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 新世界歴2年 3月6日

 日本皇国 東京市 千代田区

 総理官邸 危機管理室



 ガリア帝国でクーデターが発生し、人間主義を掲げる保守派が政府を掌握した。そして、すぐにアトラスと結んでいた不可侵条約を一方的に破棄すると、更にアトラスに対して宣戦布告を行った――という情報が、日本にも届いた。ただでさえ、フィロア大陸の問題が解決していない中で落ち着いたと思っていたアトラス方面で起きた新たな戦争の気配に、下岡は頭を抱えた。


「この世界は本当に落ち着きがないですね……」


 思わずそんなボヤキが口から出てしまう。

 なぜ、こうも次から次へと政変が起きるんだ、と内心思うがよくよく考えてみれば地球でも同じことが途上国を中心に起きていた。ただ、ガリア帝国は別世界で五大国にあげられる国力を持った大国だ。そんな、大国でクーデターが起きるというのは本来ならば考えられないことだが、エルフの国であるアトラスとの不可侵条約締結がガリア国内で大きな反発を生み出したとすれば人間主義者の多いガリア国内で政変が起きてもおかしくはない。


(とはいえ、それでいきなりアトラスに戦争を仕掛けるというのがよくわからないですが……)


 一方的にやられたガゼレアのことをガリアが知らないはずがない。

 いくら、亜人蔑視の思想が強い人間主義国家といえど、上層部ならばある程度戦力差は理解しているはずだった。それでも、クーデターによって戦争が起ころうとしている。

 アトラスと同盟関係にあるリヴァス曰く、ガリア帝国は大陸国家なので陸軍の規模が大きいが海軍の戦力も決して小さくはないという。3つの機動艦隊を持ち4隻以上の中型空母を保有しているらしいので、確かに普通の国に比べれば非常に強力な海軍戦力を有しているといえる。

 それでも、アトラス海軍の機動艦隊に比べれば戦力的には劣っているようだが。兵器の殆どは友好国であるルーシア連邦から購入したものか、それをベースに自国で製造したものが殆どであるらしく、人間主義国の中でも技術力は特に高いという。

 さらにいえば、アトラスは一部の主力部隊をフィロア大陸に派遣しておりその中には機動艦隊も含まれる。アトラス単独でも対処可能であるが、あくまでそれは短期的な戦いに限定される。長期戦になればアトラス単独ではとてもガリアを抑えることはできないだろう。

 まだ、アトラスから支援要請は来ていないもののアトラスもPTO加盟国なので戦争になれば日本も支援のために軍を出すことになる。ヨーロッパに派遣していた部隊は現在は帰国の途上にある。

 そして、フィロア大陸には陸軍1個軍団、空軍1個軍、海軍1個艦隊を派遣中だ。元々二正面作戦を前提にした編成を組んでいることから、アトラスに軍を派遣することは可能だった。


「空母『雲龍』を旗艦とした機動艦隊と西部方面軍及び海兵隊を主軸とした2個師団ならばすぐにでも派遣することが可能です」


 主に中国・四国・九州地方を管轄している陸軍の西部方面軍。

 中華有事を想定しているだけに、北部方面軍と共に常に幾つかの部隊はすぐに派兵できるような準備が整えられており、今回は福岡の第12歩兵師団が派遣されることになっていた。

 更にここに佐世保の第3海兵師団を含めた2個師団が先遣隊という形で派遣可能だと統合参謀総長の和田は答えている。出席した閣僚たちからも特に大きな異論は出てこなかった。

 相次ぐ戦争に「またか」という感想を内心持っていても、日本はこの地域ではアメリカに次ぐ軍事力を持っており当然ながら周辺諸国からその「戦力」は大いに期待されている。アメリカの身動きがとれない今は特に日本軍の存在は大きい。

 一応、イギリスも存在するのだがかつての世界帝国のときに比べれば規模は縮小されているので、全面的に頼れる相手かといえばそうではなくなっている。まあ、イギリスもNATOという巨大軍事同盟の中にいて、尚且つ昔のように世界中に植民地を抱えているわけでもないので膨大な予算を食いつぶす大軍を維持するのは無理だろう。

 それこそ、アメリカやソ連などに匹敵する軍事力を維持し続けている日本が異常なだけだ。


「――それで、ガリア帝国だったか?どの程度の国なんだ。人間至上主義を掲げているというのはわかっているが、それ以上の情報を知りたいんだが」


 内務大臣の山本が手を挙げて質問する。

 異世界に転移して一年。アトラスなどとの交流によって徐々にであるが異世界に関する情報も集まっているが、未だにわからないことも多い。特にアークにおける種族問題などに関する知識や情報は不足していた。

 そして、その質問に答えたのが内閣情報局であった。


「我々もアトラスやリヴァスなど一部の国からしか聞いていませんが、亜人たちへの劣等感と人間主義を掲げる宗教の出現が大きいようです」

「宗教か……ありがちな話だな」


 亜人と人間は外見以外にも違いがある。

 まずは身体能力だが、獣人は人間に比べて非常に高い身体能力を持っている。そして寿命だが、エルフや竜人族などは人間の何倍もの寿命を持つことで知られている。自分たちよりも数の少ない種族が優れた能力を持っていることに劣等感や嫉妬心を持つのはある意味仕方がないことだろう。

 そこに宗教が絡むことでより厄介な問題となっていたのが過去のアークだ。

 150年前の国際会議などによって亜人への差別撤廃などが主要国の間で合意されているが、それでもガリアなど人間主義を掲げる国家はまだあるし「人間教」ともいうべき宗教組織も健在だという。

 今は往年の勢力はないものの、それでも信者の数は同世界の宗教の中では多い部類なのでアトラスなどにとっても無視できない存在のようだ。その宗教の総本山と言える国は島国でありガリアにほど近いところにあったようで、それは今も変わっていないという。


「つまり、そのクーデターに『人間教』が関与している可能性もあるということですか」

「その可能性は高いかと思われます」

「国政に宗教が深く関わるというのは厄介ですね……」


 宗教が絡むとは余計に厄介だ、と下岡は顔を顰める。

 地球でも宗教絡みの問題は各地で起きていた。特に有名なのは中東だ。イスラム教の聖地がある中東。同時にキリスト教やユダヤ教の聖地もあり、古くから宗教同士の対決があった。それが激化したのはキリスト教主体の欧米諸国が各地に植民地を築いてからだ。中東はオスマン帝国の支配地域だったが第一次世界大戦の敗北でオスマン帝国が滅亡してからはイギリスやフランスが中東に入るが、第二次世界大戦後に中東の国々は次々と独立した。

 その中の一つにユダヤ人国家のイスラエルがあるが、このイスラエルが建国された地域はユダヤ・キリスト・イスラム教の聖地があり更に多くのアラブ人が居住していた。その地域に全世界に散らばっていたユダヤ人がやってきて一方的に建国を宣言したことから周辺諸国との間で戦争が勃発し、以後現在に至るまでイスラエルは周辺のアラブ諸国と対立関係にある。

 国同士の戦争は近年起きていないが、かわりに過激思想をもった武装勢力とイスラエルの紛争が起きており攻撃の矛先はイスラエルを支持しているアメリカや欧米諸国にも向けられ、各地でテロが相次いでいた。

 欧米諸国の特殊部隊の作戦などで転移直前の中東情勢はやや落ち着きを取り戻していたが、それも転移によって元の状態に戻っていた。

 それと似たようなことが、アークでも起きていたようだ。


「アトラスの軍事力を考えれば負ける……ということは考えづらいが」

「かといって大陸一つをどうにかできるだけの軍事力をアトラスは持っていないだろう。相手が交渉の席についてくれるならいいが。話を聞く限り、クーデター勢力は亜人との交渉を良しとはしない勢力によるもの。更に世論感情も基本的に保守派と同じだというならば、戦闘は長引くだろうな」

「相手の上陸戦力を壊滅させれば、フィデスに攻め込む――ということはできない。狙うとすればそこくらいしかないか……」

「アトラスとしては上陸戦力を削ってあとは放置――といった考えだろうな」

「陸続きではない限りはそれ以上の選択肢はないだろうな」

「それを考えるとアメリカは運がなかったな」

「まったくだな。多少なりとも離れていればここまで戦闘が長引くことはなかったかもしれん」


 だが、現実は北米大陸とフィロア大陸はつながってしまっている。

 接続している部分はそれほど大きくはないのであとから検問なりを作ることで行き来を制限することはあ可能だろうが、それをするにはフィロア大陸での問題を解決しなければいけない。フィロア大陸が安定するまでどれだけの年月がかかるのだろうか。なるべく早く終わってほしい、と思っていてもすべてはフィデスが交渉の席につくかどうかの話なので日本とすれば、ただ状況を見守る以外に選択肢はなかった。


 


 新世界歴2年 3月4日

 ガリア帝国 アレンドス州 アレンドス

 アレンドス港



 ガリア帝国南西部にある港湾都市・アレンドスにはガリア海軍の大規模な海軍基地がある。クーデターによって新政権が発足したガリア帝国はすぐにアトラスへ軍事侵攻するための準備が各地で急ピッチで進められていた。

 ここ、アレンドスにおいてもアトラス侵攻に用いられる海軍第2艦隊に所属する軍艦が出撃準備を進めていた。第2艦隊は空母2隻。巡洋艦3隻。駆逐艦7隻からなる機動艦隊でガリア海軍では第1艦隊に次ぐ主力艦隊という位置づけとなっている。空母はルーシア連邦の主力空母をベースに建造された満載排水量5万トンほどの中型空母。巡洋艦・駆逐艦もベースはルーシア連邦海軍の巡洋艦や駆逐艦であるが、いずれも同国海軍の最新鋭艦をベースしているだけあって関係者たちはアトラスにも十分に通用すると自信をもっていた。


「長官。いよいよですね」

「そうだな……まったく、前政権も前政権だ。亜人どもに怖気づいて不可侵条約などを結ぶとは」


 参謀である少佐に声をかけられた艦隊司令の中将は一瞬頷いた後に渋い顔でクーデターで崩壊した前政権を批判した。アトラスとの不可侵条約締結には保守派が多数を占める軍部も当然ながら反発していた。

 今回のクーデターは不満をもった軍部と保守派貴族が手を結んで実行されたものであり、その圧倒的な物量でもって首相官邸などの政府の重要機関を瞬く間に制圧し首相などの閣僚も拘束された。

 新政権には保守派のトップであるグレイソン公爵がつき、すぐにアトラスと結んだ不可侵条約を破棄し、アトラスへの軍事侵攻の準備をするように軍に指示し、今に至るわけだ。

 さすがに、クーデターが終わってすぐに攻め込むことはできないがそれでも艦隊や上陸部隊は数日以内にアトラスへ向け出発できる状態までには準備は進んでいた。


「勝てるでしょうか……」


 参謀は不安げに呟く。

 まだ若い彼にとって今回が初めての実戦なので、それが不安なのだろう――と中将は思った。実際には自分たちがアトラスに勝てるかどうか不安に思っているのだが昔から「亜人はすべてにおいて人間に劣っている種族」という教育を受けていた中将にとってアトラスの軍事力は「亜人の中で強力なだけで自分たちの前には無力」という考えになってしまっていたため、参謀の不安の意味を間違えて認識していた。


「心配するな。我がガリア帝国が敗北するわけがない」

「そ、そうですね」


 自信満々に言い切る中将だが、参謀の表情はなお不安げであった。


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