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 新世界歴2年 3月21日

 ガリア帝国 サンパール

 サンパール城



 アトラス侵攻部隊が壊滅したという報告を受け取ったガリア新政府の幹部たちは、その報告を信じる事ができなかった。


「壊滅だと……一体なにがおきたのだ?」


 新政府のトップに座っていたクレイソン公爵は呆然としながら呟く。

 将来の他大陸侵攻のために莫大な予算をかけて強化されたガリア海軍。

 これだけの戦力があれば、他の「超大国」にも十分に対抗できるはずだったが、彼らの眼の前には「艦隊・侵攻部隊壊滅」という文言が書かれた報告書が置かれていた。


「て、敵は艦隊のこと潜水艦で待ち伏せしていたようです」

「潜水艦だと!?蛮族めっ!正々堂々の艦隊決戦では分が悪いと見て卑怯な手を使いおって!」


 一人の老人が激昂して立ち上がる。

 老人は、海軍増強を推進していた侯爵だ。

 彼にとってみれば、あちこちを駆け巡ってようやく完成した艦隊を潜水艦の飽和攻撃で壊滅されたというのは我慢ならないことだろう。

 もし、この場に本職の軍人がいたら「何を言ってるんだ、このジジイは……」と呆れただろうが。この場にいるのは戦場なんて見たことのない貴族と文官しかおらず、誰も突っ込む者はおらず、むしろ同調する声が大半だ。

 アトラスからすれば「卑怯者はお前らだのほうだ」と突っ込むだろう。

 なにせ、平和条約を一方的に破棄し攻め込んできたのはガリアのほうなのだ。それがクーデターによって政権が転覆したことによるものだといっても、国際社会からのガリアの評判はより下がるようなことをガリアはした。

 まあ、その肝心の国際社会は転移によって他国に気に掛ける暇がなくなっているのだから、ガリアにとってみれば痛くも痒くもないことだが。


「しかし、これからどうする?追加の増援は送れんぞ」

「民間から船をかき集めるしかないだろう」

「今回ので民間の貨物船の大半を徴用したからこれ以上は無理だ」

「国家の一大事なのだ!すべての民間船を徴用すればいいだろう!」

「そんなことをすれば最低限行われている貿易すらストップしてしまうだろう!」


 などと、怒鳴り合う新政権の貴族たち。

 実際、ガリア軍は今回の作戦のために民間から多くの貨物船や漁船を徴用して兵士をアトラスへ送り込んでいた。しかし、その大半がアトラス軍の攻撃によって海に没したため、外洋に出られる船は民間を含めてなくなった。

 つまり、追加の部隊を送り込みたくても送り込める手段がないのだ。

 そのことを国防省の担当者が説明するが貴族たちが上がるのは「それなら急いで船を作れ!」という無理難題であった。


「国内の造船所をフル稼働しろ!そして半年後に再び軍を送り込めばいい」

「あ、アトラスが報復してくる可能性もありますが」

「蛮族がそんなことをするわけがない!」


 そう、貴族たちは言う。

 だが、数ヶ月前にガリアの軍事施設を攻撃したのはアトラスだ。

 それがあったから、前政権はアトラスと本格的に戦おうとはしなかった。

 しかし、新政権はアトラスのことを自分たちよりも遅れている国だと思い込んでいた。時代遅れの亜人の国に負けるわけがないと。それが、今回の主力艦隊壊滅の引き金をひいたとは思いもしない。それだけ、新政権の中核を占める貴族たちの目は曇りきっていた



 ガリア帝国 北部 メリーロ州



 メリーロ州はガリア帝国北部――険しい山岳地帯にある州だ。

 人口は40万人ほどで、ほとんど中央から切り離された僻地ともいうべき地方だ。中央から切り離されているため、生活などはほぼ自給自足で賄っており半ば中央から独立しているといえる。というのも、周辺の州とは標高2000mを超える山々によって遮られており、他地域へと行き来出来る道は一本しかないからだ。ガリア政府も、そこまで不便な土地に目を向ける余裕はないため殆ど放置されている――というのがこの州の実情だ。

 だからこそ、中央から権力争いに敗れた者たちが多く集まった。

 クーデターによって政権を追われることとなった、前首相のホセ・ルーリックも今はメリーロで身を隠していた。


「……そうか。奴らは止まるつもりはないのか」


 一緒に逃れてきた秘書から中央の現況を聞かされたルーリックは、すべてを諦めきった表情でため息を吐いた。

 自分が、グレイソン公爵など主要貴族から目の敵にされているのは当然ながら理解していた。貴族の力が強いこの国で、平民などを積極的に採用していたのだから、自分が恨まれるのは理解していたが、まさかクーデターという強硬策を用いるとは考えてすらいなかった。

 その原因は、アトラスとの関係であることはすぐに理解出来たが、よもや平和条約を一方的に破棄して、アトラスに攻め込むという愚かな選択を新政権がすぐに選択するとまでは予想出来なかった。


「奴らは敵はアトラスだけだと思い込んでいるのだろうが……その背後にも様々な国がいる。アトラス単独ではこのガリアを落とすことは出来ないだろうが『連合軍』という形で攻め込まれれば、サンパールはあっさりと陥落するだろう。そもそも、民間船まで徴用して十数万人の兵力をアトラスへ送り込んだとしてもアトラスを制圧することなど無理なのは、国防省の連中も知っていたはずだが……」

「グレイソン公爵たちが強硬に主張したようで……」

「公爵はあそこまで考えなしだったか?」


 秘書の言葉にルーリックは思わずそんなことを呟く。

 長年、首相として貴族派トップのグレイソン公爵たちと接していたが、ここまで考えなしに暴走するような人物には見えなかった。もちろん、本性がそういった部分があるというのは否定することはできないが、少なくとも公爵は政治家としては優秀であり、国のこともきちんと考える事ができていた――というのがルーリックのグレイソン公爵に対しての印象だ。

 とはいえ、彼も相応の野心を持っていたのも事実。


「……何者かに唆されたと考えたほうがいいだろうな」


 問題は公爵を唆した存在だが、コレに関しては全く見当もつかなかった。

 ただ、軍部を動かしたことを考えると計画事態はかなり前から存在していたのだろう。ルーリックとすれば国のために改革を進めていたが、やはりそれを良く思わない存在は多かった。もちろん、そのことは理解していたがこうやってクーデターで首相の座を追われてしまったのだから、理解はしていても「実際にやる」とは考えられなかった自分自身もまた問題だった――とルーリックは内心思った。


(もう、潮時なのかもしれんな。ここにいれば中央の目はしばらく欺くことができるだろう)


 ルーリックはもう中央に戻る気はなかった。

 唯一の気がかりは、共に改革を進めてきた皇帝の安否だろうか。

 さすがの、新政府も皇帝を廃するという真似は今のところしていない。

 ただ、皇帝の動向が一切聞こえてないところを見るに軟禁状態にあるとみていいだろう。


(陛下のことも気になるが……今の私ではどうすることもできない)


 元々勢力として小さかったルーリック派は、クーデターによって完全に崩壊していた。一応、ルーリック以外に何人かは帝都を離れているが、その多くは政治犯収容所に収容されている。彼らを助けようにも、今のルーリックには頼れる存在というのがいない。


(こうなってから仲間を増やしておけば良かった、と思う羽目になるとはな……)


 新政府に未来はないだろう。

 アトラスとその同盟国が立ち上がれば、いくらアーク5大国に名を連ねる大国といっても苦戦は必須。特に、海軍の壊滅や陸軍の主力部隊が崩壊していることは致命的だ。

 だからといって、何もかも失ったルーリックは辺境の地で息を殺す以外できない。そのことがルーリックはとても情けなく感じるのだった。


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