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 新世界歴2年 4月3日

 中央アメリカ パナマ共和国



 現在の中央アメリカはどうなっているのだろうか。

 一番最初にフィデスによる奇襲攻撃を受けたパナマはというと首都をはじめとした主要都市のいくつかが破壊された。現在の首都機能はかろうじて被害をまぬがれた第二の都市・コロンに置かれていた。

 ちなみに、首都機能がコロンに置かれる前はメキシコに亡命政権ができていた。フィデスとの戦争が終盤になったのに伴って亡命政権はコロンへ移りそのまま暫定政府としてパナマの統治を行っている――といっても、暫定政府が掌握しているのはあくまで、首都周辺だけでそれ以外の地域はほとんど掌握出来ていない。これは首都以外の地域にほぼ人がいないせいだ。

 仮にいたとしてもそこは、戦争前から麻薬密売を手掛けるマフィアなどの拠点になっていて元から政府の手が届いていない場所だった。

 それでも、パナマは中米諸国ではまだ「マシ」な部類だった。



 今回の戦争で国土の大部分が無法地帯となっている国もあるし、ニカラグアのように旧政権と暫定政権の間で内戦が起きているような国もあった、

 ニカラグア旧政権はフィデスとの戦いに敗北したことで実質的に壊滅。その後、連合軍によって解放され連合軍主体の暫定政権が統治していた。

 しかし、旧政権側がそれに反発して挙兵したのが内戦の始まりだ。

 暫定政権にはもとより旧政権と対立していた野党勢力が主体となっており旧政権側は「アメリカによる内政干渉」であると激しく反発し、暫定政権のことを「アメリカの傀儡」だと主張していた。実際にはアメリカはニカラグアの暫定政府に大きく干渉はしていないのだが、もとより反米体制である旧体制側はそんなの信じていなかったようだ。

 内戦によって国に戻りつつあった国民が再び隣国へ避難した。

 だが、その隣国はどの国もフィデスとの戦争によって国土の多くが荒廃しておりこれから復興していくという段階であり、ニカラグア難民を受け入れる余裕はなく。メキシコ・アメリカ・カナダに支援を要請する事態になる。

 これに3国の首脳は頭を抱えることになる。

 ただでさえ、多くの中米からの難民を保護しているのにこれ以上増えるのは移民問題を抱えるアメリカはもちろんのこと、移民や難民保護に慣用的であるカナダですら難色を示すほどだった。



「……パナマシティの再建まで早くても5年か」

「このままのペースでいけば10年経っても再建は難しいかと」

「絶望的だな」


 攻撃を受けた時点でわかってはいたが、と付け足しながらため息を吐くのは暫定政府のトップである野党指導者だ。

 フィデスの攻撃によってそれまでの政権は崩壊。運良く、パナマシティを離れていた野党指導者はすぐにメキシコで亡命政権を立ち上げた。戦争が終わったことからパナマに戻ってきたのは一ヶ月ほど前のことだ。

 暫定政府としてやらなければならない問題は山積みだが、彼らはまず最初に国を完全に復興するまでにかかる期間を算出した。その結果、首都のパナマシティなど主要都市を復興させるまで最低5年。国土全域の復興が終わるまでこちらは最低15年かかるという報告書だ。

 ちなみにこれらは、しっかりとした人員や資材を確保した場合という注釈がつくので人も資材も足りない今の状態では主要都市を復興するだけでも十数年。国土全域は30年以上かかる――と報告書には書かれていた。

 大統領にとっては絶望的な試算ともいえるが、復興の第一段階といえる瓦礫の除去でさえいつ終わるのか先が見えない状態なのだから、こういった絶望的な数字が並ぶのは仕方がないだろう。

 戦争は終わったと言っても、アメリカやメキシコなどに避難している国民がほとんど戻ってこないのだ。彼らは戻ってきても生活出来ないのがわかっているので、少なくとも衣食住がしっかりとしている難民キャンプから出ようとは思わないのだ。


 そんな避難民の気持ちは理解出来るものの、国を元の状態に戻すために必要なのは「人」だった。

 現在は他国から作業員がわざわざやってきて瓦礫の撤去などを行っているが、いつまでも他国に頼っていられるわけではない。アメリカはこういった支援ができるのは最低でも1年くらいだと言っているし、他の国も同様だ。

 本当ならば自分たちでやらなければいけないことを他国に任せているのだから、暫定政府としてはそれに異論を挟むことは出来ない。なにせ、それぞれの国の善意によってほぼ報酬もなく働いてくれているのだから。

 それをいつまでも縛り付けるならば、相応の「報酬」が必要だが。残念ながら今のパナマにそれだけの金額を出すことは出来ない。さらに言えば、復興を進めようとしているのはパナマだけではなく他の中米諸国も同じだからだ。

 ニカラグアだけ、内戦をして他国の支援の手が入らないような状態になっているがそれ以外の国にもアメリカやカナダなどの支援の手が入っていたが、やはりどの国も国民が戻ってこないという問題に直面していた。



「アメリカ政府は1年以内に難民キャンプを閉鎖するようです」

「それで国民が国に戻ってくるならばいいんだがな」

「難しいでしょうね……」

「避難民たちが生活できる環境を我々が整えさせれば問題は起きないだろうが……」


 その環境づくりは現在急ピッチで主要都市を中心に行っている。

 アメリカや日本などから派遣された復興支援チームの手によって。

 ひとまず、生活出来る環境が整えば国民は戻ってこれるだろう。仕事に関しては今は山程残っているのだから。国を復興させるという大仕事が。



 新世界歴2年 4月4日

 ギリシャ共和国 アテネ



 中米と同じ問題を抱えている国がヨーロッパにもあった。

 昨年のはじめに「ベルカ帝国」による侵攻を受け、一時占領されていたバルカン半島南部にある国――ギリシャだ。

 古代文明の遺物などが残り、温暖な気候などから多くの観光客が訪れていたが、今ではその面影すらほぼない。歴史的な遺産の多くはベルカの攻撃によって破壊された。

 ベルカとの戦争が終わって三ヶ月あまりがたつ。現在でも主にやっているのは瓦礫の撤去であり、それを行っているのは各国から派遣された作業チームだ。国民の大半は今でも他国の難民キャンプに身を寄せていた。

 完全に復興するまでかかる時間は十年以上と予想されているが、作業の遅れなどがあれば更に伸びるとも考えられていた。ギリシャ暫定政府は国民が国に戻ってこないことを危惧し、なるべく迅速に復興を進めていきたいと考えてはいるが、国を一から作り直すような状況なので政府内の議論はかなり慎重に進められていた。

 


 完全に破壊された、アテネの中心部のあちこちで瓦礫を撤去するために各国から派遣された重機が動いている。その傍らにはやはり各国から派遣された作業員たちが手作業で細かい瓦礫を集めていた。


「いつ、終わるんだろうな……これ」


 瓦礫の撤去が始まって一ヶ月。少しずつ瓦礫は撤去されているが、未だに建物の残骸があちこちに散らばっている光景を作業員たちは毎日のように見ていた。

 作業の手を止めて呟いたのは、一ヶ月前に避難先から帰国したギリシャ人の青年だ。

 青年はアテネで生活していたが、ベルカの攻撃から逃れるためにイタリアへ避難生活を送っていた。

 そして、戦争が終わり、祖国復興の手助けをしたいと考えて誰よりも早くギリシャに戻り、今は瓦礫撤去の作業員として毎日のようにアテネ周辺の瓦礫撤去作業に従事していた。

 彼のように祖国復興のために作業員という形でギリシャに戻ってきたギリシャ人は多い。はじめの頃は、祖国復興の一助になるという思いで作業を始めたが、毎日のように作業を続けても変わらない景色を見て終わりが一切見えないことに憂鬱な気分になった。

 はじめは希望をもっていたが、今では「本当に国は元に戻るのか?」という疑念を抱き始めていた。

 仮に、暫定政府の言う10年で街がきれいに戻ったところで、国民が国に戻ってくるのか?という不安もある。恐らく、避難民たちが今のように一箇所に集まって各国の支援を受けられるのは後1年くらいが限度だろう。

 それから先は、個々人の意思でもってどこで生活していくか決めていくことになる。青年たちのようにギリシャに戻って国の復興の手助けをしようと考える者もいるだろう。

 だが、恐らく大半はフランスやドイツなどに拠点を変えるだろう。生活を考えれば、一から作り直さなければならないギリシャにいるよりも、ドイツやフランスにいたほうが安定した生活を手に入れられる可能性が高いからだ。特に、小さい子供などがいる家庭はそういった選択をとるかもしれない。

 元々転移前からギリシャよりも労働環境のいい西欧へ向かう若者が多くなり一種の社会問題になりかけていたのだ。それが、今回の戦争でそれまで西欧へ出るという考えをしていなかった者まで強制的に他国で生活の基盤を築かなければいけなくなった。


 欧州連合のおかげで言語の問題もあまりない。

 大抵の欧州連合加盟国の国民は学校教育の段階で複数言語を習うし、英語ならば欧州のどの国でもある程度は通じてしまう。他国で生活基盤を築いてしまえば仮に国に戻れるようになっても「帰国する」という選択をとる国民は少ないだろう。

 なにせ、せっかく生活基盤を他国で整えたのに、ギリシャに戻ったら同じことを最初からやり直す羽目になる。それでは、国民は戻ってこないというのを暫定政府も気づいているので、そのために住居はもちろんのこと仕事のほうもなるべく政府側が準備をしたうえで国民に帰国を促そう、という話が暫定政府の中には出ていた。ただ、これにも多くの問題があるので実現するかは今の時点ではわからなかった。少なくとも、政府内には反対意見のほうが多いのが現状だった。


 ギリシャ難民を受け入れているヨーロッパ各国にとっても、ギリシャの復興は迅速に進んでもらいたいものだった。どの国も難民の支援には多額の予算を投じているが、それがいつまでも続けることは難しい。

 今はまだ、世論はギリシャに同情しているが、状況が長引けば反発する声が強くなるのは転移前の中東やアフリカ系難民の受け入れの件でわかっていることだ。

 同じヨーロッパという枠組みではあるが、90年代の東欧革命後に東欧から西欧へ出稼ぎや移民が増加したことで問題になったこともあっただけに、各国政府とすれば国内で面倒事になる前にギリシャ難民の件は解決したいと思っていたし、そのための支援をギリシャの暫定政府側へ最大限することでドイツやフランスなどは一致していた。

 ただ、支援金の分担を巡ってはフランス・ドイツと主に東欧諸国の間で対立が起きているなど、支援する側も完全な一枚岩になっているとは言えなかった。


 このように、ベルカ戦争が終結しても解決しなければいけない問題は多くく残っており各国の為政者たちの頭を悩ませていた。

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