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 新世界歴2年 2月15日

 アメリカ合衆国 ニューヨーク




 アメリカに核弾頭を搭載した弾道ミサイルが発射されたという情報は一般に公開されることはなかった。

 こんなものが公開されれば世間が大混乱になるのは確実だからだ。幸い、破壊されたのははるか上空であることから人の目につくことはない。問題とすれば放射線量の数値を観測している場所だろうが、こういった場所には事前に政府から話はいっている。それでも、どんなに情報を秘匿にしようとも情報というのはどこからかは漏れるものだ。




 一人の若い記者の下に「政府はとんでもない情報を隠している」という電話がかかってきたのは一時間ほど前だ。はじめは胡散臭く感じていたが最終的に好奇心に勝って情報提供者と会うことを決めた。

 記者が情報提供者と会ったのはあまり人気がない喫茶店であった。

 情報提供者は目立たない風貌の男だった。


「それで、政府が隠している情報というのは?」

「アメリカに向けて核弾頭を搭載した弾道ミサイルが発射された」

「なっ!」


 それは確かに大問題だが、そんなこと本当にあるのかと記者は内心思う。

 だが同時に思い直す。ここは異世界なのだ。地球の常識がすべて通じる場所ではない。まあ、その地球だってあちこちで武力紛争が起きている程度には物騒であったが。少なくとも国同士の戦争がここまでエスカレートすることはなかった。

 そしてなにより、核兵器という諸刃の剣を使うこともなかっただろう。


「そして、アメリカ政府はフィデスに報復することを決めた。フィデスの首都・アディンバースは火の海になっている」

「そ、それでは市民は……」

「ああ。大勢が犠牲になっている。その証拠がこれだ」


 そう言って、何枚もの写真を取り出す情報提供者。

 その写真は直視出来ないほどに惨たらしいものだった。

 政府は、都市部への無差別空襲はしていないと言ってた。だが、それは間違いだったようだ。報復という言葉を使った無差別攻撃を自分が住んでいる国が行ったことに若い記者は大きなショックを受けた。


「政府はこのことを隠そうとしている。だが、それは許されることだろうか?」

「いや、こんなのは許されてはいけない!」

「ならば、現実を国民に世界に伝えてくれ」

「わかった。すべてを伝えることを約束する」


 そう言って、記者は情報提供者と握手をかわした。

 実際のところ。アメリカ軍による都市部への無差別攻撃は行われていない。証拠だといって提出された画像はよく出来た合成画像だった。しかし、政府が自分たちにとんでもない情報を隠していると思い込んだ記者はこの画像になんの疑問をもたずに証拠品だと確信していた。

 情報提供者の男が目の前でにんまりと「うまくいった」とばかりに邪悪な笑みを浮かべているとも知らずに。




 翌日。とあるニュースサイトにアメリカが核攻撃されかけたこと、その報復としてアメリカ軍はフィデスの首都を焦土化しているという記事が掲載された。この情報は瞬く間にネット中を駆け巡った。各メディアはアメリカ政府に対して事の真相を質そうとしたが、アメリカ政府はこの記事の内容の殆どを否定した。弾道ミサイルが発射されたことは事実ではあり、報復もしたがそれはフィデスの軍事施設を巡航ミサイルによって精密攻撃したもので無差別爆撃は行っていないと、ホワイトハウスの報道官は表明したが虐殺疑惑にあわせての今回の記事にメディアの中ではアメリカ政府が意図的に情報を隠しているのでは、という疑念を持つ者が増えていった。




 そして、このニュースは海をわたって日本にも届いた。



『アメリカに対して核弾頭を搭載した弾道ミサイルが発射されたのではないか――といった報道がアメリカで流れているわけですが。三原先生。ずばり、これは事実なのでしょうか?』


『事実なのかどうかを判断するには情報が少なすぎます。ただ、ここは異世界ですから、地球の常識というものは通用しません。異世界の中には核戦争のトリガーを引くことに躊躇しない国もある可能性はありますから、アメリカに向けて核攻撃が行われかけたというのもあながち間違いとは言えないでしょう』


 朝の情報番組で司会を務めるアナウンサーに尋ねられた軍事評論家は核攻撃の可能性はあると返答すると出演者たちは一様に驚いた表情を浮かべていた。専門家は更に続ける。


『地球においてもあと一歩で核戦争が始まりかけたことは何度かありましたが、いずれも時の指導者たちが土壇場で合意するなどしたおかげで、核戦争は防がれました。ただ、今回のフィデス人民共和国ですが、あらゆる外交ルートを使ってもアメリカ政府は未だに交渉することが出来ていません。つまり、戦争を終わらせようと思っても相手が一切反応してくれないので困っている状況なのです』


『それならば、アメリカはフィデスに軍事侵攻しなければいいのでは?』


『確かにそう考えてしまいますが、アメリカ政府や中米諸国からすれば一方的に攻撃を受けたことは事実ですので、何らかの報復を行わなければなりません。アメリカ政府内には軍事行動に慎重な意見もありましたが、最終的に交渉の席についてもらうための圧力として今回の侵攻が行われています』


『連合軍が現地で虐殺を行っているという情報もありますが?』


『記録というものをアメリカ軍も日本軍も行っています。すべての情報が流れるわけではありませんが、少なくとも多くの情報は公開されていますが。少なくとも公開されている情報から虐殺が行われた可能性は低いと思われます』


『情報を隠蔽しているのでは?』


『だとしてもそれをするメリットは連合軍側にはありませんので』


『では、報復で無差別爆撃しているというのも?』


『可能性は低いでしょう』


 コメンテーターたちはアメリカ側に問題があるのでは?という言質を得ようとしているが専門家は淡々と可能性は低いと答えた。

 だが、コメンテーターたちはこう思った。

「では、あの画像は何なのか」と。

 やはり、彼らの頭の中にも「合成画像」という言葉がすっぱりと抜けていた。




 新世界歴2年 2月15日

 日本皇国 東京市 千代田区

 警視庁 公安部




「やはり、どこかしらか手を加えられているようだな……」


 この数週間あまりで巷を騒がせている連合軍による戦争犯罪疑惑。

 各国のメディアに同時に送りつけていることからCIAや内閣情報局は組織ぐるみで情報操作をしようとしていると推測していた。問題は、相手の見当がまるでつかないことだ。

 転移前ならば北中国やソ連の工作機関が何かをしているのだろう、とすぐに考えつくのだが今回に限っては両国の工作機関が発信源である可能性は極めて低いというのが各国の一致した見解だった。

 というのも、現在北中国もソ連も占領している地域に工作機関を数多く向けているのでそれ以外の地域に力を割く余力がないからだ。転移前のようにすぐ隣接しているならばともかく両国政府は共に遠くに離れた日本やアメリカへの工作活動をする意味はないと考えて早々に工作員に対して「作戦終了」という指示まで飛ばしている。一部、それに従わない工作員もいるがそんな工作員が集まってもここまで大掛かりなことをするのは難しい。

 そのため、まったくの別の組織が今回の件に関わっていると推察していた。


「主任。記者と接触したと思われる人物が監視カメラに映っていたようです。コピーを貰ってきています」


 普段は何かと公安のことを邪険にしている現場であるが、今回ばかりは公安にかなり協力的だ。まあ、内閣情報局長官や警察庁長官から連名の通達があったので、文句があったとしても飲み込んでいるのだろう。

 ともかく、これで捜査の足がかりは作れるかもしれない。

 そう、期待して映像を見てみる。記者と待ち合わせをしたと思われる喫茶店にビジネスバックを持ったスーツ姿の男が入ってくる。男の容姿は特徴のない平凡なものだ。背格好も中肉中背であり目に入っても印象に残らない――そんな風貌をしていた。

 もっとも「印象に残らない風貌」というのは諜報の世界では特に警戒すべき相手だろう。なにせ、工作員というのは総じてそういった風貌や佇まいをして社会に紛れている。

 一度、社会に紛れてしまえばそれをピンポイントで探すのは難しい。


「普通の東洋人って感じですね」

「ああ、印象に残らない。ある意味で一番諜報員らしい容姿だな」


 見つけるのはかなり難しいが、警視庁はすでに捜査員を東京中に向かわせて監視カメラの録画データの回収などを行っていた。範囲は、記者と男が会った喫茶店から半径3km圏内。それでも見つからない場合はより操作範囲を広げる予定だ。


「これが大陸系ならば楽だったんだがなぁ」

「見た目だけを見れば大陸が関与している可能性もあるのでは?」

「協力関係にある可能性はあるが、主導的な役割はしていないだろう。去年の摘発で連中にそんな余力はないからな。残っているのは末端の下っ端くらいしかいない」


 それでもどこかの勢力に属していれば十分な働きはするはずだ。

 日本やアメリカを混乱させることができるならば、彼らは喜んで協力するだろう。彼らはそうやって本国に教育されてきた。下っ端といえど油断出来ない――否、下っ端だからこそその全容を把握することが難しいといえる。

 下っ端とはいえ諜報員は基本的にその国の社会に紛れ込みながら諜報活動を行っているので、色々なことを知っている。彼らが知り得る情報が別の組織に流れているとすれば今後もこういった「揺さぶり」は何度も起きると見たほうがいいだろう。

 厄介だな、と主任と呼ばれた捜査官は小さくぼやいた。




「『種』はまけたか?」

「ああ、どこの国にも無駄な正義感を持つ輩は多いからな。特にこの国は深いことを考えずに権力者を批判すれば称賛されるような土壌が一部で形成されている。いいように踊ってくれたよ」


 横浜中華街の一角――殆ど人気のない雑居ビルの一角に二人の男はいた。

 一人はスーツ姿の白人の男。

 そしてもう一人は黒のパーカーを着た東洋系の顔立ちをした男。

 このうち、東洋系の男は5年前に大陸からやってきた北中国統一工作部に所属する工作員で、横浜を拠点にメディアを使った情報工作を行っていた。転移後は本国からの指示が一切なくなり、更には神奈川県警による中華街の一斉捜査によって同僚であった工作員の多くが拘束されてしまった。男と数人の同僚はなんとか捜査の手から逃れ、これからどうしようかと途方にくれていたところにスーツ姿の白人に出会い現在は協力関係にあった。

 メディアを使った情報工作を担当していたこともあり、男はメディア関係者と太いパイプを持っており、今回の件もそのルートを使って各社に画像や映像を送りつけたのだ。ちなみに、画像や映像は白人の男が事前に準備したもので、それが合成であることは当然工作員も知っている。

 この手の工作は、事実かどうかは関係ない。

 事実かもしれない――と思わせた時点で工作側の勝ちだった。


「しかし、あんたらもなかなかにえげつないことをするものだな」

「世界がおとなしいのはつまらないだろう?」


 そう言って笑うスーツの男。

 男が異世界側の人間であることはわかっているが、そもそもどういった理由でこのような工作活動をしているのか工作員は知らない。それでも、日本という国が混乱してくれるならばそれで構わなかった。


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