レーダーを搭載し量産されている052D型など北中国海軍はこの20年で飛躍的な成長を遂げていた。
「出来るなら、台湾占領に使いたかったものだな」
艦隊指揮官である中将は艦隊旗艦である空母「上海」の艦橋でそんな言葉をこぼしていた。
元々この整備された揚陸艦群は日本領土であった台湾やその周辺の島しょ部に強襲揚陸するのを目的に建造されたからだ。結局それは前の世界で使う機会はなかったが異世界に来て早々に「領土拡張」に使われていた。
北中国がダストリア大陸を攻撃目標にしたのは単に偵察機でオーストラリア程度の大陸を見つけたからだ。この地域には現在日本やアメリカにヨーロッパといったなにかと口うるさい国が居ない。
だからこそ北中国はその持ちうる軍事力を生かして領土拡張に邁進していた。
「目標は中々近代的な文明があるようだが、果たしてこいつらで通用するかな・・・」
前の世界では日本やアメリカなどの強力海軍に追いつくために海軍戦力を増強してきたが実戦経験というのは一切ない。というよりも前の世界では狭い東シナ海や黄海に大艦隊を並べていたのだが演習するために移動すれば日本やアメリカがイージス艦などを派遣して堂々と見物を決め込むのであまり大規模な演習は出来なかったのだ。だから軍艦の数はあるがそれを動かす乗員たちの練度はあまりよくなくそのことを中将は心配していたのだ。
一応上陸させさせてしまえばあとは陸軍や陸戦隊がやってくれるのだがその前に相手が艦隊を出してくる可能性があるわけで艦隊決戦で搭載兵器が「想定通り」の性能を発揮できるかも中将が気にしている部分だった。
「それとソ連がちょっかいをかけてこなければいいんだがなぁ」
「ソ連は別大陸の攻略に忙しいのでこっちまで手はまわさないのでは?」
「だといいんだがなぁ」
ソ連の太平洋艦隊は北中国人民解放海軍より戦力的に上であり、更に専用の奇襲部隊である空挺軍も保有している。今、ソ連はユーラシアの西にあらわれた大陸を自国領土にするために部隊を送っているため極東地域では積極的な行動をとることはないがだからといって安心かと言えばそうではない。
なにかしらの行動をとるのが普段のソ連なので今回もそれをしてくるのではにかと中将は警戒するが、艦長や政治委員は「何を大げさな」という顔をしていた。中将とこの二人は所属している派閥が違うので実はあまり仲はよくないのだ。
だが、仲は良くないといってもお互いにこの作戦は成功させたいとは考えているので表面的には協力しているように振る舞っていた。無論、なにか問題があればどちらかに責任をなすりつけようと狙っているのだが。
「まあいい。日本やアメリカという化け物と戦う必要がないのだ。必ず勝てる・・・」
中将はまるで自分に言い聞かせるように小さく呟くのであった。




