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 正暦2025年 1月5日

 ギリシャ共和国 アテネ




 バルカン半島の先端部にあるギリシャ。

 古代ギリシャ文明などの遺跡で知られるこの国もまた転移による影響を受けている国の一つだ。ギリシャはアジアとヨーロッパの結節点付近に位置しており古くはオスマン帝国による支配を受けていた過去がある。そういった歴史的事情があるため隣国のトルコとは長らく緊張状態にあった。

 ただ、トルコもギリシャも共にNATO加盟国であり対ソビエトという部分では認識は一致していた。それでも、沖合に浮かぶキプロスを巡っての対立などもあり同じ西側陣営ながら両国は過去何度も小競り合いを続ける所謂犬猿の仲であった。

 そんな、関係の悪いトルコは一週間前に突如として姿を消した。

 その代わりにギリシャと国境を接することになったのは未知の大陸だ。

 ヨーロッパ諸国もまた転移によって軍事衛星などの多くが使い物にならなかったが、それでも残っていた衛星などの情報によってギリシャと陸続きになった大陸はヨーロッパと同程度の大きさを持ち高度な文明を持った大陸だということがわかった。

 ギリシャ政府は偵察部隊をこの大陸に派遣した。

 あわよくば、友好的な関係を築ければ良いと考えての派遣であったが結果は最悪の方向へと向かった。

 派遣された部隊は二日後に通信がとれなくなった。

 最後に聞こえてきた無線連絡では大きな爆発音が聞こえたことからギリシャ軍の参謀本部はこの偵察部隊が何らかの戦闘に巻き込まれたと察した。その一時間後。ギリシャ空軍のレーダーサイトが無数の飛行物体を捉えた。

 それが巡航ミサイルであり、戦略爆撃機の群れだと彼らが気づいたのは暫く後のことだ。ともかく、ギリシャの主要都市の多くは無差別且つ理不尽で一方的な暴力の前に尽く破壊され尽くした――それがこの日、ギリシャという国で起きた悪夢の正体である。




 正暦2025年 1月6日

 ベルギー王国 ブリュッセル郊外

 北大西洋条約機構 欧州連合軍総司令部


 北大西洋条約機構――通称「NATO」はソ連からヨーロッパを防衛するためにアメリカやイギリスなどが主導して作り上げた軍事同盟だ。

 現在の加盟国は西欧や南欧はもちろんのことソ連の衛星国であった東欧諸国も含まれその大半の国は現在、ヨーロッパの地域連合である欧州連合にも加盟している。

 

 ギリシャに対して行われた宣戦布告なしの攻撃。

 これによってギリシャの主要都市の大半は壊滅状態になり、さらにギリシャ本土に向かって未知の大陸から数十万人規模の機甲部隊が移動しているのをアメリカ軍の早期警戒機が確認している。

 ギリシャ政府との連絡はとれていないがNATO加盟国は一致してギリシャ救援のために軍を派遣することをこの日の会議で決めた。主力となるのはヨーロッパに約30万人駐屯しているアメリカ軍と、ヨーロッパ最大の陸軍を持つドイツ、フランス、イタリア、スペインといったヨーロッパ列強諸国。それ以外のNATO加盟国も次々と軍の動員を決めていたが、その中でイギリスだけは部隊の派遣を見送った。

 イギリスはその理由として自国がヨーロッパからかなり離れてしまったことをあげている。ただ、フランスなどは「海軍くらいは送り込めるだろう」とイギリス海軍の派遣を要請。イギリスも一個機動艦隊を送ることを表明したが陸軍の派遣は見送ると正式に表明している。これは、ヨーロッパまでの航路の確保が難しいというのを理由にしていた。

 この時のイギリス軍の総兵力は35万人。ヨーロッパ最大の海軍を有しておりNATO諸国にとってはイギリス海軍の力はかなり期待されていたが、結局イギリスが派遣したのは一個機動部隊だけということでドイツやフランスなどはイギリスへの不満が強まったとされている。もっとも、イギリスはこの時すでに欧州連合やNATOからの脱退を検討していたとも言われている。ハワード首相は「日本やアトラスとの関係を重視する」ことを閣僚会議で表明しており実際にこの二週間後にイギリス外務省は欧州連合とNATOからの離脱を正式に表明。ヨーロッパ諸国が一斉にイギリスを非難する事態にまで発展することになる。


 正暦2025年1月9日

 ギリシャ共和国 東部


 先日の攻撃によって破壊し尽くされた町中を戦車や装甲車が隊列を組んで進んでいる。その戦車の外観はかつてイギリス軍が運用していた「チャレンジャー戦車」によく似ていた。

 彼らは、ギリシャと繋がった異世界の大陸――そのすべてを領地としている大国「ベルカ帝国」からやってきた陸軍の偵察部隊だ。自国領土に正体不明の武装集団を発見した彼らはこれを「我が国に対する宣戦布告」と判断だとし、多数の爆撃機と巡航ミサイルを放ち文字通り無差別な攻撃をくわえた。

 この攻撃によってギリシャの主要都市は壊滅。

 南欧屈指の規模を持つギリシャ軍も半数ほどが壊滅する被害を受けたが残存部隊はギリシャ第二の都市であるテッサロニキへと集結し、NATOからの応援が来るのを待っている状態だった。


「敵は未だに見えずか」

「あのときの攻撃で全滅しちまったんじゃないか?戦略軍の連中派手に撃ち込んでいたからな」

「まだ油断はできん」

「へいへい。相変わらずお前は真面目ちゃんだねぇ」


 ハッチをあけてほぼ廃墟となった集落を見渡す兵士。

 ふざけた態度をとる同僚の兵士は半ば無視しながら鋭い視線を瓦礫の向こうへ向けるがそこにはなにもない。ついで、彼は空を見上げると飛行機らしき飛行物体がはるか上空を飛行しているのが見えた。

 あれが攻撃機ならば今頃自分たちの命はないだろうが、どうやらあれは偵察機のようで攻撃をしてくることはない。偵察機を撃ち落とすために空軍が戦闘機を向かわせたという話だが、今もこうして飛行しているということは空軍の戦闘機は追い払われたか撃墜されたのかもしれない。空軍側は決して認めないだろうが――。


 彼らが暮らすベルカ帝国は「ユーロニア大陸」というヨーロッパとほぼ同程度の大きさをした大陸のほぼ全域を国土としている。元々は大陸中央部に位置する国だったが、周辺諸国との戦争によって領土を広げ今のように大陸全土を支配するようになったのは半世紀以上前だ。占領した国は一種の自治区という形で統治している。もちろん独立に向けた反乱などもあるが、ベルカ軍の武力によってそういった動きは潰されている。

 政府は海外への進出も本気で検討しておりその最中に彼らはこの世界へと転移することになった。もちろんだれも自分たちが異界に転移したとは思っていない。ただ、未知の大陸と繋がったことは西部の軍人を中心に理解はしておりどうやって調査をするかで議論しているときに、ギリシャからの偵察部隊が侵入してきた。軍上層部はこれを好機とみてギリシャ軍を「無断で我が国に入り込んだ敵性国家」として排除。その報復として今回の軍事侵攻が行われた――というのがベルカ政府が描いた国民向けへのシナリオだった。


「空軍の奴らはもしかしてやられたのか?」

「そんなわけないだろ。アレもそのうち空軍が落としてくれるよ」



 少し離れた場所で瓦礫に隠れるようにして車列を睨む者たちがいた。


「敵の戦車小隊です」

「一発撃ったらすぐにこの場から離れるぞ」

「了解」


 彼らは生き残りのギリシャ兵たち。

 そして、兵士が肩に担いているのは携帯型の対戦車ミサイルだ。

 彼らの駐屯地は攻撃によって破壊され仲間たちの多くも犠牲になったが、生き残った兵士たちがこうして各地に散らばる形で散発的に敵兵に対して襲撃を仕掛けるのを繰り返していた。今回、狙うのは先頭を走る戦車だ。


「発射準備完了」

「よし、発射!」


 トリガーを引いて飛び出したミサイルは一直線に先頭を行く戦車へ吸い込まれていって爆発した。ギリシャ兵たちは戦果か確認しないまま速やかにこの場から立ち去る。数分後。彼らが潜伏していた場所にベルカ兵たちがやってくるがすでにそこには誰もいなかった。



「くそっ!なんて逃げ足の早いやつだ」

「的確に隊長車を狙ったようだな」


 突然、先頭を行く隊長車が爆発したあと次席指揮官の迅速な指示によって攻撃を仕掛けた者の探索に出たベルカ兵たち。しかし、誰も攻撃をしたと思われる者を発見することはできなかった。その素早い動きから相手も訓練のつんだ兵士であり隊長車が爆発したのは対戦車ミサイルのものだと判断された。


「他の部隊でも同様の被害が出ている。おそらくは同一の勢力によるものだろう」

「ってことは、この国の軍隊ってわけですか?」

「まあ、普通に考えたらそうだろうな」


 次席指揮官の軍曹はこの場に留まるのは危険だと判断し部隊にさらなる前身を指示する。だが、程なくして。


「ん?なんだこの音は」

「軍曹。アレを見てください。ヘリですっ!」

「なに!?」


 姿を現したのは、2機のギリシャ陸軍の攻撃ヘリコプター「AH-64E」

 通称「アパッチ」である。

 アメリカ製のこの攻撃ヘリコプターは、ドイツの「ティーガー」とソ連の「Mi-24」と並んで地球で最も知られる攻撃ヘリコプターの一つだろう。

 そして、攻撃ヘリコプターは一般的に戦車の天敵だと言われている。

 それは、ベルカ帝国でも同じだったようで次席指揮官の軍曹はすぐに「物陰に隠れろ!」と無線機越しで怒鳴っていた。だが、彼らが動こうとした時にはすでに攻撃が始まっていた。

 アパッチはそれぞれ対戦車ミサイルである「ヘルファイア」を発射しながら逃げ惑う兵士たちには30mm機関銃をお見舞いする。この場所は瞬く間に地獄と化した瞬間であった。


 あっという間にベルカ軍の偵察部隊を壊滅させた2機のアパッチはそのまま次の獲物を探して飛び去っていった。



 ベルカ帝国陸軍 第2装甲軍団前線司令部



「偵察部隊との連絡が途絶えた?これで三度目だな」


 ギリシャ侵攻の中心部隊である第2装甲軍団の軍団長であるバーナード・ドレイゼン中将は参謀から偵察部隊との連絡がまた途絶えたという報告を受けていた。

 現在の所大規模な戦闘は発生していないが、散発的な戦闘は各所で起きておりその殆どでベルカ軍は敗北していた。被害規模は5個装甲師団を基幹とする第2装甲軍団全体から見れば軽微ではあるが、こうも連続して被害が出ると気になってしまう。

 ただ、報告を行った参謀は思いの外深刻な表情をしているドレイゼンをみて思わず首を傾げてしまう。


「作戦は順調に進んでいます。さして気にするものではないのでは?」

「たしかにな。だが、攻撃ヘリを見たという報告もある。どうも、敵は我々の想像以上に戦力を抱えているのかもしれない。実は、敵軍の偵察機の撃墜を空軍に要請したのだが未だに偵察機が飛行を続けているのだ」

「それは、別の偵察機が飛んでいるだけでは?」

「その可能性もあるが、どうも空軍の戦闘機の何機か撃ち落とされているらしい。残骸の一部を兵士が発見している」


 だが、空軍から正式にそのような話は来ていない。

 恐らくは隠蔽しているのだろう。ドレイゼンは別にそのことを責めるつもりはないのだがベルカ軍は各軍の関係性があまりよくない。陸軍と空軍はそれほど激しく対立しているわけではないが、空軍としては弱みになるようなものは見せたくないのだろう。

 だが、空軍機が撃墜されているということは、まだまだこの国はベルカに対抗できるだけの空軍戦力が確保されているということになる。

 楽な戦いとは最初から考えていないが、それ以上に厄介な戦争になるかもしれない――ドレイゼンはそう判断した。


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