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 新世界歴2年 3月20日

 北海道 南千島 国後島



 南千島でスクープを探してこい――と上司に命じられたタブロイド紙の若手記者の愛川は2日たっても未だにめぼしいネタを拾えないことに焦りを感じていた。

 愛川はこの2日間、国後市を中心に観光客に扮して地元住民などに色々と話しを聞いていたのだが、特に住民たちからスクープを感じさせる情報を引き出せることはなかった。ソ連が消えたことに安堵する声が多く、島に駐屯している軍に対しても特に悪感情を持っていない――むしろ、軍がいるからこそ今の島があるという好意的な意見ばかりだった。

 まあ、これは国後島だけではない。基地のある街では軍に対して好意的な意見を聞けることが多い、これは、基地が地域経済にとって必要不可欠なものだからだろう。基地には地域住民が多く「軍属」という形で働いている。安定した給料を得ることができるし、自治体にとっては基地があることで金銭的な恩恵も得られる。

 もちろんそれは間違いだ、と主張する声だって一部には出ている。

 様々な恩恵をつけることで「基地」という存在を地方に押し付けているという意見だ。主に、リベラル系の政党や市民団体を中心に上がっている声で、メディアもかなり積極的に取り上げているが世論単位でこの話題が盛り上がることは少ない。

 愛川が所属している週刊誌も結構頻繁にこの手のネタは記事にしているが世間の反応は今ひとつだ。そのたびに、記事をかいた先輩記者が荒れに荒れていたのを思い出す。その後の飲み会で大酒を飲んで「なんで世論は理解できない!」という愚痴を延々と聞かされるので愛川にとってはたまったものではなかったが……。



「あんた、ゴシップ誌の記者だろ?」


 居酒屋で一杯やっていると近くに座っていた初老の男に声をかけられた。

 その言葉に愛川はすぐに手を止め、男の顔を見る。

 男は日本人としては彫りが深い欧米人風の顔立ちをしており、おそらくはロシア系移民の血をひいているのはすぐにわかった。


「き、記者なのは事実ですが……」


 愛川は記者であることは認めたが。自分が務めているタブロイド紙が世間一般では「ゴシップ誌」と言われているのは理解はしているが「はい、ゴシップ誌の記者です」などとバカ正直に答える度胸は愛川にはない。

 男も愛川の反応にはさして気にしていないようだが、それでも怪訝な顔をしながら言う。


「この島にはあんたらがほしいスクープなんてものはないぞ?」


『スクープ』の部分で嫌そうに顔を顰めた男。

 一時期、独立運動が盛り上がった時代に国後島にも運動家を取材するために東京などから多くの記者が国後島にやってきて自由奔放な取材活動をし住民の反感をかったことがある。男はその頃のことを思い出していた。

 一方、愛川は言葉通りに受け取り内心では「ああ、やっぱここにはそんなネタはなかったのか。編集長め嘘を教えやがったな……」と、自分を国後島へ向かわせた上司への怒りをためていた。


「あんた。20年前にあった独立騒動のことは知ってるか?」

「え、ええ。話にはですけれど……確か、樺太と千島列島で日本からの独立を求める動きが強まったという」


 より正確にいえば、樺太・千島に暮らすロシア系住民が立ち上がった――という報じ方をされたのが正しい。報じたのは大手週刊誌。そこから情報が拡散していき様々なメディアがこのことを取り上げ、多くの記者たちがそれを確かめるべく樺太や千島列島に飛んだ。

 まあ、実際にはソ連による工作活動の一環であり。独立運動家に扮した工作員が週刊誌記者の取材に応じて嘘八百を並べただけなのだが、その記者は工作員の情報を鵜呑みにしてそのまま記者にしたのだ。

 裏取り取材をしていればこんな騒動に発展しなかっただろうが、大手週刊誌とはいえその記者はアルバイトなども多く「とにかく特ダネになればいい」という考えで裏取り取材を面倒がってやらない記者も多く、それは今でも変わらない。

 それによる報道被害というのは毎回のように問題になっているのだが、政府としても、だからといってメディアを規制しようとすればすぐに「言論弾圧」などと騒がれるだけに「モラルをもった取材行動をお願いしたい」という要請くらいしかできなかった。

 大手新聞社などはさすがに世間の風当たりというのを気にするのだが、週刊誌などは「売れればいい」という考えが未だに主流であるし、世間からの風当たりが強くても雑誌が売れればそれでいいので、未だにおざなりな取材が続けられていた。

 タブロイド紙の考えも似たようなもので、新聞記者など同じメディア仲間からはあまり良く思われていなかった。



 さて、声をかけてきた男だが。彼は地元新聞社の記者だった。


「定期的に東京から一発スクープ狙いの同業者がやってくるんだが、そいつらの殆どはなにかのトラブルを起こす。過去の誤報騒動もあってこの地域の人間は外から記者というのは基本的に信用しないからな」

「な、なるほど……」


 地元記者の言葉に表情を引きつらせる愛川。

 なにせ、彼がやろうとしていたのはその「一発スクープ狙い」だからだ。地元記者も愛川の様子から、彼もこれまでやってきた記者と「同類」であることは察していた。もっとも、それが愛川自身が望んでやってきたとまでは思わなかったが。


「まあ、アンタも上司の命令に渋々従ってるんだろうが。大人しく帰るのをおすすめする。択捉島にいっても答えは一緒だしな。南千島にはあんたらが欲しがるような『ネタ』は一切ないよ」


 地元記者はそれだけ言い残し席をたった。

 これは、一種の忠告なのだと愛川は察した。

 とはいえ……。


(何も得ずに東京に戻るなんて出来るか……)


 愛川には東京へ戻るという選択肢はなかった。

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