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 正暦2025年 1月7日

 樺太北西 日本皇国領海内

 日本海軍 大泊警備府第350護衛隊

 護衛艦「湧別」



 奥端を母港とする大泊警備府第350護衛隊。

 主に樺太と千島列島北部海域の領海警備を担当する小艦隊だ。

 第350護衛隊には護衛艦1隻と海防艦2隻が所属している。

「湧別」は四国南方に出現した島の調査のために海兵隊を移送した「四万十」と同じ「最上型護衛艦」の一隻だ。名前の由来は北海道にある「湧別川」であり18年前に最上型の16番艦として山口県にある四葉重工業下関造船所で建造された。

 最初は宗谷海峡警備を行う稚内の第347護衛隊に配備されたが、5年ほど前に退役する旧式の護衛艦の代替として奥端へ転属となった。

 僚艦である2隻の海防艦はいずれも30年前に就役した旧式艦だ。

 ちなみに「海防艦」は日本海軍独自の艦種であり、他国海軍でいえば「コルベット」や「哨戒艦」にあたる艦種を指す。護衛艦以上に軽武装されており準同型艦は海の警察である海洋警備隊の巡視船としても運用されていた。


 さて、第350護衛隊であるが数日前に樺太近海で国籍不明の潜水艦を海軍の対潜哨戒機が発見したことからこの潜水艦の捜索のために陸地にほど近い領海内で哨戒活動を実施していた。

「湧別」もそして僚艦である海防艦の「占守」「新知」も対潜水艦戦闘に秀でており、いずれも高性能ソナーを搭載し更に「湧別」は哨戒ヘリコプターを1機、艦載機として運用していた。


『艦長。CICです。領海内に国籍不明の潜水艦が潜航しています』

「…すぐに、行くわ」


 艦橋にいた藤原美琴中佐はCICからの通信に一言だけ答えて、艦橋を出る。CICは艦橋の下にあり、CICに来てみると乗員たちが慌ただしく動き回っていた。


「それで、どこにいたの?」

「海岸から15kmほど沖合を低速で移動しているようです。先日、哨戒機が確認した潜水艦と同じものです。推進音などが一致しています」

「もしかしたら、樺太に工作員を送り込んだ帰りなのかもしれないわね」

「確かに、このあたりだと奥端以外ほとんど集落がありませんね」

「そうね。ただ、このあたりは陸軍の演習場だし。あそこは監視ドローンやロボットがそこら中にいるから工作員はすぐに発見されていそうだけれど」


 なぜ、そこまで監視を強固したのか――理由は簡単でソ連の工作員を警戒したためだ。こういった警備システムがなかった頃。樺太北部はソ連からの工作員が上陸する地点の一つになっていた。国防省もどうにかしたかったのだが中々いい策は浮かばず、ようやく10年前になってロボットやドローンなどが世界的に普及したため専用の警備システムを作り上げた。それ以後はソ連の工作員を続々と検挙しておりここ数年はこの地域からの上陸はほぼなくなっていた。

 今回も、自分たちが上陸した場所がそれほど厳重な警備が張られた場所だとは思っていなかったかもしれないが、恐らく警備システムによって工作員は捕獲されている頃だろう。ならば、あとはこの潜水艦を処理するだけだ。

 国際法では、潜水艦が相手国の領海で潜航するのは違法とされている。

 浮上航行している分には大きな問題にはならないが今回のケースは違法である潜航だ。ともかく、最初の礼儀として藤原中佐は無線を使って潜水艦に対して領海から直ちに離れるかあるいは浮上するように警告を出すように指示を出す。

 しかし、暫く経っても浮上する様子はなかった。

 意図的に無視しているか。あるいは言葉が通じないか。それともこちらの世界と無線の周波数がまるで違うのかどちらにせよ浮上しなければとれる手段は限られている。このまま、何度も警告を行い浮上してくるのを待つというのが最善であると判断した藤原中佐は数度の警告を実施するように指示。

 それでも浮上しない場合は警告のための爆雷使用も許可した。


「――だめですね。まったく浮上する気配がありません。それどころか速力を上げています」

「逃げるつもりね…大泊に攻撃の許可をとりましょう」


 大泊警備府からの答えは「撃沈はやむ無し」というものであった。

 それを確認した藤原中佐はすぐに対潜戦闘用意の指示を飛ばした。



 ノルキア帝国海軍 潜水艦「エメラルド」


「何を言っているかは判明しませんが――おそらくは浮上を求められているかと」

「まさかこちらの存在が気づかれるとはな…」

「いかがなさいましょうか?」

「このまま捕まるわけにはいかない。全速で振り切るしかない」


 日本海軍からの警告は彼らには届いていた。

 しかし、言葉の意味はわからないのと未知の勢力に身柄を拘束されるのはリスクが大きいと判断した艦長はそのまま逃亡を指示した。もしも逃げ切れない場合は雷撃をしてでも逃げ切ろうと考えていた。

 状況的に仕方なかったにしても艦長の判断は愚行だったといえる。

 結果的に日本側に攻撃を決断させ、艦長たち乗員は冷たいオホーツク海で人生を終えることになるのだから。


「こ、後方から着水音!」

「なんだと!?」


 ソナー員からの報告に艦長は驚愕した。

 自分たちの上に軍艦がいないことはすでにわかっていた。

 ならば爆雷による攻撃は届かない。むしろ、こちらから距離を詰めて安全距離から雷撃できると艦長は踏んでいたのでこの着水音は彼にとっては全くもって予想外のことだった。更に悪い報告は続く。着水音と同時に推進音が聞こえたとソナー員が報告したのだ。

 湧別が発射したのは国産の対潜ミサイル――99式垂直発射魚雷投射ロケットだ。その名前のとおり垂直発射装置から発射され弾頭である誘導魚雷をより離れた位置から投射でき、より安全な場所から目標の潜水艦を攻撃する。「日本版アスロック」として開発された。

 弾頭は国産の誘導短魚雷である96式魚雷や、最新の10式魚雷が使われているが今回は10式魚雷が弾頭として搭載されていた。

 艦長は慌てて機関停止を指示するが間に合わなかった。

 10式魚雷はエメラルドの艦尾付近に2発当たった。直後、エメラルドの艦尾に膨大な量の海水が流れ込みそのまま海底へと沈んだ。


「目標の沈黙を確認」

「ご苦労さま。残りの潜水艦がいないか引き続き哨戒を進めるわよ」

「了解」


 その後、第350護衛隊と応援にやってきた敷香海軍基地所属の対潜哨戒機PJ-4が付近の海域を哨戒したがそれ以上の潜水艦の発見はなかった。藤原中佐のところに謎の武装集団が陸軍演習場で拘束されたという情報が届くのは艦隊が母港である奥端に戻った時だった。




 東京市千代田区

 総理官邸



「拘束した武装勢力は数名であり、いずれも軍用と思われる小銃などを装備しており着用している装備なども軍服でした。ただ、彼らの用いる言語は我々が知る地球上の言語と全く異なるもののため現在まで意思疎通は出来ておらず、彼らがなぜどのような手段で樺太に上陸したのかは不明です。ただ、同じ頃。岸から20kmほど沖合で海軍の護衛艦が国籍不明の潜水艦を発見、警告を与えたものの反応がないまま潜航を続けていたためこれを撃沈しており、もしかしたらこの撃沈した潜水艦で樺太に上陸したのかもしれません。上陸地点と思われる海岸にはボートなども発見されていました」


 今回の事態で国家安全保障会議が開かれた。

 出席者は下岡内閣総理大臣、菅川内閣官房長官、五島国防大臣、内田外務大臣、山本内務大臣、藤田国家情報局長官、内堀保安大臣、名原財務大臣といった主要閣僚と、軍部からは和田統合参謀総長が出席していた。

 

  さて、この非常事態に日本政府ができることというのは実はあまりない。

 とりあえず、警戒監視を強化して日本に接近してくる艦艇や航空機を見つける以外に日本にとってやりようはない。なにせ、樺太から北の海域に関してはほぼ調査が行われていないので陸地があるのかどうかすらわからないのだ。少なくとも2000kmの範囲内で島などは確認出来たがいずれも無人島であり国家の存在は確認出来なかったため、軍はこの地域の調査を後回しにしていた。

 燃料なども無限にあるわけではないので、必要な部分に優先的にまわす体制が現在でもとられているわけだ。


 更に、樺太は元々対ソビエトを警戒して機甲部隊を中心に約10万人の兵力が駐屯しており仮に上陸をされた場合でも十分に防衛できるだけの戦力を揃えていた。すでに、北樺太警備を担当する間宮の第27歩兵師団や、宮坂の第31機動旅団が奥端方面へ移動を開始しており豊原の第25機動師団や第2機甲師団なども移動の準備を整えており、隣接している北海道も旭川の第7機動師団や北見の第30機動旅団が樺太への移動準備を進めている。

 海軍も大湊の第5艦隊の水上打撃戦隊と舞鶴の第4艦隊の第10空母戦闘群を樺太近海は派遣することを決めており、すでに大湊の水上打撃戦隊は大湊を出港していた。


「ともかく、今やれることは周辺海域の警戒監視を強化することだけですね」

「何かが見つかればすぐに北樺太の住民は避難させたほうがいいでしょう。特に奥端周辺部は戦場になる可能性が最も高いですから」

「事前に市役所などに情報提供をしたほうがいいかもしれません」


 住民避難に関しては自治体などにその可能性があることを事前に報告することとなった。仮に艦隊などが見つかった場合は速やかに避難命令を発令させ軍や保安隊に州消防局と州警察などを全力で使って約25万人の対象地域の住民を避難させることが決まり、国家安全保障会議は終了した。


 この時。旧地球諸国はヨーロッパ・中央アメリカそして日本近海でそれぞれ軍事侵攻寸前の状態にあった。

 また、ユーラシア大陸近隣でも二つの共産国家がそれぞれ「新天地」とした大陸への軍事侵攻の準備を進めていた。


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