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 新世界歴2年 2月6日

 日本皇国 東京市 千代田区

 衆議院 国防委員会



「日本はアメリカの侵略戦争に関わるべきではありません!アメリカの攻撃によって多くの民間人が犠牲になっています。そして、日本軍は愚かにもその手助けを堂々と行っているのです。大臣、我が国はいつから人殺しを平然と行う国になったのでしょうか!」


 来年度の予算を話し合う国防委員会において、激しい口調で大臣を責め立てているのは革新党の代表、村沢京子であった。11月に結成したばかりの革新党にとっては今国会が実質的な国会デビューであり、初日から政府の政策を厳しい論調で批判していた。

 その中で、最も強く批判しているのが日本軍のフィロア大陸派遣だ。

 曰く「アメリカの侵略戦争に手を貸すのは憲法違反だ」だとか「アメリカ人による虐殺に手を貸すべきではない」だとか「このままでは国際社会から侵略国家と思われる」だとか……まあ、現状を全く認識していないような批判がメインだった。

 元々、進歩党急進左派が党を出て結成した政党なので、その論調も進歩党在籍時にやっていたものと変わらず、世間からもほぼ相手にされていない論調なのだが彼女たちは独立後も貫き通していた。まあ、それ以外彼女たちができることがないともいえるが。

 ちなみに、彼女たちの言う「虐殺」というのは濡れ衣である。

 アメリカ軍にせよ日本軍にせよ、民間地への無差別攻撃は行っておらずあくまで戦闘員がいる軍事拠点への攻撃に限定している。むしろ、中米相手に無差別攻撃をやっているフィデスのほうが国際法に違反しているくらいだ。

 ただし、彼女たちはそのことに言及することはない。

 とにかく、アメリカとそれにくっついている現政権を叩き、世論での支持者を増やす――それが彼女たちの目的であった。

 すでに、雇い主は日本のことなどあまり見ていないにも関わらず律儀なものだが彼女たちは雇い主関係なく、そういった思想に染まりきっている。なので今更転向などできないのだ。


「まず、日米が民間人を虐殺しているというのは事実無根であり、撤回を強く求めます――誤解を招くような発言を村沢先生のような経験豊富な議員が行うのは少々問題になると思いますよ?さて、何度もご説明いたしておりますが、我々の攻撃目標はあくまで敵の軍事拠点のみです。最近はこれに『親衛隊』などという武装組織の拠点も含まれていますが、民間施設に対しての誤爆を含めた攻撃は現時点では行っておりません。昔のような無差別に絨毯爆撃しているわけではありませんからね」


 にこやかな微笑みを浮かべながら反論しながら、村沢への皮肉も忘れない五島。表情には出さないが彼は非常に機嫌が悪かった。ありもしないことをさも事実のように言って軍や政府を批判する村沢はどこの国の政治家なんだ?と内心指摘したくなる程度には。

 それでも冷静に、ただ「そこそこ当選重ねているくせにそんな嘘情報を本気だと思っているんですかぁ?」という皮肉を込めながら発言すると、その皮肉が効いたのか村沢は憮然とした表情になった。


「口ではなんとでも言えます。民間人を攻撃していないという証拠を出してください。証拠を!」


 五島とは対照的に村沢は感情的に「やってないというなら証拠を出せ!」と声を荒げる。五島と近くにいる国防省の官僚は「なんでこっちが証拠出さなきゃならんのだ」と呆れる。この手の野党議員は自分で証拠を出さずに「ちがうというなら証拠を出せ!」とこちらに詰め寄るのだ。

 所謂悪魔の証明というやつだ。仮に、ちゃんとしたデータを出したとしても「それは捏造されたものだ!本当の証拠を出せ!」とか「出さないのは後ろめたいことがあるからだ!」といって詰め寄るのだ。


「国防省では定期的に作戦の情報を流しています。それをご覧になれば十分かと」

「そんなの何の証拠にもなりません!」

「では、貴方がたは持っているのですか?日米両軍が虐殺したという証拠が。もちろん映像ですが」

「……」


 そんなもの当然用意していないので村沢は黙り込む。


(まさか、五島がここまで強く反発してくるなんて。予想外だったわ……)


 政府は揚げ足をとられないように言葉を濁すと思っていただけに、ここまできっちりと否定してくるとは村沢は思っていなかった。

 ちなみに、この情報は懇意にしている記者から伝えられたものだが、証拠になる映像などはこの記者も持っていなかった。それでも、政府は後ろめたいことを隠していると信じていた村沢はこのネタは使えると思って使ったのである。

 しかし、世論はそんな穴だらけの疑惑に乗っかることはなかった。



「どういうことよ。これは!」


 議員会館の村沢の部屋で彼女のヒステリックな叫び声が響き渡る。

 政府に対しての疑惑を植え付けたと思い込んでいた村沢は、世間での反応を確かめるためにニュースサイトを見ていたのだが、そこにつけられているコメントはいずれも政府を批判するものではなく、逆に疑惑の種を植え付けたはずの村沢や革新党を批判するもので溢れていたからだ。

 元々、革新党に対する世論の見方は冷ややかなものだった。

 現実が見えていないと思われる政策の数々は彼らの熱心な支持者には受けたもののそれ以外の有権者には全く響かなかった。なにせ、これらの政策は以前も打ち出されたものだが財源確保などの見通しがあまく殆ど達成出来なかったものだったからだ。

 一度出来なかったものを再度政策に打ち上げても世論は相手にしない。

 世論は凝りているのだ。耳心地のいいことしか言わない政党を信用してはならないと。

 村沢たち革新党はそれを理解せずに、耳心地のいい政策を次々と打ち出していた。その結果は悲惨なものだ。結党直後から政党支持率は低かった。それでも次の衆院選挙までに支持率を上げればいいと村沢たちが考えていたが一部報道で4月までに衆議院の解散があるかもしれない、という情報を聞いて村沢たちは大いに焦る。

 約40人の議員が所属する革新党だが約半数は比例候補だ。

 更に、選挙区当選議員に関しても進歩党が刺客を擁立する可能性が取り沙汰されており盤石ではない。このまま、選挙に突入すれば歴史的な惨敗になるかもしれないことに村沢たち執行部は焦っていた。

 だからこそ、政権への打撃になるスキャンダルを探し――そして見つけたのが軍による虐殺疑惑だ。証拠はないがこれだけの大きいネタならば政権に打撃を与えることができると思ったのだが、こちらも結果的には失敗に終わり逆に革新党への支持が離れるだけだった。


 暫くわめき続けた村沢はある場所へ電話をかける。


「私よ。もっと正確な証拠を探して。貴方もこの問題を大きくしたいならそれくらいできるわよね?」






 総理官邸



「日米が虐殺をしているなんて、一体どこからそんな虚偽情報を仕入れたのでしょうね……」

「どうやら懇意にしている記者から得た情報のようですが、その記者も自分で取材したものではなくある人物から聞いた話のようです」

「記者ならどこかで本当かどうか確認するはずなのでは?」

「この記者は以前から週刊誌などで情報の出所がわからない記事を書いては訴訟問題になっている訳ありの記者らしく……」


 そんな記者の情報を信じて国会の場でいい出したのか、と呆れる下岡。

 革新党の村沢が国防委員会で行った発言は、当然ながら大きな問題になった。政府とすればやってもいないことを事実かのように国会で問題発言をされた。大部分は虚偽だと信じているが、それでも反政府的なメディアなどはこの件を大々的に報道しており、その火消しに各所が追われていた。


「大手メディアはある程度落ち着いたと思っていたんですがね。やはり組織にとらわれないフリーランスというのは厄介ですね」

「公安が捜査を続けていますが、大陸絡みの可能性は高いかと」

「転移して一年経つのに、まだ我が国への工作をしているとは。彼らももの好きですね。自国周辺のことを気にすればいいのに」

「工作機関が単独でやっている可能性もありますので」

「今更退くにひけなくなった――といったところですか」


 それにつきあわされる自分たちはたまったものではない、と下岡はボヤく。

 昔からソ連や北中国の工作員による工作活動は問題になっていた。

 彼らは様々な手段を用いて「権力側」に取り入って機密情報を得たり、あるいは自分たちに都合の良い情報操作などを行ってきた。もちろん、捜査機関側もそして時の政府も様々な対抗手段を使っている。

 大物議員の政治スキャンダルなどは最たる例だ。

 これは、政府側が工作員と関係のある大物議員のスキャンダルを見つけ出し意図的にメディアに流すなどして、政治家としてのキャリアを終わらせるもので、これによって一時的に与党そのものの支持率などが下がりときには選挙に敗北する要因になったりもするのだが、工作ルートを潰す手段として行われていた。

 それでも、欲の強すぎる人間というのはいて、そういった人間に工作員は集まるので一人処理出来ても更に別の協力者が出てくるのを繰り返すので完全に根絶することは出来ない。

 メディアに関しても同じだ。

 昔から、メディアにソ連や北中国の工作員が紛れ込むことは多かった。

 とりわけ、左派系メディアはその報道姿勢からソ連や北中国と関係が深くその影響は現在でも依然として強いと言われている。まあ、近年はその露骨な報道姿勢に対して批判などもあり、メディアも以前ほどの世間への影響力はなくなっているが、政府にとっては未だに厄介な存在だ。


「ともかく、今回の情報の出処を含めてしっかりと調査をすすめる必要がありますね」

「関係機関にはそのように伝えます」

「ええ、よろしくお願いします」


 そう言って執務室を足早に執務室を退室する内閣情報局長官。

 これから、内閣情報局や警察庁公安部による大規模な捜索が始まることだろう。


「それにしても、去年のテロ事件といい……誰かがこの国を引っ掻き回そうとしている気がしますね」


 これは、根拠があるものではない。

 言うなれば、下岡の直感ともいうべきものだ。日本の治安を悪化させて喜ぶ国というのは思い当たるだけでソ連と北中国がある。この二カ国ならばそういった工作活動は普通にやるだろう。昔のアメリカだってそのことを喜んだはずだ。今は、日本が弱体化するのを一番嫌がる国の筆頭であるが、かつては日本が太平洋の覇権を手にするのではないか、と警戒していたことがある。今のアメリカは世界の警察ができるほどの余裕がないので、むしろ日本の国力が上がることを歓迎しているので可能性としては低いだろう。

 ただ、ソ連も北中国もやるとすれば転移前にやるはずだ。

 転移によって日本への関心を両国は失っている。そもそも、かつてのように気楽に行き来できるような距離ではない。まあ、国内にいる残存工作勢力が勝手にやった可能性はあるのだが、下岡は中ソとは違う別の勢力がこの国で暗躍しているのではないか、と疑っていた。



 東京市 港区

 旭洋新聞 本社



「アメリカ軍による虐殺を隠蔽している……これが事実ならば確かに大きなスキャンダルになるし、日本政府にも大きな打撃を与えることができるが。情報元は確かなのか?」

「画像や映像の提供も受けています。ただ……」

「これじゃあ、本当にフィデスで起きていることなのかはわからんな。確かに迷彩服なんかはアメリカ陸軍のものにも見えるし、後ろにいるのは陸軍の軍服にも見えるが……これだけじゃ記事はできない。もっと情報元から証拠になるものかないか確かめてくれ。お前しか連絡がとれるやつはいないからな」

「わかりました」


 情報は、村沢だけではなく複数の新聞社にも寄せられていた。

 いずれも匿名であり、映像や画像などが送られてきたがいずれも不鮮明なものでこれを根拠に一大スキャンダルだと、報じる新聞社はなかった。それは反米左派で知られる旭洋新聞でも同じだ。

 これまで、幾つかスクープとして日本政府やアメリカ政府の闇を報じてきたことがあるが、その半数は最終的に「捏造」とされ世間からの評価を著しく低下させた前科があるだけに統括担当はかなり慎重だった。


「村沢議員の件もある。あまり先走った記事を出すと今度こそ家は終わりだからな……真正面から国防省やアメリカ大使館にぶつけたところで『そんな事実はない』と返されるだけだが。ひとまず、国防省担当にこのことを中心に質問するように指示を出しておくか」


 これが本当ならばそれこそ政権が吹き飛ぶような大スキャンダルだが、そうではなくても「疑惑」として暫くつつくことはできる。最近はスキャンダルらしいスキャンダルがなかった下岡政権にとって初めての大々的なスキャンダルになるだけに、慎重ながらもどうにかしてこの件で政府を攻撃出来ないか、と担当者は頭を働かせるのだった。


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