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火炎瓶を基地に投げ込んだ青年は、すぐに警察によってその身柄が拘束されていた。抗議集会の参加者からは「警察の横暴だ!」と警察の動きを非難する声が相次いだが、眼の前の犯罪行為を見過ごすほど、南洋諸島全体の治安を統括している「南洋警察庁」の警官たちは甘くはなかった。
「さて、あなた達は平和的な抗議活動をすると言ったから、我々は集会を開催するのを許可したわけですが。これは話が違いますねぇ。最初からこういったことをしようと計画していたんですか?」
現場指揮を担当していた警部が、集会の主催者である市民団体の関係者に事情を聞いていた。顔には出していないが「面倒なことをしやがって」という雰囲気マシマシで。
一方の、主催者側は自分たちは無関係だと主張していた。
「我々の犯行に見せかけて、軍が仕組んだサクラの可能性だってあるだろうっ!なぜ、我々の犯行だと断言する!」
自分たちではない。それよりも、自分たちの組織が目障りな軍が自分たちの犯行と思わせたようにしたんじゃないか、と主張する主催者の男。
拘束された青年は簡易的に警察官が話を聞こうとしているが、一切口を開こうとせず反抗的な目で警察官たちを睨みつけるだけだ。指揮官の警部補はここでこのまま話を聞いても埒があかないと判断し、とりあえず青年を警察署まで移送しようと考えていたところに、第三者の声が背後から届いた。
「我々がそんな面倒なことをするわけないじゃないですか」
警部補が後ろを振り返れば、基地から軍服姿の男が姿を見せた。
腕には「警務」という腕章が巻かれており、男が憲兵にある「空軍警務隊」に所属していることが一目でわかった。基地に対してのテロ攻撃ということで捜査に関しては空軍警務隊も参加することが法律的に認められていた。
「お早いお出ましですね。西原中尉」
「そりゃ、眼の前でこんな騒ぎを起こされたらすぐにでも動きますよ」
「そちらへの被害は?」
「負傷者は幸いなところいません。被害事態も軽微ですが――まあ、だからといって見過ごせるものではありませんから。当然、我々もそちらの捜査に加わります。よろしいですね?」
「もちろん――それが規則ですから。とはいえ、メインはあくまで我々が行うことはお忘れなく」
そう言ってお互い火花を散らす両者。
あまり仲が良さそうに見えないが、実際のところ両者の関係はあまり良くはない。ただ、これ以上睨み合っても仕方がないという分別はあるので二人は揃ってそれぞれから視線を外し、未だに権力への不満を垂れ流す主催者たちへ視線を移した。
「軍がそれをする理由がないだと?嘘をつくなっ!貴様らは常に裏で自分たちの都合の良い事態が起きるように操作を行っているだろう!」
「そう思う根拠は?」
「それが権力というものだからだっ!」
話にならないと、西原はため息を吐いて主催者から視線を外す。
まあ、もとより彼らと会話になるとは西原たちも考えていなかった。ただ、拘束されこれから警察署へ移送される青年が、彼らの関係者かどうかを確かめたかっただけだ。彼らのことだからすべて「政府の陰謀」で片付けると思ったがその通りだった。
実際のところ、主催者側も内心で焦っているのがわかる。
彼らが行っている抗議活動は一種のパフォーマンスだ。
付近にいる記者たちの一連の抗議活動を取材させて、彼らを通じて自分たちの主張を届ければ彼らはそれでいいのだ。それで、政府が動ければなおのこといいが、そんなことは有りえないことは彼らも理解しているのだ。
学生運動が全盛期の時代と今では、そもそも彼らに対する世間の目も違う。
学生運動全盛期――東西冷戦の代理戦争によって各地が紛争が相次いでいた時ならば、彼らの主張を支持する世論の声は比較的多かった。
しかし、その流れを止めたのは彼ら自身だ。
端的に言えば、彼らは暴れすぎたのだ。
一部勢力が、先鋭化し国内外で大規模なテロ行為に加担するようになると、彼らの嫌う「権力」は徹底的に彼らを排除する方向で一致する。なにせ、彼らはれっきとしたテロリストなのだから。彼らの巻き起こしたテロによって民間人に被害が出始めると、彼らに同情的であった世論も彼らに対して否定的になった。さらに言えば、身内での内輪もめも起こり組織は弱体化することになった。それでも、「市民団体」という形態で未だに生き残り続けているわけだが、かつてのような勢いは一切なく、公安などから「監視対象」として常に監視されていた。
「ともかく、貴方たちにも色々と話しを聞きたいので署までご同行願いますかな?」
「断るっ!」
誰がお前たちの言葉に従うか、というように主催者の男は顔を背ける。
「任意同行の形で来ていただけるほうがお互いのためといっても?」
「警官が民間人を脅していいと思っているのか!?」
「脅しではなく確認です」
まあ、このままいけば「公務執行妨害」で逮捕になるから素直に応じたほうがいいだろうがな、と警部補は内心で呟く。それを言ったところで「脅しには屈しない!」などと言われるだけだろうが。
彼らのような強い思想を持つ人間の相手をするのは苦労する。
落ち着いて話を聞くということはまず出来ない。相手が、それだけ政府や警察組織に強い不満や不信感を持っているからなのだが、主催者もまた今回の件「関係者」なのだから、警察としては色々と話しを聞くしかないのだ。
マリアナ諸島 グアム島 アカハラ市
南洋警察庁 アカハラ警察署
基地に火炎瓶を投げ込んだ青年の身柄は、最寄りのアカハラ警察署に移送されていた。アカハラ市はグアム島北部にある人口4万人ほどの市で、グアム北部では最大の街だ。
海沿いはリゾート開発されているが、基地がある周辺は大規模な開発はされていない。警察署は市街中心部にあり、その建物は日本本土でもよく見られる無機質な鉄筋コンクリート造のものだった。
「なんでこんなことをした?」
「……」
警察署の取調室に青年はいた。
目前には険しい顔をした刑事がいるが、刑事の問いかけに青年は一切口を開こうとはしない。これが、ドラマならば刑事が「なにか言ったらどうなんだっ!?」と声を荒げるだろうが、現実ではそこまで気が荒い刑事というのはいない。まあ、確かに中には恫喝まがいのことを言う刑事もいるのだが、少なくとも青年の取り調べを担当している刑事はそこまではしない。
「中々口を割りませんねぇ」
別室には空軍警務隊の西原中尉がいた。
取り調べが始まって1時間経っているが、状況ははじめの頃から一切変わっていない。気の短い警官ならばいい加減苛々している頃だろうが、取調室にいる刑事はかなり気が長いようで険しい顔のまま、青年のことを睨んでいた。
「まさか、グアム以外にも同時に三箇所で同様のテロ行為が行われるとは思いませんでしたが」
西原がボヤくように呟く。
そう、同様の事件がほぼ同時刻に別の場所でも起きていた。
いずれも、市民団体による抗議集会が行われていた基地の前で何者かが火炎瓶を投擲している。いずれの基地も大きな被害は受けていないものの、現場は一時騒然となったのはグアムの件と同じだ。
いずれも、抗議集会の最中に行われたということもあって実行犯の身柄は当時、警備していた警察によって迅速に確保されたが、いずれの実行犯も黙秘を続けているという。
「何らかの組織による計画的犯行の可能性が高いだろうな」
「問題は、そんな組織の大半がすでに機能していないということですが」
かつて日本中で暴れまわった。所謂「新左翼」と呼ばれる過激派勢力の殆どはすでに警察などの取締によって崩壊している。いくつか組織事態は残っているが、その殆どはソ連や北中国の工作機関に吸収されていたが、こちらも転移後に行われた公安の一斉取締によってほぼ崩壊していた。
「国粋主義者も怪しいが……」
「最大組織の『皇民党』はテロ未遂で壊滅しているはずですが」
「そうなんだよなぁ……」
現時点で怪しいと考えた組織はいずれも転移後に崩壊している。
もちろん残党はいるし、残党同士が手を組んで今回のような計画を企てた可能性もあるが、組織同士の仲が極めて悪いことを考えると組織だった動きが出来るか微妙なところであった。
「実行犯がすべてを知っているとは限らないにしても、何かの情報はほしいんだがなぁ……どこで実行犯を募ったとか」
「やはりSNSあたりでしょうかねぇ」
「可能性が一番高いのはSNSだろうな」
予想以上に規模が大きそうな事件に両者は頭を抱えた。