9
新世界歴1年 1月4日
日本皇国 東京市千代田区
総理官邸
「探索およびアメリカなどからの情報提供の結果、暫定的ですが我が国の周辺の地形が判明しました。ユーラシア大陸はどうやら分離したようで、朝鮮半島と中華連邦、東南アジア諸国は我が国の北西300kmほどの地点に存在していることが判明しました。中華連邦政府や朝鮮政府からの情報によると地震の後に北側の陸地が消失した模様です」
「つまり、ソ連と北中国はまた別のところに移動しているということですか?」
「早期警戒機などで探索しましたが、現時点でそれ以外のユーラシア大陸の国々は発見出来ていません。また、アメリカからの情報によるとヨーロッパ大陸はアメリカの東側に存在しており、ソ連やアジア・アフリカの存在は確認できないということです。そのかわり、南米大陸がヨーロッパの南西部に位置しておりバルカン半島は未知の大陸と繋がっており、北米大陸も未知の大陸と南米大陸に変わって繋がっているという情報が届いています」
日本にとっての脅威はソビエト連邦と北中国――中華人民共和国だ。
いずれも現在に渡って社会主義体制を維持しており、更に軍備拡張を続け周辺諸国へ恫喝をかけてくる――一種の覇権主義国家だ。
ソビエト連邦とはその前身であるロシア帝国時代から南下政策をするロシアとそれを阻止する日本で対立していた。北中国に関しては中国が南北に分断してから日本は西側陣営の中華連邦との関係を重視していたことから必然的にその関係は疎遠だったが、近年は北中国による軍備拡張と太平洋進出によって日本と真正面から対峙することになり、特に南西諸島や台湾周辺で日本軍は北中国の人民解放軍と激突寸前の状況にしばしば陥っていた。
今回、近隣にある韓国、中華連邦、東南アジア諸国はいずれも西側陣営に属している国で日本の友好国なので、日本の安全保障上の脅威は実質的に消失したと言える。もちろん未だに未探索の領域はあるので異世界の覇権主義的な国家が周辺にある可能性は否定できないので当分の間は警戒は必要だろう。
それよりも気になるのは北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸と繋がったとされている未知の大陸だ。どちらも、まだほとんど調査などは進んでいないがどちらの大陸も近代国家がある可能性が高いという。アメリカや欧州連合はそれぞれ外交的な接触ができないかどうか検討を進めているという。
こちらも、平和的な接触ができればいいのだが、と報告を聞いていた下岡は内心思う。
報告は更に続いたが下岡たちにとって最も朗報なのは、オーストラリアの発見だろう。若干遠くはなってしまったが海域などに問題がなければすぐに貿易は再開されるという明るい予測が示され下岡はもちろんのこと、経済産業大臣や農水大臣などがホッとしていた。
アメリカが先に見つかっていたので食料に関しての問題はほぼ解決したがこれに食料はもちろんのこと天然資源に恵まれているオーストラリアも見つかったことで困窮の心配はなくなった。まあ、これも航路の安全が確認出来なかった場合は意味がないのだが現時点で異常は発見されていないようだ。
「四国沖――約500kmほどに九州ほどの大きさを持った島を海軍の哨戒機が発見しています。現在の所人が暮らしいている可能性は低いため。現在海軍と海兵隊を島の探索のために派遣しています。仮に無人島だった場合は位置的にも我が国の領土に組み込めそうです」
報告を行っている五島誠久国防大臣の言葉に出席していた閣僚たちから「おぉ」とどよめきの声があがった。地球ではありえない大きさを持った無人島が日本近海にあるというのはそれだけ衝撃的なことだ。
それ以外にも大小多くの未知の島が確認されている。
これに、頭を抱えているのはこれから各国と交渉しなければいけない外務省であり、場合によっては軍を派遣しなければならない国防省だ。一方で経済産業省や内務省などは純粋に人が住める場所が増える事を好意的に見ているし、日本にない資源地があれば更に良いと考えているので、その表情はだいぶ明るく両者は非常に対照的な反応であった。
同日
四国南方 500km沖合
日本海軍 呉鎮守府第230護衛隊
護衛艦「四万十」
四国南方沖に出現した島を調査するために、海兵隊員などを載せた呉基地所属の護衛艦「四万十」が太平洋を南下していた。
「四万十」は「最上型護衛艦」の18番艦だ。
全長134m。全幅20m。満載排水量4,400トンという中型のフリゲート艦であり主に沿岸防衛や低強度の紛争地帯での活動を想定している。
武装は60口径127mm単装速射砲が1門。VLS発射機が24セルでVLSには個艦防空ミサイル「96式艦対空誘導弾」と対潜ミサイル「01式対潜誘導弾」を装備。更に長距離対艦兵装として国産の「89式艦対艦誘導弾」の4連装発射機を2基、艦中央部に設置されていた。
四万十の艦内には島を調査するために海兵隊の特殊部隊である「特殊偵察隊」の一個小隊が乗艦しており、四万十で島の近くまで接近した後にゴムボートにて島へと上陸して島の調査を行う予定だ。
さすがに一個小隊だけでは九州ほどの大きさを持つ島の調査は難しいので、後方には海兵隊一個大隊を乗せた揚陸艦が待機している。先行偵察で異常がなかった場合はそのまま一個大隊でもって島の調査を行う予定だ。
政府は、最終的にこの島で植民をすることを予定していた。
日本の人口は2億2000万人。人口減少時代に突入した現代とは異なり未だに人口は増え続けているが、平地の大半がすでに都市化していることからこれ以上人が生活できる区画を作り出せないでいる。
そこで、政府が考えたのは発見した島を開発し、増えた人口の一部を植民という形で移すことだった。
「あーあ…せっかくの正月が台無しだよ」
艦橋でボヤいているのは艦長の早野中佐だ。
正月は寝正月でもしようかと思っていた中佐だったが、残念ながら1日から休み返上で仕事に駆り出されている。代休は一応用意してあると上司からは言われているがそれがいつになるかは「状況が落ち着くまで」としか言われてないので最悪夏場まで休みがほぼないのでは、とまで囁かれているほどだ。まあ、こういった仕事を就いているので非常時で休暇がなくなるのは今に始まったことではない。ただ、今回は「異世界に飛ばされた」という未曾有の事態なので他国で起きた戦争以上に事態が長引きそうだった。
「さて、少佐。例の島までどれくらいだ」
「…30分ほどで目標地点に到達予定です」
意識的に表情を切り替えた中佐は、副長の大泉少佐に声をかける。
さっきまで未練がましくボヤいていたのを見ていた少佐だがそのことには触れず淡々と質問に答えた。
「海兵隊の様子は?」
「すでに準備は終えており現地につき次第出発できます」
ちなみに海兵隊の兵士たちは休みがなくなったことに関しては特に嘆いておらず隊長の小笠中尉以下てきぱきと自分たちがやるべきことを確認しあっていた。その様子を見ていた大泉はこっそり「家の艦長もああだったらなぁ」と思ったりしている。ただ、こうやって護衛艦とはいえ艦長をしている程度には早野という男は優秀な指揮官なのである。あとは、もう少し真面目ならばさっさと大佐に昇進して大型艦の艦長がやれるくらいには指揮官として優秀なのだ。
「しかし、九州ほどの大きさの無人島なぁ。大泉、本当にあると思うか?」
「元の世界の感覚ならすでにどこかしらの国が支配しているでしょうけれど、ここは地球ではないですからね」
「まあたしかにお前の言う通りではあるな」
地球は、大航海時代によってもう殆どの陸地や島は発見・領有された。
次々と植民地を広げていった当時のヨーロッパ諸国の行動力は凄まじいものであるが実は当時日本もマリアナ諸島や琉球諸島に千島列島などを1600年代にすでに自国の領域としていた。この部分は現実との大きな違いであり一種の歴史の転換点だった。
「これからが大変だな。領土問題とかあちこちで出てくるだろう。ウチだって他人事のように言えないからな。本土と南洋諸島の間に未知の島が出来ている。未知の国家が出現していても驚きはない」
「・・・たしかにそうですね」
アトラス連邦との接触も当初双方がかなりピリピリした状態で行われた。
普段と異なる出来事がおきればそれだけ警戒心が高くなるのは仕方がないことだ。アトラス連邦は幸いにして言葉も通じたし向こうも当初から「外交交渉」を優先していたことから戦闘にはならなかったが、では異世界の国家すべてが友好的なのかと言われればそういうわけではない。
特に領土などが絡むとややこしくなるのは地球時代もそうだった。
ソ連とは樺太や千島列島を巡って。
北中国とも台湾や南西諸島周辺部を巡って日本は領土問題を抱えていた。
韓国や中華連邦も同じ西側諸国だが一部勢力が対馬や台湾の領有権を主張し現地で活動を始めた――といった問題もあった。
特に近年は北中国との問題が悪化しており、北中国の海洋警備局や海軍の艦船が日本近海をうろつきそのたびに海軍や海洋警備隊が対応をしなければならず南西諸島や台湾方面を担当している第3艦隊は仕事量が増えたことから艦隊が二つに分かれてしまったほどだ。
転移によってそういった問題はほぼなくなった、と安堵している者も多いが特に海軍関係者を中心に「そんなうまい話はない」と今も警戒していた。
30分後。「四万十」は無事に目標の島の沖合に停泊した。
特殊偵察隊はゴムボートに乗り込み島の北側の海岸へ上陸。海岸周辺の偵察を行った。その結果、海岸付近は土地が開けており危険な野生生物なども確認出来ないことが判明。更に二時間後に海兵隊一個大隊を乗せたドック型輸送揚陸艦「松浦」が島の沖合に到着。
エアクッション型揚陸艇にて海兵隊の人員は当分の間必要になる物資などを一時間ほどかけて揚陸した。「四万十」はそのまま沖合に待機していたが物資の揚陸などが済んだのを確認して一旦「松浦」と共に母港である呉へと帰還した。