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 新世界歴2年 2月11日

 フィデス人民共和国 南東部

 弾道ミサイル発射基地



 今更であるが、フィデス人民共和国は核保有国である。

 彼らが元いた世界(アーク)でも核兵器は実用化され実際に使われたことも幾度かある。核保有国も地球以上にあり、フィデスは其の内の一国に当てはまるわけだ。

 フィデスの軍事技術の根幹は、友好国であるルーシア連邦にあり、核兵器もまたルーシア由来のものを一応自国で改良しながら使っている。

「グランセオ」と名付けられた戦術核弾頭を搭載した弾道ミサイルをフィデスは約30基保有していた。核兵器というのはどの世界でも共通して最強の抑止力という認識がなされている。

 使ってしまえば相手に使われる可能性が極めて高い。だからこそ、持っているだけで価値がある――などと今では考えられているが。半世紀前は地球にせよアークにせよ「相手に使うために」大量増産していた過去がある。フィデスも、最大の仮想敵国であるアトラスに使うことを想定して核開発を進めていた。

 すでに、この時アトラスは自国技術で核兵器の開発に成功しており、当時のフィデス上層部はそれを大いに恐れ。当時から仲の良かったルーシアに泣きついたのだ。ルーシアもリヴァスと関係の深いアトラスがこの地域でフィデス以上の力を持つことを嫌っていたことから戦術核兵器の技術をフィデスに提供。それによって作られたのが「グランセオ」であった。

 フィデスにおいて「栄光」などという意味を持つ名がつけられた核兵器は、配備されてから半世紀たったが、これまで一度も使われることはなかった。使うほどの戦争が起きなかったのもそうだが、使ったら世界が終わる大戦争のトリガーになることを誰もが理解していたから「使えなかった」といったほうがより正確かもしれない。


 そんな兵器をアメリカ相手に使えという命令を受けた新任の基地司令はずっと頭を抱えていた。まさか、自分の代になってその命令を受けることになるとは思ってもいなかった彼は電話を受けた瞬間から極度のストレスによって胃の痛みを感じ、食欲も大きく減り。誰から見ても調子が悪いのがわかる風貌に豹変していた。そんな基地司令の様子からも基地にいる兵士たちは彼が何を命じられたのか察することが出来た。


 核兵器の中でも威力は最も小さい。

 とはいえ、町一つを焦土とするのには十分な威力を持つ。

 そんな兵器をこれから発射するのだ。通常弾頭の弾道ミサイルとは意味がまるで違うので兵士たちの表情もかなり緊迫感があった。


 管制室では基地司令が中央と繋がっている受話器に耳をあてていた。

 電話の相手はこの国のトップである総統である。


『準備はできたかね?大佐』

「は、はい。発射準備完了しました」


「それ」の発射スイッチは基地ではなく、総統官邸にあった。

 なにせ、都市を一つ吹っ飛ばせる大量破壊兵器だ。通常の武器管理システムの中にあれば最悪の事態になるので核保有国の殆どは、国家元首が発射スイッチを持ち。それも元首一人の判断で押すことは出来ない。

 それは、独裁体制をとる国であっても変わらなかった。

 まあ、独裁国家の場合は結局のところ国家元首にその権力の殆どが集まっているのだが、さすがに大量破壊兵器の使用に関してはどんな悪辣な独裁者であっても余程のことがない限りスイッチを押そうとはしない。

 それこそ、自国や世界が滅んでも構わないという捨て身ではない限り、どんな独裁者でも自分の身を守るために使わないのが一般的だ。独裁者ほど自分の身が一番なのだから。


『よろしい。これで我が国の勝利だ』


 電話の向こうで総統が歪んだ笑みを浮かべながら発射スイッチを押した。




 フロリダ半島沖

 アメリカ海軍 ミサイル巡洋艦「ボルチモア」



 同じ頃。第2艦隊に所属しているミサイル巡洋艦「ボルチモア」は沿岸警戒のためにフロリダ半島沖の洋上にいた。近くには僚艦のミサイル駆逐艦「ムーア」と「フロイス」もいる。3隻ともに弾道ミサイル迎撃能力が付与されたイージス艦であり、これまで何度かフィデス軍の弾道ミサイルを迎撃した経験があった。


『フィロア大陸南部から複数の飛翔体が発射されたとのこと!おそらく、弾道ミサイルかと思われます!』

「迎撃準備急げ!」


 CICからの放送を艦橋で聞いた艦長はすぐにCICへ向かった。

 CICでは乗員たちがモニターなどを確認しながら慌ただしく動き回っている。非常時は艦長など上官が姿を見せてもわざわざ立ち止まる必要はない。そんなことをしているのは時間の無駄だからだ。

 特に、今回のように弾道ミサイルが発射された場合、迎撃は時間との勝負になる。弾道ミサイルを迎撃できる時間帯は限られている。その限られた時間の中で目標を捕捉して迎撃ミサイルを発射しなければならない。

 一応、本土にも何重にも迎撃システムが張り巡らされている。

 ソ連との核戦争を想定した防衛体制だ。

 転移前はアメリカに攻撃をしてくるような国はなかったので使い道はなかったが、異世界に転移してからはその防衛装置は何度も使われている。フィデスが発射した弾道ミサイルによって。

 それでも、アメリカが報復を最低限のものにしているのは使われているのが通常弾頭だと判明しているからだ。仮に、核弾頭が使われていた場合はアメリカも相応の報復をしていたであろう。


(今回も通常弾道ならいいんだがな)


 その艦長の思いは残念ながら叶わなかった。



 アメリカ合衆国 ワシントンD.C.

 ホワイトハウス



 クロフォードはすぐに国家安全保障会議を開いた。

 フィデスによるアメリカ本土への弾道ミサイルの発射はこれで6回目だ。

 今のところすべてが通常弾頭であったのだが、今回はこれまでと全く状況が異なっていた。


「……核弾頭が使われたのか」

「はい。規模はおそらく戦術核レベルかと」


 戦術核は核兵器の中で最も威力を抑えてはいる。

 それでも、都市を一つ吹っ飛ばす事ができる破壊力があり、その後の環境破壊などを含めれば大量破壊兵器であることには変わりはない。地球において核兵器が使われたのは過去に二回。いずれも、第二次世界大戦のときにアメリカが使用している。その後、核兵器が使われたことはないが1980年代まで列強はこぞって自国の軍事力をアピールするかのように核兵器の開発を推し進め、最終的に文明すべてを破壊できる規模の核弾頭を有していた。

 今は、核軍縮が一定程度進んでいるが完全に核兵器をなくす事はできていない。今では核兵器は「持っているだけで威圧する抑止装置」かのように列強は使っていた。なにせ、使ったら文明は崩壊するのだから。


「彼らの世界では核抑止力はないのか?」

「向こうの世界も我が国と同じ核抑止力はある――という話だったんだがなぁ」

「所詮は独裁国家。独裁者の気分で考えなど容易に変わるということだな。閣下、ここは徹底的に報復すべきです。戦術核で対抗しましょう」

「敵首都――それこそ、敵の頭を取らん限りはまた同じ手を使ってきます。いつまでも完璧に防衛できるわけではないのです。閣下、ご決断を」


 出席者からは報復攻撃を求める声が多数あがる。

 ただ、クロフォードには懸念があった。例の虐殺疑惑だ。あまりやりすぎるとその通りのことをやってしまう。それこそ、核兵器を用いた報復などすればフィデス以上のことをやっている――などと言われかねない。


「核報復は承認できないな」

「閣下!」


 なぜだ、とばかりに立ち上がった国防長官。


「君も今の状況はわかっているはずだ……もし、核で報復してみろ。あの通りのことになる」

「……しかし」

「まあ、国防長官たちの言い分もわかる。だが、時期が悪すぎる」

「……仕方ありませんな」


 渋々といった様子で国防長官は引き下がる。

 ただ、条件もしっかりとつけてきたが。


「ですが、報復攻撃は徹底的に行うべきです。それこそ、総統官邸への空爆も行うべきでしょう」

「……総統を排除したところでこの戦争は終わるとは限らんぞ」


「もちろん。承知しています。ですが、このままやられっぱなしというのも」

「他が納得しないか……攻撃目標は敵の軍事拠点に絞ってくれ。それが守られるのならば自由にしていい」

「ありがとうございます」


 かくして、限定的ながらフィデスの首都・アディンバースへの攻撃が認められたのであった。




 フィデス人民共和国 アディンバース

 総統官邸



「失敗は想定内だ。これで、アメリカが核で反撃すれば我々の思い通りになるのだがな」


 攻撃失敗という報告書を見ながらほくそ笑む男。

 男は総統の筆頭秘書官を務めていた。そして、アークの闇で暗躍する秘密結社の構成員の一人でもあった。

 彼は10年以上。現総統の筆頭秘書官を務めており、総統からの信頼が極めて高い側近中の側近としてフィデスの内部でもよく知られていた。度々、総統の意思決定にも介入しており、アメリカへの弾道ミサイル攻撃なども彼の助言によって決まったものだ。


「総統の様子はどうだ?」

「いつも通り、怒り狂っております」

「ここまで激昂するのは想定外だったな。まあ、それほど『アメリカ』は我々の計画を台無しにしてきたのだから仕方がないな。しかし、アトラスまでアメリカとの関係を深めているとはな。面倒なことだ」


 面倒と言いながら笑う筆頭秘書官。

 だが、彼と結社にとって両者が泥沼に嵌まるように戦争を続けてくれたほうがよかった。本来ならアトラスやリヴァスにルーシアなどと巻き込んで世界大戦を引き起こそうと考えていたが、異世界転移によってその方針は大きく変えざるを得なかったが、偶然フィロア大陸と北米大陸が繋がったことで方針転換し、中央アメリカへ侵攻した。

 この時はまだ、アメリカの存在は知らなかった。単に、フィデス上層部の野心を煽っただけに過ぎない。アメリカの存在は彼らにとって予想外であったが、一方でアメリカを戦争に引き込めたことはよかった。当初の計画とは違うが戦争によって双方が疲弊する泥沼の展開にはもっていけそうだからだ。

 核弾頭を搭載した弾道ミサイル発射だってそのための下準備にすぎない。


「これで、アメリカが報復をしてくれば更に上手くいく」


 その、1時間後。アメリカによる報復攻撃が実行された。




 これまでも、何度かアメリカ軍による空爆を受けたことがある首都・アディンバース。しかし、それらは郊外にある基地が中心で市民に対しては「基地で事故があった」とだけ伝えられていた。攻撃が夜間に行われていたこともあり実際にミサイルが着弾した瞬間を目撃した者もほとんどいなかったことから、市民の多くはこれら政府の発表を信じていた。

 そもそも、市民たちは自国の一部が戦場になっていることを知らない。

 これが、アメリカや日本ならばメディアから情報が漏れてしまうだろうがフィデスの場合。そもそも民間メディアというのは存在せず、あるのはすべて国営メディアというのも大きいだろう。国営メディアは基本的に政府による検閲を受けた後に報道しているので、色々と知られてはまずい情報は事前にカットされる。もちろん、それを良しとしない者もいるが、政府に批判的な行動や活動は一律厳しく取り締まられているので、表立って行動をする者は中央にはいなかった。


 少なくとも、アディンバースで生活している市民たちのほとんどは現体制に不満はなかった。生活水準は悪くはないし、アディンバースの中だけでいえば治安もいいからだ。地方で反乱が起きているなんてことも彼らは知らない。伝えられていないからだ。ただ、仮に地方で反乱が起きているなどという情報を聞いても彼らはなんとも思わないだろう。

 



 その頃。フィロア大陸の東方500km洋上にはアメリカ海軍の原子力潜水艦「オクラホマ」から巡航ミサイル「トマホーク」が発射されていた。目標は、首都・アディンバースの中央にある総統官邸と隣接している人民軍総参謀本部のビルだ。

 フィデス沿岸部の防空警戒システムは度重なる連合軍の攻撃によって破壊されておりほとんど機能していない。フィデス空軍は移動式レーダーを主要箇所に配置するなどして低下した防空監視システムを補おうとしていたが、元々他の先進国に比べて防空網が脆いため強化したとしても、防空網の穴というのはあちこちに存在していた。

 連合軍はこの穴を突く形で巡航ミサイルを発射しているので、発射されたミサイルにフィデス軍は気づくことはなかった。彼らがようやくミサイルの存在に気づいたのはアディンバースにミサイルが到達したときだ。

 彼らは慌てて防空警報を発令するが、すでに何もかも遅かった。

 発射された巡航ミサイルは当初の予定通り総統官邸に併設されていた親衛隊本部と人民軍総参謀本部の建物に着弾し、爆発音と黒煙がアディンバース中心部で立ち上り市民たちは大いに混乱した。

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