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新世界歴2年 2月20日
フィデス人民共和国 ロブカーツ
フィロン州の州都・ロブカーツ。
同州最大の都市にして50万人が居住しているが、今は市街地でも人影はまばらだ。中心市街地には完全武装した親衛隊が市民に対して睨みをきかせているし、今でも街のあちこちで解放同盟の拠点と思われる施設に対しての攻撃が続けられているが、その解放同盟の構成員たちはすでにロブカーツから離れ郊外で身を隠していた。
「奴らはまるで破壊神だな……」
今日も市街地から聞こえる爆発音に顔を顰めるのはフィロン州のトップである行政長官。内務官僚である彼は名目的には親衛隊に口を出せる立場なのだが実際のところ彼に親衛隊に対しての発言権はない。仮に苦言を呈したとしても親衛隊指揮官はこちらを侮蔑しきった視線を向けて「素人は口を挟まないでもらおうか」と返すだけだ。
実際に、一度「少しやりすぎじゃないか?」といった苦情をいれたのだが返ってきた答えは「我々は貴様らの尻拭いで来ているので。素人が口を挟むな」といったものだった。
以後、長官は親衛隊相手に口を挟むことはしていなかった。
それでも、連日のように聞こえてくる爆発音。そして市民から寄せられる親衛隊の行動による苦情の数々は長官にとっても頭の痛い話だ。市民から苦情が入っていると、正直に伝えたところで親衛隊が行動を改めるとは思えない。そもそも、総統以外の全てを見下しているような連中なのだ。
苦情をいれただけで「総統閣下を否定するのか!」と飛躍した結論で住民を拘束し拷問を加える可能性だってあった。
「ここまでして未だに解放同盟の幹部を一人も拘束できていないというのもな……」
これだけ派手に動けば解放同盟も動きやすいだろう。
フィロン州の治安部隊が解放同盟に手こずっていたのは何も戦力が足りなかっただけではない。解放同盟は巧みに治安部隊の捜査の手を逃れ続けていた。それも一年や二年ではない半世紀にも及ぶ。更に、元々フィデスから独立心も高い地域だ。解放同盟に協力的な住民の数も多い。
やってきて一ヶ月そこらの親衛隊が状況を改善できるわけがなかった。
だが、中央からの指示で受け入れるしか選択肢がなかった。
その結果が都市の破壊だ。
まだ、解放同盟や今現在フィデスに武力侵攻している連合軍のほうが攻撃箇所を軍事施設などに限定して攻撃を行っている分だけマシだった。
「それで、肝心の侵略軍の現在地は?」
「昨日、バンデールが降伏したようです」
バンデールはロブカーツの北100kmほどのところにある都市で州内では三番目に人口が多い主要都市だ。バンデールの市長は戦わずにして降伏することを選んだので、バンデールで戦闘はおきなかった。
「ならば、一週間もしないうちにここにやってくるということか」
「他の州のように脱出しますか?」
「他の奴らと同じところまで堕ちたくはないな」
バレンリオを含む周辺州の行政長官は州都に連合軍が近づいた時にはすでに州から出ていた。フィデス北部はもとより独立心の高い地域ではあったが主要な産業などもないため実質的にフィデス中央から放置されている地域だ。
そこに派遣される行政長官も総じて能力は低くやる気もない者ばかりなので地域経済を発展させるような方策をとるような者はほぼいない。なので、攻撃を受けたと聞いて彼らはそそくさと自分たちの持ち場から離れたのだ。
この地域に派遣された行政長官の中では例外的に真面目に職務に取り組んでいた彼にとってはそんな能無し連中と同じ行動はとりたくはなかった。
「仮に進軍されるのならば大人しく降伏でもするさ」
「中央はいい顔はしないでしょうね」
「逃げても同じだよ。今頃、逃げている連中は職務放棄かなにかで処罰でも受けているだろうさ」
長官の読み通り、バレンリオ州などから逃げた幹部たちは親衛隊によって拘束されており職務放棄などで厳しい尋問を受けていた。最終的には「敵前逃亡」など様々な理由をつけられて処罰を受ける予定である。
なので、このまま逃げたところで意味はない。
まだ、アメリカの捕虜になったほうが人道的な意味では安全であった。
長官は秘書に「君は逃げてもいいんだぞ」と伝えたが秘書はすぐに首を横にふった。
「御冗談を。最後までお供しますよ」
「後悔してもしらんぞ」
「逃げたところで別の意味で後悔しますよ」
「……そうだな」
どっちみちこの国の未来は暗い。
口には出さないが二人の意見は一致していた。
フィデス人民共和国 アディンバース
親衛隊本部
「軍に不穏な動きだと?」
親衛隊総司令官のジェイコブ・ガーランドは部下から軍の一部に不穏な動きがあるという報告を受け怪訝な顔になる。
軍とは確かに対立しているが、軍も基本的に総統には忠実であったはずだ。そんな軍の中で不穏な動きが出ているという報告はガーランドにとって俄に信じられないものだった。
「本当なのか?」
「一部の若手将校が動きを見せているのは確かです」
「若手将校か……」
報告によればアディンバース近郊の駐屯地に駐屯している第一歩兵師団の中でおきているという。第一歩兵師団は首都に駐屯しているというだけに軍の中でも精鋭師団として名高い部隊であり親衛隊と共に首都防衛を担当している。軍の中でも優秀な若手将校などが多く配置されている。
若手将校の中には政治的野心を持つ者もいるので、不穏な動きというのはそういった野心を持った者たちによるものの可能性が高いだろう、とガーランドは考えた。
「より詳しい情報は?」
「現在情報収集中です」
「この話を総参謀本部には?」
「しておりません。軍に情報を渡せば隠蔽する可能性がありますから」
「そうか……引き続き調査を進めてくれ――ところで北の様子はどうだ?」
「状況は極めて厳しいようです。バレンリオはすでに陥落し、フィロンも州都まであと少しのところまで敵が侵攻しているとのこと」
正規軍がまったく戦力になっていません、と部下は吐き捨てるように付け加えた。
「家から1個旅団規模を出したはずだが、どうなっている?」
「軍が役にたたないこともあってこちらも苦戦しています。現地からはさらなる増援を求める声がありますが……」
「それでは官邸や首都を警備する部隊がなくなるか……」
「はい。軍の一部が不穏な動きを見せているならば、これ以上戦力を分散させるのは得策ではありません」
「……やはりもっと数が必要だな」
「下賤な者を多く登用するのは問題も多いと思いますが」
現在の親衛隊の人員はおおよそ5万人ほど。
軍にとってかわる存在になろうという野心を持つ割にはその規模は小国の軍隊程度の規模しかなく、数百万人の兵力を抱える軍に比べればその数は圧倒的に少ない。
更に入隊条件はフィデス人であることが絶対条件となっていた。
何度か軍に対抗する形で入隊条件を緩和することも議論されたが最終的にはフィデス人以外を総統官邸警備を任せる事はできないという反対意見が多かったため見直されることもなかった。
数が必要だと呟くガーランドに渋い顔で否定的な意見を言う部下だが、親衛隊の中では彼と同じ意見の者が多数派であった。選民思想とまでいかないが自分たち親衛隊は選ばれた存在だと思っている彼らにとって軍のように徴集兵を多数抱えることには強い抵抗感があるのだろう。
「ともかく、官邸の警備体制を強化だな」
この世界に来てよくないことばかりが起きる、と内心ガーランドは舌打ちした。
ガーランドの下にフィロン州が陥落したという報告が届くのはそれから1週間後のことであった。