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正暦2025年 1月3日
ユーラシア大陸 カムチャツカ半島南方沖
中華人民共和国 人民解放海軍 東海艦隊
かつて、日本列島が横たわっていたユーラシア大陸東方。
しかし、今では蓋をしていた日本列島は消え。その代わりに無数の島々が散らばるようにして点在していた。これらの島々は近隣のソビエト連邦と中華人民共和国がそれぞれ軍を競争するように派遣して確保を進めていた。
現時点で両者が新規に保有した島の数はほぼ五分。
現在は両者が確保した島の中間付近にある島を巡って争奪戦を繰り広げていた。
カムチャツカ半島の南方沖に沖縄本島程度の大きさをした島があった。
この島を目指して北上しているのが中華人民共和国の実質的な海軍である人民解放海軍の東海艦隊の艦艇だ。
この艦隊は075型強襲揚陸艦1隻と。071型ドック型揚陸艦2隻。052D型ミサイル駆逐艦2隻。054A型フリゲート艦4隻によって構成されていた。どの艦艇もこの10年ほどで就役した新型艦であり、特に強襲揚陸艦である075型やドック型揚陸艦である071型は南西諸島や台湾方面への強襲上陸を想定して建造された揚陸艦で、護衛艦である052D型は多機能レーダーを搭載した多機能駆逐艦。054A型フリゲート艦は中型汎用戦闘艦でそれぞれこの10年あまりで20隻以上が量産整備されていた。
仮想敵は日本海軍とアメリカ海軍の機動艦隊であり、そのために最近になって原子力空母まで整備するなど北中国は海軍の整備に多額の予算を投じていた。転移前までの北中国は渤海や黄海にしか接していなかったのを考えるとあまりにも過剰といえる投資だろう。だが、その過剰投資のおかげでこうして領土拡張を進めることが出来ているわけで海軍上層部は「この投資は無駄ではなかった」とご満悦だったという。
「ソビエトの連中がやってくる前に島を確保しなければならない。これはスピード勝負だ」
と、旗艦である075型強襲揚陸艦「安徽」の艦橋で語るのは艦隊司令官の少将だ。上層部からは「ソビエトとはなるべくやり合うな」という指示が来ている。というのも、これらの島の確保は北中国からすれば「前哨戦」にすぎない。
北中国の真の目標はユーラシアの東方にあるオーストラリアほどの大きさをもった大陸だ。この大陸には文明国家があることが判明しており、人民解放軍上層部はこの大陸に上陸して一部の制圧を画策していた。
「提督。どうやら、ソビエトの太平洋艦隊が近くにいるようです。この大きさからして『ブラモフ級』かと」
「骨董品の巡洋戦艦を持ち出してきたか。空母はいないのか?」
「現時点では空母は発見出来ていませんが、おそらくは離れたところにいるのではないでしょうか」
「どうやら、あちらはそれほど本気で我々を抑えようとは考えていないようだな」
おそらくは東海艦隊の戦力を把握するためと、艦隊を威圧するために太平洋艦隊の主力艦の一部を付近においているのだろう、と少将は考えた。
ソ連の太平洋艦隊は、北海艦隊に次ぐ規模を持つ大規模艦隊だ。
空母が2隻。更に少将が「骨董品の巡洋戦艦」と皮肉った重原子力ミサイル巡洋艦が1隻。それ以外に巡洋艦4隻など主力艦艇40隻あまりが太平洋艦隊に所属している。ただし、艦艇の近代化は財政不安とソ連軍の西方重視姿勢によって遅れていた。近年になってようやくフリゲート艦などの更新が行われているが主力の戦闘艦は最も新しい空母でも25年が過ぎており、重原子力ミサイル巡洋艦などはすでに就役から40年以上たっていた。
一時間後。艦隊は目標の島の沖合に到達。
揚陸艇が島に接眼し、島に海軍陸戦隊が上陸した。
島は無人島であり、海岸には陸戦隊員が北中国の国旗を突き刺した。
その間、ソ連艦隊は島から少し離れたところで待機したが二十分ほどで島から離れていった。
ソビエト連邦海軍 太平洋艦隊
重原子力ミサイル巡洋艦「ウラジオストク」
「人民解放軍の島への上陸を確認しました」
「よし、引き上げる」
「よろしいのですか?」
「今は奴らと事を構える暇はないからな」
人民解放軍の動向を監視していたソ連太平洋艦隊所属の重原子力ミサイル巡洋艦「ウラジオストク」の艦長は人民解放軍の島への上陸を確認してすぐに基地へ戻るように乗員たちに指示を出す。これに、士官の一人が思わず聞き返したが艦長は面倒くさそうな表情を浮かべながら頷く。
ソ連の太平洋艦隊は北方艦隊と並ぶソ連海軍の主力だ。
仮想敵は日本海軍とアメリカ海軍でありそのために二隻の空母や巡洋艦2隻などを配備し、多数の潜水艦も運用していた。しかし、北方艦隊に比べれば装備の近代化は遅れている。これは、ソ連政府が極東をそれほど重要視していなかったのが大きいだろう。日ソ戦争などによって樺太を失い。更に東欧革命などによってソ連は西側陣営とよりモスクワに近いところで対峙することを余儀なくされたことから兵器の近代化はより重要性の高い国の西側で重点的に行われ、極東に関しては後回しだ。
(なにせ、空母は2隻とも北方に出払っているからな)
空母がいるならば多少の「嫌がらせ」くらいはできただろうが肝心の空母が不在ならばとれる手段は限られる。ウラジオストクには2隻の空母が所属しているが2隻とも今は別任務でウラジオストクを離れている。その別任務というのが西側と北側に出現した大陸に関係している。政府は、この二つの大陸の内、どちらかへの軍事侵攻を検討しておりそのためには空母が必要だった。現在、ソ連海軍が保有している空母は5隻。そのうち2隻は北方。2隻は太平洋。1隻が黒海にそれぞれ配備されているのだが北方の2隻だけでは空母は不足するため、現時点で脅威度の低い極東から2隻の空母を北方艦隊へ一時的に転属することを海軍本部は決定したのだ。
そのため、今現在ソ連太平洋艦隊には空母は1隻もいない。
また、新型の駆逐艦なども空母の護衛についたので現在太平洋艦隊に残っているのは古い艦艇だけだった。古い艦艇といっても人民解放軍と対峙するには十分であるし、更に潜水艦はほとんど残っているので人民解放軍が仕掛けてきてもしっかりと対処することはできるのだが、だからといってソ連側から仕掛けることは難しく。こうして、監視するしかやることがなかった。