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アーク歴4020年 1月6日
アトラス連邦共和国 首都・ヴェルス
大統領官邸
日本の北700kmのところに転移したアトラス連邦共和国。
地球と異なる世界「アーク」からこの世界に転移した国で、ヴェルーサ島・アンガード島・キレイアス島・アンヴァス島・ノーリック島という5つの主要な島によって構成されたアトラス列島とその周辺にある4200の島々によって構成された島国で、人口は1億2000万人。
国民の9割が「エルフ」や「獣人」などの「亜人種」によって構成されており純粋の人間の人口は1割ほどの「亜人国家」であり、その中でも友好国で獣人主体のレクトア連邦と並んで最も発展した国だということがアークでは知られていた。
アトラス連邦でも4日前の1月1日に全土での地震とオーロラのような発光現象が確認された後、諸外国との通信や人工衛星との通信が途絶。
その後、軍の観測施設で南から強力な電波反応を探知したことから日本列島の存在を探知。外務大臣のオリビエ・ストーンが強く日本への使節団派遣を主張し、大統領のセシリア・ブラウンもストーンの主張を認めたことから多くの官僚の反対を押し切る形で日本への使節団派遣を半ば強行した。
その、使節団からの報告が派遣を主張したストーン外務大臣によってブラウン大統領はじめすべての閣僚や省庁の代表者が参加する会議の中でなされていた。
「帰国途中の使節団からの情報によると。今回、我が国が接触をした日本皇国は1万あまりの島によって構成された島国で、人口は2億2000万人。重工業やIT産業が盛んで高い軍事力を持った大国のようです。彼らの世界では我々『エルフ』などの亜人種は存在しないようですが。我々に対しての偏見などは一切なかった――という報告が届いています」
外務大臣からの報告に安堵の表情を浮かべたのは彼女の意見を汲み取って派遣を決めた大統領のセシリア・ブラウンだった。
「好戦的な国ではなくてよかったですが、やはり少々強引だったのでは?」
そう言ってストーンやブラウンを睨むのは国防大臣のウルリッヒ・カーペンターだ。元軍人であるカーペンターは使節団の派遣を最後まで反対していた閣僚の一人であり、今回の報告を聞いても日本に対しての警戒心を持っていた。
報告で聞いた日本は明らかにアトラスを上回る強国だ。
しかも、日本がいた世界には亜人種が存在しないという。
そんな世界の国が、明らかに異質である自分たちを受け入れるとは今ひとつ信用できない――そう、彼の顔にかいてあった。
「果たして、本当に日本という国は信用できるのでしょうか?我々を信用させてその隙をついてくることは十分に考えられる。外交関係を結ぶにしてももう少し交渉の時間をとるべきなのではないですか?」
「国防大臣が仰ることも一理あるとは思いますが、今、我々が優先すべきことはこの世界での地盤を整えることです。今回は近隣諸国と友好関係を築く第一歩だと私は考えています。それに、日本へ向かったのは経験豊富な外交官でもあったマイトン副大臣です。彼が、現地で交渉して問題ないと判断したからこそ外交関係の締結することが決まったのですから、私は外務副大臣の決定を尊重します」
ブラウンはそう反論すると、国防大臣は尚も言葉を続けようとしたが暫くして「わかりました」と渋い顔をしながらもこの場は引き下がる。
外務副大臣のマイトンは経験豊富な外交官であり、転移前に対立していたフィデス民主共和国との外交交渉においても実績を残したことで知られている外交族の重鎮だ。その、マイトンが認めたと言われてはそれ以上はなにも言えなかった。
日本の使節団もアトラスにやってくるという話しなので、直接日本の使節団をみて本当に日本との交流を進めていいのかどうか見極めようと、国防大臣はこの時思った。
翌日。日本からの外交使節団が首都・ヴェルスに到着した。
使節団の代表は外務副大臣の絵島秀幸衆院議員。
その他、外務省や内務省から選抜された官僚と経済界からも数人の経営者などが使節団には参加していた。日本の使節団はアトラスの首都・ヴェルスの町並みを見て「まるでヨーロッパにきたみたいだ」という感想を持った。
旧市街地の景観が石造りの建物が密集していたことからそう見えた。
新市街地は日本の主要都市などと同じく近代的な高層ビルが立ち並んでおりそれだけでこの国がかなり発展した先進国なのだということがわかる。
日本の使節団動きは、アトラスの公安機関「連邦保安庁」によって逐次監視されていた。大統領たちは不要だという考えだが、やはり情報がまったくない未知の国家からの使節団ということで国防大臣などの説得によって監視がつけられていた。
監視員の一人は使節団を案内する外務省職員という肩書で使節団に同行しているほどだ。
「どうやら、我々はかなり警戒されているらしいな」
「仕方ありませんよ。彼らから見れば我々は得体のしれない国からの訪問者ですから」
それに、日本側も同じようにアトラスの使節団を監視していたので文句は言えない。紛らわしい行動さえしなければ向こうも派手な動きはしてこないだろうから正式に国交締結するまでは大人しくしていれば問題はなかった。
アトラス連邦共和国 ヴェルス
国防省 大臣政務室
「これが、日本皇国の軍事力か――やはり島国だけあって海軍の規模が大きいな。主力艦艇は――ん?」
日本のことを最も警戒していた国防大臣のカーペンターの手元には日本から帰国した使節団に参加していた国防省官僚がまとめた日本の軍事力に関しての報告書があった。
ペラペラとページをめくっていたカーペンターはあるページで捲る手を止めた。そのページには日本海軍がどれだけの艦艇を保有しているか記載されておりその中に「戦艦・巡洋戦艦6隻」と記載されていた。
しかも、この報告書には装備品の写真まで載せられており、その中には明らかに現代では意味のなさそうな巨砲を搭載した大型艦の写真まであった。
「戦艦だと?日本はあの金食い虫をまだ保有しているのか?」
カーペンターは意味がわからないと困惑する。
戦艦はアトラスがいた世界でもほとんど姿を消している艦種だ。
アトラスでも70年前に最後の1隻が退役してから戦艦は建造しておらず変わりに空母や潜水艦の増備を戦艦の変わりに行っていた。
一方の日本は未だに戦艦や巡洋戦艦を現役で運用していた。
更に、数年前に戦艦を新しく配備したとも書いてある。
このことが気になったカーペンターは実際に報告書を作った官僚を大臣政務室に呼び出して詳しい話を聞くことにした。
「この戦艦に関して詳しく聞きたいのだが。なぜ日本は金食い虫であるはずの戦艦を今も運用し続けている?」
「私も詳しく聞くことはできなかったのですが、日本側の説明では『周辺諸国へ睨みを効かせるため』という解答でした」
「周辺諸国――たしか、日本の隣国には社会主義国が二つあったな。その国に対してか?しかし、戦艦である必要はない気がするが…」
「私もそのように考えたのですが、日本側の説明はそれだけでして…ただ、日本の海軍は特殊だとは担当者は言っていました」
理由はわからないがともかく日本は戦艦を現役運用している。
しかも、数年前に就役させた「大和」は戦艦の中でも規格外だ。
満載排水量は8万トンに達し、機関には核融合炉を採用。主砲には46センチレールガン3連装砲を4基載せ、ミサイルのVLSは全部で200セルあるという。一体どれだけの金額をかけて建造したのかわからないが、普通の国ならばこんなものを作ったら非難轟々だろう。
実際に、日本国内ではこの戦艦建造は揉めに揉めたようだ。
この時点で日本のことを警戒していたカーペンターは日本に対しての印象がやや変わった。まあ「未だに戦艦を運用しているおかしい国」へと変わっただけなので日本としては不本意な評価になっただけともいえる。
ただ、同時に日本への興味もこの時点で湧いた。