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 新世界歴2年 3月18日

 日本皇国 北海道州 国後島



 国後島。

 北海道東部の沖合に浮かぶ千島列島南部「南千島」にある島で、千島列島の中では択捉島についで二番目に大きい島だ。北海道本土からも比較的近いため対岸の標津あるいや根室などから定期の旅客船が発着していたり、島の南部には空港もあるため札幌の丘珠や新千歳などから旅客機が数往復発着しているなど、択捉島と並んで千島列島の中では比較的アクセスのいい島だ。

 この島には約10万人が暮らしている。

 千島列島の中では択捉島についで二番目に多く、特に北海道にほど近い南部の国後市には島の人口の半数が居住している。

 国後島は千島列島南部の要衝であり、古くから軍事施設が島の各所に置かれていた。現在は、千島列島全体を管轄する第27歩兵旅団の駐屯地があり更に国後空港には空軍基地が併設されていた。

 樺太や北千島に比べれば自然環境もそれほど厳しくはないため、観光シーズンには択捉島と共に国後島へ向かう旅行プランもあり主に避暑と手つかずの北の大自然を見るために訪れる観光客も多い。

 とはいえ、長い冬のシーズンは観光業界にとってはオフシーズンだ。

 海に囲まれた島とはいえ、国後島の冬も本土に比べればかなり厳しく寒気と低気圧などの要因で海が時化ていたり、あるいは風の影響で海路や空路が揃って使い物にならず北海道本島から物資が届かない――なんてことも日常的に起きる程度には島の環境は厳しいものだった。



 国後島南部にある国後市には別海や根室からの定期船が発着する港や、国後島の空の玄関口である国後空港がある。人口は5万人で南千島の中では択捉島にある択捉市に次ぐ人口を抱える自治体だ。

 住民の多くは全国各地から開拓のためにやってきた移住者か、あるいはロシア革命の混乱から逃れるために日本へ亡命してきた王党派や民主派のロシア人や少数民族たち――いわゆるロシア系日本人が多い。

 ロシア系日本人の人口が最も多いのは樺太であるが実は北海道――特に千島列島も樺太についでロシア系日本人の数が多く、全人口の4割ほどを占めており、文化などもロシアや北欧から持ち込まれたものが日本文化に融合する形で独特の「千島文化」と呼ばれるものが形成されている。

 まあ、日本の文化そのものが様々な地域から流入したものが進化したものなので特段に珍しいことではないだろう。


 さて、千島列島の中にも一時期「独立運動」なるものが起きていたことがあった。ただ、これは別に住民たちが意図的にお越したものではなく、日本国内を混乱させることを目的としたソ連による工作が発端だった。

 しかし、当時の日本メディアはそれのことに気づかずかなり活発な報道を行い。当時は国会でも進歩系の野党などを中心に「千島列島で独立の是非を問う投票をすべきだ」という意見が続出した。

 それならば、と当時の政府はちょうど同じように独立投票が行われる予定であった樺太と一体的に住民投票を行うことを決定し、実際に「民意」を確認した所、千島列島の有権者の97%が日本残留を望んだ。投票には当時の有権者の9割以上が行っていたため、メディアなどが盛んに報じていた「千島列島独立が高まっている」というのは全くのデタラメであったことが世に知られ、メディアへの評価がガタ下がりしてしまう――といった出来事もあった。

 後に、ソ連が樺太や千島列島で工作活動をしていたことが明らかになるとこの問題を大々的に取り上げた進歩系野党まで「ソ連のスパイではないか?」と標的にされ結果的にその政党は他の政党に飲み込まれる形で姿を消している。そして、所属議員の多くは新天地に移った後の選挙で落選した。


 こういった出来事があったからか、千島列島の住民はメディア――特に外からやってきたメディアのことを快く思っていないと言われている。特に東京に本部を置く大手メディアほど彼らは嫌っていると。

 これは、メディアが大々的に報じた結果。千島の住民は独立意識が強いと世間に思い込まれ、一時的に観光客が来なくなるなど経済的にダメージを受けたのが大きいと言われている。

 実際のところは独立意識なんて一切ないのに、千島列島と関係のない人間を「独立運動に携わる現地住民」という形で取材したのが住民の逆鱗に触れたというのが正しいだろう。

 以後、千島列島の住民はメディアの取材にあまり協力的ではない――排他的であるという風潮が主にメディア業界を中心に広がることになるが。これもまたメディア側が勝手に作り出した虚像の一つに過ぎない。



「さぶっ……3月だってのにこの寒さはおかしいだろ」


 国後空港に到着した札幌からのプロペラ機から外に出た青年は3月とは思えない寒さに身を震わせながら悪態をつく。

 青年は、東京に本社を構えるタブロイド紙を発行している出版社に所属している記者だった。

 青年は、記者として4年前に入社した。本当は大手新聞社への就職を目指していたが、結果的に就職できたのは世間からあまり良く思われていないタブロイド紙を発行している出版社だった。タブロイド紙でも新聞は新聞なので新聞記者を名乗ることは出来るが、取り扱うのは芸能界や政界のスキャンダルなど真意不明のものが多い。

 取材にいっても取材先からは嫌な目で見られるし、先輩たちは「多少盛ったほうが真実味が出る」などといって下調べもせず、物語のような記事を書く始末。なによりもひどいのはそんな嘘情報に踊らされる世論だ。

 自分はこんなことをするためにこの業界に飛び込んだわけでもないのに――といった不満が青年の中に燻り続けていた。

 今回の国後島への取材もいうなれば「ネタ探し」だ。

 上司に「南千島に取材へいけ」と唐突に命令されたのは二日前。青年が行くのは確定事項だったようで、新千歳への航空機のチケットと丘珠と国後を結ぶ航空機のチケットがその場で手渡された。

 なぜ、南千島へ取材へ行かなければいけないのかはわからない。

 その場で上司に聞いても「いいから行って来い」としか言われなかったからだ。


(メディア嫌いで有名だったよな……一体何を取材すりゃいいんだよ)


 これで何も見つけられませんでした、となったら上司から叱責が飛んでくる。「お前は一から十まで言わないと取材出来ないのかっ!」などと言われるだろう。だからといって、上司が望んでいるようなスキャンダルがこの千島列島に眠っているとは青年には思えなかった。


(ともかく、宿へ向かうか)


 宿代も一応会社が出してくれるが、高級ホテルなど当然ながら泊まられるわけがなく空港近くの大手ビジネスホテルに一週間宿泊することになる。つまり、一週間以内に「ネタ」を見つけてこいということだ。

 上司の無茶ぶりに再度愚痴りそうになりながら、青年は空港近くにあるホテルへ向かって歩いていった。



 国後空港は国後市の郊外にあり、市街地までは車で10分ほどの距離にある。ホテルでチェックインを済ませた青年は情報を集めるために人が多くいそうな市街地へ向かうことにした。

 空港から市中心部へ向かうバス路線が設定されており日中時間帯は毎時2・3本と地方都市にある空港アクセスとしては中々に便利なダイヤが組まれておりさして待つこともなく市街地へ向かうバスに乗ることができた。

 空港と市街地のアクセスを重視したバスなので、利用者の多くは空港から市街地へ向かう人達が多いと思ったが住宅街なども通るためか、途中の停留場からも多くの利用があり、利用者が少なくなりがちな平日昼間の時間帯にもかかわらず立ち席が出るほどに利用者は多く、そのことに青年は内心で驚いた。



 空港からバスで10分ほどにある国後市の中心部は、本土にある同程度の人口を抱える都市に比べてかなり発展しており、人通りも多くかなり賑わっていた。


(編集長は一体なにを気にしたんだ?特になにか問題が起きているように見えないけど)


 中心部の商店街を歩きながら青年は内心で首を傾げる。

 バスの車窓から見た街の様子を含めて特になにか異常が起きているようには見えない。青年の目には本土の地方都市よりも活気に満ちている――以外には気になるところはなかった。

 だが、長年この業界にいる編集長が何の根拠もなく「南千島へいけ」などと言ってこないのでおそらく何かが南千島で起きているのは確かなのだろう。問題は、その情報をどうやって東京にいる編集長が知り得たのか……だが、これも長年の人脈によるものなのかもしれない。

 問題は、南千島の住民は記者を毛嫌いしているということ。


(……一週間で見つけるなんて無理だろう)


 軽く絶望する若い記者なのであった。

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