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 新世界歴2年 3月4日

 神聖ヒューノ教国 テブラス

 ヒューノ大聖堂



 ガリア大陸の北方1000kmほどのところに台湾島の半分ほどの大きさをもった島がある。

 ヒュノス島と呼ばれ、人間主義を掲げる宗教国家「神聖ヒューノ教国」が存在していた。ヒューノ教はかつてアーク内において広く信仰されていた宗教であった。その歴史は古く、当初はごく一般的な宗教で種族差別などを行うようなものではなかったがいつしか「人間は神に選ばれし種族。亜人は神に選ばれなかった種族」などという教えが広まり、そのまま亜人蔑視を行う人間主義を掲げる宗教へと変貌してしまった。

 そのことに反発した者たちが分離する形で現在アークで広く信仰されている「ニュノス教」が作られ、こちらは「すべての種族が平等」という教えを広めており現在までに世界最大の宗教の一つになっている。このように宗教としては没落したといえるヒュノス教であるが、それでも人間主義を掲げる国家では引き続き「国教」という扱いを受けており、そういった国が多い極東地域での影響力は強かった。


「ガリアは正しい道に進みだしたようだな」

「一時は蛮族と手を結ぶ可能性もあっただけに革命が成功して喜ばしいことです」


 大聖堂の一角に、豪奢な装束を身にまとった男たちが集まっていた。

 教皇や枢機卿といったヒュノス教の幹部たちだ。

 ガリアで保守派によるクーデターが発生し、政権が変わったことは人間主義の総本山と言える教会にとって手放しで喜べる情報だ。亜人と融和姿勢を近年見せるようになったガリアに対して教会は苦々しい思いを抱いていた。直接「蛮族に情けをかける意味はない」という不満を伝えているが、当時の首相であるルーリックはそういった追及をのらりくらりとかわし続けていた。

 それでも、国力という部分ではガリアは教国に比べて強大すぎる。

 それ以外の熱心な人間主義国もガリアに比べれば小国ばかりということで教会が呼びかけてガリアに攻め込む――などという選択肢をとることはできなかった。その代わり教会は、ルーリック政権に不満を持つ保守派との関係を密にするようにしていた。

 いずれ、保守派が権力を握ったときに備えてだ。

 その最中に起きたのが転移騒動だ。これによって、教国は大きく困窮することになる。もともと人間主義国家から破格の値段で貿易を行っていた教国であったが転移によってその人間主義国家の多くと連絡がとれなくなった。例外とすればたまたま近くにあったガリアくらいだ。

 ガリアは人間主義国家の中でも最大の国なので物資面に関しては問題はなくなったのだが、ルーリック政権は教国に対しても他国と同程度の負担を教国に求めてきた。教国にとっては「自分たちこそが人間主義の総本山である」という考えがあるだけに、自分たちを優遇しないルーリック政権への不満は更に強まり、更にアトラスとの戦争にも積極的にかかわらなかったことで教国はルーリック政権を「蛮族の傀儡」と強烈に批判することになる。

 ただ、それでもルーリック政権の対応は変わることはなかった。

 おかげで、教国内は物資が不足している。国民にはガリアの傀儡政権が物資を送ってこない、と伝えている。

 まあ、実際には教会幹部たちが送られてきた物資の殆どを自分たちのものにして市場に回さないのが原因なのだが、そのことを指摘する者はこの中にはいない。さらにいえば国民は熱心なヒュノス教徒なので教会本部の言うことは無条件で信じるように刷り込まれているので、教会本部の言うことに疑問を抱くような者もいない。


「神に見捨てられた蛮族どもに手を差し伸べるなど、ルーリックのやつは博愛主義者を気取っていたのか?」

「それを許容していた皇帝も愚かなものです」

「まったくだな。それによって皇帝の椅子から降りることになったのだから」

「新たな皇帝は本来の役割を果たしてくれるといいがな」

「皇族の中にも不満を持っている者たちは多い。保守派が担ぎ上げるならば問題はないだろう――これを機会に絶対君主制を改める可能性はあるがな」

「改めるもなにもガリア皇帝が国を支配していた時代など何百年も前だろう。名目的に絶対君主になっているだけで実際には貴族の傀儡にすぎん」

「まあ、国民を動かすには皇帝の力は今も強力だということだよ」


 この場にもし、彼らの言う神がいるのならば顔を顰めているであろうことを好き放題いう教会幹部たちであった。






 新世界歴2年 3月4日

 オーレトア共和国 首都・レフィアル



 北中国の侵攻を受け国土の半分以上を失ったオーレトア共和国。

 北中国の後ろ盾を受けた革新勢力が政権を握ってからは実質的に北中国の衛星国家のようになっている。北中国との戦争などで軍が実質的に壊滅しているため、同国の治安維持などもダストリアに駐屯している人民解放軍や公安警察にまかせているため、オーレトア国内は北中国本土のような監視社会が形成されるようになった。

 そのことに息苦しさを感じてオーレトアから他国へ脱出する国民もここのところ増えている。多くは近隣のフィステアやセーヴァルに逃げていた。資金に余裕がある者はダストリア大陸の外へと逃れている。そのため、オーレトアの人口は急激に減っていた。北中国が占領しているダストリア自治区は人口は横ばいだが従来からの住民の多くは住み慣れた故郷から離れており、そのかわりに北中国から大量の植民がやってきたため、人口がほぼ変わっていない状態になっておりダストリア自治区は実質的に北中国の一部となっていると言ったほうがいいだろう。

 未だにダストリア自治区で暮らし続けている住民の多くは、他所で生活していく自信がない者やそもそも長距離の移動に耐えられない高齢者や病人などで占めていた。そういった弱者である彼らは息を殺すようにしながら日々生活していた。



「……ここが本当にレフィアルなのか」


 オーレトア共和国の隣国であるゼーファル共和国から一人のジャーナリストがオーレトア共和国の首都であるレフィアルに取材のために訪れたが、まるでゴーストタウンのように人気がまったくない首都の姿に記者は眼の前のことが信じられなかった。


 戦争終結と同時に当時の政権は総辞職。代わりに社会党を主軸とした暫定政権が北中国の介入によって誕生していた。戦争終結によってオーレトアは国土の半分を北中国に割譲し、それによって主な収入源であった東部の天然資源を失い。それに伴い経済は大きく低迷することになる。新政権に景気低迷を立て直す余力はなく、北中国からの財政支援を受けることでなんとか国としての体裁を整えているが、実質的に北中国の傀儡として国民への監視を強化するなどしていた。

 そのため、多くの国民がオーレトアを離れて隣国や大陸外へ次々と脱出しているのだ。現在のレフィアルの人口は全盛期の半分ほどの約50万人であり、その大半は自力で国を離れることが出来ない高齢者や収入が少ない者たちであった。

 街がゴーストタウンのように静まり返っている理由は、主な働き手の殆どが街から離れたのも大きい。かろうじて政府機関は機能しているが実質的に国の舵取りをしているのは北中国共産党から派遣された官僚なので、国としての体裁をかろうじてとっている――というのが現在のオーレトアの現状であった。


 ちなみに、ジャーナリストが暮らしているゼファール共和国は古くからオーレトア共和国と友好的な付き合いをしていたが、現在はゼファールからオーレトアへの渡航は原則認められていない。ジャーナリストは所謂非合法な手段を用いてゼファールからオーレトアに入国していた。

 仮に、このままゼファールに戻れば警察に拘束される可能性があるくらいには彼は危ない橋をわたっているのだが、かつて大陸最大の国であったオートレアの現在を知りたかった彼は警察に拘束されるのも覚悟の上でオーレトアにやってきていた。しかし、オーレトアの現状はそんな覚悟をしていた彼にとっても衝撃的なことが多かった。

 立ち寄った街の各所にはオーレトア国旗の他に北中国の国旗が掲げられておりこの国が北中国の強い影響下にあるということをまざまざと見せつけられる格好となった。


「あんた、もしかしてゼーファルから来たのか?」


 街の様子に驚きながら歩いていると道端に座り込んでいた老人が声をかけてきた。


「は、はい。そうですが」

「そう警戒するな。警察には何も言わんよ」


 そう言って苦笑する老人――元々は市議会議員をしていたらしいが現政権になってからは地方議会も解散となってしまい職を失ったという。最初のころはボランティアなどの活動をしていたが、今ではそういった活動もなくなりこうして道端で代わりゆく街の様子を眺めている、などと老人は語る。


「避難するのは考えなかったのですか?」

「老い先短い年寄りが今更足掻いても遅いさ。まあ、家族は大陸の外に逃がしているがね」

「……なるほど」

「それよりもお前さん、よくゼーファルからこの国に来れたな。たしか国境は閉鎖されていたと思うが」

「それは……」

「ああ、詳しいことは聞かんよ。見たところ記者さんかな」

「ええ、フリーのジャーナリストをしています。この国の現状が気になりまして」

「それで、どうだったかな。この国の現状は」

「想像の上を遥かに超えていました……」

「そうだろうな。儂等も気づいたらこの有り様だったからな」

「攻め込んできた国のことは?」

「詳しいことはわからん。ただ、異界の国だということと、社会主義者の国くらいだな。おかげでこの国の社会主義者たちが一気に国の頂点に立ってしまった。まあ、結局は外国の傀儡だがね」


 そういって皮肉げな笑みを浮かべる老人。

 彼は本当に祖国の行くすえを最期まで見守るつもりのようだ。その顔には後悔や憎しみといった感情は一切見えない。ただ、これから起こることを淡々と受け止めようという決意が記者の目には映った。


 記者はそれから数日間。レフィアルに滞在した。

 隣国のゼーファルからの来訪者ということで話を聞いた市民の多くは驚くとともにすぐに「この国から早く出たほうがいい」と小さな声で忠告する。あまり声を大きく出来ないのは誰かに何を聞かれるか警戒しているせいであろう。レフィアルの各所に監視カメラがあるのだが、それらすべてを北中国の武装警察が監視しているという。当初は、反発する住民も多くいたようだがそういった反発した者たちは様々な罪状で連れて行かれたという。

 それから、市民たちは監視の目に怯えながら日々の生活を続けている。

 レフィアルに残っている市民の殆どは様々な理由で街から自力で出ることが出来ない者たちだ。取材中記者は、なんとか希望者を隣国に逃せないか――と考えたがすぐに思い直した。

 そんなことをすればこの国を支配している北中国が動くだろうし、彼の母国であるゼーファルを危険にさらすことになる。ただの正義感で首を突っ込むべきものではないというのを記者はレフィアル滞在中に強く感じることになる。当初は、情報が一切ないオートレアの現状を世界に発信するんだ!という意気込みだったが、自分自身が現実を受け止めきれないことを記者は知ってしまった。

 この記者は最後の段階で理性が働いた。

 もし、正義感のままに行動していれば彼は二度と母国へ戻ることはできなかったかもしれない。彼と似たような行動理念でオーレトアを訪れたジャーナリストは多い。いずれも、報道機関に所属していないフリーのジャーナリストでだからこそ身軽に行動出来たのだが、その半数ほどはスパイとして北中国当局に拘束されていた。

 記者がそのことを知り、自分も危ない橋をわたっていることを知ったのはゼーファルに戻り馴染の新聞記者から「お前はよく戻ってこれたな」と声をかけられてからだった。


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