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 新世界歴2年 2月8日

 イギリス連合王国 ロンドン

 首相官邸



 フィロア大陸で連合軍は民間人を攻撃しているのではないか?

 そのような疑惑はアメリカやイギリスでも日本とほぼ同時期に流れていた。こちらはメディアによって伝えられたもので、証拠となる画像や映像も公開されていたがやはり画質が悪く、それが本当に連合軍によって起こされたものなのか、どうかは画像や映像だけでは判別できなかった。



「これだけで攻撃の証拠と言われても微妙ね……」


 証拠と言われている画像と映像を見たハワードの感想はこんなものだった。

 これを証拠だと言われても信憑性は薄い。かといって、この件で政府を攻撃できるチャンスとみたメディアや野党の一部は「疑惑を明らかにすべき」とこの件を追及する準備を進めているという。


「で、実際のところこれはどうなの?」

「国防省の全記録を調べていますが、連合軍全体で無差別攻撃を行った事実はありません」


 秘書の答えにハワードは「でしょうね」と返す。

 半世紀前ならともかく、今は兵器の性能も飛躍的に向上し精密攻撃が可能になっている。昔のように大量の爆弾を無差別にばらまくような真似はしない。爆弾だって基本的に誘導爆弾を使うのだ。さらに、衛星によって事前に攻撃目標を確認しているし、なるべく民間施設などに被害が出ないように調整をして攻撃を行うのだ。これは、ベルカ帝国相手にも行っていることでありそのための攻撃手段として巡航ミサイルが多数使用されている。

 さらに、地上には誘導用の人員も配置されていた。


「ただ、地上の戦いに関しては攻撃の余波で民間人が被害を受けた可能性は否定できません」

「完全に被害をなくすなんて現実的ではないわよね」

「ええ。そんなことを考えたら、そもそも向こうからの攻撃に無防備になりますから……」


 とはいえ、批判してくる野党やメディアはそんな「常識的」な思考はしない。ただ、民間人に被害が出た。この部分を重点的に責め続ける。なぜ、そうなったのかという背景など彼らにとってはあまり重要なことではない。

 そもそもとして、ハワードは一つ気になったことがあった。


「一体どこの誰がこんなのを撮影したのかしら?フィロア大陸はメディアの立ち入りは厳しく制限されていたと思うけれど」

「そちらに関しても調査中です。ただ、世の中には行動力があまり余っている者はいますから」

「……たしかにね。しかも、すべてに監視をつけているわけでもないし」

「さらに言えば『素材』は現在あちこちに転がっている状態ですから」

「合成しようと思えば簡単にできるものね……面倒な時代になったものだわ」


 批判する側はそれが事実だろうがそうでなかろうが関係ない。

 ただ「疑惑」があったのを重要視するのだ。なので、現代において「疑惑」を作り出すことは比較的容易であった。画像合成などを使えば事件を作ることはできるからだ。特に近年は合成技術が更に向上していることもあって一見しただけでは、それが合成なのか本物なのかわからず、一気に拡散してしまい後から合成と分かってもその合成が実際にあったかのようなものに扱われる事例も多々あるのだ。


「幸いなのは世論が思った以上に理性的なことね」

「そうですね、これも各国で共通していることです。やはり、画質が悪すぎて判断できない――といった意見が多数ですね。これで、もっと画質のいいものがきたら風向きが一気にこちらに不利なものになりそうですが」

「その前に、事実ではない証拠を出さないといけないわけね……できる?」

「正直言って難しいですね。画像一枚を『していない証拠』とするのは……」

「でしょうね。本当に厄介なことになったわ」


 軍が記録している映像などを公開すればいいのだが、中には機密情報も普通に紛れているのですべてを公開することはやはり出来ない。だが、カットをいれれば「やましいことがあるのでは?」という疑惑を更に深めてしまう。かといって、そういった映像を出さなければやはり同じように疑惑を深められてしまう。

 さて、今回の件。当然ながら一国だけで解決できるものではないためアメリカの呼びかけによってこの件に関しての首脳会談がテレビ電話形式でこの後行われることになっていた。参加するのは日本・アメリカ・イギリス・アトラスの4カ国で、この後にそれ以外のPTO諸国も含めた対策会議が開かれる予定になっていた。



 日本皇国 東京市 千代田区

 総理官邸



 日本時間の正午に4カ国による緊急首脳会談がテレビ電話方式で行われた。会談に出席する4カ国の首脳の表情はいずれも厳しいものであり、この件をかなり問題視していることがわかる。


『幸いなことに世論の反応は静かだ。しかし、新たな「証拠」となる映像や画像が出れば世論は政府に対して疑念を持つ可能性は極めて高いだろう。だが、我々を含めフィロア大陸で無差別攻撃は一切行っていないし、その記録もない。このことは今後も発信し続ける予定だ』


 アメリカのクロフォード大統領の言葉に各国の首脳は同意するように頷く。

 画像や映像は各国の報道機関を中心に出回っているが、その出処は現時点では不明だ。


「フィデスの諜報機関が関与している可能性はありませんか?」


 下岡は、この中で最もフィデスのことを知り尽くしているアトラス大統領のセシリア・ブラウンに今回の件はフィデスが関与しているのでは?という質問を投げかける。しかし、セシリアはすぐに否定する。


『確かに可能性としては有り得そうですが、フィデス情報部の対外工作能力はあまり高くありません。このようなことをできるだけの組織力もありませんし、そもそも各国のメディアとの伝手もないはずです。別の勢力が協力している場合もありますが……』

「やはり複数勢力が関わっているかもしれないということですか……一番考えられるのはソ連や北中国ですが、現状彼らがフィデスと接点を作っている可能性はあまり高くなさそうなのですよね」


 アメリカや日本のことを混乱させようとするならば、まず思い浮かべるのがソ連と北中国だ。転移前ならば実際に様々な工作活動をしていた。今回はフィデスとくっついて工作活動をしているのではないか、と考えてもおかしくはない。まあ、中ソがいつフィデスと接触したのかという疑問もあるが、一番可能性がある話だ。


 この時点ではまだ各国の諜報機関は情報を取りまとめている途中ということでこの首脳会談で具体的な話が出ることはなかった。それでも「民間人を無差別に攻撃するようなことはしていない」という部分では各国一致しており、その後行われたPTO全加盟国によるテレビ会議でも同様の意見が一致して採択され、すぐに各国の報道官によってメディアや世論に伝えられ、事態はやや落ち着くことになる。

 だが、後日。更に画質の良い「疑惑」の画像が各メディアに送りつけられこの問題は再燃することになる。






 周囲の殆どが暗闇に支配されている空間の中に一つだけ置かれている円卓に数人が座っていた。彼らは一様にローブのようなものを被っているため顔を判別することは出来ない。


「どうやら、上手くいっているようだな」


 老人のような嗄れた声が一人の出席者から発せられる。


「ああ、予想通りにメディアは食いついた。これで少しは疑心も深まるだろう」


 同意する声は女性のようだがローブからでは発言者の性別はわからない。


「それにしても、複数の世界が一つになるなど。神たちも面白いことをするものだ」

「ああ、おかげでこうして楽しめる」

「どこの世界にも強い欲望をもった者たちは多いのは都合がよかった。我々が動かなくても勝手に戦争が起きる」


 そう言って心底楽しそうに笑う出席者たち。

 彼らこそが各国メディアに虚偽の画像や映像を送りつけた黒幕だ。

 その正体はアークの暗部で長く暗躍し、表社会には殆ど知られていない秘密結社――その構成員は様々であり表向きは国の中枢で働いている者もいる。

 円卓に座っている者たちは結社の幹部だ。アークの諜報機関ですら正確に彼らの存在は把握していないが、これまでアークの中で起きた事件の多くに直接的・間接的問わずに関与している。

 フィデスの問題に関しても彼らはかなり深い部分まで関与していた。

 彼らの目的はある意味で単純明快に「世界を混乱させること」である。

 そのために戦争や内乱の背後に関与していたり、あるいはメディアに秘匿されている情報を流しては一大スキャンダルを作り上げたりもしていた。

 日本やアメリカなどのメディアに「連合軍が無差別攻撃をしている」という情報を流したのも日本やアメリカを内側から混乱させるのが目的だ。

 ちなみに、ガゼレアやガリアでも彼らは暗躍しておりアトラスとの戦争をも操作していた。まあ、そんな彼らにとってもガゼレアの数度にわたる政変はまったく予想出来なかったことなのだが、ガゼレア国内は未だに大きく混乱しているので「世界の混乱」が大好物の彼らにとってはそれさえも楽しんでいた。

 色々と人とした破綻した者たちが集まった組織といえるが、長い活動の中でリヴァスやアトラス、ルーシアなどのアークでも屈指の情報収集能力を持つ諜報機関からその存在を隠し通しているのだから。




 新世界歴2年 2月10日

 フィデス人民共和国 南東部

 フィデス軍駐屯地



 フィデス南東部にある山岳地帯。標高3000mを超える山々が連なっていることから半径100kmにわたって無人の区域が広がる。その無人地帯の一角にフィデス軍の大規模な基地があった。

 この基地は軍事衛星からの監視をさせないために地上部分には建物らしい建物は一切なく。基地機能はすべて地下に置かれていた。その理由はなにか?それは、この基地がフィデス軍最大規模のミサイル基地だからだ。

 ミサイル基地ならば主要施設に地下に置くのも当然だろう。

 その存在を敵側に察知させてはならないのだから。フィデスには多数のミサイル発射基地が存在するが、その多くはすでにアトラス軍によって所在は明らかにされていた。昨年から断続的にアメリカに向けて発射されている弾道ミサイルもその所在が明らかな場所から中距離弾道ミサイルが発射されていた。

 まあ、おかげでアメリカ軍の報復攻撃を受けて幾つかの基地が使い物にならなかったわけだが、フィデスにとって最大のミサイル基地。実はつい先日まで拡張工事が行われておりアメリカ相手への攻撃に参加はしていなかった。

 その工事も、先日に終わり基地には新たな指揮官も着任していた。

 中央から大きく離れた僻地にはあるが、この基地はフィデスにとってもかなり重要な施設だ。なにせ、フィデスが保有する弾道ミサイルの半数はこの基地に配備されている。だからこそ、衛星からもわからないように施設の大部分を地下に作ったし工事なども宇宙から見られないように気をつけながら進めていた。


 地下4階相当のところに基地司令用の執務室はあった。

 地下ということを除けば、その執務室の機能は他の基地のものと変わらない。書類整理などをするための机と、パソコンに。無数の資料が収納されている戸棚などがあるだけだ。

 2週間前に着任したばかりの新しい基地司令が、前任者から渡された資料に目を通していると机の上に置いてあった電話から耳障りなベルが鳴り響く。


「わたしだ」


 少し顔を顰めながら受話器をとると、電話の相手は中央の総司令部にいる戦略軍のトップからだった。


『総統命令だ。「グランセオ」を使え』


 それを聞いた基地司令の顔は急速に青褪める。

 グランセオ。それは同国が配備している戦術核兵器の名称だからだ。


「ぐ、グランセオですか?」

『そうだ。これは総統閣下の命令によるものだ』

「り、了解しました」


 電話はすぐに切られたが、基地司令はしばらく受話器を持ったまま呆然としていた。


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