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 新世界歴2年 3月29日

 日本皇国 南洋諸島州 マリアナ諸島 グアム島

 東亜革命同盟 グアム支部



 東亜革命同盟のグアム支部は、南洋諸島州の州庁などがあるグアムの中心都市「ハガニア」にある。ハガニアは人口5万人ほどの都市で、グアムの中では3番目の人口を抱える都市だ。

 古くからグアム及びマリアナ諸島を統括する地方政府などが置かれていた場所であり、日本領になってからはマリアナ諸島を管轄する「マリアナ支庁」が置かれ、後に南洋諸島州の州庁がパラオのコロールから移転してからは名実共に「南洋諸島の政治の中枢」となっていた。


 東亜革命同盟のグアム支部は、マリアナ諸島での共産党政権確立を目指して活動している。同時に、マリアナ諸島の日本からの独立運動にも古くから関与していた。

 もっとも、マリアナ諸島を含めた南洋諸島の島々は日本からの独立意識はあまり持っていない。過去に何度も行われた独立の是非を問う住民投票の結果は全得票の8割が日本残留を望んでいるので「日本からの独立」というのはマリアナ諸島の中ではかなりの少数派なので、支部長を含めたの支部に所属しているメンバーの殆どは他所からグアムにやってきた者たちだった。



「どこのどいつだ!あんなことをしたのはっ!」


 東亜革命同盟グアム支部のトップである江島は苛立ったように声を荒げる。

 グアム支部は他の支部に比べて人員が少ない。その割に、多くの基地が所在しているため、頻繁に抗議集会などが開かれていた。

 もちろん、グアム支部だけでは人員を賄うことは出来ないので定期的に本土の別支部から増員されていた。


「恐らく、本土の『過激派』が送り込んだ人員かと……」

「あいつら『皇民党』が潰されたのに何を考えているんだ……」

「どうも、複数の基地で同様の事件が起きているようです。警察はメディアにも完全に情報を遮断しているらしいですから」

「……警察が本気になっているってことだろうな。俺等が何もしなければ警察も動くことはないってのに」


 何も考えてない過激派のせいで余計な仕事が増える、とぼやく江島。

 新左翼系の団体としては国内最大規模の勢力を持つ「東革同」は、当然というべきかいくつかの勢力が内部に存在する。組織の中枢を占めているのがかつての暴力路線を修正し、デモなど平和的な手段で革命を訴えようとしている「穏健派」だが、当然ながらその方針に異論を持つ者たちも幹部を中心に多くいた。その中でも過去の暴力路線こそが革命において必要なことだと主張しているのが「過激派」と呼ばれる勢力だ。

 近年では、現在の組織の行動理念は生ぬるいと感じる者も増えており、その結果「過激派」に属する構成員も増えており、執行部も無視出来ない勢力にまで拡大していた。

 グアムのような末端の支部からすれば「中央で勝手にいがみ合ってろ」という気分だったのだが、その中央の争いの種をグアムにばら撒いてくれた実行犯には怒りしかなかった。


「それで、本部はなんと言っている?」

「そちらに任せるとだけ」

「チッ……全部こっちに押し付けやがって」


 思わず舌打ちをする江島。

 恐らく、南洋警察庁公安部の捜査官も大勢ここにやってくるだろう。

 それを指揮する公安部長との間には色々と因縁もある。

 なにせ、グアム支部は「マリアナ諸島独立」も掲げて行動している。独立運動家というのは公安が最も警戒する勢力の一つなので、必然的に公安担当者と接触する機会も増え、お互いに嫌味の応酬くらいはする間柄になっていた。

 ことの発端を作った本部は知らん顔を決め込んでいることに、内心不満しか感じない。


「……まあ、幸いな事に見られて困るものはここには置いていないが」

「公安は徹底的に洗い出そうとするでしょうね……」

「公安からすれば、絶好の『理由』が出来たわけだからな。だから大人しくしておけばいいのに……」


 昔のテロを正当化しているバカどもは……とぼやく江島。

 江島たち「穏健派」は基本的に周囲の民間人を巻き込むようなテロ活動には否定的だ。というのも、暴力で抑え込んだところで最終的に抑圧された不満が暴発すれば簡単に政権なんていうのは転覆するというのは過去の歴史で明らかになっているからだ。

 ソ連や北中国が未だに独裁体制を続けているのは、元々絶対君主制国家で抑圧されていたからと、泥沼の内戦や粛清によって「抵抗勢力」を国内からほぼ一掃したから出来ていることだ。

 少なくとも、200年以上も立憲君主制度が維持されている日本でソ連や北中国みたいなことをすればすぐに崩壊するだろう。フランスで革命が起きたあと政情が一向に安定せずに政変が連続していたように。

 だからこそ「穏健派」は世論からの風当たりが強くなってきたのを敏感に察して方針転換したのだ。平和的なデモ活動ならば世論はそれほど厳しい目を向けないし、公安も監視以上のことはしないからだ。

 だというのに「過激派」は未だに過去のことを「本来の革命の姿」だと信じて疑っていなかった。過去の、暴力革命路線こそが本来の姿だと。



 東亜革命同盟グアム支部への、家宅捜索はその翌日に行われた。

 南洋警察庁公安部や刑事部――更に機動隊から派遣された多数の捜査員たちが小さな雑居ビルの一室にある支部の事務所に足を踏み入れる。機動隊まで動員したのは、支部のメンバーなどが暴れることを想定したものだが、彼らは警察の想定と違って家宅捜索の最中は大人しく状況を見守り、捜査員の質問などに淡々とした様子で答えていた。


「今のところ目立った証拠となるものはないようです」

「はじめから期待はしていなかったがな」

「支部長いわく。実行犯は本土からの応援要員だったみたいですが……」

「すべてを信じるのは危険だが……事実なのかもしれないな」


 支部長の苦々しい顔を思い出して公安部長は苦笑する。

 支部長が若い頃から対峙してきたが、彼が警察の前であそこまで苦々しい表情をするのはかなり珍しい。それだけ、彼にとっても今回の件は「想定外」だったということだろう。まあ、あえて警察の前でそのように演じた可能性もあるのですべてを信じることはできないが、少なくとも「本土からやってきた」というのは当たっていた。

 実行役の男は、一週間前に関東からグアムにやってきた。

 学生時代から社会主義に傾倒し、「東革同」の学内組織に入り浸っていたという。そこで、過激な思想に感化されたようだ。

 東革同では「過激派」とされる勢力に属し、度々抗議集会などでトラブルを起こし逮捕されたことが何度かあることが、後にわかっている。

 取り調べに対して、実行役は「革命への第一歩」などだと主張していた。



 家宅捜索は1時間ほどで終了した。

 警察側が厳重な体制で望んだ今回の家宅捜索だが、特に大きな問題は起きなかった。ただ、問題が起きなかったのはグアムくらいで同時に行われた他の支部では捜査員の行動を妨害するなどのトラブルがおきて、数名が検挙されていた。

 グアム支部で大きな問題が起きなかったのは支部長の江島が事前に支部のメンバーたちに「大きな問題を起こすな」と釘を差したのが大きかった。彼は長年グアム支部で支部長をしているので、支部の中に限れば誰よりも影響力があった。そんな彼から「問題を起こすな」と言われれば支部に所属している大半はそれに従う。

 問題がおきた支部の場合は、支部長がお飾りであることが多くそれが一部メンバーの暴走につながった――というのが警察の見解だ。

 どちらにせよ、今回の家宅捜索で得られた成果はあまり多くはない。

 今回のテロが組織的な犯行である可能性は極めて高い、と警察は考えているがそれを立証する証拠はない。実行役が持っていた携帯電話の履歴などには一切不審なものは見受けられず、また各支部から押収されたパソコンなどを調べても実行役に指示を出したという証拠を見つける事はできなかった。

 もっとも、証拠が出てこないことは警察側も想定していたことなので、成果の乏しさは気にならなかった。「東革同」側への牽制になるのならば十分だし、これで組織内の権力争いが表立って見える形になれば、今後の捜査はよりやりやすい――などと、考えている幹部までいたほどだ。




 一方で捜査を受ける側となった「東亜革命同盟」はというと、今回の家宅捜索をかなり重く受け止めていた。元から、過激派と穏健派で激しい対立をしていた執行部では、今回の件で両者の溝はより広がっていた。


「こんなことをすれば警察の我々に対する監視の目がより強まるではないかっ!」

「随分と腑抜けたことを言うじゃないか。お前らの言う『平和的な活動』をしたところでこの国が『革命国家』にならないのは、お前ら『穏健派』も気づいているはずだ!今こそ、『東亜革命同盟』設立時の状態に立ち戻って真の革命をこの国にもたらすことが、我々の使命だ!」


 と、このように両者の主張は真っ向から対立していた。

 穏健派からみれば、テロを引き起こせば世論からの風あたりが強くなり徐々に話し合われている「共産系政党の政治規制緩和」の話が立ち消えになることを恐れていた。

 一方で過激派からみれば、平和的な活動をしたところで自分たちが目指す理想の「革命国家・日本」にならないのだから、設立当初のように「武力を使ってでも理想の革命国家・日本を建国する」という方針に立ち返るべきであると、考えていた。

 そもそも、議会に議席を得たところで発言力はないに等しいので、自分たちの要求が国会に通るわけがないのだから「武力でもって政権転覆」させたほうが手っ取り早いじゃないか、というのが過激派側の言い分だった。


 元から、危ういバランスの中で睨み合っていた穏健派と過激派だったが、今回の一件で一触即発の事態にまで状況は悪化した。そのことに警察が気づくのはそれからしばらく経ってのことだが、それまで盤石だと思われていた「東亜革命同盟」はこの事件を境に分裂していくことになる。

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