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 新世界歴2年 2月1日

 フィデス人民共和国 アディンバース

 人民軍 総参謀本部



「そうか、内務大臣もか……」

「はい。閣下に対して交渉などを進言した閣僚や官僚の殆どは『反逆者』として収容所送りになっています。あとの者たちは従来から総統閣下に近い強硬派だらけになりました」


 副官から報告を受けている大将の階級章をつけた白髪混じりの大柄の将校は深々とため息を吐いた。

 彼の名は、エミリオ・レスラー。

 役職は情報局長――つまりは軍情報部のトップに立つ。

 ちなみに、彼の軍における立ち位置は「中立派」つまりは、戦争を主導している勢力とも対話を重視する勢力とも距離を置いている。ただ、彼の心情的には穏健派に近い考えを持っていた。


「前線の情報を見る限り我々は絶望的な立場にたっているのは間違いないというのにな」


 そろそろ幻想ではなく現実を見なければ国そのものがなくなる、という危機感をレスラーは感じていた。しかし、彼のような考えを持つ者はフィデス上層部には少ない。仮にいたとしても総統にそのことを訴えた時点で失脚する。総統はアメリカへの憎悪だけが前面に出ている。

 それだけ、尽く自分の野望を打ち砕いたアメリカが憎いのだろう。

 だが、そろそろ現実を見なければ本当に後戻り出来ない状況になってしまう。まあ、そんなことを総統にいったところで収容所に突っ込まれるのが関の山なのでレスラーも何も言わないのだが。

 彼とて捨て身の覚悟は持てないのだ。どうせ、その言葉は響かないのはわかりきっているのだから。

 そしてもう一つ気になるのは。


「親衛隊が本格的にこの戦争に参戦しているのも問題だな……」


 ここに来て前線に投入されだした親衛隊。

 装備はいいものばかり使っているが実戦経験が皆無な親衛隊は、現地の部隊と頻繁に衝突し共同作戦をまともに出来ていないという。もともと仲が悪いとはいえ、こんな土壇場の事態でも協力し合うことができないのはそれだけ親衛隊が軍を見下しているから。軍の側は色々と飲み込んで譲歩する姿勢を見せているが親衛隊が逆に譲歩することがない。いずれ、両者は真正面から衝突することになるだろう。

 そうすれば、もはやアメリカどころの話ではない。

 内戦になるだろう。それだけは絶対に阻止しなければならないが。


(現状を考えると難しいかもしれないな……)


 それまで一切の不満が出なかった現体制において、この半年あまりで不満を持つ者たちが一気に増えた。更に、総統自身が閣僚や官僚などを「反逆者」として次々と拘束しているので、そちらからの不満も日増しに高まっている。直接言葉にしないのは、拘束されたくないからだ。

 だが、誰かが動けば雪崩をうって反乱を起こすだけの土台が出来上がっている。恐らく、総統はその事に気づいていない。本来の用心深い総統ならば少しの変化でも気がついているだろうが、今の総統はアメリカへの憎悪に支配されており冷静な思考が出来ていない。


(いつ、中央で反乱が起きてもおかしくはない……)


 不満を抱いているのは官僚たちだけではない。軍――特に若手将校を中心に現体制へ不満を持つ者は多い。

 中立派のレスラーはこれ以上国内が荒れるのを望んでいない。

 どうにかして沈静化させたいが、現体制ではそれも難しい。

 かといって、レスラーは現体制を打倒するつもりもない。現体制を打倒したところでこの混乱は収まりそうにないからだ。だが、現体制をどうにかしなければアメリカとの戦争は終わらないだろう。


(どうすればいいんだ……)


 なにをやっても詰みそうな状況にレスラーは頭を抱えた。




 新世界歴2年 2月2日

 日本皇国 東京市



 保守党ほどの巨大政党になると将来の総裁候補などと呼ばれる議員は多い。しかし、そういった「将来の総裁候補」が必ずしも次代の総裁になるとは限らない。保守党には幾つもの派閥があり、それぞれの派閥の思惑によって時の総裁は決められる。

 前回の選挙で総裁となった下岡俊英は当人は無派閥であったが、前総裁の岸や大沢という二人の重鎮の後ろ盾を得たうえで議員票や地方での票を獲得し、最終的に有力候補と言われていた山本内務大臣などを破って総裁になった。

 一方で「最有力候補」と言われながらも総裁の椅子に届かなかった者もいる。

 石橋光夫がその最たる例だ。

 大沢政権時に官房長官を務め、岸政権時に幹事長になった彼は、次の総裁候補筆頭とまで言われていた。しかし、彼は前回の総裁選挙に立候補したが最終的に決選投票まで勝ち残れなかった。石橋が総裁選に立候補したのは三回目でいずれもその時の相手は長期政権を率いていた岸であり、二回目の挑戦のときはかなり善戦した。だからこそ、岸が退任する次の選挙は彼と山本による決選投票の見込みが高い、と大手メディアは予測した。

 しかし、結果は岸派や大沢派に浅田派というこれまでの主流派が支援していたまだ40代の下岡が当選したことは、石橋にしても彼を支持してきた議員にとっても想定外のことだった。

 選挙後。下岡は石橋に対して党役員あるいは国防や財務といった主要閣僚ポストの打診を行ったが石橋はこれを断り、彼の派閥からは副大臣二人のみが選出されるだけにとどまった。

 これもあって、メディアは石橋派を山本派に並ぶ現体制の反対勢力だと見ている。実際に、石橋派所属議員が下岡内閣がすすめている政策に否定的な見解を述べるというケースはいくらかあるからだ。一応、政権支持率などが高いこともあり全面対決する姿勢は見せていないが、次の総裁選でも対立候補を出す可能性は極めて高いと政界の動きを見ている専門家たちは思っていた。もっとも、石橋本人がメディアに出て直接何かを言うことは今の時点でほとんどなかった。



「石橋さん。このままでは我々は埋没するだけだ。党を出ることも考えたほうがいいんじゃないか?」


 東京市内の料亭で、石橋は山本派の幹部と密会していた。

 酒と食事を楽しみ暫く雑談を交わしていたが、幹部は意を決した表情をして一緒に党から出ないか、と石橋に訴えかけた。


「このままじゃ我々はずっと冷や飯を食う羽目になる。党を出て新しい保守政党を一緒に作らないか?」

「(随分と追い込まれているようだな……)――その話、山本さんは賛成しているのですか?」

「会長にはまだ話していない。賛同者が多くいれば会長ものってくれるはずだ」

「山本さんは総理のことを高く評価しているようですが……」

「会長は騙されているんだ!あんな若造に何ができる、後にいる長老たちの操り人形でしかないんだぞ!」


 幹部はそういって声を荒げる。

 下岡を批判するときによく言われるのが「操り人形」である。

 だが、これは彼の本質を見ていないと石橋は感じている。確かに、岸や大沢は下岡にとっては重要な後ろ盾といえる。時折、幹事長になった大沢と会談しているという話もあるが、下岡が進めている政策は長老たちの影響はあまり受けていないと石橋は見ていた。

 そもそも、長老と言っても岸や大沢はそこまで他人に自分の主義主張を押し付けるタイプの政治家ではない。どちらかといえば、岸体制のときに岸と対立していた長老議員のほうがそのタイプだろう。岸も、そういった長老議員たちと対峙していたため自分が積極的に総裁に声をかけることは自重している。

 だが、反対勢力からみれば下岡は岸や大沢の傀儡にしか見えないらしい。

 そもそも、保守党そのものの世論の支持率が高い中でわざわざ党を割る必要はない。冷や飯を食らわされたなどというが、そもそも用意された椅子を蹴り飛ばしたのは彼らなのだ。

 それで一緒に党を出ないか、などと石橋に声をかけたのは「自分たちと同じで不遇な存在だからのってくれるだろう。知名度もあるし神輿にちょうどいい」といった感じなのかもしれない。

 山本にもきっと声はかけただろうが、彼はそんな話にはのらないだろう。

 少なくとも山本は彼らと違って下岡のことを評価している。

 だから、閣僚の椅子に座ったのだ。

 石橋は閣僚ポストも役員ポストも固辞したが、下岡自身のことは高く評価していた。若いながらもその能力は本物だ。そして、今のところ彼の治世下は上手くいっている。


「残念ながら、私は党を出るつもりはありません」

「……失礼する!」


 いかにも失望したといった表情を浮かべて山本派の幹部は席を立った。


「流れを読めないような政治家が長生きするわけがない。貴方は所詮、保守党という看板があったから議員を続けていただけだというのに」


 山本は情に厚いところがあるが、ここまで好き放題する部下に対しては平気で切り捨てるだろう。そもそも、従来の山本派というのは右派の集まりであったが国粋主義者の集まりではないのだ。

 山本の発言はしばしば物議を生むが、その発言事態はそれほど強硬なものではない。ただ、語り口調などを含めてメディアが反応しているだけだ。国粋主義者たちが山本のことを支持しているが、当の山本自身はそういった団体とは付き合わないようにしている。だが、その側近議員たちはかなり積極的にそういった団体の会合に参加しており、去年テロなどで問題になった「皇民党」とのつながりがある議員もまた山本派には多くいる。

 山本はこの件でメディアから説明を求められ内務大臣を辞任することまで考えたが、それは下岡などの説得により回避されている。一方で、山本派の議員たちは「我々の言っていることが正しい!」と言い張っており執行部と対立姿勢を見せている。実際、山本にたいして離党を勧めるような動きもしていたようだが、そもそも山本は国粋主義者を嫌っているので当然そういった動きは突っぱねている。

 そして、彼らが次なる神輿として声をかけたのが石橋だ。

 主義主張がまるであわない相手を単に「下岡と距離を置いている」という理由だけで声をかけるのは、一部野党の動きと一緒で石橋は内心呆れる。


「私はそこまで軽いと思われているのでしょうかねぇ」


 それは、それで心外すぎると石橋は眉を寄せるのだった。


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