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 新世界歴2年 3月13日

 フィデス人民共和国 アディンバース

 内務省



 クーデターが発生してから2日。

 最後まで親衛隊が抵抗していた総統官邸もこの日の未明に制圧され、クーデター勢力の勝利という形でクーデターは幕を下ろした――とはいっても、単に政権が打倒されただけだ。

 やらなければいけないことは山積みになっており、政治経験が乏しい軍人たちがそれを片付けられる能力はない。そのため、指揮官であるグレイム大佐は政府内の穏健派とされている閣僚たちに協力を要請していた。


「まず、最優先で片付けなければならないのは独立宣言している地域に関してと、アメリカとの停戦交渉だな。戦争を終わらせなければ内政に手を回す余裕はない」


 穏健派の筆頭ともいえる内務大臣の言葉に集まった穏健派の閣僚や官僚たちは同意するように頷く。

 現在、フィデスから独立を宣言しているのは北部にある4つの州。

 更に3つの州が近日中に独立宣言する可能性が高いと言われている。これら7つの州はいずれも、半世紀前までは独立した国であったがフィデスによる軍事侵攻を受け最終的に併合された州だ。もともと、フィデスからの独立意識が強い地域であり、フィデス政府も独立心が高い彼らを冷遇しており結果的に併合後は中央から見放された地域であった。


「独立を宣言した北部はどうする?軍を向かわせるか?」

「向かわせたところでアメリカがいるのだろう?そのまま独立させてアメリカとの均衡地帯にすべきだろう」

「領土の一部を喪失したとしれば世論が騒ぐと思うが……」

「どうせ、ほとんど放置していた地域だ。今更、中央が乗り込んできても現地住民は納得はしない。泥沼の内戦になるほうが国にとってはマイナスだ」


 北部の扱いに関しては閣僚たちの意見も割れていた。

 せっかくの領土を手放すことに難色を示す閣僚も多いが、かといってこれまで政府が北部地域に行っていた冷遇を考えると今更「我々の領土だ」といっても北部の住民に受け入れられるものではないというのも彼らは理解していた。理解していたから彼らは「穏健派」なのだ。理解していなければ、この場にはいない。


「――そちらはどう考えているんだ?」


 内務大臣がそれまで黙って話を聞いていた軍服の男に話を向ける。

 彼はクーデター軍から派遣された若手将校であり、クーデター軍ではグレイム大佐に次ぐ副司令官のポジションにあった。

 話を向けられるのをわかっていたのか、彼はさして考え込む仕草も見せずに口を開いた。


「我々としてはすでに独立を宣言している地域の独立は認める方針です。元々レジスタンスの活動が活発で中央の力が行き届いていない地域ですから。軍を派遣したところで鎮圧は難しいです。もう少し、中央が北に目を向けていれば状況は変わっていたでしょうが……」


 最後はおそらく当人は皮肉のつもりで言ったわけではないのだろうが、閣僚からすれば「お前たちがもう少し総統などに意見していれば変わったかもしれない」と言われた気がしたので一様に表情が険しくなる。

 もちろん、そんな意図は中佐にはない。ただ、思ったことを口にしただけだ。


「……そちらの考えはわかった。おそらくアメリカも独立宣言をしている州の独立を認めるように要求してくるだろう。これまでならば突っぱねる話だが、今の我が国の状況を考えれば飲み込むしか無いだろう」


 それに伴う国内の反発はこの際考えないことにする。

 この場に集まった閣僚たちにとって重要なことはアメリカとの戦争を早期に終わらせることだった。


「それで、どうやって向こうと接触するんだ?」

「向こうがこれまで呼びかけてきたルートを使う」

「つまり――アトラスか?」

「そうだ。アトラス大使館を経由してアメリカ側と接触をとるのが現実的だろう」


 アトラスと対立しているフィデスであるが実は外交関係はきちんと結んでおり、それぞれに大使館もおいている。まあ、紛争があるたびに双方の大使を追放し合っているのだが。ただ、転移後に関してはまだ両国の大使がそれぞれの国にとどまっているので、そのルートを使ってアメリカと接触することにしたのだ。

 アメリカがフィデスに対して交渉を呼びかけたのもこのルートを使っていた。


「向こうは応じてくれるのだろうか」

「今更すぎるが……それしかないだろう」




 新世界歴2年 3月15日

 アメリカ合衆国 ワシントンD.C.

 ホワイトハウス



 フィデスでクーデターが発生し、政権が崩壊した――という報告がアメリカに届いたのはその翌日のことだった。最初にこの情報に接したNSAの担当者は信じていなかったが、裏付けをするうちにどうやら事実であることを知ると慌てて詳細を知るために奔走することになる。

 そうしてある程度まとまった情報が、クロフォードのところに届いたわけだが。その報告書をよんだクロフォードの表情はすぐに渋いものになった。


「……軍の一部が蜂起したにしても政権が崩壊するのが随分と早い気がするのは私だけか?」

「いえ。私も意見は同じです。中枢たる総統官邸の防備はかなり整えられていた――と現地に潜入させていた諜報員から報告を受けていますし」


 クロフォードの呟きに同意するのはCIA長官だ。

 フィデスを含めたフィロア大陸にはCIAの工作員が何人か潜入していた。幸いなことにフィロア大陸の人種は白人種と同じであり言語に関しても地球のものとほぼ変わらなかったことから、主にフィロア大陸における情報収集にあたっていた。首都であるアディンバースにも数人の工作員が潜伏し、総統官邸を含めた政権の中枢といえる施設も調べていた。


「官邸内部にクーデターの同調者がいたのだろうな。だからこそ、あっけなく体制は崩壊した――ただ、あまりにも呆気なさすぎると思うがね」

「同感です。仮に停戦交渉が妥結しても、今後フィデス国内――いえ、フィロア大陸は大きく荒れるでしょうね」

「その影響を我が国も受けることになる可能性は?」

「十分にありえるかと。なにせ、我が国に弾道ミサイルを打ち込む国です。政権を追われた総統派が過激化する可能性は十分に高いかと」

「そうか……まあ、我が国自身の手で政権を転覆させるよりはマシなのかもしれないな」


 クロフォードはそういいながら少し遠い目をする。

 これまで、アメリカが手を出した紛争などで幾つかの政権が転覆してきたが、新体制はいずれも失敗に終わっていた。いずれの国も混乱が長期化し、反対勢力が武力蜂起する形で泥沼の内戦に発展するのだ。

 だいたい、アメリカが介入した後の政権は「民主主義」をアメリカ主体で導入するのだが、基本的に現地の事を考えない上から押さえつけるような方針なのではっきり言ってうまくいくわけがないのだ。そして、泥沼の内戦になると治安維持しているアメリカもダメージを受けることになる。はじめは世論も「正義の味方」に酔いしれるが、状況が悪化すれば手のひらを返したように政府を叩き始める。支持率というのは時の大統領にとってかなり重要なので、結局は元以上にボロボロになった相手国をおいてアメリカ軍が撤退する――などということをこの半世紀あまりで4回繰り返した。

 これには、長年の同盟国である日本まで「アメリカは自国の思想を押し付けすぎている」と苦言を呈するほどで、対立しているソ連などからも「アメリカは傲慢だ」とアメリカ攻撃の材料にされているし、途上国を中心にソ連や北中国へ接近する国まで増えていた。

 近年のアメリカは他国への積極的な軍事介入は避けているが、これは今のアメリカに他国へ軍事介入できる余裕がないだけだった。

 今回、異世界に転移して初めて本格的に他国に攻め込むことになったがこれも政府内部では最後まで慎重な意見が多かったほどに、過去の失敗はアメリカ政府にとって一種の「トラウマ」になっていた。



 新世界歴2年 3月16日

 アトラス連邦共和国 フローリア諸島沖



 アトラス連邦の北方、フローリア諸島沖の洋上を幾つもの軍艦が南下していた。つい先日、アトラスに対して宣戦布告を行ったガリア帝国海軍の主力艦隊だ。

 艦隊の陣容は空母2隻。巡洋艦3隻。駆逐艦11隻。その他輸送艦など40隻あまりからなる大艦隊で、陸軍の上陸部隊約5万人も同行している。ガリアの陸軍戦力からいえば1割ほどの兵力だが、ガリアが輸送出来る規模は大きく超えているので民間の貨物船なども強制的に徴用する形で兵士を輸送していた。

 これは、ガゼレアがとった手法とほぼ同じだった。



「おそらく、ガリアが出せる最大限の戦力を投入していると見ていいだろうな」

「そうですね。ガリアの海軍力に関してはあまり情報がまわってきていなかったですが、少なくともフィデスと同等かそれ以上はありそうです」


 少し離れたところで、ガリア艦隊を監視している潜水艦はアトラス海軍のものだ。ガリアが宣戦布告してからアトラス海軍は予想進路先に多数の潜水艦を配置していた。そして、今回そのうちの1隻がガリア艦隊の姿を発見することに成功した。この情報はすぐに本国の司令部に知らされていた。

 ガゼレアと同じく、同じ世界にありながらもガリアに関する情報をアトラスは殆ど持っていない。極東地域はアトラスからみればかなり離れているし、さらに「人間主義」を掲げる国とまともに交流をすることもできないからだ。これで、アトラスの近くにあるならば情報収集を必死にしていただろうが、そうでもないのであくまで最低限の情報しか持っていなかった。


「もう少し情報があればよかったんだがな」

「仕方ありませんよ。ガリアとぶつかるなんて基本的に想定すらしていませんでしたから」

「そうだな……フィデスやルーシアとならば想定できたが。極東の人間主義国家と戦うなんてそれこそ『終末戦争』を想定していなければありえないからな」

「でも、この世界の現状はある意味『終末戦争』では?」

「……そうかもな」


 彼らのいた「アーク」においても、世界を滅亡に追い込む「終末戦争」がいつおきてもおかしくはない、と言われてきた。各国の指導者たちがそこまで愚かではなかったので今日まで「終末戦争」は起きてこなかったが、今のこの世界の現状は核兵器が飛び交う前の「終末戦争」そのものだろう。

 あちこちで戦争が起きているのだから。


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