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 新世界歴2年 2月4日

 フィデス人民共和国 北東部 ヴァレンリー州 沿岸部



 連合軍の進軍が続く北西部と違って北東部はこれまで大きな混乱は起きていなかった。フィデス上層部が情報統制をしていることもあり、住民はもちろんのこと兵士たちでさえ現在フィデスで起きている未曾有の危機に全く気がついていなかった。

 フィデス北東部にあるヴァレンリー州は40年前にフィデスによって併合された。併合される前は君主制国家であり北東部の中でも長い歴史を持つ国だったがフィデス軍の前にはなすすべはなく政府は殆ど戦うことなくフィデスに降伏し併合された。また、北西部のフィロン州などに比べると独立意識はそれほど強くはない。フィデス政府に対する不満にかんしてはもちろんあるものの、自分たちが立ち上がったところで意味はないという諦めに近い境地に住民たちの大半が達していることもありレジスタンスの活動が活発な北西部に比べれば治安はいいといえる。そのため、フィデス中央もヴァレンリー州のことは北西部ほどに警戒はしておらず、駐屯している兵力は1個旅団程度であった。一応、沿岸部には監視所があるが兵士たちは「どうせ敵なんてこない」と思い込んでいるので真剣に監視している兵士は一人もいなかった。


「ん?」


 それでも、真面目に職務に取り組んでいる兵士はいた。

 そして、異変に気づいたのもこの中で真面目に双眼鏡で海岸線を見ていた兵士だった。


「おい、なにか見えないか?」

「あー?どうせ見間違いだろう」


 真面目な兵士はすぐに同僚に異変を伝えたが、同僚はこちらを向こうともせずにだるそうに答える。そんな同僚のやる気のない姿に兵士は一瞬眉を寄せるがもう一度海の方角に視線を向けて、やはり何かがおかしいと感じる。


「やっぱり、なにかおかしい」

「だから見間違いだって」

「なら、こっちを見てからいえ!」


 同僚のただならぬ雰囲気にだらけていた兵士も立ち上がり双眼鏡で海岸線を見る。見たところ、特に異変もなく「なんだよ、やっぱり何もないじゃねぇか」と文句をいいかけて口を閉じた。


「何かが近づいている……?」

「すぐに隊長に連絡をいれてくれ」

「わ、わかった」


 先程までのだらけっぷりが嘘のように兵士は慌てて無線機をとった。




 強襲揚陸艦「ガンビア・ベイ」



 アメリカ海軍第4艦隊。

 フロリダ州に艦隊司令部を置き転移前はカリブ海と南米大西洋側を管轄していた。空母は配備されておらず水上戦闘艦とカリブ海の島々が管轄の中にあることから揚陸艦などが配備されている。

 強襲揚陸艦「ガンビア・ベイ」も第4艦隊に所属する揚陸艦だ。

 ガンビア・ベイを旗艦とする艦隊は強襲揚陸艦1、ドック型揚陸艦3、巡洋艦2、駆逐艦4、フリゲート2の陣容でフィロア大陸北東部のヴァレンリー州を目指していた。

 陸続きの北西部からフィロア大陸に侵攻しているアメリカ軍を主体とした連合軍は北東部にも橋頭堡を築くことを決め、その先遣部隊としてアメリカ・日本・アトラス・イギリス軍に属する海兵隊を派遣していた。


「ドローンによる偵察情報によると、上陸地点付近には沿岸監視所があり約1個中隊が駐屯しているようだ。俺達が真っ先にぶち当たるのは恐らくこいつらだ」


 日本海兵隊第6海兵旅団第24海兵連隊に所属する小隊長の水野少尉は海岸へ向かっているLCACの中で小隊メンバーに現地の情報を伝える。

 第6海兵旅団は南洋諸島州グアムに駐屯している。第24海兵連隊はグアム北部の駐屯しており、マリアナ諸島全体で日夜厳しい訓練を受けていた。海外派遣の頻度も高くこれまで中東やアフリカの紛争地帯に派遣され結果を残してきた。


「敵の装備などに関する情報は不明のままだ。わかっているのは敵の規模が1個中隊規模であり、上陸地点の付近には小さな村があることだけだ。我々の目標はこの村まで向かい情報を収集することだ。いいか、戦況は我々に有利だが決して油断するなよ。油断すれば足元をすくわれ国に戻れなくなるからな」

『はいっ!』


 水野少尉の言葉に兵士たちははっきりと頷いた。

 その10分後、彼らを乗せたLCACは砂浜に上陸した。




 監視所に駐屯しているフィデス軍の規模は1個中隊のみしかいなかった。

 指揮官の大尉はこのままぶつかっても負けるのは確実だと察して、兵士たちに近くの町まで後退することを指示した。その間には幾つの村が点在しているのだが、その村を守る余力は自分たちにないと判断したからだ。

 一応、幾つかの村に対しては敵軍が上陸したのですぐに避難するように呼びかけたが、多くの村人はそのことを本気にしなかった。そもそも、彼らは自分たちの国が戦争をしていることすら知らないのだ。それでも、兵士からの呼びかけを信じて数十人の村人は兵士たちについて避難することを決めた。

 彼らがそうしている間に、連合軍の海兵隊は陣形を整えつつあった。


「軍の奴ら随分慌てていたな。『敵が来たから逃げろ!』なんて」


 連合軍の上陸地点の付近に人口300人ほどの漁村があった。

 フィデス軍はこの村にも兵士を送って住民に避難を呼びかけたが住民たちは誰も本気にはしなかった。


「そもそも、敵ってどこと戦争してるんだ?」

「さあ?そんな情報こっちには流れてこないしなぁ」


 村人たちは自分たちの国が異世界に転移したことも、それによってアメリカなどと戦争になったことも知らない。そういった情報は情報統制によって規制されているからだ。中央ならばどこかしこで情報が漏れたりするものだが中央から遠く離れた地方ではそういった情報が漏れるということもなく、住民たちの大半は自分たちの国が戦争していることを知らないで生活していた。


「もしかして、演習なんじゃないか?なんかさっきからヘリコプターの音が聞こえてるし」

「ああ、なるほど。にしては、あいつら随分と慌ててたなぁ」

「リアリティをもたせるとかそんなのじゃないか?」


 上陸地点に近いといっても上陸地点から村までは5kmほど離れている。

 村は海のすぐ近くにあるが、連合軍が上陸した地点とは離れているので揚陸艇などの姿は村から見えない。ただ、ヘリコプターが近くを飛んでいるというのはその音から知っていた。ただ、これもフィデス軍のものだと村人たちは考えていた。

 村人たちが本当に敵軍が上陸したことを知るのは、見知らぬ兵士の一団が村を訪れたときだった。




 新世界歴2年 2月6日

 フィデス人民共和国 フィロン州 ロブカーツ



「最近、反逆者の奴ら。おとなしいな」

「我々の力に恐れを抱いたのだろうさ」

「なるほどな、今更怖気づいたところで遅いのにな」

「全くだ」


 フィロン州の州都・ロブカーツ中心部は完全武装した親衛隊員が闊歩する厳戒態勢がとられていた。彼らが「反逆者」と呼称する「フィロン解放同盟」による破壊工作はこの2週間ほどおきていない。


「それにしても、北方の蛮族共もたいしたことはなかったな」

「所詮は礼儀も知らん蛮族だ。正規軍のバカもなにをして苦戦などと報告したのだろうな」

「どうせ、戦わずに逃げ出しただけだろう。正規軍は所詮寄せ集めだからな」

「やはり真の正規軍は我々のような『選ばれし者』でなければならんな」


 彼らの耳にはアメリカ軍を親衛隊が押し返しているという情報が届いていた。もちろん、これは現場の士気を上げるために意図的に流されたもので実際にはすでに州の北半分はアメリカ軍を主体とした連合軍によって占領されているし、彼らの言う「選ばれし者」である親衛隊は殆ど前線で役に立っていない。

 確かに、正規軍は徴集兵メインでありその士気は低い。

 だが、それと同じくらいに親衛隊の練度も高くはない。装備は最新のものを使っているがそもそも実戦も経験しておらず、選民思想をこじらせた彼らが本当の戦場に立ったところで役に立つわけがないのである。

 だが、何も知らない親衛隊員たちは自分たちは強いのだ、と思い込んで笑い合う。次の瞬間、ジェット機特有の甲高いエンジン音が上空から聞こえてきた。何事だと空を見上げると水色の戦闘機が2機が頭上を通り過ぎた。

 その、数秒後。近くにある親衛隊施設から大きな爆発音が聞こえた。



「この状況でも、奴らは自分たちが有利だと思い込んでいるのか……」


 炎上する親衛隊施設を前に状況がわからず右往左往している親衛隊員を呆れながら見るのはロブカーツに潜入しているCIA工作員だ。1月始めから大規模な解放同盟の殲滅作戦を実施している親衛隊であるが、彼らが攻撃している場所は殆ど解放同盟とは無関係の施設であり、解放同盟は無傷でロブカーツから離脱していた。

 もちろん、それを悟られないように定期的に親衛隊や軍への襲撃を続けていたがそれも殆どの構成員が離脱した2週間前からやめている。親衛隊はそれが自分たちの攻撃によって被害を受けたからだ、と思い込んでいた。

 すでに解放同盟は連合軍制圧下の都市へ集結しているのだが、どうもフィデス側はそれすら気がついていないらしい。そのうえで自分たちの不利な戦況を隠すために嘘の情報を大々的に流している。

 軍としても末期状態だが、国としてもかなり追い込まれている状況だ。

 それでも、戦うという選択を取り続けるのは狂っているとしか思えない。


「現実を知れば発狂するかもしれないな。まあ、時間の問題だが」


 いつの間にか、工作員の横にもう一人の男がたっていた。

 男は西欧風の顔立ちをしているが、あまり印象に残らない顔つきをしている。体つきも中肉中背とやはりそれほど目立つものではないのだが、どこか只者ではない圧を周囲に発していた。


「……唐突に現れるのはやめてもらえるかな。Mr.シンドー」


 ため息を吐きながら男を睨む工作員。

 眼の前の男は「同業者」だ。ただし、所属が違う。

 男の所属は「内閣情報局」――つまりは日本の中央情報機関に所属する工作員だ。外見は西洋風だが日米のハーフであり国籍は日本だ。

 CIAと内閣情報局は協力関係にあり今回の件も合同で行っていた。


「随分なことを仰る。我々の仕事は影に潜み情報を集めることだ」

「……ジャパニーズ・ニンジャのようにはいかんよ」

「本職はもっとすごいですがね。それよりも、上からの指示です。この町での作戦は終了とのこと」

「……了解。足は?」

「向こうの軍用車両を借りる」

「……なるほどな。じゃあ、早くこんな空気の不味いところからお暇するとするか」


 二人の工作員は近くにあった親衛隊のジープに乗り込むと未だに混乱只中のロブカーツから脱出した。


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