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 正暦2026年 1月6日

 日本皇国 東京市新宿区

 国防省 統合参謀本部


 東京市新宿区市ヶ谷。

 ここには、日本の国軍の総司令部である国防省と統合参謀本部が置かれている。国防省が日本皇国で設立したのは1942年。日本が第二次世界大戦への参戦を決めたときに部隊の効率的な運用をするために陸軍・海軍で別れていた軍政面を統合するために合併したのが始まりだ。

 軍令部門も国防省の直属機関となった。現在の統合参謀本部が設立されたのは戦後の1947年のことだ。第二次世界大戦で指揮系統などで混乱が見られたことや、更に陸軍航空隊が空軍として独立し、海軍陸戦隊も海兵隊として独立することになり4軍体制になることをあわせて各軍の統合軍令機関として設立された。

 統合参謀本部のトップである統合参謀総長は日本軍人のトップとなる存在であり各軍の大将が就任するポストとなった。

 現在の統合参謀総長は陸軍大将で陸軍参謀総長を務めた和田剛久陸軍大将が一年前から務めていた。


「樺太の沖合に不審な潜水艦?」

「はい。昨日に哨戒機が発見しています。今日は悪天候のため調査は出来ていませんが、おそらくは近海に留まっているかと思われます。現時点で所属などは一切不明ですが――おそらくは、異世界関係かと思われます」


 転移に伴ってこのところ毎日のように開催されている統合参謀会議。

 この会議には統合参謀総長を議長に、各軍の参謀総長と国防大臣――国防省の幹部級職員が出席して行われている。これまでの会議は、無人島の発見などが中心だったが今日になって樺太の沖合にいる不審な潜水艦が発見されたことが海軍トップの山本次郎軍令部長によって報告されていた。


「たしか、海軍は潜水艦の運用を全面的に停止していたはずですが。この状況で潜水艦の運用は可能なのですか?」

「現時点では潜水艦を動かすのは厳しいです。海底の地形が大きく変わっている可能性があり下手に動かすと重大な事故に直結する可能性があります。当該の潜水艦の潜航深度もだいぶ浅かったという報告がありますから。おそらくは制限を設けて運用しているのでしょう」


 官僚からの問いかけに山本軍令部長は「我々としては理解できません」と付け加えながら答える。

 転移後は海底の状況が変化していることから多くの国で潜水艦の運用を休止している。海底調査を行える艦艇を持っている日本、アメリカなどはこれらの艦艇を総動員して海底の状況を調査している最中で少なくとも一ヶ月ほどは潜水艦の運用は出来ないか大きな制限がかけられている。

 極東でも有数の潜水艦を運用している日本にとって中々につらい制限だが、無理に動かして重大事故を起こすよりはマシだと誰もが思っている。そのなかで海底の状況がわからないなかで潜水艦を動かしている国がいるということは海軍トップの山本にとっては「愚策」に写るのだろう。

 それこそ、樺太に何らかの領土的野心を持っている国が近くにあるのでは?と考える程度には。


「樺太北部は今日一杯は天気が荒れる見込みです。部隊を動かすのは明日以降になるでしょうね…」

「この時期の北日本はどうしても寒波の影響を受けやすいからな…」


 しかし、北極から離れているのに一体どこから寒気が流れてきているんだ、と出席者たちは首をひねる。気象庁は気象衛星の多くを失ったので宇宙からの気象予測が出来ない状態だ。一応、各地に設置しているレーダーなどは健在だが天気予報という部分では精度はだいぶ落ちてしまっている。

 気候が大きく変わらなかったことは歓迎したいが、一方で地球とまるで地形が違うのに転移前と同じ気象環境なのは気象学者を中心に多くの研究者が意味がわからないと頭を抱えている状態だった。

 軍事衛星の多くも使い物にならなくなったため、国防省は所管している宇宙局に対して今月打ち上げを予定している衛星の打ち上げを前倒ししてほしいとお願いしていた。宇宙局側も一応応じる構えは見せているが、ロケットがまだ出来ていないので少なくとも打ち上げは1月中旬以降になりそうだ。


「とにかく、このことは総理にもきっちりと伝えておくべきだな」


 会議は一時間ほどにわたって行われた。終了を確認した五島はそうつぶやきながら報告のために官邸へ向かう。きっと、報告を受けた下岡は頭を抱えるだろうな、と内心思いながら。

 



 正暦2025年 1月7日

 日本皇国 樺太州 北西部

 日本軍演習場


「本当にこんなところに人なんて住んでるんですか?」

「わからん…だが、石油プラットフォームがあったんだ。人がいるのは確実だろう。とりあえず歩いてみるしかない」


 ノルキア帝国海兵隊の偵察小隊はなんとか樺太北西部の海岸に上陸した。

 低気圧はすでに過ぎたため、強い風は収まったがそれでも身を貫く寒さに彼らは身体を震わせる。

 ノルキア帝国は比較的温暖な国であり、冬もそこまで冷え込まない。

 そのため、彼らは寒さに慣れていなかった。


「しかし、このままでは凍え死にます…」

「一応、寒冷地対策はしてきたが――これは予想以上だったな」


 現在の気温は氷点下15度。

 樺太のこの時期にとっては平均的な気温だが、ノルキア帝国の兵士にとってみれば想像以上の寒さだ。いつまでも、この場に留まっても埒が明かないと小隊長の少尉は判断し、部下たちも身体を動かせばすこしはマシになるのではと考えた結果彼らは歩き始める。


 ノルキアの海兵隊が上陸したのは日本陸軍と海兵隊が使用している演習場だった。人口の少ない樺太は広大な軍事用地を確保することがしやすいため大規模な演習場が幾つか設置されている。彼らが上陸したのは「和渕演習場」と日本軍では評されているエリアでその大きさは香川県の面積に匹敵している。演習場であるため演習場を管理している日本軍の兵士以外には人はいないし、最寄りの町までは直線距離で100km近く離れている地に彼らは上陸してしまったといえる。

 もちろん、彼らは自分たちがそのような僻地に来たとは思っていない。

 石油プラットフォームがあるからとりあえず人は暮らしているだろう、とやや楽観的な考え方をしながら行動を始めていた。

 実際、樺太には海底油田の前線基地があった。ただ、彼らが上陸した地の真反対――樺太北東部にありこの極限環境で徒歩で移動するのは現実的ではない程度には距離が離れていた。


「隊長。なにか見えます――建物です!」


 上陸して一時間ほど経って一人の兵士が建物らしきものを発見した。

 歩いても全く体温が上昇しない。それどころか、むしろ先程よりも余計に寒さを感じていた海兵たちはこの発見に内心歓喜する。もちろん、小隊長である少尉もその一人だ。彼は発見した兵士に「よくやった!」というねぎらいの声をかけながらも、誰かがいる可能性を考慮して二人の水兵を建物の確認に向かわせる。

 彼らが発見した建物は残念ながら廃墟のようだった。

 屋根はあったが、窓などは一切なかった。そのことを伝えられた海兵たちは寒さを完全に凌ぐことができないことに落胆はしたものの、ともかく建物があるのならば少しくらいの休憩はできるだろうと考えた。小隊長も同じ事を考えていたので偵察隊はひとまずこの建物周辺で一時休息をとることにした。


「ん?なにかの音が聞こえる」


 休息を初めて五分ほど経った時。耳に自信を持つ海兵が異常な音を耳にする。だが、隊長含めた他の兵士たちは何の音も聞こえないため異常な音を聞こえると言った兵士に対して「聞き間違いじゃないのか?」という声があちこちから投げかけられた。

 発言した海兵も周囲の言葉を信じて「聞き間違いだったかもしれません」といって気にしないようにしたが。それでもやはり彼の耳だけには異常な音が聞こえ続けた。

 それから更に数分後。今度は別の海兵が同じく「なにか聞こえる」と呟いた。一人だけではなく二人が同様のことを言ったことに他の海兵たちも「おかしい」と思い始めた。

 小隊長の少尉は動揺する海兵たちをなんとか落ち着かせながら「暫く様子を見る」ことにした。こういった時は下手に動かないように――そう軍のマニュアルには書いてあったからだ。

 やがて、海兵たちが聞いた音は他の海兵たちにも聞こえるようになった。

 純粋にその音が彼らに近づいてきたのだ。

 そして、その音はヘリコプターのエンジン音であった。

 確実に、人はいる。だが、自分たちにとってはある意味最悪な展開が起きたのだとこの時、小隊長は察した。


「た、隊長…」

「大丈夫だ。まだ、我々を探索しているというわけではない。静かにしていればバレないはずだ」


 小隊長はそう言って部下たちを落ち着かせる。

 だが、実際の所彼らの位置はすでに把握されていた。

 彼らが、上陸して三十分後には偵察用飛行ドローンが彼らを発見し、演習場の司令部へ通報。その通報を受けた日本陸軍一個中隊がヘリコプターと陸路にて移動を開始していた。

 ヘリコプターのエンジン音は先遣隊としてやってきた空中機動兵をのせた汎用ヘリコプターUH-60CJが発していた音だった。ヘリコプターは建物から少し離れたところでホバリングし、空中機動兵と呼ばれるヘリボーン兵たちが次々と降下していく。彼らは海兵たちがいる屋内実習で使う建物へと向かっていった。


 複数人が近づいてくるのは建物の中にいた海兵たちも気づいた。

 このまま通り過ぎてくれと誰もが祈ったが残念ながらその祈りは届かない。

 建物の中に小銃を構えた迷彩服の軍人たちがなだれ込む。そして、一斉に海兵たちに銃を突きつけてなにか言葉を発したが、残念ながら聞いたこともない言語だったため何を言ったのかはわからなかった。ただ、その雰囲気から「手を上げろ」「抵抗するな」といった意味合いの言葉を言ったのだろう、と少尉は判断した。


「…全員手をあげよう。ここで抵抗しても無意味だ」


 部下たちのどうするべきか、という視線を受けた少尉はそういいながらもっていた銃を床に放り投げて手を上げて降伏の意思を目の前にいる兵士たちに示した。部下たちも後を続くように抵抗する意思がないことを示した。

 彼らはそのまま日本陸軍によって拘束され事情聴取のために第27歩兵師団の司令部が置かれている北部最大の都市・間宮へと移送された。


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