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 新世界歴2年 3月11日

 フィデス人民共和国 アディンバース



 蜂起したフィデス軍は、初動の対応が遅れた親衛隊とは違い迅速に国家の中枢である官公庁の施設を次々と占領下においていた。蜂起したのは、第1歩兵師団に属する1個連隊ほどだが、アディンバース以外からも蜂起に参加する部隊が続々とアディンバースに入っており、蜂起から3時間でその数は1個旅団近くの規模にまで膨れ上がっていた。

 対する、守備をする親衛隊サイドは他の官公庁が占領されるのは仕方がないとして持てる戦力の大半を総統官邸の防衛にまわしていた。更に蜂起軍に対応するために近隣都市に駐屯している親衛隊を呼び戻していた。ここで軍に応援を出さなかったのは「クーデターを起こした軍は信用できない」という意見が親衛隊上層部の大半だったからだ。

 そういった事情もあり、戦力的には親衛隊が上回っているにもかかわらずクーデター軍の鎮圧には手間取っていた。それどころか、次々と省庁の庁舎がクーデター軍などによって制圧されていた。


 一方で、クーデター軍の最終的な目的地である総統はというと親衛隊の精鋭たちによって今回の事態を知らされて、そのことに激怒しながら官邸地下のシェルターに避難していた。

 脱出の準備ができるか、あるいはクーデター軍が一掃されるまで彼はこの安全地帯とされるシェルターの中にとどまることになる。当然ながら彼は非常に不満そうだ。


「まだ、反逆者を始末できんのか?」


 総統は苛立った様子で護衛である親衛隊員に声をかけるが、声をかけられた親衛隊員はやや怯えたように「も、申し訳ございません」といって頭を下げた。実のところ、護衛にあたっている親衛隊員たちは外の状況をよく理解していなかった。ただ、軍の一部が突然蜂起したということしか彼らは伝えられていない。

 なので、外の状況を尋ねられても答えようがない。

 外との直通電話はあるが、電話をかけたところで外も混乱しているのか詳細な情報を聞き出すことは出来ていなかった。

 ただ、いずれ排除されるだろうと隊員たちも思っていた。



「外の様子は?」

「我々が有利ですが、決定打に欠けます。今後、反逆者に追加戦力がいた場合は押し負ける可能性はあるかと」

「……そうか。では引き続き現場対応を任せる。私は、閣下の安全を確認してくる」

「はっ!おまかせください」


 親衛隊本部にある作戦司令室にいた副司令官は部下にその場を任せて総統の状況を確認するためにシェルターへと向かう。

 副司令官は総司令官と並ぶ親衛隊の重鎮であり、総統からも特に信頼されている人物なのだ。なので、誰も副司令官がシェルターへ向かうことに疑問を持たなかった。


「本当に誰も疑問に思わないのですね」


 副司令には数人の親衛隊員が同行しているのだが、実は彼らは本当の親衛隊員ではなかった。数日前から親衛隊に紛れ込んでいた軍の特殊部隊員だ。今回のクーデターは第1歩兵師団だけではなく軍の特殊部隊も参加していた。


「内部に裏切り者がいるとは誰も思わんさ」

「今でも信じられませんよ。副司令官である貴方が協力してくれるとは」

「このまま戦ったところで我が国の結果は変わらん――これ以上戦えば関係のない住民の被害は増えるだけだからな」

「懸命な判断です」

「とはいえ、仮にクーデターが成功しても我々に待っているのは茨の道だと思うがね」

「覚悟の上です。少しでも早く戦いを終わらせる――そのためには多少の被害は致し方ありません」


 軍特殊部隊を親衛隊の内部に招き入れたのは副司令官であった。

 総司令官に次ぐ親衛隊の重鎮である彼がなぜクーデター軍を内部に招き入れたのか――それは、早期の戦争終結を彼が願っていたからだ。それがたとえ自分たちの主人を裏切る行為であっても副司令官はこれ以上の戦闘継続を望んでいなかった。

 大多数の隊員は前線の様子は知らされていない。

 だが、幹部たちは前線がどういった状況なのかは知らされている。

 はっきり言えばこれ以上戦ったところでフィデスに未来はない――というのが副司令が抱いた感想である。総統はなおも戦闘を続けるつもりであり、総統に心酔している総司令官も同様の考えだが、それ以外の幹部たちは副司令官を含めて勝利を諦めていた。

 これ以上戦ったところで敗北以外の道はない。

 ならば、なるべく早期に敗北を受け入れ再スタートをきったほうがいい。

 とはいえ、副司令官は当初からクーデターに加わるつもりはなかった。総統などを説得する形で戦争を終わらせようと思っていたが、諫言した大臣たちが「反逆者」として拘束されるのを見るうちに説得は難しいと考えるようになった。そんな中、クーデター軍を主導するグレイム大佐に声をかけられたのだ。

 そして、副司令は決意した。

 忠誠を誓った主人である総統を裏切る覚悟を。

 そして、同期の友人でもあった総司令官と袂を分かつことを。

 決意してからの副司令官は秘密裏に軍の人間を親衛隊に紛れさせたり、あるいは総統官邸の内部情報などを提供するといったスパイ行為を内部で行っていた。


(これも国のためだ……)


 友人や総統を裏切ったことに関してはまだ葛藤はある。

 だが、それでも国を守るためならば手段は選んではいられないと思い直す。

 官邸の地下には無数の通路が張り巡らされており、一般の職員などには開示されていない。親衛隊の中でも限られた幹部のみが知っていることだ。当然ながら副司令はすべての通路のことを熟知していた。地下通路へ向かう通路は通常時はすべてロックされているが、そのパスワードも副司令ならばすべて知っているので特に咎められることもなく通過できる。


「官邸の地下にこんな通路があるなんて……」

「歴代総統が徐々に広げていったそうだ。全容を知っているのは当代の総統と親衛隊幹部以外いない」


 その、親衛隊の幹部である副司令官の協力がなければ特殊部隊はこうして総統官邸に侵入することも出来なかっただろう。はじめ、グレイム大佐が副司令に声をかけると語った時多くの若手将校は「親衛隊は信用できない」と反対していた。だが、親衛隊内部に協力者がいれば計画は盤石になる、という大佐の説得で最終的に彼らは納得はしている。

 とはいえ、完全に副司令を信用しているのかといえばそうではない。

 彼に同行している特殊部隊員たちは常に副司令のことを警戒していた。

 それは雰囲気で副司令も感じてはいたが、これまでの軍と親衛隊の関係性を見れば彼らが警戒する気持ちは理解できるだけに不快には思わない。


 地下通路に入ってから10分ほどで総統が避難しているシェルターの入口へやってきた。シェルターの前には武装した親衛隊員がいたが、彼は副司令の姿を見ると居住まいを正して敬礼する。


「総統閣下は中に?」

「はい。30分ほど前から」

「ご苦労。あとは我々のほうでやっておく」

「了解しました」


 隊員は特に何の疑問も持たずにその場を離れる。

 隊員の姿が消えたのを見届けた副司令はシェルターの入口に設置してあるインターホンに向けて「警備の交代にきた」と伝えると、すぐにシェルターの入口であるシャッターが開いた。



「お前だったか。リオス」


 地上の様子が伝わってこず苛々としていた総統は、交代要員としてやってきた副司令を見て表情を和らげた。それだけ、総統は副司令のことを信用しているということだ。まさか、その副司令がクーデターに協力しているとは想像すらしていないだろう。


「地上はどうなっている?反逆者共はもちろん一掃しているのだろうな?」

「ご安心ください。夜が明ける前までに元の状態に戻ります」

「ならいいのだ。この私に反逆するなど……軍は一から作り直さなければならんようだな」


 副司令の思いつきに一切疑問を持たない総統は一瞬安堵した表情を浮かべるがすぐにクーデターに関する怒りで顔を真っ赤にしながらクーデターを起こした軍に対してのペナルティを考える。

 よもや、自分のすぐ近くにそのクーデター軍がいるとも知らずに。


「閣下。ここにいれば安全ですので、そろそろお休みになられては?」

「そうだな。では、ゆっくりと休むとしよう」


 副司令は内心で総統のことを「哀れな男だ」と思いながら表情に出さずに休むことを勧める。総統も特にそのことに疑問を抱くこともなく頷くと、副司令が用意した水を一口飲んだ。その水には無味無臭の強力な睡眠薬が混ぜ込まれており、暫くすると総統は椅子にもたれかかるように意識を失った。

 すでに、その場にいた秘書たちも同じ薬で深い眠りについておりこの場所で立っているのは副司令と彼に同行している兵士だけだ。


「半日は目を覚めることはないだろう。指定された場所へ連れて行く。親衛隊の巡回コースは決まっているから私が先導すれば他の親衛隊に見つからずに総統を外に運べるだろう」

「了解しました」


 副司令の言葉に頷きながら特殊部隊の隊員たちは事前に持ち込んでいた台車と箱を取り出し、箱の中に意識を失っている総統を移動させて、入ってきたのとは別のルートを使って総統官邸の外へと脱出した。幸いなことに道中で親衛隊員にあうことはなく、親衛隊が総統の姿が消えたことを知るのは彼らが脱出してから数時間後のことであった。

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